週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

「ガラスの梨」のこと。

2018年07月21日 | ☆文学のこと☆



      【ガラスの梨】
   越水利江子 著  牧野千穂 画 
    2018年7月 ホプラ社刊 


【逃げ惑う 空の彼方に 弾の雨】酒上乃不埒

 

 昭和16年。

 歴史を知る僕らは知っている。

 少しずつ確実に暗い影が忍び寄る時代。

 個人の領域が軽んじられる昨今だが、人の命の重さについては語るべくもない。

 そして「ガラスの梨」を上梓した、越水利江子はそれを強く長く語り続ける作家の一人だろう。

 主人公笑生子、華奢で元気な、兄やんを慕うどこにでもいる小さな女の子。

 その周辺の日常が明るく丹念に描かれているからこそ、空襲警報と焼夷弾の雨によって血まみれになる戦時下の灰色がリアルに肉薄する。

 東京に暮らすわたしの周りでは、この時期東京大空襲の特集や展示や催しが多い。

 だが、戦争体験のない僕ら世代は、あくまで歴史の教科書、映画の出来事と他人事のように感じているように思う。

 その証拠に、現代でも命を失う戦は中東だけでなく世界中で起きている。

 震災が起こるたび、ニュースは連日報道する。対比して異国の命の重さはフィルムの向こうの遠い話しなのだ。

 これは日々暮らすための、人間のなす防衛反応なのか。

 越水が書くこの物語は、大阪で現実に起こった大空襲の話し。

 開高健がベトナム戦争を描いた闇三部作に始まる一連の著作は有名だが、

 大阪出身の開高は同じく「破れた繭」などに、年少期、大阪を襲った戦闘機の下に暮らす市井の民のことを書いている。

 彼の豊穣にして辛辣な筆致は、ひたすら彼の飢えを通して語られるのが印象的だ。

 暗い食卓の上の芋を囲み、手を伸ばす開高とその家族。

 その野獣のような視線が本来なら優しいはずの母の眼を痛罵し泣かせてしまう。

 生と死。

 越水は大胆に、自らを傷つけ痛めつけながら、生々しい描写にこだわった。

 68冊にも及ぶ参考資料が、まさに命を削って書いた証といえよう。

 これだけの覚悟があるか。

 越水の、何者か陳腐で汚い権力に対する憤りが迫ってくるようである。

 そしてまた、それぞれの心にも問うているようにも思うのだ。

 作家生活25周年の記念作品とのこと。

 文学を通して伝えることの大切さ、越水が訴える筆の力をまざまざと感じる。

 まだまだ僕らにはやるべきことがある。

 姐さん、えらいの書かれましたな。

 堪えましたで。

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季節風秋の大会 in オリンピックセンター

2017年11月03日 | ☆文学のこと☆




 秋の夜長。

 風邪を引く人やら、インフルエンザが流行っている。

 気をつけねばならない。

 神保町の小体なお店で、文学絡めた一杯を。

 八寸に秋を感じつつ、銀杏をふくむ。

 牛タンの味噌漬けが秀逸だ。




 


 魚の美味い店は良いなぁ。

 子供の頃はまだ肉が贅沢だった。

 いつからだろう。

 魚の方が体に合うような気がする。

 これがジジイになると言うことか。





 辛口の酒がすすむ。

 鹿児島の人が目の前に二人。

 角川出身の男と、料理長。

 兄弟のような掛け合いは微笑ましい。

 先ごろ脱稿した小説には、薩摩侍が出てくる。

 この人らに、赤字を入れてもらおう。


 


 ブログの更新がしばらく開いてしまった。

 ごめんなさい。

 同人の集い。

 小説を書いて、分科会の参加者の原稿を読み込まねばならない。

 レポートを書いた小磯さんが推薦作に選ばれた。

 なんだか嬉しい。

 まだ道半ば。

 ここでの出会いは宝物。

 書評していただいた作品を改めて書き直そう。

 初めてのオリンピックセンターは広かった。

 二階食堂のサラダバーが嬉しい。

 時間はないが、充実した日々であることは間違いない。

 小説に向き合うエネルギーをいただいた。

 明日からまた一歩ずつ、謙虚に。

 書くって楽しいわ。 

 

【追記】

 先日 ヒルナンデス 今週食べるべし委員会! というコーナーに出演しました。

 ガラではないですけど、youtube動画の40分目くらいに出ております。
 
 
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青いスタートライン in 茅ヶ崎

2017年07月22日 | ☆文学のこと☆


     「青いスタートライン」
       高田由紀子著  ふすい画
                ポプラ社刊 


【陽を浴びて海の神も夏休み】哲露


 夏真っ盛りである。

 早いもんで、海の日がきた。

 海の日の三連休におとなしく都会でうだっててはいけないのだ。


 




 上野駅から湘南ラインに乗り、一路茅ヶ崎へ。

 たった一時間。

 海好きのあっし、ビールも飲めるこの利便性に毎度感謝。 


 




 今年の海の日は、浜降祭の日でもある。

 相当数のお神輿が海に浸かり、禊をする。水の力、水の霊力によって御神威新たな神々を奉迎する神事とか。

 白装束を身に纏った茅ヶ崎の担ぎ手たち。

 夏の日差しにも負けず眩しい。

 とっても歴史あるお祭りなのよ。





 サザンビーチに打ち寄せる波の音。

 照りつける太陽の下のビール。

 波が強いから、ボディサーフィンだけでも楽しい。 

 潮騒に身を任せて、ボォーとしてるだけで癒される。




 同人の高田由紀子氏の新刊。

 平日に読み出したら海に行きたくなっちまった。

 読みかけを茅ヶ崎のビーチで読む。

 なんて贅沢な休日。

 そんなん思うのは俺だけか。

 秋の合宿で、この原型を生原稿で読んだ。 

 主人公は小学五年生の男の子で、都会っ子の颯太。

 妊婦のお母さんは体調を崩し、静養が必要という。

 夏休みを利用し、おばあちゃんが暮らす佐渡島へ旅する。 

 去年まで和気藹々と喋ってくれた、一学年上のあおいが妙によそよそしい。

 網戸から吹く風、真っ赤なスイカ、蜩の声。

 佐渡の夏に押されるように、ひょんな勢いで一キロの遠泳大会に臨む。

 心に傷を抱える夏生との出会いが、登場人物それぞれに微妙な変化をもたらす。

 よく喋り、良い子過ぎる颯太に違和感も憶えた。

 だが作者のキャラクターを思うと、なるほどこれも一つのリアルだと頷く。  

 忖度やら、裏側の空気まで察するようになった汚れちまったあっしには、

 眩し過ぎる佐渡の海である。

 直球ど真ん中の高田氏の作風が好感を持って読まれる世であってほしい。

 日本の正しい夏がここにある。 





 都会に戻り、元祖中村屋のチキンカレーを食す。

 戦時下の配給時、米の券を中村屋へ持っていくと、なんとカレーライスを振舞ってくれたという。

 お米も当時では信じられないほど美味しかったとか。

 幼い頃の記憶は増し増しだろうが、そんな追憶ならいくつあっても良い。 

 合宿で読んだ物語を、ここまで仕上げた作者の努力を想う。

 その真摯にたじたじとなりながら、心の中の海へ出かけたくなった。

 それにしても美しい絵だ。

 少年少女たちの若い記憶に、一人でも多く残って欲しい物語である。 

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大林くんへの手紙

2017年04月16日 | ☆文学のこと☆




【頼りなく傾く椅子が便りかな】哲露


 傾いた椅子。

 その視線から見上げる空に、なにが映っているんだろう。

 手紙がメールに、メールがSNSと言われるものに変化した。

 手紙への回帰も言われる中、面白い実験だと思ったし、その方法論が世界を作り、空想の領域を広げている。

 文香からの手紙より、文香の行動に起因する周りの反応やハレーションが興味深かった。

 そして、文書を交わすだけでない、個体としての心情の交換もまた新鮮だった。

 せいのさん、いつこんな手法を思いついたのだろう。

 誰もが気づくことがないような、内面の心象を拾い上げる名手だと思う。

 言葉にすると、伝えたいものが手から漏れてしまう。

 個人的には、ラストの大林の文は、ない方がかえって完成度が高かった気がする。 

 わかりやすさ、伝えやすさからだと判っていても、言葉にしない伝達にこだわった小説世界だけに勿体なく思った。








 今年は寒さの揺り戻しが続いたせいか、桜が長く楽しめる。

 うちの坊主も、昨夜花見とか。

 来週は春の研究会。

 後輩連れて、参加する。

 またしても、アウトプットでなく、インプット。

 私もいつか、ちゃんとした小説を書きます。

 あしからず。 

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「シニアの品格」を読む

2017年02月18日 | ☆文学のこと☆




【都鳥 春一番の 飛翔かな】哲露


 珍しく話題の本を手に取る。

 59歳の主人公は、アメリカ駐在の支社長という輝かしい経歴を持つが、部下のセクハラのため本社の内勤につく。

 シニア人材と呼ばれる屈辱に満ちた一年を過ごしてきた。

 このシニアという言葉、日本では老人、老化の象徴のような響きだ。

 しかし、ネイティブの間では、年長のほか、上級という意味合いもあるそうだ。

 決して高齢者という意味づけだけでないのだ。

 自己顕示欲が強い東条は、職場でも家庭でも人の話を聞かず、いわば地位を利用して強引に仕事を進め、生きてきた。

 力のあるうちはいいが、立場を失くすと企業では辛いもの。

 そんな時に、テニススクールで出会った一人の老人を見かけた。

 思い悩んだ挙句、「古井戸よろず相談所」という看板を掲げた奥野家を訪れる。 





 二人の他愛ない対話が始まる。

 会社の上司(年下)の愚痴、妻との不和を話し、助言を求める東条に対し、奥野老人はただ聞いて話を促すだけ。

 性急に答えを欲する東条に、自ら考えることを教えていく。

 人の話を聞き、相手の立場や考えを深く理解する。 そこから全ての関係が始まる。

 さすれば自然と人は心を開き、真の意味での交流が持てるのだ。 

 相手の欠点ばかりをつくのではなく、むしろ逆手にとって、良いところを活かす手法に目から鱗になった。

 よくある指南書、上目線の新書の類は得意としないし、読む価値すら感じないが、

 このシニアの品格、老若男女、すべての悩める人に勧めたい。

 最近、若者より電車やスーパーで、勝手気ままに振る舞う老人を見かける。

 暴走老人になる前にこの本を開いてほしい。

 聞くことができる人間のすごさが体感できる本。

 これこそがまさに、人間の尊厳のあり方であり、品格だ。 

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文学の館。

2016年12月19日 | ☆文学のこと☆


                本郷の旅館【森川別館 鳳明館】


       同人誌季節風さま御一行いらっしゃい


【語れども語れ悩まし深し館】哲露

 

 浅草寺で歳の市が始まった。

 羽子板も人気が落ち目なのかお店の数が減っている。

 ひとの一生など本当に儚いと思う。

 転職のあれこれ、旅などしている間に、師走どころか聖夜が迫る。

 いまさら振り返る秋の同人の集い。

 今年も日本全国、海外から仲間が本郷に結集した。
 
 懐かしい顔に思わず気を許したら最後、旦那、下手な小説ツッコ込まれまっせ。





         昭和モダニズムな館内


         幹部たちも真剣でござる

 
 いずれ味のある昭和レトロ旅館の佇まい。

 これこそ親父、淑女の癒し系。

 わたしは、そそくさと馴染みとなる【愛の物語分科会】へ参戦。

 多忙を言い訳に一度は逃避行を空想したが、姐さんたちの励ましでラストまで疾走した。

 この分科会。いずれも名うての書き手ばかり。

 現役の作家があっちにもこっちにもゴロゴロ。

 棚ぼた式にいただいた皆さんからのご推薦。

 ありがたいこってす。

 励みになりやす。





 恐れ多いことだが、旅の前、転職前にしか手を入れられないと思いどうにか手を染める。

 怠け者は、およそ一年ぶりの執筆なのだが、やっぱり書くことは気持ちいい。

 薬師丸ひろ子の言葉を借りると、”快感”ということだ。

 快楽は、薬より好きなことなのだよ、とどこぞの元ミュージシャンに伝えたい。

 ああ、万里の河よ。





 時間延長してまでの白熱の論戦、アレヤコレヤ。

 点心でビール、そして、いつもの宴会場に、いつもの秋田の富豪より差し入れ。

 ご欠席だが、酒だけ送ってくださるとは何とも粋な計らいや。

 井嶋さん、ありがとう。

 天寿、心して、いただきやした。





 作家に囲まれ、

 敦盛の一節、人生50年下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなり。

 ひとの一生は本当に儚い。

 愚息の所属するインカレ決戦はボロボロ。

 ここから成長するしかないのね。

 新宿しょんべん横丁で、先輩方と合流。

 齢52にして彼岸に旅立った仲間に、献盃す。





 橋本さん、いままでありがとう。

 またいつか天国で飲もう。

 どうかいい旅を。



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リジェクションを読んで。

2016年11月27日 | ☆文学のこと☆


    リジェクション
    佐藤まどか著


【拒絶とは心の葛藤銀杏踏み】哲露


 秋たけなわ、それとも初冬に入ったか。

 酉の市も二の酉を過ぎると、今年も冷える習わし通りだ。

 予てから読みたいと思っていたまどか氏の「リジェクション」を読む。(この先ややネタバレ)

 主人公はミラノの美術高校に通う16歳の女学生アシュレイ。

 ネイルガンで心臓を打ち抜かれるという凄まじい事故の後、他者の心臓を移植される。

 その若きドナーの心臓を拒否する反応が、リジェクションというらしい。

 移植後に性格が全く変わってしまったアシュレイ。

 よく聞く話だが、興味をひく。

 ありきたりな言葉でしか対応しないカウンセラーや医者にうんざりしてしまう。

 人間は規定を外れると拒絶するのは万国共通らしい。

 ある日、図書館で読んだ米国の脳神経学者の記述に激しく納得する。

 「・・至福体験は、脳に記憶されると同時に、血液や器官、筋肉、組織、および骨格に生じる」

 この言葉に、アシュレイは自分の中にドナーの記憶が入って来ていると確信する。

 読者である私も至極頷いた場面だ。

 そして、物語は進み、A1ライセンスでは乗ってはいけないはずの、

 125ccだが出力のデカい単気筒2ストロークでボローニャ地方へ向かう。

 ところが、思わぬ交通事故に遭遇し、モデナとボローニャの間の小さな町に降りる羽目に。

 そこで出会ったのが、運命の人、ルカだ。

 療養の話ではなく、旅にこそ物語の何かが潜んでいると思ったが、

 まさか死体を運び事件に巻き込まれていくとは意表を突かれた。

 自分ではうかがい知ることのできない、等身大のイタリアの姿がそこにある。

 あー、面白かった。

 それにしても、女も男も内面までよく書けているなぁ。

 また、バイクの記述が詳細で気になった。

 原作者まどかさんのライダー姿が目に浮かぶ。

 まさに時速200kmで読み切ってしまった。

 アシュレイとルカのその後が気になる今日この頃である。





 外苑の銀杏並木が見頃。

 新しい職場から散策できる。

 分科会で推薦していただいた小説を入稿。

 読むこと、書くことだけは、やめられない。 





 こちらは横網公園の銀杏並木。

 北斎展をやっている。

 まさに芸術の秋ってわけだ。 


  

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「セカイの空がみえるまち」を読んで

2016年11月08日 | ☆文学のこと☆


  「セカイの空がみえるまち」
  工藤純子著 くろのくろ画


【冬枯れのホームに匂う異国臭】哲露


 久しぶりに読書の時間が持てた。

 工藤純子氏の新刊を読む。

 本を開く前に、仕事柄で表紙の装丁をまじまじと見てしまう。

 まずタイトルに惹かれる。

 セカイを、世界としないこと、みえるまちを、見える街としないことにこだわりを感じる。

 カッコいいと思った。

 絵もいい。

 期待に急かされるまま、ようやく頁を捲る。

 新大久保は、大好きなサムギョプサルの店があり、15年くらい前から通っている。

 ここでも触れられているように、その間嫌な事件がいくつも起こった。

 怪しさと活気、隠微と表層はいつでもどこでも同居する。

 新宿歌舞伎町の隣町、多国籍が織りなす怪しさが人々を惹きつけて止まない。

 韓国アイドル好きが高じて、異国の言葉を話して暮らす人がいる一方で、

 安いナショナリズムを声高に踊る輩もいる。

 今や抑圧され肥え太った巨大な怪物が、世界中で安易な道を選ぼうとしている。

 もう目を瞑り、知らん顔をしている時は過ぎた。

 現状と真実を知り、深く広く考えることが喫緊の課題だ。

 そして本論に戻せば、小説を書く上で、無駄な文章を省くことは常に命題として存在する。

 私が知る限り、作者の中でも傑出した文章が連なる。

 それにしてもこの骨太のテーマによくぞ挑んだものだ。

 読み終えて思ったのはまずそこ。

 工藤氏の常時の言動を見ていれば判ってたはずなのに、改めてその潜在力に驚かされる。

 丁寧な街の描写が物語をリアルにしている。

 間違いなく現時点での彼女の代表作だろう。

 主人公の高杉翔、藤崎空良の周辺の人々の魅力が満載だ。

 物語の大きな流れの中の、それぞれの小さな物語が重いはずのお題を小説世界として見事に結実させている。

 もっとこの世界を知りたい。

 同人の工藤氏に書くことの大切さを教えられた。

 ただ一つ、工藤さん、ひとみは三丁目の住人だと思ってたよ。

 その当ては見事外れたが、このお話しに厚みを持たせた一番のキャラだと感心した。

 やっぱり小説は最高のエンターテイメントだな。

 そう思えたことが何よりも嬉しい。


  

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「まんぷく寺でまってます」を読んで。

2016年11月03日 | ☆文学のこと☆


  「まんぷく寺でまってます」
   高田由紀子著 木村いこ絵 
   

【山寺のブランコ揺らし秋の暮れ】 哲露

 
 週末、高田由紀子氏の新刊を読む。

 佐渡の情景が全編に溢れる力作だ。

 郷土愛に満ちた筆致で、そこに暮らす人々の営みを丁寧に描いている。

 家業であるがゆえのリアルがすごい。

 私の町も寺が多く、中学時代は寛永寺の墓地が延々と続く道を通っていた。

 部活のあと、暗闇を歩くと確かに薄気味悪い。

 美雪の素直な言葉に共感したが、寺が自宅の裕輔にとってはそれが日常なのだ。

 亡くなった人は空でなく、お墓から語りかけてくる。

 掃除をする裕輔を労う声は異界との交信というより、人を想う愛に満ちている。

 この作品の中で最も好感を持てたくだりである。

 彼女の故郷という舞台設定も相乗し一気に高みに上った感がある。

 謙虚の中で貪欲に学ぶ姿勢を貫いた証だろう。

 そしてここでも継続の力をまざまざと考えさせられる。

 書き続けたものだけが得られる愉悦。

 地元では静かなブームとして飛ぶように売れているらしい。

 未だ知らぬ佐渡のお話し、仲間の筆で読めるって幸せだな〜。

 お祝い会の時は未読だったので今更なんだけど。 

 高田さん、おめでとう。

 次作が楽しみだわ。 

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京への旅 第1幕 利江子姐さん100冊出版す

2016年09月24日 | ☆文学のこと☆




【書き綴る年月褪せぬ仲間たち】哲露


 9月3日土曜日、台風の谷間の快晴。

 同人の大先輩、越水利江子姐さんの出版百冊記念祝賀会が開催される。

 なんと100冊ですよ、100冊。

 少年少女、老若男女に向けて良質で楽しめる小説をこんなに書いたなんて。

 凄い胆力だ。

 一冊すら出していないおいらからしたら天文学的数字でござんすが、
お祝いのスピーチでは、300やら700やら気の遠くなる数字を刻む先達たちが沢山いらっしゃるとのお話し。

 ああ、小説道のなんたる険しいこと。




 
 ということで、とりあえず東京駅から京の都へ。

 のぞみは高いけど快適。

 プライベートの京都は何年ぶりやろ。

 それにしても、山手線並みのダイヤなのに、常に座席が埋まるとは現代人のなんと忙しいことよ。

 さぁて、出立!




 
 あっという間に着いた。

 小説の続きと思ったが、少し音楽を聴いて本を眺めているうちに着いちまう。

 京都駅を出ると、台風が嘘のようなご覧の紺碧の青空。

 古都に燦々と照りつける日差しのすごいこと。

 やはり盆地の気候はハンパない。


  

 素敵なイラストがパネル展示されている。

 その前にいらっしゃいました、姐さん親子。

 早速お祝いを、おめでとうございます!

 100冊の迫力は本の並びでも判る。

 見るのは簡単、書くのは地獄。

 よう頑張りました。







 先般銀座で講演を聞いたばかりの、山川健一さんにホテル入り口で遭遇。

 皆さんのお祝いの言葉に続いて、山川さんもさすがの感動的なお言葉。

 そして、歌あり、ハーモニカありと宴は深まっていく。

 芸達者が揃うのも姐さんの交友関係の広さと深さ、まさに人徳なのだね。







 姐さんの息子さんにもお会いできた。

 ご長女のA子さんにも再会できた。大会へ向けて書いてないという。

 おいらもこの時点で書き出したばかりと励ます。

 ガンバ、Aちゃん。

 土山さん、宮下さんの司会に、同人のお仲間にもたくさん会えた。

 また他にも書き手の方ともお話しさせていただいた。

 まるで結婚式のような盛大なパーティーは、ラウンジの二次会へと続いた。

 
  


 利江子姐さん、よくぞここまで書いてこられました。

 読者一人一人にとって、姐さんの本は宝物。

 そして祝いに集ったお仲間の一人一人は姐さんの宝物。

 本当におめでとうございました。

 これからもお体に気をつけて、ご執筆に励んでくださいまし。

 お招きいただき、光栄でござんした。





 朝一で着いたので、島原まで行ってきた。

 往時、住吉神社に植えてあった大銀杏。

 島原の外も染まるや藍畑、は封建の俳人、嵐雪の一句。




 揚屋の名残。

 角屋は新撰組芹沢鴨が最後の晩餐を過ごした場所。

 世が世なら、酒を飲むのも命がけや。

 新吉原とは違う、町家造りの格子が美しい。 

 文人墨客が通ったのは江戸の遊郭と同じ。

 やはり遊郭は当時の文化の集積地だった。 


 


 ここにもあった見返り柳。

 元は大陸の傾城から模したと聞く。

 一顧傾人城,再顧傾人国。

 男一匹どころか、国をも滅ぼす美女を名残んで振り返った柳。

 何とはなしに切ない垂れ。

 吉原から消えた門があったのは感動もん。

 現代の日常の足、車もビュンビュン通るのはご愛嬌。

 せっかくの景観を損ねる電線だけはどうにかならんもんかね。

 この日は嵐山へ宿泊。旅は第二幕へと続く。 

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創作と5連チャンの夜

2016年08月28日 | ☆文学のこと☆


【ホコ天に山から降りた神の声】哲露


 蝉の最後の咆哮と夕闇の鈴虫の音。

 切ない夏の終わりは大嫌い。

 そんな感傷とは裏腹に、日常は情報に溢れかえっている。

 山川さんの呼びかけに、いそいそと銀座のアップルへ。

 歩行者天国の銀座は毎週のように家族で来た年少の頃を思い出す。





 夏休みに読むiBooksと題した講演。

 山川健一氏は言わずとも知れた作家だが、

 文芸評論家の石川忠司氏ともに、東北芸術工科大学の教授であられる。

 山形から登場。

 いつもの親しみやすい口調で始まる。




 
 シェイクスピア、カラマーゾフ、悪童日記。

 シンゴジラの話しも出た。

 iPadの手書き入力を使い、独自の創作論を展開する石川氏。

 それを山川氏が分かりやすく解説してくれる。

 創作についての素敵なヒントがもらえた。勇気百倍、ラッキーなことだ♪

 昨年の秋に山川氏に言われたヒントと掛け合わせて、書きたいと思う。

 小説を書くために家にこもるか、外に出て何かを得るか、それが問題と思っていたが、

 やはり来てよかったよ。

 行動も大切だ。

 書を捨て、街に出よ。





 連夜の会合が続いている。
 
 ある夜は、経営者男女二人とゼネコン一人と飲む。

 歌舞伎町の魚金。

 刺身6点盛りを頼むと、ご覧の12点盛りが現れた。

 サプライズだが、当たり前だのサービスとか。

 散々飲んで、一人4000円。

 居酒屋経営の同期とびっくり、こりゃ恐れ入りました。

 茄子のお新香が絶品だった。





 またある夜は西麻布へ。

 先輩が西麻布ラグビーバーを立ち上げた。

 その名の通り、サクラセブンスも訪れるスポーツバー。

 カントリー調のカウンターもいいし、

 大きなビジョンが眺められるソファー席は快適に尽きる。

 インターネットTVを立ち上げる大先輩は、クールスのメンバーだ。

 壮大なアジア圏を結ぶインバウンド計画。

 夢のような話に花が咲いた。

 どう具現化、マネタイズしていくかだ。

 新吉原につなぐ、山谷堀に猪牙舟を復活させる野望も話した。

 仲良し倶楽部では食っていけない。はてさて。






 雷門通りを京急が走る。

 リオは終わり、浅草のサンバが燃える。

 笑顔と激しいダンス、陽気なリズムに外国人観光客も大勢集まっていた。

 このイベントも35年とか。

 まさかこんなに続くとは。

 助平カメラ親父のおかげか。





 その夜、麻布へ。

 十番祭りは初めての経験。

 若い男女が多い。

 ものすごい熱気だ。

 浅草と客層が違って、刺激的だった。

 韓国人アーティストPlusMと、作曲家の石坂氏らと呑む。

 従兄弟がマジメに働く姿に感動した。

 怒涛の5連チャンが過ぎた。

 今夜は家でゆっくり飲みたい。

 さぁ、走って、そして、書く。

 おいらの夏は終わらない。The endless summer♪ 

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「あねチャリ」にハマったわ!

2016年06月19日 | ☆文学のこと☆


        【あねチャリ】
     著:川西蘭 


【もも上げろ回せや回せ玉の汗】哲露


 その本は何気なく振り返ったそこにあった。

 川西蘭。

 作者は知っていたが、かつて読んだことがない。

 食わず嫌いというわけではないが、縁がなかったのだろう。

 立ち寄った図書館の特設コーナー。

 カッコいい装丁の画角、色遣いが胸に飛び込んできたのだ。

 即座に借りて、通勤、移動の合間に一気に読んでしまう。

 恐竜と呼ばれた伝説の元競輪選手と、引きこもり女性高生の出会い。

 ハマっていくうちに、読み終えてしまうのがどうにも惜しくなった。

 そんな本を読んだのはいつ以来だろう。

 作者の世界が好みなのか、たまたまテーマの自転車競技の世界に興味を抱いたからなのかわからない。

 恐らく両方とも正解なのだ。

 これ以上はネタバレになるので控えるが、

 カラダを動かし続けた先に現れる突き抜けた全身の快感と魂の解放。

 限界を超えたところに、目指す未来がある。

 回せ、回せ、回せ!

 川西蘭、まとめて読むぞ。





 そして、自転車を扱った本を2冊借りた。

 最近テレビでよく見る羽田圭介と近藤史恵。

 こうした出会いも、紙の本だから。

 あねチャリは、手元に置きたいので、改めて購入しようと思う。

 ああ、競技自転車に乗りたくなった。

 いつか北へ南へ、おじチャリで旅したい。

 モードが入ってきた。

 祭りも過ぎた。もう夏だもんな。

 もうすぐジャンが鳴る。

 やるしかない。


 



 

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アサギをよぶ声

2016年06月12日 | ☆文学のこと☆


          「アサギをよぶ声」
        著:森川成美  画:スカイエマ

  
 2巻、3巻と立て続けに読んだ。

 初巻を読んでから随分と開いてしまったが、すんなりと架空の古の世界へ飛ぶ。

 アサギはタケに競争で勝ったにも関わらず、村の掟に従い女屋へ入る。

 信頼できる戦士ハヤと訓練した弓の腕は、ここでは役に立たない。

 そんな中、サコねえが村から消えた。

 神とりにあったと人々は口にする。

 心の拠り所にしたサコねえの失踪、かつて矢羽を交換した謎の女ナータ。

 ハヤとタケの偵察。

 物語がいよいよ動きだす。

 「新たな旅立ち」から「そして時は来た」へ。

 スカイエマの絵が古の舞台を想起させる。

 半信半疑のアサギ自身の力を、あの声が、猿が、弓が導いてゆく。

 ページが進むごとに夢中になった。

 後半の展開は先が見えたが、それも気にならない。

 丹念に世界が描かれているからだろう。

 自分が生きるためとはいえ、人と人はなぜ争わなくてはならないのだ。

 根源的な人間の業を深く考え、共感した。

 ただ惜しむとしたら、ラストのあの言葉。

 作者ならではの表現で置き換えて欲しかった。

 安全と食い扶持が担保されても自由がなければ生きている価値は薄い。

 現代の私たちにも言えることを作者は問いかける。

 私たちの古かこいや柵は、自分で壊し、出ていくしか道はないのだ。

 物語の世界に浸れる。

 本を読む楽しみはこれに尽きる。

 森川さん、面白かったよ。 


【梅雨空に思いの矢を放つ時】 哲露






 かのK女史が銀座で美味い蕎麦を食べた話しをFBで書いていた。

 そしたら、松屋裏の山形田を思い出した。

 名物の蔵王冷やし地鶏そば。

 顎が痛くなるほどの噛みごたえのある手打ち、

 野性味のあるわりにさっぱりといただける地鶏。

 出汁の効いた薄口の塩味のスープは丁寧な仕込みゆえだろう。

 京橋から移って、しばらくぶりに食べた。

 たっぷりの一味をかけて、汁まで飲み干した。

 やっぱり旨い。

 夜は地酒や山菜や馬刺しなどのつまみも充実。

 またきっと来るだろうな。

 昨夜はせいのあつこさんの初出版のお祝い会があった。

 同人へ入会以来、あちらこちらで合評し、切磋琢磨した仲間のデビューは本当に嬉しい。

 何があっても書き続けてきたからこそのご褒美である。

 せいのさん、本当におめでとう。

 さて、まもなく鳥越の宮入り。

 屋台を冷やかしに出掛けるとしますかな。
  

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車夫。

2016年05月31日 | ☆文学のこと☆


      【車夫】
     著:いとうみく 


 冒頭の一文から本の世界へ引きずり込まれた。

 ミュールの靴擦れに悪態つく女の子の独白が生々しい。

 どうやらその原因が父親の再婚問題に絡んでいるらしいと判る。 

 その父親と再婚相手を一緒に追っかけてくれたのが車夫の吉瀬走だ。

 浅草の町に人力車が復活したのはいつの頃だったろう。

 あの頃、ローカルは人力車なんて流行らないと決めつけていたように思う。


 



【紫陽花や笑顔が滑る足袋の音】哲露
 

 いまでは六区の町の灯が消えかけたのが嘘のように、観光地として息を吹き返した。

 それと呼応するように勢力を増した人力車。

 住人として今では当たり前の風景だが、それを動かすのは生身の人間の力だ。

 そして観光客を口説き、乗せるのが商売だから、

 見てくれ、風采がいいに越したことはない。

 まさに体育会系の若者にはうってつけの職だろう。

 陸上出身の主人公とはよく思いついたものだ。

 人力車が行き交う辻の風景や描写、町の空気感。

 作者は実際、よくよく取材されてのことに違いない。

 「この仕事をはじめてから、季節の変化に敏感になった気がする。」

 お気に入りの一文だ。

 欲を言えば、喰い物のシーンにシズル感と香り立つ匂いがもっとあればと思った。

 野暮かもしれないが、一読者として、
 
 ここを削ったらもっと余韻が残るのにと残念に思ったとこは内緒で伝えたい。

 過酷な運命に翻弄され、ストイックでニヒルになった主人公が、
 
 浅草の町人と共生することで、この町を訪れる人と触れ合うことで自然と明るく再生していく。 

 予定調和の結論を急がない運びがいい。 

 もっとこの先を読んでみたいと思った。

 仕事の合間に本を開きながら、神保町の老舗で元祖冷やし中華を食う。

 くらげも椎茸もたっぷりとさっぱりと酸味の効いたタレが沁みている。

 胡瓜はあくまで潔い食感で、老舗の焼き豚とハムは口に含むと柔らかく滋味深い。

 頬が緩むほど肉肉しいシュウマイを噛み、冷えた麦酒で流し込んだ。 




 
 揚子江飯店の冷やし中華は、おいらの中でいちばんの味。

 車夫はいとう作品でいちばん気に入った本。

 一度、人力車に乗ってみたくなった。

 いとうさん、続編はいつ!?

 

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東京零年

2016年04月10日 | ☆文学のこと☆


    【東京零年】
    著:赤川次郎 
   2015/8/10 新潮社


【自由だと知らぬ仏を山笑う】哲露
 
 久しぶりの赤川次郎

 小学生の頃、よく読んでいた作家だ。

 中学に上がり、スノッビーな同級から「赤川次郎なんて読んでいるの!?」と、心の底から揶揄された。

 多感な年頃、実際面白かったのだが、たしかにどの作も似たり寄ったりで、変化に欠け、飽きていたこともあった。

 そこからベストセラー大衆作家として敬遠してきたままこの歳に至る。

 自分では決して手を出さないジャンルの本に気づくから、

 同級生が嫌がった高校のオオタカ先生の課題図書も嫌いでなかったし(誰にも言ったことないが)、

 日曜の書評欄が好きである。

 そこに意外なことに、赤川次郎の新作が載っていた。

 2011年の震災以降、被災地を歩いたり、記事や番組をチェックしたり、

 反原発のデモに行ったりと自分なりに意識が変化した。

 書評欄の中で、赤川次郎はこれまで書いてきたことの意味を問い、反省し、この作品を書いたとあった。

 国家と権力者が奢り、行き着いた先の恐ろしいまでの管理社会を描いている。

 ジョージオーウェル「1984」の現代版といったところか。

 このフィクションを読んでいて、物語と達観できない妙にリアルな想像力が怖い。

 改めて、文章の技法もさすがと思った。

 書かない物書きがバカにするほど恥ずかしい無知はないと思い知らされた。

 国家統制、そこには力に絡め取られたものの終焉が暗示されている。

 B型の流感の惚けた頭にも読みやすい文体。

 この世へのアンチテーゼとして、必読の一作である

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