週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

呑気な緊張。

2014年10月27日 | ☆文学のこと☆


          森川別館鳳明館

 澄み渡る碧さも眩しい秋の週末

 今年も本郷の台地に仲間が集まった。

 緑に覆われた門をくぐった。

 水を打たれた石畳に気が引き締まる。

 同人誌季節風の泊りがけの合宿がはじまる。



 大広間の総会、ぼんやりと聴いていた。

 あさのあつこ代表が立ちあがる。

 地下に響く、凛と発した言葉が、私を現実に引き戻す。

 そうだ、漠然と生きるのではなく、何を成すかがもっとも大切なのだ。

 私は【愛の物語分科会】に参加。

 昨年に続いて、越水利江子、土山優両師匠にお世話になる。

 参加者は12名。創作10篇、評論1篇。

 ひと月かけて読み込んだ生原稿を元に、一筋縄でいかない御仁たちがあーだこーだ。

 どの言葉も作品をよりよくするための真摯な助言に満ちている。

 私と小西大兄の作品は初日に終える。

 それぞれに抱える思いを癒すため、日の落ちた本郷の町に出た。


          おでん「呑喜」

 言問通りを渡った先に、老舗のおでん屋がある。

 その名も「呑喜」。

 明治20年の創業だという。

 なんと。。




 店に入るとラッキーなことにカウンターが空いていた。

 横には東大生と思しき若者たちが味の滲みた芋を頬張っていた。

 大振りのそれは、カラメル色に染まっている。

 東京でも珍しくなった醤油たっぷりの関東炊きだ。



 私はツミレ、筋、ガンモ、はんぺんなど頼み、サッポロラガーをぐびり。

 緊張感の張りつめた合評で強張った肩が、解されていく。


【呑気にもぬる燗飲みつ筆は持ち】哲露




 燗酒に切り替え、今日を振り返る。

 年輪を重ねた琥珀は、何千、何万の呑んべの肘を支えてきたカウンター。

 辛口がしみる夜。

 大根が煮えるにはまだ時間がかかるとのこと。

 残念だ。

 代わりに頼んだお新香が素朴でいい。

 東大のおひざ元、歴代の首相経験者やら各界の大物が通った暖簾。

 同人と杯を交わすため、早々に店を出た。



 20代に憶えたMac。「日曜日のiMac」の著者、山川健一さん親子が飛び入りの参加。

 脱原発の急先鋒で、名うてのロッカーであり、プロデューサーであり、プロフェッサーであり、書き手である。越水師匠に紹介してもらう。

 若き日の憧れの方と話せて、思わぬ収穫だ。

 山川さんとお嬢様で若き作家でもある山川沙登美さんはその場で同人に入会されたとか。なんとも不思議なご縁である。

 そして、毎年、天水を差し入れてくださる奇特な先輩ご夫婦。

 磨きに磨いた天の酒精は、微かな色をまとい、米粒の深みを残している。この珠玉は、この地下でしか飲めない。

 フレッシュな果実をそのまま含んだようなモノ、湖の底に沈殿させた宝石のようなモノ、ワインの名品もいくつか飲ませていただく。

 同部屋の高田さんからも佐渡、新潟の地酒を振る舞われる。そして、櫻井さんからも。

 なんという贅沢。

 グラスや茶碗に満たされた、虚栄と慢心、率直と反省、宣誓と失望。

 交わす言葉の鋭さと重みこそ、現代の寺子屋。

 安酒に慣れた内臓の襞が各地の銘酒に洗われ、 勇み尖った気持ちを溶かしていく。

 ただ、呑気に飲んでるわけじゃない。

 はしゃいだ宴は2時まで。タハッ。

 井嶋さん、今年も御馳走さま。 

 高田さん、櫻井さん、呑んべに名水をありがとう。



 二日間に渡る、合評を終えた。

 バブル全盛のゴールデン街に迷い込んだような濃密な気配が充満した小部屋。

 推薦作は、越智さんの「キタキバシリ」に決まった。越水師匠の的確を胸に、きっと名作が完成することだろう。

 発表した安田さんがひとこと、

 「疲れた!」

 場内がどっと湧いた。

 だが、みんな知っている。この疲労はただの虚脱ではないと。

 薄い木枠の窓ガラス、そろりと歩くと軋む廊下、清潔な洗面所、紅い座布団、染みのついたフスマ、窓からみえる洗濯物、赤門に佇む学生たち、陽に輝く銀杏並木。

 どれもが私の秋の風物詩となった。

 こうして文字を書いていることがかぎりなく幸せだ。

 あれも書きたい、これも書きたい。

 私を推してくださったありがたい同人たちに感謝。

 今日の一票が背中を押してくれる。

 脱力のなかに僅かに芽生えた光の粒が、やがて誰かを燈す日が来ますように


 追記

 近江屋さん、大会委員長という大役はホンマ大変やったと思う。本当にお疲れさま。

 幹事会、関係者、同人の皆様、今年も何かをいただきました。どうもありがとうございました。

 
【お知らせ】
 


 11月15日(土)、子どもたちのことを考える、フォーラムが開催される。

 詳しくは、 http://www.jpic.or.jp/event/jpic/2014/10/09161959.html へ。

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作家の輝き。

2014年10月18日 | ☆文学のこと☆



 2014年10月16日のこと

 職場を早く抜けさせてもらい、神楽坂に向かう。

 児童文学作家で、日本児童文学者協会の理事でもある加藤さんのご厚意で、予約をせずに、【子供たちの未来のために】フォーラムに参加できた。

 やや遅れて到着すると、会場は約270名にも及ぶ、人々が集まっていた。

 特定秘密保護法の違憲性を問い、廃止にしようという児童文学に関わる大人たちの集い。この問題に関する関心の高さが伺える。



 グローバルに法の世界を説く慶應の名誉教授の小林節さんの講演から始まった。

 ときにブラックなジョークを交える砕けたお話しは、法に疎い私の煩悩にもすんなり入るほど判りやすい。なるほど、頭脳明晰だけでは教授はできないのだ、と学生時代を思い出した。人気のある教授は、実績だけではなく、話術に長けた方が多かった。

 5分の休憩を挟み、リレートークがスタート。

 あさのあつこさん、いわむらかずおさん、さくまゆみこさん、武田美穂さん、森絵都さん、岩崎書店の岩崎社長が順にお話しをしてくださった。

 それぞれの家族や社会背景を元に、それぞれの思いや痛切を、ときに強烈な辛口とユーモアでたっぷり語られる。特定秘密保護法の問題は、平面だけでは論じられないということだろう。

 原発の問題、集団的自衛権の問題と複層的に論じる方が多かった。

 それにしても、皆さんおしゃべりのお達者のこと。話しに長じてないからこそ、物書きになるもんだと思っていたけど、高橋うららさんのおっしゃる通り、昨今の作家はおしゃべりができないと第一線には立てないようだ。 

 森絵都さんは作家としての自分と個人としての自分を分けて考えているとおっしゃった。

 だが、皆さんの話しを聞いていて思ったことは、 作品の個性そのもののように、語る口調にも個性が宿っているということ。

 加藤さん、司会お疲れさま。関係者の皆さん、ありがとうございました。

 帰りは、その刺激を胸に神楽坂の石畳を下ったのである。

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 そして、本日18日は息子の家庭教育学級というのに参加してきた。

 講師は、第20回松本清張賞を受賞された、山口恵以子さん。

 そうこの名前と響き、どこかで聞いたことがおありだと思う。

 食堂のおばちゃんが大きな文学賞を取ったということで、時の人となった方だ。

 早稲田の学生時代、就職活動をせず、漫画家を目指し、宝石会社の派遣などをしながら、漫画家を諦め、シナリオのプロットを書いてきたエピソードを伺った。

 話題とされた、食堂のおばちゃんが苦節25年の末という表現は正しくないそうだ。

 実際には苦労も挫折もない。

 彼女には、幼き頃から物語を創るというはっきりと見える一本の糸があり、 その糸を手繰ってきたら小説家としての賞を得た、ということらしい。

 ここにも、確固たる作家の意志が感じられる。

 先のフォーラムの作家たち同様、ときに辛辣なペーソスを交えながらも、ユーモアも忘れてはいない。

 時間の感覚にルーズな娘の指導に困った方の相談には、インドへ行け!
 
 これには笑った。

 また、会場にはそのインド人の会社で働く方もおり、10年先の計画を考える日本人の滑稽をインド人に嗜められた体験を語られていた。なるほど、土地や文化の尺度、モノの見方を変えると風景がまるで違って見えるのだ。

 この意外でかつ単純なロジック、およそ気付かないで日常を過ごしてしまってないか。自問してみる。

 ここ一番では全力で立ち向かう、その末の敗北は決して挫折などではなく、諦めがはっきりすることで、新たな道が切り開かれる、次のステージに向かう好機であると山口さんはいう。

 諦められるほどの全力を投じたか!

 この世は輝ける闇。ハイデカーと開高健の投げた球を私はいまだ追い続ける。

 来週は、窒息するほど密度の濃い、作家集団の合宿である。

 いろいろと刺激をもらっている、文学の秋である
  

 【道半ばベンチで鮭の握り飯】哲露

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フットサル始めた!

2014年10月12日 | ★江戸っ子エッセイ★



 俳句の仲間に誘われて、ついに始めたフットサル

 下町の老舗の先にある倉庫ビルの屋上にそのコートはある。

 秋空が眺められる抜群の眺望。

 初参加はとりあえずの、ランニングシューズで。

 これが滑る、すべる。

 止まらないもんだから、気負って走って、対戦相手の若者にぶつかってしまう。

 人工芝がスタンダードのフットサルでは、やはり専用シューズは必須なのだ。

 それは、ランニングだろうが、バスケだろうが同じだね。


【シュート決め麦酒も旨い夜長かな】哲露


 

 10km,20km 走るのはわけないカラダにはなったものの、競技が変わるとそうはいかない。

 STOP & GO の繰り返しは、最年長という肉体の限界を嫌という程再確認させてくれる。

 チーム内で自由に交代するシステムだから、しんどいとすぐにキーパー役についた。

 ハーフ8分、ひと試合16分。休憩は3~5分程度。

 交代要因はいないから、常にフィールドに立っている感じ。

 ペナルティーエリア外からのシュート、男子は禁止。だから断然得点は難しい。

 それでも徐々に慣れて、なんとか2本シュートを決めた。

 やっぱりうれしい!

 20代の女子が練習するたびに、本番でうまくなる。

 若いということは、それだけで才能なんだな。



 フットサルの後は、 近所の中華屋へ。

 庶民的な価格なのに、円卓まである。

 家族連れなどであっという間に満員だ。



 ゴーヤの酢の物は限りなく苦く、疲れたカラダに効いてくる。

 甘く弾力のある餃子の皮に、しっとりの肉汁と野菜の優しさが包まれて、何とも幸せな気分に。

 そして、冷えた生ビールがなんとも美味しい!

 競技では遅れをとったおっさんも、飲み会ではフォワード役になれるのだ。

 環境のまったく違う、若者と女子との会話はそれだけで十分に刺激的だった。



 あったかい胡瓜はどうだの、酢豚にパイナップルはどうだの、どうでもいい話題がアルコールのつまみには最適なんだ。

 いつもは一人でのランニング。学生時代の少林寺拳法も個人競技だった。

 こうして、仲間と連帯を持ってカラダを動かして飲む酒はことさら旨く感じるものなんだな。

 この歳になって、こんな体験ができることがHAPPYで素敵なことだとつくづく思う!

 友人の恋狼さんに、ありがとう。



 チャリンコで行ける下町だから、帰りもチャリンコ。

 ペダルを漕ぐと、夜風が気持ちいい。

 地元に戻ると、大正期を彷彿とさせる東武ビルが燦然と輝いている。



 横を向けば、メジャースポットの神谷バー。

 大学生の頃、地元の友人と背伸びをして、電気ブランを飲みにいった。

 あれから、どれだけ成長しただろう。

 それと引き換えに、大切な何かを忘れてしまってないか。



 必須アイテム、トレシューを買った。

 いつでも参戦可能。

 だけど、今は本郷の大会前。

 読み込みが終わったら、参加できるかな。

 書きたいものもたくさんある。

 来週までに考えよう。

 体育の日をまえに、永代橋まで走った。

 先週は台風で走れなかったもんね。

 明日もまた大型が接近する。

 今日も分科会のメンバーの作品を読んでから、走ろっと。

 読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋、そして食の秋。

 皆さん、お風邪など召しませぬよう、ご用心

  

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風の移ろい。

2014年10月04日 | ★江戸っ子エッセイ★



 秋の風が吹いたと思うと、台風によるのか、30℃越えの蒸し暑さがふたたび訪れる

 とはいえ、散策、ランニング、サイクリングには最適といえるシーズンになった。

 SNSで拾った情報もあり、チャリンコで亀戸に向かう。

 わが街から北十間川を行くと、ご覧のような巨塔が仰げる。

 首が痛くなるほどの、現代のバベルの塔。

 アニメのロデムに憧れた幼き自分を思い出す。



 亀戸中央公園へ近付くと、散策中とおぼしき人の波。

 区の施設にチャリンコを止め、公園に踏み入れる。

 デング熱の蚊が、代々木公園から亀戸へ変更させたからだ。

 不穏と不安はあちこちに点在している。

 警備する警察官の方もご苦労様。

 署名を求めるたくさんのボランティア。

 その一人から本日のデモの案内をもらう。



 澤地久枝さん、落合恵子さんらが順番にスピーチしている。

 壇上をみつめる群衆。

 東北支援の露天などが回りを囲む。

 のどかな公園に、これだけの人が集まるのは異様といえば異様。

 みな、東北の大震災から三年半が経ち、あの当時に感じた風が忘れ去られることに抗う思いだろう。

 苦しみは終わらないどころが、年月とともに深刻さを増している。

 それをどこ吹く風と、偽政者は肩で風を切る。



 着々と進められる再稼働への動き。

 脱原発の機運は独裁に押し戻されている。

 大江健三郎さんの演説に熱が帯びる。



 さようなら、原発。

 いつになったら、悲しみの元は絶たれるのだろうか。

 制御できない火を扱うほど愚かなことはない。

 人間の傲慢を戒めるのもまた人間だ。




 【東北の尊厳いずこ天高し】哲露


 巨塔を作ることができるのもまた人間の英智。

 出来るなら、人々が手を取り合って笑顔で暮らせる世であって欲しい。

 秋の北十間川。

 大川に向かう川風が、平和を運ぶことを祈る。

 悲しみ、苦しみの上の豪奢ほど貧しいものはないのだから

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