羽を休める鳥のように

きっとまた訪れる薄紫の夕暮れを待ちながら

棄てられない

2011年06月09日 | Weblog
今日は食器棚をすこしだけ整理した。
時々整理して(一年に一度くらい)出して眺めて結局またしまう食器がある。
ひとつはこれ。



三人の子どもたちが赤ちゃんだった頃、このお皿はいつも大活躍した。
もともとは長男を出産した時の頂き物。
そのことを小さかった息子に話したら、お皿は誇らしげに妹たちに使わせた。
でも、「こっこちゃんの卵おき」だけは誰にも譲らなかった。
ゆで卵は好きだったけれど、息子がこの皿を自分で使ったことは殆どない。
大切にしすぎて案外と出番が少なかったと思う。

大切にしすぎて出番が少なかったベストテンに入るのがこのすみれの食器。
独身だった頃、銀座の三愛で買い物をしてポイントを貯めて、
ゴールしてゲットしたカップ&ソーサー、ミルク入れ、シュガーポット。
カップと皿は六枚セット。



かれこれ何十年前か・・・。
すみれ歴の長いこと。
大切にして持ってきたけれど、何回これでお客様をもてなしただろう。
ほんの数回だと思う。

どちらもうっすら埃をかぶっていたけれど、やはり棄てられないので、
きれいに洗って丁寧にまたしまいこんだ。
こんなに毎日どこかを片付けて棄てる努力・・・をしているのに、
今棄てられないのはよほど愛着があるもので、わたしにとって
必需品ではないけれど、大切なものなのかもしれない。
友だちとこういう話をしたことはないけれど、みんなはどうなんだろう。