週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

キリコ・デ・キリコ.

2014年04月27日 | ☆文学のこと☆


         【カフェ・デ・キリコ】
      佐藤まどか 著  中島梨絵 画 
     2013年4月25日第一刷 講談社刊 

 古い石畳、赤錆びた鍵穴、高い天井、日の差すバルコニー、ツタの絡まる建物

 公証人の末裔の家、堅牢な門を風が抜ける。

 重厚な歴史を積んだミラノのもう一つの顔は大都市の慌ただしさ。

 時間に追われるミラネーゼに、カフェは必須なのだ。

 ジーンズ姿、ショートカットの似合う霧子は母と二人、父の故郷のミラノに降り立つ。

 日本人の母と相容れない祖父から、勘当された父を亡くしたばかり。この地この家で母と再出発する。
 



 「カフェすすり苦いと笑い更衣(ころもがえ)哲露

 隣人であり良家のアンドレア、ダヴィデに助けられながら少しずつ町にとけ込む霧子。

 蜘蛛の巣だらけの空間を、居心地の良いカフェに生まれ変わらせる。

 母に対する複雑な感情を抑えながら。

 母のインテリアセンスは抜群で、そこに霧子の思いつきと工夫が物語に色を添える。

 日本語に渇望する環境だから、母に話しかけてしまうという部分は異国で暮らす作者の人間観察の賜物だろう。

 

 異国での再生、編入先の学校のこと、気になる金髪の男の子、材料は揃いすぎているがゆえ、これらを一作にまとめるのは容易ではない。

 坂の町の彩り、クラシックの調べ、ミラノの季節感、カプチーノの香り、一癖も二癖のあるミラネーゼ、国や出生の異なる人々と、作者はじつに丁寧に、飽きさせることなく描写していく。
 まるで紙上ギャラリーのように。

 不安と期待、一途で真摯な霧子の言葉が全篇を心地よく締めてくれる。

 年老いた常連たちはアンティークの椅子で居眠りし、木のテーブルで執筆し、カノーヴァのパンナコッタやダヴィンチのクッキーで癒されていく。 



 日本人特有の気持ちを察して寄り添う安心感も大切だと思う。

 だが、ときに泣いたり、思いの丈をぶつけ合うことなくして、関係は修復しないし深まらない。みんな生身なのだから。霧子の家族と、隣人のバジリコ家にそれを教わった。

 本郷のカフェで、まどかさんが話していた異国でのエピソードも、この本にあった。

 読みはじめを机に置いてランチを作っていたら、滅多に単行本を手にしない次男が熱中している。

 おかげで一日遅れの読書になった。

 霧子の苗字が、デ・キリコで、キリコ・デ・キリコ。

 作者はイタリア在住でお父さんの知人だよ、と言ったら息子たちにびっくりされた。

 はじめて読んだまどかさんの本。

 初夏の気候にぴったりの瑞々しさ、肌の色や性格の違い、思春期の多感、宗教、階級、様々な題材のグラデーションが、ラテンの哲学と爽快を運んでくれた。

 ヒトの内面の吐露、ひとつ一つの丁寧な描写の大切さ、擬音の使い途など、まどかさん、たくさんいただきました。

 ああ、ドゥオーモのある町へ旅に出たくなっちまった



 

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【季節風】春号

2014年04月20日 | ☆文学のこと☆


     同人誌【季節風】118号

 同人誌の最新号が届いた。

 穀雨の今日、桜の木が緑に覆われる春の陽射しの下、寒風が足下を冷やす。

 この春号に昨年の春に書いた拙作が掲載されている。その証拠かどっさりと梱包されていた。

 100名余の同人が集った秋の大会。越水氏、土山氏が世話人を務める分科会で推していただいた。皆さんのアドバイスを参考に改稿を繰り返し、職業人の後藤耕氏に校正してもらう。

 よもや忘れていた頃に届いた小説は、まるで他人が書いたもののようだ。

 

 あれだけ推敲したはずなのに、 粗が目立ち、削りたい部分も多くある。

 投稿も休み、遅々としか進まない小説に苛立つ自己憐憫の日々。

 季節風に出会ったのが2010年。その年に後藤竜二氏が他界し、その遺産である本郷の大会へ初めて参加した。

 【はじめの一歩】。その名の通り、工藤純子氏とイノウエミホコ氏が世話人を務めるこの分科会が中年となった文学青年のはじまりである。

 それから3年。酸欠になりそうな地下の大広間。その時の同人たちの激励の銅鑼の大音声は決して忘れまい。

 書店や図書館の数多の本に囲まれていると、お前の書こうと思う文章はすでに書き尽くされている、無謀な行いだと諭され、途方に暮れることしばしば。それでも時代の片隅に、ほんの僅かの余地が残されているのではないか、そんな錯覚をおぼえ、穿ちに抗い粘っていると自然形になることを教えていただいた。

 膨大な時間を費やさないと、確固たる文章など紡げないのだ。

 そんな4年目に吹く春の風が運んでくれた一冊、たくさんの仲間や友人の恩情が創作魂に滲みていく。

 自作の不埒を思えるからこそ、まだ書き進める意義があるのだと煩悩に言い聞かせている。

 




 「麦茹でて喉を潤す実りかな」哲露
 
 大川端で恒例になった小笠原流の流鏑馬が行われていた。

 継続こそ最大の困難であり、最大の功労である。

 何も恐れることはない。書くことが最良の喜びなのだから。
  



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清水寺と上野戦争。

2014年04月15日 | ★江戸っ子エッセイ★


     寛永寺から逃げる輪王寺宮

 福沢諭吉が慶応義塾を開いたのとほぼ同じくして、ついに上野戦争が勃発した。

 新政府の思惑や計算が狂い、この時代関八州では旧幕府軍に身びいきするものも多かった。

 徳川(とくせん)さまと永く親しんだ太平の世を市井の民はどこかで贔屓にしていたのかもしれない。

 江戸開城の翌日4月12日、大鳥圭介率いる一隊は桑名藩兵を併せて二千余名の大所帯で結集する。これに意気を感じた江戸の鳶職、左官などの職人兵も加わったというからまんざら捨てたものではないのだ。

 彼らは新政府軍を官賊 と呼び、自らを天兵と呼んだ。

 彰義隊はそんな流れのなかで生まれ、旧幕臣の澁沢成一郎や天野八郎は、輪王寺宮を擁して、慶喜警護の大義名分で動く。

 

  ときに、1868年(明治元年)5月15日。大村益次郎率いる新政府軍は、決死の覚悟で旧幕軍に対し総攻撃を開始する。

 旧幕臣渋沢成一郎(渋沢栄一の兄)と天野八郎がまとめた彰義隊は、近代兵器の砲撃を前に敗走した。 これは後の奥羽越列藩同盟の戦いにも影響を及ぼした。

 この年の7月、江戸は東京に改称された。 

 日本が大きく変わった瞬間である。




「山の段登り聞こゆる彰義の音」哲露


 西郷隆盛像にほど近く、彰義隊の供養碑が花見で賑わう上野公園に堂々たる存在感をみせていた。 

 教科書で学ぶ遠い過去でありながら、曾祖母の生きた元号であることを思うと、にわかについ先頃のことかと気持ちの奥底がぞわぞわする。 

 書けるだろうか。

 そんな思いを抱き、染井吉野の根っこで騒ぐ喧噪を他所に、清水寺の舞台から不忍池を眺めるのである。 

 家族を守るため、平和を願うため、皮肉にも戦い散った人々の生き様に思いを馳せる。

 相次ぐ家人の流感に一葉桜と花魁道中は見逃したけれど、今度の週末は隅田公園にて小笠原流流鏑馬の登場である。 

 まず、いまを乗り越えたい


  

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浅草川に浮かぶ。

2014年04月06日 | ★全国蕎麦屋飲み好き連★


         墨堤の桜


「それぞれに春来にけらし隅田川」博乱 天賞


 花の命は短い。

 厳しく長い冬が過ぎ去り、ようやくお江戸に春が到来した

 各所で満開になった染井吉野。

 大川端の両岸に、風雨に耐えた健気な薄紅色が映える。

 春麗らかな土曜日、全その仲間たちが集った。

 私は6時に起きて、地元の名所築山に座席をキープ。

 この早駆けがのちの被害をよぶことになろうとは………。



 爽快な春の陽の下、花たちが華やぐ。

 めいめい両国の乗り場に集合。


「まどろみと現実を生きて春の川」草露 地賞





 9時50分定刻に出船。

 迎え酒の先輩たちは、早速北海のあたりめで恵比寿をすする。

 飲んでいるのはわしらだけ。


「河の香に匂ふ思い出首都高の」千姫


 



「対岸の小町に見とれ酒こぼし」哲露


 墨堤、深川、石川島、佃島、日本橋、新富町、築地と岸際の桜並木が美しい。

 ときおり、花を撮り、眺め、談笑しながら、河口へ向かう。

 台場に古めかしい灯台がみえる。

 幕末のお城の面々の困惑を思った。



 築地市場をこの角度からみられるのは、舟上ならではの特権。



 かつて両側にそそり立って開いた勝鬨橋の堅牢な橋脚が頼もしい。



 どこかの国の運河に迷い込んだよう。

 浜離宮で吟行したときの話に咲いた。

 この庭園もいまが絶好であろう。



 隅田川を封建の人々はかつて大川と呼んだ。

 古くは宮戸川、吾妻橋のこの辺りは浅草川とも言われて、名産だった海苔にその名を残す。

 東武の鉄橋を越えたところで上陸。

 いざ、花見会の場へ向かう。

 


「ソ連でも領地取られる花見かな」鶴輪 人


 朝7時の時点で仲間に送った証拠写真。

 不思議なことに、別のシートが張られ、知らない若者が音楽を聴いている。

 新品のシートに書いた全そ連の文字も憫れ、場所は無惨にもなくなっていた。

 晴れの日に、争うことも空しい。


 


「花を見て歳を重ねつと想う宴」酔徹




 いろいろな難局を乗り越えた大人は品やかで柔軟だ。

 いっときの仮住まいの後、小雨がパラついて撤収した場所を陣地として再確保。

 越後の酒が我々の結束を守ってくれた。

 ここで登山サークルの女神が合流。

 小洒落た彼女手製のつまみに、ワインが進む。




「花見客行き交う人も酔い仲間」栃乙女

 
 花見客を取材するもの、縁結びの神社に参拝するもの、露天の食べ物を買いに走るもの、各々吟行という名の花見を楽しんでいる。

 早起きの先輩たちは、ぽかぽかの日だまりの下、昼寝に興じた。

 まことの極楽とはこのことかいな。

 墨堤を歩き、やれひょうたん池や、牛島神社やと屋台を冷やかしつつ、本所へ向かう。

 いつもの定店で、五七五のお遊びを愉しむ。これぞ大人の連。





 朝から飲み食いがつづくせいか、軽いつまみで俳句をひねる。

 組を三々五々にしてのチーム戦。

 直木賞の選考委員よろしく、選者の講評が間近に聞けるのがことさら可笑しい。



 そうそう、このとき花見会に賞品を忘れる失態が発覚した。

 ショックに立ち直れない私。

 解散後、花見の会場に戻ったら奇跡が起きた。

 なんとそのままの形で、賞品を入れた袋が残っているではないか。

 神がいた。




「墨堤や風の名残の桜かな」優女


 心許せる仲間との花見会。

 新しいメンバーも、違和感なくとけ込んでいる。

 花びらの舞が無常観たっぷりに、浮世の寒風を和ませてくれた。

 これがあるからやめられない。



 仲間がいる。このことに感謝した一日だった。

 来春は兄貴たちのお膝元に決定。

 皆さん、ホントお疲れさんでした

 

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