「ガラスの壁のむこうがわ」
著:せいのあつこ 画:北澤平祐
発行:国土社
同人のせいのさんのデビュー作を読んだ
表紙のカラフルな色彩のシャボン玉は、本文に入るとガラスの玉だと気づく。
うつろな女の子の目は本を見ているようで、どこを見ているのか。
日本人はとかく枠にはめたがる。
個性を伸ばそうという教育者のスローガンなんて嘘っぱちだ。
国も、会社も、学校も、軍隊も、家庭ですら輪を乱すもの、異端を嫌う文化がわが民族には脈々とあるような気がする。
人と同じでなければいけないなんて誰が決めたんだろう。
友達100人できるかなという歌を、何の疑問も湧かず歌っていたけど、
成長するにつけけたくさんの友達を持てば持つほど、関係性のあいまいさ、薄さに孤独感が現れるはずだ。
ツイッターやFBなどのSNSがいい例だ。
ここでも利便と引き換えに、孤独が誘発される。
いっそ一人でいたほうが気が楽なのだ。
ただ、時折、自分の考えに共感できる、共鳴できる友がいると妙にうれしい。
それこそが真の友情ではないのか。
常に群れることを、組織を嫌う私もまた一人の由香なのかもしれない。
一般的に言う、普通なんてものは幻影なのだ。
同人の一人として、せいのあつこの短編を読んできた。
作者のメッセージが結実し、潔く一冊にまとまったことが仲間として感慨深い。
読み終え本を閉じた。
由香の目が心なし笑って見えた。
せいのさん、デビューおめでとう。形になってホントよかったね。
これからも異端を、不器用がかっこいいを、子供たちにいっぱい届けて欲しい。
【薄紅のガラスに映る友の顔】哲露
満月の光が照らす隅田川の桜も一部咲き。
雨の予報も外れ、晴れ間が広がっている。
春の公園。のんびりと、風のラブソングを聴きながら、花に語りかけたい。
墨堤の露店を冷やかしにいこうか。
ああ、花粉さえなければなぁ
【眩しさやビューと吹く風花開き】哲露
世界最大の家具販売店といえば、言わずと知れた「IKEA」である
わが伝統工芸の国、日本でもいまやファストファッションとIKEAが隆盛を誇る。
主人公はノルウェーで40年に渡り家具店を営んできたハロルド。
その店の前に、ある日突如IKEA」が出現した。
職人気質のハロルドは強気で商売を続けた。
街の名士でもある彼は自分の方針の正しさを疑わなかった。
しかし、わずか半年後には閉店に追い込まれ、認知症の妻も先立ってしまう。
IKEAはまさにハロルドにとって、北欧の黒船だったのだ。
築き上げてきたものをすべて失った初老の男の喪失が切ない。
思えば、幼年期に暮らした町の商店街もいまや死滅してしまった。
通学路にあった電気屋さんのおじさんおばさんは元気いっぱいだった。
近所の喫茶店のマスターの作るカツサンドはどこよりも美味しかった。
自営業の忙しさからよく出前を頼んだ中華屋の五目そばやとんかつ屋のヒレカツ弁当ももう食べることはできない。
取材で訪れた北陸の商店街は、10年前にすでに寂れていた。
東北は震災と放射能による人災で過疎化にさらに拍車がかかっている。
世界各国、資本主義の行き着く先は、大資本の勝利、株主と資本家の天下でしかないのだろうか。
そんな虚しさでハロルドを追っていく。
焼身自殺も失敗した男は、ふとしたことで、その資本家と遭遇する。
代々の家具店を潰された男と潰す要因を作った男が出会ってしまったのだ。
ときに、シリアスに、またコメディタッチに物語は進行する。
酒乱で寂しがり屋の母を持つエバが、「IKEA」創業者のカンプラードの誘拐に加担する辺りから動き出す。
それぞれの信念は違えど、それぞれに確固たる考えを持つ二人の男。
そこには懸命に生きる人間の姿が投影されている。
そして、独りよがりの母を突き放せないエバの健気が愛おしい。
現代のあらゆる悲劇、喜劇、およそ時勢が凝縮されている。
ハロルドがふたたび笑える日はくるのだろうか。
ほぼ三人で構成された作品、金をかけずともヒューマンドラマを描ける。
いいや、金がかかっていないからこそ、市井の日常を映し出せるのだ。
ハロルドが笑うその日まで。
形あるものはいつか崩れる、その刹那を等身大でセンチに、じんわりと包んでくれる。
4月16日より公開スタート!
静謐な大気、大雪原に放たれた花火やネオンの煌めきの一瞬が美しい。
花開きの週末、北欧の男の温かな白い息を思い浮かべる
【ひとりぼちしがらみ外し梅香る】哲露
試写で不思議な作品に出会った
オランダの美しい田園風景が印象的だ。
最愛の妻を失い、天使の声を持つ一人息子とは音信不通。
空いたバスで仕事に通う、主人公フレッド。
彼の孤独が画面いっぱいに染み入る。
ある日そこへ現れた謎の男。
その名前も判らない男と時間を共有することで、彼の生活リズムが少しずつずれていく。
色彩を失くした彼の孤独な日常が徐々に温かみを帯びていった。
フレッドの笑顔に、田舎町の偏見が立ちはだかる。
だが決して暗いだけの作品ではない。
所詮誰もがみんな孤独なのだ。
果たして、孤独であることを受け入れることが人生を謳歌する要諦なのか。
孤独を認めることは誰しも怖い。
私も孤独をススメるわけではない。
しかし、認めることで豊かになるものがあるのもたしかだ。
お互い孤独であることに気付くことで近づく縁もあるのだ。
敬虔な彼が呪縛から解き放たれる瞬間がハラハラとし魅了する。
4月9日から上映がスタート。
ロッテルダム国際映画祭、モスクワ国際映画祭の観客賞などを受賞。
不思議な魅力に溢れた作品である