まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

同窓会

2008-07-31 | 暮らし
弓道部の先輩が高校の同窓会の会長で、脇を固めている副会長と山中支部長も、いつもお世話になっている先輩なので、出席を迫られたら断れなかった。
それに、お馴染みになった友達とも会いたかった。

というわけで、その日は朝から忙しかった。
町内の排水溝人夫に、だんなの替わりに出た。
旦那は、お寺の青壮年の役員なので顔を出さなくてはいけないという。
わたしが、涼しいであろうお寺へ替わりに行くというと、お前では駄目だという。
青壮年という意味では彼も駄目だと思うが。
しかし、曇ってはいるものの、麦わらと鎌を持って大汗をかいた。
8時から11時頃までかかった。
シャワーをあびて、今度は1時から鶴来の先生の昇段祝いのために、着物を着て出かける。麦畑のおよねの姿から一変して、絽の着物に袴である。

さて、その会を早々に中座し、旦那は通夜へ、わたしは同窓会。

今年はいつものメンバーがいなくて、チョイさびしかったのと、○やんの登場でスリル満点となった。
でも、ブログでお馴染みの仲間と会えての二次会は楽しかった。
詳しくは「山中だらけ」へ飛んでください。
ちなみに、私達はめがねをかけられて登場している。
これもスリラー劇場だ。

名古屋場所こぼれ話

2008-07-23 | 暮らし

父は昔からせっかちだ。言い換えればおっちょこちょいなのだ。
もちろんそのDNAは完璧に娘に引き継がれた。
父はO型、母はAB、弟はA型、わたしはB型。
血液一家離散だ。誰が交通事故にあって出血多量になっても救えない。
その救えない状況は、常に日常にもある。
父は、ホテルの朝食では、杖をついているくせに、お盆を片手に、バイキングでは誰よりも早く食べ物を取り席についていた。
わたしはお粥、母はごはんをよそっていたら、
「ごはんあったんか・・」と、言う。
替えてくるか?と、聞くとわしはパン食でいいんや。
と、笑いながら誰かのを見て
「パン焼けばよかった・・」パンの前にオーブントースターがあったのに、全く目に入っていない。

ついでに、父も弟も7時の朝食に旅行カバンを持ってきていた。
「バス旅行じゃないんやから、いっぺん部屋へ戻って歯を磨いてゆっくり出ればいいがいね」と、言うと「歯を磨いてきたしいいんや」と、負けていない。

また、一番几帳面で信頼の弟も、気を使ってくれてホスト役で気配りしていたのに喫煙ルームと禁煙を間違えたことに後で気づいた。
母と私は6Fで、クリーンな禁煙ルームで、自分はタバコを吸いたいため7Fの喫煙の階を取ったと思っていたが、逆であったことを翌日の朝に白状した。
「それなら、同じ階でもよかったねぇ。そういえばタバコ臭い気もしたわ」
と母。わたしは、ぼおっとしていた。

母は夜、窓から名古屋城がライトアップされているのを見て
「きれいやぁ。父ちゃんの階からもお城が見えるやろか。」と、やたら心配していたので弟に電話する。
弟は眠そうに「見えるよ・・。もううたた寝しとったのに・」だった。
母は、やはり父を愛しているのだなあと思った。
わたしは、名古屋城を見て旦那に見せたいとは露ほども思っていなかった。



帰りのホームで「ひやしきしめん」を立ち食いすることにした。
母は何も食べたくないので、カバンの番をしているという。
父とふたりで立ち食いの「ひやしきしめん」を注文する。
父はおごってやると言って、ふたりで700円を出す。
ふと横の人の熱いきしめんを見て「熱そうやな。食べれるかな」という。
「あのね、冷やしきしめん頼んだんやぞ」というと、
「ぶふふ」と、恥ずかしがっていた。
その後、どうもこれが悪かったのか、父は敦賀を過ぎてから吐き気をもよおし、
わたしは、下痢をした。
トイレへ行きたいと思うが、こういうときに限って、車内販売のワゴンが通路を塞いでいる。
欲しいときは、ふりむくとデッキの向こうにいるくせに、どいて欲しいときは、やたら人気であちこちで呼び止められている気がする。

父もわたしも食いしん坊が祟ったのである。
母は、何も食べずに車内販売のサンドイッチを買って食べていた。
冷やしきしめんは確かにまずかった。

概ね大過なく過ごした名古屋場所で、最後に落ちがついた。



ひつまぶし

2008-07-22 | 暮らし


名古屋 ラシック店の「びんちょうひつまぶし」という店で夕食をとった。
大相撲の後、弟が予約をしておいてくれた。

ひつまぶしとは、ごはんにうなぎがぐじゃぐじゃ混ざっている我が家のひつまぶしとは大違いである。
れっきとしたうなぎ丼を、茶碗によそい、3回も楽しむのである。

まず、そのままの味で、次に薬味を載せて、最後に憧れていた「うなぎの茶漬け」
実は、桂枝雀の「軒付け」のなかに「鰻の茶漬けはまだですか・・」と、いうくだりが何回も出てくる。それを聞いていたので、時々「鰻の茶漬け食べたいねぇ」という話をしていたが、実行したことがない。
せっかくの鰻をお茶に浸してしまうのはもったいない気がするからだ。

弟家族5人、両親とわたし達で、総勢9人が「いざ!ひつまぶし。」
さくさくの鰻は、店で焼いている。
ガラス越しにずらりと備長炭に焼かれているのが見える。
ガラス越しだが、すごく熱い。
こんなに、うなぎはさくさくしていたのか。
いつも食べている、たぶん国産の鰻でも、冷えているとゴムみたいだ。
デジカメに撮る前に、つい食べてしまった。



両親も大喜びで「ほんとにありがとう」と、弟に言い
「これを機会に毎年の恒例行事にしよう!!」と、言ったら
弟の目は大きくなって固まっていた。
父が、「年々歩けなくなるので、これが最後や・・」と、言ったので
弟は再び鰻を食べ始めた。
やたら冷房が効いていたが、9人の支払いがあるせいか彼はやたら汗をかいていた。



大相撲名古屋場所 本番

2008-07-22 | 暮らし


この報告が、事件簿に分類されなかったことを祝します。
しかしながら、慎重さに欠ける家族であることの証明は、いたるところで確認された。
相撲に詳しくなく、スポーツ観戦もあまりしないわたしは、単に両親を喜ばせんがためと付いて来たはずだが、一度に虜になってしまった。
少なくとも、今場所は相撲のニュースを心待ちにするだろう。



土曜の朝10時14分のしらさぎに乗るため、両親は早めに来るだろうからと、こちらも30分前に温泉駅に到着したら、あにはからんや、すでに待合室にいた。
9時15分に来ていたらしい。
家にいても暑いので駅の待合室に早めに来たと言い訳していたが、何日も前から眠れない夜を過ごしていたに違いない。
もう遠出は出来ないとふたりとも諦めていたのだから。

電車では向かい合って、すぐにビールと昼用に買った柿の葉寿司や鯛のいなりを肴にした。
特急お見送り事件や、過去の失敗を肴にもした。
そうこうしているうちに到着。
弟はホームに出ていてくれたのに、わたしたちは杖でやっと歩いている父をエレベーターに乗せることばかり考えて、さっさと改札を通り過ぎてしまった。
「桜通り口」で、しばしすれ違う。おまけに雑踏で電話の鳴っていることに気づかず、ロスタイム10分。
両親と弟と、わたしたち夫婦は別々にタクシーに乗った。

弟曰く「電車の中で姉ちゃんしゃべりっぱなしやったって・・」と、
あんなにはしゃいでしゃべっていた父が弟に言ったらしい。
先手を取られた。絶対向こうのほうがうるさかったって。


相撲はすでに始まっているが、席はまばらである。
十両の土俵入りあたりからぽつぽつ増えていくようだ。
母が無類の相撲好きなことを、長いこと知らなかった。
自己主張もしない静かな母なので分からなかったのである。
この日も「ひいきの力士は?」と聞くと、間髪を入れず
「栃乃洋!!」当然、石川出身の力士である。
初めての観戦は感動だった。
とにかく力士の名を呼ぶ。
母は声が通らないので掛け声をかけたいが残念だという。
父も弟も代わりに声をかける。でじまー 
姪も中入り頃に到着。「とちのなだぁ」と、叫ぶとなかなかいい感じ。
これは、観客がいかに力士を盛り上げるかと言うことなのだと思う。

天井にまっすぐに足が伸びるしこを踏む片山に、観客がどよめく。
高見盛りは、やはりパフォーマンスをしてくれる。
勝てば会場はどよめく。
栃乃洋は負けたものの粘った相撲を取ってくれた。
若の鵬は、飛び跳ねて会場を沸かす。後ろにいた小学生が詳しくて
「八艘跳びや」と、叫んでいた。
おまけに「初白星や」と、言うので星取り表を見ると確かに八連敗だ。
子供の声を出すお爺かと思った。ふりむいたら可愛い小学生だ。

外人力士の多いこと、その中で日本の期待の星「琴光喜」登場。
愛知岡崎出身。掛け声もあたこちから飛んでくる。子供から女性から、野太い声。
そのうち拍手が手拍子と変わり「ことみつき」「ことみつき」との連呼と共に、会場内は大盛り上がり。鳥肌が立つ。
全員の手拍子が立会いと共に声援となり、負けたとたん悲鳴と落胆のため息。

だんなは、あまり人前で盛り上がったり、声援をかけたりしないタイプでいつも、わたしを冷ややかに見ているが、この日は違った。
やたら声を掛け、高見盛の時にスポンサーの賞金がついて、
CMの「永谷園のお茶漬け」の幕が土俵を回っている最中も
大声で「ながたにえーん」と、叫んでいた。


四股名もおもしろくて、メモしているうちに、父の四股名がひらめいた。
「尻響」(しりひびき)である。後で伝えるとしよう。

特急お見送り事件

2008-07-17 | 事件簿
できればこの事件は一生秘密にしておきたかった。
どこへ出かけても、帰ったら旦那に報告する。
旦那は聞きたくも無いが、さえぎるとますます恐ろしい出来事になるので、いつも黙って聞いている。
しかし、この日のことだけは長く伏せていた。
話そうものなら、鬼の首を取ったように日頃の報復を始めるに違いない。
馬鹿にされるのは筆致だ。

それは、かれこれ7年前に遡る。
会社の組合女性部の部長になって(当番みたいなもの)石川代表で
名古屋の研修に出かけることとなった。
2日間の工程で、1日目は岐阜の可児市にある工場見学から始まる。
石川からは、小松の○さんと、わたしと中央の役員をしているHさんとが行くのだ。
小松の○さんは、わたしとHさんが加賀から乗り込んで合流するため、指定席も同じ場所にとってある。

Hさんは活動のベテランで、東京、名古屋、果ては海外も辞さないという人だ。
加賀温泉駅で落ち合うと、わたしは大船に乗った気持ちとなる。
とにかく名古屋のホテルまで行って、そこから軽装で、
バスに乗り可児市へいく段取りを聞き余裕。
ところが、ホームで何故かふたりとも話が盛り上がっていた。
何の話をしていたか分からないが、すっかり興じていた。
目の前に普通列車が止まり、また出て行く。
そろそろかなあと、来た電車を見たら、それはすでにドアが閉まり終えていた。
「この特急では・・・」と、互いに気づいたが遅かった。
「そんな馬鹿な・・」と、言ったかは覚えていないが、馬鹿なのは自分である。
わたしたちふたりは、早くからホームにいて、乗るべき特急をお見送りしてしまった。
それからが大変。
中央へ電話して、次の特急で名古屋へ行ったら、ホテルへ行かず直接工場へ行くことにする。

小松からの○さんは、かわいそうだった。
こちらは乗れなかったとはいえ、ふたりなので割と余裕がある。
○さんは、どこへどうやって行くのか分からず、パニックとなったそうだ。

わたしとHさんは、ようやく可児市のショックアブソーバーの会社へ到着。
守衛で不審がられ、案内された部屋では、すでに会社案内のビデオを観ている最中で、大きな荷物を下げたわたしたちふたりは、とんまなコンビとなってしまった。

「大丈夫でしたか、何か事故が・・?」と、中央の役員たちが言う。
電車の事故でもないし、階段で転んだわけでもないし、切符を落としたわけでもない。
わたしは、全国的に有名なHさんの陰に隠れて息を止めていた。
事件の元は、わたしと親しく話していたからに他ならない。
しかし、わたしは無名をよいことに、じりじりとHさんとの間隔を広げてみた。
工場見学を終える頃には、何事もなかったような感じとなるのだが、皆は身軽。
わたしとHさんは、移動のたびに旅行カバンをぶら下げているので、ホテル到着まで遅刻犯のレッテルがべったり張り付いている。

小松の○さんと一緒の部屋で泊まった。
とにかく、彼女も大変だったとのこと。
名古屋で降りてホテルへ自力で行くのは大変と思う。
なぜなら、どこのホテルなのだろうというところから始まるのだから。
ひどかったわーと、言われながら、平謝りに謝り、そのうちにベットへ入ってから彼女のいろいろな幼いときの話しなど聞いていたら楽しくて、またまた夜更けまで話し込んだ。
幸いにも、ここで話し込んで朝寝坊しても、誰かが呼びに来てくれる。
研修はこのホテルで行われるのである。
ふたりとも寝不足となった。
元凶はわたしかもしれない。

しかしながら、これを境に、わたしと○さんとHさんの絆は深くなったのである。
だからといって、解任後一度も会った事はない。
きっと、互いに忘れたい思い出のひとつなのだろう。



大相撲名古屋場所

2008-07-16 | 暮らし
過日、弟が訪れたときに寿司をおごって、脅しをかけたせいか
名古屋場所観戦が実現する段取りとなった。
「名古屋にいて両親を名古屋場所へ招待しないとは何事だ」と、までは言わなかったが、それに近いような言い方をした。
超ハードで、台湾だアメリカだといっている弟に、母が意外なことに相撲好きであることを語り、無理なスケジュールである中を、歳とって杖がいるようになった父の遠出も最後かもしれないと、さらに脅しをかけたのだ。

かくして、来週月曜に行く段取りがついた。升席とホテルは弟に任せ、わたしは電車の切符の手配をし、足のおぼつかない両親の添乗員となるべく覚悟を決め、休暇を取る段取りもした。

会社一忙しい男と豪語する夫も(家ではTVの前で寝ている姿しかしらない)添乗員を買って出た。しかし、会社は休めないので日帰りとなる。
わたしとおかん。弟とおとんで、泊ればよいと提案したら
「ぼくとおかんでは東京タワーになっちまう」と、いうので本当はそのほうが良かったかもと思えた。
何しろ、父とわたしは壊れたラジオのようによくしゃべる。
母と弟は静かだ。父と一緒では癒されないかもしれない。

高速道路失踪事件の前科を持つ父と、特急お見送り事件の過失をした私との取り合わせで珍道中の予感が走る。

誕生プレゼント

2008-07-13 | 暮らし
孫の誕生プレゼントを持っていく。
そのために、主人も土曜の仕事の都合をつけてくれた。
どんどん言葉も増えて「プレゼントですよー」と、持って行くと
「うれしー」広げると「すごーい」と、いう。
トミカの高速道路インターチェンジで、3才からだが他に思いつかなくて買ってしまった。
組み立てると「じぶんで・・」と、作ろうとする。




興奮して遊んだ後は「おかすけー」(おかたずけ)と、言ってかたずけたり、
昼にいっしょにご飯を食べて、ころころとよく笑う。



昼寝をさせるために、横になって寝たふりをしていたら、わたしの頭を撫ぜながら
「ねんねんころりよーころりーよー」と、歌っている。
これでは、反対である。孫に寝かしつけられてしまう。
しかし、目をあけるとまた笑って興奮するだろうし、我慢していると
わたしの口のところにあるほくろをぼりぼりとちぎろうとしている。
やばい、悪いものと間違えているのだ。

かくして、癒しの一日は終わった。
子供はほんとうにみんなの元気の元だと思う。
帰りの車の中で、食いっぱぐれないという口のほくろが無事であることを
再確認した。


むたむた

2008-07-11 | 暮らし
机の上がむたむただ。あるいは、ちゃがちゃがという。
7月に入って、人が減り、その分の仕事をみんなが担いだ。
テリトリーが中部から中国地方まで広がった。徐々に日本制覇かい。
そんな、良いものではない。
今まで40社担当だったのに、80社になった。
考えられない。考えている暇が無い。
電話はなりっぱなし。おまけに、鋼材値上げで6月から我が社も値上げした。
そのために、価格見直しで、見積りばかり増える。
いくらおしゃべりが好きとはいえ、朝から電話が鳴りっぱなしでは、頭の血管が千切れそうだ。もうしゃべりたくないが、電話に出るときは明るく。

早く前倒し出荷してくれ、手配を間違えたから何とかしてくれ、
今日中に送って欲しいが在庫はあるか。
おもらし(手配忘れ)しちゃった助けてと言ってくる。
こっちの方が助けて欲しいくらいだ。もらすなっとは言えず。
注文書と見積のFAXが机の上に散乱してくると、優先順位どころではない。
まず、ひととおり目を通すが、何しろ振り向いたら忘れる頭。
電話に出たら、途切れてまた計算し直し。

とにかく、整理整頓して、机の上に1件ずつ出そうと試みたが、天から書類が降ってくる。
夏なのに雪のように机が埋もれていく。
そして、暑い。
クールビズと言いながら、スイッチ担当がエアコンの入り切を牛耳っている。
スイッチを管理している暇があったら、他のものを牛耳ればよいのにと思ってしまう。

昼休みにメールのチェックをしていたら、名古屋の営業マンから石垣島へ行ってきた写真が添付されていた。
せめて、壁紙に貼っておこう。しかし、壁紙を眺めている時間はないのだった・・

クレイマークレイマー

2008-07-01 | 暮らし
うちの家内は「いない」です。
先週金曜から来週までべったり予定が入っています。
相変わらず、多忙な日を過ごしていて、離婚寸前ですが、
旦那はわたしを追い出すことはしないでしょう。
なぜなら、借金を抱える我が家の二大大黒柱であり、
おまけに、わたしに惚れているのですから。
という冗談はさておいて。

先週は株主総会に伴い、人事異動が発令され歓迎会に顔を出し、
翌日土曜の早朝から、福井の道場へ出かけて
「北信越女子講習会」に、泊りがけで出かけ、
月曜は、職場の人の送別会を女子だけでした。
またまた、本日は同窓会の打合せがある。
ついでに、今週の土曜から会社の研修会で琵琶湖でお泊り。
土日がない。

日曜に帰ってきたら、主人が寝室を掃除して形跡があった。
しかし、ワックスかけ用のモップが置いてあったので、
「これはワックス用でスプレーをかけてするんやけど、
ダスキンを使えば良かったのに・・・」と、やんわり言ったつもりが
娘に聞かれていた。
「え゛ーっ。おとうさん可哀想・・だめ出ししとるー」
すみません。

クレイマークレイマーみたいなお父様。