特に大病を患った人がカムバックした場合には、病気の前後で性格すら変わったりもします。何故なら病気の時に自分を取り巻く人の優しさが有りがたいものだとよくわかるのです。
躓いた時に是非「躓いた分だけ優しくなれる」呪文のように唱えてみたいですね。
プロ野球ペナントレースが開幕して、各ゲームが早くも白熱しています。セ・リーグ各球場のスタンドは満員ですが、どうも名古屋ドームのスタンドには空席があり、満員とは言えない状況です。昨年のドラフトで根尾選手の入団が決まってから、年間シートの売上がアップし、キャンプの見学者が増えたり、根尾グッズも好調だったり、シーズンに入ればスタンドは満員だろうと予想されました。しかし、予想に反してけがから出遅れてまだ一軍デビューが出来ない状態です。
しかし、人が花開くにはそれなりの準備段階があります。今の二軍生活も近い将来、きっと多いに役立つだろうと思います。選手個々の成長速度を監督やコーチは見きわめて欲しいですね。
そうそう、満員の件ですが、人気もの松坂投手も休んでいますね。
自分の悪い癖はよく理解しています。それは古くさい伝統主義でなかなか新しいものに目をむけないところがあります。よく言えば流行に左右されないともいえますが、時代に乗り遅れてしまうことにもなりかねません。その言い訳は「年寄りだから」反省❗です。
このことを今日書こうと思ったのは、たまたまダーウィンの『進化論』の一節に出会ったことです。それは〔強い人間、賢い人間が生き残るのではなく、日々変化をする人間こそが生き残る〕という言葉です。つまり素敵な存在でいるためには、まず己を見つめ、把握し、そのことに応じて日々変化できる人間になれ、と教えてくれています。
年だからではなく、新しいものにも積極的に目を向けて「自分力」をアップさせることが流行りの「老人力」になるでしょう。
時代とともに変化したもののひとつにテレビの野球中継があります。かつては野球中継は時間がきちんと決められていて、ゲームのヤマを迎えていても時間がくれば、中継はハイ、おしまい。後はラジオの天下です。ところが今は、スポーツ中継専門のチャンネルなどもありますから、ファンは最初から最後まで中継を楽しむことが出来ます。
もちろん私も野球中継を中心に楽しんでいますが、特に注目なのは、終わった後の両チームのベンチの表情です。それは勝ったチームがグッドウィナーか負けたチームがグッドルーザーかということです。グッドウィナーは自然な形で敗者に敬意を表しているだろうか。敗者は悔しさを面に出すことなく堂々としているかなどをみるのが好きなのです。
「グッドルーザーでなければグッドウィナーになれない」
最近「打ち出の小づち」という言葉にお目にかかりませんが、これから時々はお目にかかるかもしれません。
この一寸法師お馴染みの言葉は、打ち出の小づちを一振りすれば、金銀財宝が飛び出してくるという意味です。この言葉が何故にこれから出てくるのかと言うと野球です。そうです。マルチヒットとか、猛打賞とかの表現がよく使われますが、それ以上ヒットを重ねると、実況アナウンサーは「まるで打ち出の小づちを振っているようです」と表現するのではないでしょうか。このような打ち出の小づちを振る選手がチームにどれだけいるかでペナントの行方が決まりそうです。