週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

アルベール・カミュの生まれた国

2013年01月27日 | 呑み屋探訪(銀座、新橋、築地界隈)

    
             復活みどりの山手線

 昭和を過ごしたひとには、この緑、ある種のノスタルジーが感じられるだろう

 学生時代の飲んだ帰りの朝帰り、社内にばらまかれた吐瀉物の臭いに顔をしかめ、恋人と内外まわりで別れの切なさが青春だった。

 「ま~るいみどりの山手線。真ん中通るは中央線♪」のCMも懐かしい、全身緑色の山手線が一ヶ月限定で復活した。

 オイラは、ニュースで流れたその朝に乗ることが出来た。じつにラッキーなことだ。

 そして、その週末、母校の同窓との新年会があった。その会社から向かう電車もこの緑の山手線だった。全車両中一両しかないことを鑑みると、誠にラッキーということか。

  

 神田のガード下は、お得意と言えるほど通っているが、新橋のここは初めて来訪した。

 新橋〈升亀〉待望の会合である。

 予約して正解だった、神田も新橋も人気があるのは同じ。われわれの席だけが空いていた。申し訳ない。サッポロの黒生を立て続けに発注する。

 男は黙ってサッポロビール。バブルの最中、面接で一言も話さず、最後にこのCM文句で合格した猛者がいたという逸話がある。その時代の軽薄は推して知るべし。でも、その緩さが昭和軽薄体の椎名誠を生んだのだ。

 〈銀座のカラス〉を読んで出版社で働きたいと思ったのは遠すぎるノスタルジーではあるけれど、久しぶりに読む〈新宿遊牧民〉に新たな刺激を受ける。

 いざ、本気で物書きになる気になると、気軽であった読書でさえ、見慣れた文字や文章から追い立てるように迫ってくる。

   
              鰹の酒盗

  
           宇和島産直送のじゃこ天

  
             牛すじ煮込み塩仕立て

 採れたて野菜をかぶりつき、牛すじでビールを流す。

 6人の同期が揃う前に、二人から始まった。熱燗には酒盗と鰹を頼み、トマト、串盛り合せ、お刺身盛りと延々と新年の杯がつづく。

 ガード下神田よりは上品なれど、店の接待や雰囲気や心意気は、受け継がれている。

 名物げそ天を頼み忘れたのは、店を出てからだった。それだけ、充実した祝いの会だったということ。

 神奈川組、千葉組は二次会で解散。

 東京2人組は、例の店で三次会と相成った。

    
          ボーモアストレート 

 昭和懐かしレトロBarに、ふたたび吸い寄せられた。

 相変わらず、凝ったミニチュアカーが並び、精巧なモデルガンが置いてある。

 緑色の山手線から端を発した昭和ノスタルジーもここに極まれり。

 アルジェリアの痛ましいテロは許すべくもないが、温床たる怨嗟をなぜに断ち切れないものか。人間の愚かさをただ憂うなり。

 ちょうど、手元にアルジェリア出身のアルベール・カミュ〈異邦人〉がある。

 20で死のうが、60で死のうが、人、生き物としての死は揺るぎないものだ。

 ただ、人の尊厳として、座して死を待つこともできず、愛するものへ言葉もかけられず、死にゆく無念は計り知れないだろう。

 アルジェ大学を出たカミュなら、どう叫ぶことか。

 私が訪れたアフリカ大陸のハトシュプト女王の葬祭殿でも、一年後観光客への一斉掃射があった。やはりテロである。

 人間の業の深さはどこまでつづくのだろう。

 友と交わす酒もあと何回交わせるだろう。

 一見平穏そのもの。 裏側にある不穏と無差別に立ち向かうために、やはりペンを選ぼうと思う。

 アルジェリアの同胞に、亡くなった人々に、合掌。

 同時に、福島、東日本のまだ癒されない同胞に、目を向けねばなるまい。

 それぞれの行動に、限りはないということだ。

   

 才能を疑い出すこと、それこそがまさしく才能の証だ、とホフマンが言っている。

 20世紀初頭アルジェに生まれた才能は、今の世の中をなんと思うのだろうか。

 逃げてはいられない。

 友の燻らす煙、癒された夜に乾杯


  「満月や遠き異国に夢を馳せ」 海光

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大雪のリベンジ

2013年01月20日 | ★江戸っ子エッセイ★

   


   「雪解けて青き芝生に汗が翔ぶ」 海光

 成人式の大雪が嘘のような冬場れである

 まだ、随所に氷となった残雪はあるものの、澄み渡る空は気持ちいいの一言に尽きる。

  

 全国高校サッカーの決勝戦が延期となって、再び国立競技場で開催された。

 京都橘は都内に残って調整に励み、鵬翔は地元宮崎を往復するハンデをおった。

 いずれのチームも、同時優勝では納得せず、最後の戦いを望んだ。これぞ、勝負の世界に生きる男子たちである。
 
 2トップが話題の攻撃力の京都橘が先制で前半を折り返す。

 二男の公開授業で駆けつけたオイラ達は、後半戦にどうにか間に合う。 

 昨年の試合より、スピード感が溢れ、じつに見応えのある展開となった。

 点が入ると、取り替えず一進一退の攻防は、延長戦に突入する。

 後半に追いついてから鵬翔のリズムがよい。それは延長戦になってからも変わらない。

 だが、京都橘も粘る。

 両チーム死力を尽くして、ついにPK戦へ。

 その勢いそのままに、PK戦を幾度も重ねて勝ち上がった鵬翔に軍配が上がった。

   

 あっぱれ!!

 フィールドに近い席からみると、センスの京都は線が細く、技術体力に秀でた感の鵬翔が勝負強さを発揮した。

 我が子を失くした監督は、サッカーが心の支えだったという。

 30年を経て、努力が結実する。やはり、ここでも努力の継続か。

  

 チケットをくれた従兄弟たちと観戦。

 手配してくれた大手広告マンに感謝。大量の早期退職者を募るマンモスの力はまるで恐竜のようだ。一人ひとり付き合うと、案外いいやつが多い。これが日本流の組織というもの。このアンバランスが日本株式会社の利点であり、弱点でもあるのだろう。

 共に観覧したヘアーアーティストは来月からロスに永住するという。

 夢や目標に向かう若者だけでなく、可能性にかけて飛び出す勇気を間近で見られたのも幸運だ。

 ひたむきに進む汗に、負けてはいられまい。

 両校の選手に拍手するとともに、延期の試合をバックアップした親御さんと関係者に。

 おめでとう!!

 2013年も観にきて正解だった。スポーツは観るもやるも、得るもの多しだ。

 次週はオイラがこの国立を走る。

 その調整と、大寒に鞭打って体が悲鳴をあげている。

 今宵は馬力とばかり、アメリカ流に、ビフテキとポテトと赤。
 
 せいぜい酒量を控えて労わるべきかな

 

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新吉原のお狐さま

2013年01月13日 | ★江戸っ子エッセイ★

   
                吉原弁財天


       「百目灯 輝く瞳 狐舞い」 海光

 
 まだ新年ネタでござる

 紅白歌合戦で2012年をしみじみと振り返った後は、除夜の鐘に108つの煩悩を認め、気を新たな年に向ける。

 年越し蕎麦は、尾張屋の天ぷらか、藪か、長寿庵か、蕎麦処の浅草では迷うところだが、地元も地元千束通りの能登屋の暖簾をくぐって正解だった。

   

 鴨がたっぷり入った鴨汁は、鴨を叩いて砕いた団子の出汁で旨み脂が膜を張っている。

 千住の根深ネギがこの辛めの汁を吸って、ほのかに甘い。

 どん詰まりの年の瀬に、熱燗が沁みる。

    

 長男だけ冷やしとんかつ蕎麦を大盛りで。

 忙しい大晦日に、こちらも揚げたてを饗してくれる人情がありがたいこって。

  
  
 熱燗に五臓六腑が唸っていると、ふとポスターが目に入る。

 なんと郷里の吉原神社で、70年ぶりに狐舞いが行われるという。

         

 こりゃあ、なんとしても見なければ気が済まない。

 除夜の鐘の鳴り終わる頃、ひっそりと静まり返る仲の町通りをいく。

    

 弁財天の前に人だかり。

 白いお狐、青いお狐、赤いお狐の登場だ。カメラやスマホを手にした地元客が冷やかしている。おいらもその一人に加わったのだ。

     
     

 これぞ、〈絵本風俗往来〉に見ゆる、狐舞い。

 大晦日の新吉原の活況が頭に浮かんでくる。

 昨年のドラマ〈みをつくし料理帖〉で、〈あさひ太夫〉に扮した貫地谷しほり がお狐さまのお面を被って聴衆をわかしていたのが記憶に新しい。

 翁屋の看板花魁であるが、上方から一人でお歯黒ドブに囲われた人生はさぞ孤独であったと察する。旭日昇天(きょくじつしょうてん)」という天下取りの運は果たして幸だったのか不幸だったのか。

    
 
 獅子舞の代わりにお狐さまということだが、サービス溢れる現代の吉原狐舞の方々は、新年を祝う獅子も用意してくれていた。

 獅子に噛まれて泣く赤子。笑う大人。正しい年明けを体験した。

      

 これぞ正真正銘、赤い狐といったところか。

      

 酔拳ならぬ、青い酔狐。

 きちんと風物詩を行うことは、幸運をもたらしてくれるものなんだ。

 北斎も描いた、吉原の終年行事。

 吉原の四隅に点在した稲荷神社。

 今でこそ一つの社になったが、目を閉じれば、華やかなりし格子の花魁たちが見えてくる。

 浮世の栄枯盛衰を地でいった新吉原のあれやこれや。

 幼い頃、お狐さまに取り憑かれたのは、もしやこうしたご縁に繋がっているのやもしれない。

 保存会の方に感謝。

 まだまだ、知らないこと多しだ。

 書かずにはいられない

 

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お正月気分

2013年01月06日 | ★江戸っ子エッセイ★

   

 年末の忘年会もキャンセルし、ランニングはおろか自転車にも乗れずに過ごした

 おかげで体がすっかり鈍った分、頭脳がすっきりと随分明晰になった気がする。

 これも医者の言いつけ通り、我慢して禁酒したせいだろう。

 お正月、大切な友人からの贈り物、40%まで磨いた大吟醸を開ける。

 紫波という町の腕っききの杜氏が仕込んだ銘酒である。

 昭和を思い出す大瓶のラガーで肝臓に合図を送る。

 そして、おもむろに常温のまま〈月の輪〉の酒精を流し込むのだ。

 甘くべたついた幼稚さは全くない。琥珀は叩き磨いた熟成の証。

 香りもフルーティーはなく、東北の朴訥の洗練が鼻腔をくすぐる。

 こんな格好の祝い酒はない。

   

 カンカン!っと、栓抜きで叩き開ける快感、子供心になんと憧れたことか。

 家族との他愛ない会話をツマミにする贅沢、年明けの静謐な時間が訪れる。

  

 可愛らしい包装紙は捨てるに忍びない秀逸のイラスト。

 紫波町には、あの野村胡堂が暮らしたという。

 今でこそ判るが与力しか持てない十手を腰に差した岡っ引き、寛永通宝を投げる平次の正義は、祖母とのかけがえのない思い出である。

 亭主が仕事に出掛ける。火打ち石を鳴らすのが夫婦愛だと気づかずに知らされていたわけだ。

 旧きには学ぶこと多し。

  

 お正月千住まで脚を伸ばすと、地元の神社で俳句大会なる看板が目に付いた。

 そう、ここは芭蕉、奥の細道の出発点。

 日光街道の千住宿は、旅の起点でもあり、江戸に入る旅人にとり身支度を整える町でもあったのだ。

  
  
  

 そのまま白髭橋へ差し掛かると、石浜神社がある。剣客商売の大治郎が暮らした、真崎稲荷の地だ。

 2013年事始めに七福神巡りをした。この神社も寿老人。

 真摯に、やらずにはいられないものを願った。

  

 第一京浜でオープン参加となってしまった母校の塩谷選手に声援を送る。

 参考記録でも区間記録を出し、精一杯走りきることは未来への希望をつなぐのだ。

 精々しい気持ちを伝えてくれた後輩たちにエールを送りたい。

    

 あれから何度この門を潜ったのだろう。

 申年のおいらの守り神が鎮座する神社は、神輿も立派だという。いつか見てみたいものだ。

    
    

 仕事始めの会社員らしき人も多く見受けられた。

 新年がまたぞろ動き出したのだ。

  
  

 赤坂に来た時に必ずといっていいほど寄る、坦々麺の名店〈希須林〉はまだ休みだった。

 期待してきた二男ががっかりしているので、新橋の四季保坊に電話した。

 働き者のお母さんは、元気な声でお待ちしてます、と。

 名物の麻婆麺と、坦々麺、長男はエビマヨ定食を頼む。

 唐辛子や豆板醤の辛さよりも、花山椒の実が舌に痺れる快感を味わう。

 お母さんが、鉄板餃子をサービスしてくれた。

 新年最初の中華に、お腹も心も満腹になる。

 家族と過ごす貴重な時間の合間に、〈星の王子さま〉を再読し、先輩から薦められた〈ドローセルマイアーの人形劇〉を読んだ。自分では決して手に取らない本だからこそ、発見がある。

 そして、師が青春期に最も影響を受けたという〈嘔吐〉に取り掛かっている。

 一つ一つ足りないものを補充している充足感がある。

 心の準備は万端だ。

 寒の入り、明日は七草粥を食すだろう。

 2013年、微速ながら、いいスタートが切れた
  

 

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あけましておめでとうございます!

2013年01月01日 | ☆文学のこと☆

   
        浅草寺宝蔵門からの後光


  「野次馬の初日に祈る可笑しさや」 海光

 
 あけましておめでとうございます

 いつもご愛顧ありがとうございます。

 拙いながらも頑張って更新して参ります。

 江戸っ子瓦版、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます

    
          新年仲見世の賑わい

 思えば、昨年は平成の中村座が興行された喜びもつかの間、肝心の勘三郎さんが旅立ってしまった。いつでも観られるとタカをくくっていたらこの始末。年を追うごとに、やりたいと思ったこと、伝えたいと思ったことは躊躇している暇はないんだな、そう感じた年だった。

 また詳しく触れるが、暁九つ(0時)きっかりに、訳あって吉原神社に初詣した。70年ぶりの催しを見物にいったのだ。そして、氏神である熱田神社でお神酒をもらって布団をかぶった。

 眠い目をこすって、6時過ぎに浅草川へ出掛ける。

  

 西の空には、満月からかけた月がひっそりとその存在を輝かしていた。

 初日も有難いものだが、こんな月のような作品もいいな、と思ってしまう。

   
        築山から隅田川の眺め

 日の出の時刻になってもご覧の雲に隠れて、お陽さまが顔を出さない。

  
                初日を待つ人々

 下町だけに大勢の見物客がびっしりと川沿いを埋め尽くしている。

 今か、今か、と。。

   
           初日のとき

 写真ではわかりにくいが、どうやら初日の出がお目見えござる。

 ランニング姿で薄着のおいらの体は、そろそろ寒さの限界。吾妻橋に向かって体を温める。

    
           今日も日が昇る

 アサヒビール本社ビル、炎のオブジェ(うんこビル)の横から、神々しいご来光がみえた。

  
         鴨が川面をゆき、白サギが羽ばたく

新暦は明治政府が採用し始めたのだが、旧暦でいうと、本日元旦は11月20日。数字だけ聞くと、晩秋といったところか。

 睦月と言われた江戸では、凧が空を占拠し、大店の門松は4~5mと天を貫く勢いで、神様の降臨を願った。

    
        池波先生が愛した駒形堂

 正月の日本橋は、本屋が大人気でごった返した。めでたい七福神や宝船の刷物が飛ぶように売れたというから、江戸っ子の流行りもの好きはご先祖さま直伝なのだ。

 挿絵入りの草紙は、田舎土産に重宝されたというし、浮世絵、絵暦など贈答にも活躍する場面も多いことから、新年は新刊の時期でもあったのだ。

 さて、時代は移って平成の世。

 人々が列をなして並ぶほどの書物があるやなしか。

 物書きを自称するおいらの襟を正すのに格好の幕開けである。

   
            浅草寺本堂

 身分の低いものが空から武家屋敷を見下ろす痛快からついた奴凧という妙名。

 市井を描くおいらは、糸が飛んだ厄払いのタコではない。

 しっかりと、地に足をつけて、一筆一筆、の所存でござる

 

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