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まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

戦争の日記

2015-10-16 | 暮らし

母の里は鳥越村の奥にある。本家の仏壇から本が出てきた。明治36年の発行の「枕の草紙 上 下」と、「婦女の手がみ」という手紙文などの例が載っている本。古いが表紙は布張りである。

さて、その他に戦争中に書かれたと思われる日記があった。「昭和13年中支派遺軍」という表紙に中将の名と、書いた人のH氏の名がある。叔父はこれを書いた人の家族に渡してはどうかと母に持ってきたのは、その日記と一緒に「三谷小学校記念誌」があったからだ。三谷地区に関係のある方ではないかと言うのである。日記は几帳面に書かれていて、写真や新聞の切り抜きが丁寧に貼ってある。これは戦争の頃の貴重な資料ではないか。

鳥越の家とそれを書いた人とのつながりは分からない。本家の伯父は亡くなっている。母の弟で小松に住んでいる叔父が本家の仏壇の裏にあるのを見つけた。小松の叔父が「まこは頭がいいから、持ち主をみつけるやろう。」と、言って母に預けて行ったらしい。母は「おっちゃんは、そんなことを言うていったけど、お前はいつから頭が良くなったんや?」と、言う。おちょこちょいでしかない娘である。「たぶん勘違いやろ。ただ大聖寺を知っているのはわたしだからやろか。」ということで、持ち主探しをすることとなった。

「支那姑娘達」という写真や、天皇陛下の新聞の切り抜き。当時の新聞の字の小さいこと。昔の人は目が良かったのか。