まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

母のこと

2016-01-31 | 暮らし

父が入院していて、母は一人暮らしをしている。週2、3回は顔を出すようにしている。父の入院先へも行かなくてはならないからだ。ついでに、その病院で風邪気味なので診察をしてもらうという。

おまけに急に耳が聞こえなくなってというので、耳鼻科へ連れていくと、耳に水が溜まっているということ。

少し風邪気味といって、用心のために診察してもらって、咳止めと、鼻水を止める薬をもらったのを、耳鼻科の問診で見せると、飲んではいけないと言われてしおれていた。鼻水はばい菌を出すので止めてはいけない。咳止めの薬も、肺に菌が留まるので止めてはいけないということ。薬を出す医者が藪医者なのではなく、年寄りが薬をもらうと安心するから出すのかもしれない。熱もないのに、風邪気味といって薬をもらうより、栄養と休養を取ってくださいと耳鼻科の若い先生に言われた。

その後、衝撃的な事実発覚。親切な外商の某〇〇に年金を預け替えたという。10万ほどしか貰わないのに、月掛5万の契約をしたのだという。父は90歳で入院中だ。月掛5万円で10年満期。誰が考えてもおかしいだろう。母は84歳で、同様に10年満期。耳が聞こえにくく、外商員が「お得だから」と、言ったという。とてもいいあんちゃんで、引き去りも全部手続きし、月掛で足りなくなるといけないので、F銀行へ200万下ろすのに、連れて行ってくれるという。「ちょっと待った」だ。

わたしは、その「とても親切なあんちゃん」とやらに実家で落ち合い、銀行へは私が行くからいいです。と断り、常識的に考えてもおかしい無理な月掛を勧めないでほしい。90歳で入院中の父が10年後100歳までぴんぴんしているとは考えにくい。父の分は解約させてほしいし、他行からの預け替えはしないと言うと、やたら謝っていた。母には、お金を盗っていく人は、優しく迫ってくるのだから気を付けなくてはならないというと、詐欺にあうかもしれん・・と、落ち込んでいた。母が可哀想だ。一緒に住んでいないので心配だ。それと、今から月掛なんかしないで、自分のために使うように言った。10年後に600万あっても自分は嬉しくないだろう。母は、耳が聞こえにくいし、お得だというので、言われるままに契約したようだ。

後日、支店長が私のうちに来た。「外商に回ってまだ1年で・・・。よく取ってこれたねと言っていたのですが・・」1年しか経っていないと言い訳をする?取ってきた内容を確認もせず褒めていたのか?入院費もいるし、月々の支払いはここから落ちるのにおかしいだろう。

今週はそんなことで2日間無駄に過ごし、日銀がマイナスの利息を取る。要するに預けたら利息を払わなくてはならないというニュースを聞いた途端、銀行株が下落。証券会社は売りに出せと電話してくる。

今週はめっぽう忙しい。

 

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マイナンバー

2016-01-27 | 暮らし

マイナンバーを提示してほしいと証券会社から案内がきた。この分でいくと、あらゆる金融機関から同じように、記入しなくてはならないことが起きるのではないか。

殿が残した某鉄道株の名義を替えるついでに、I証券に移すことにした。ついでに、株ドットコムで遊んでいたのもやめて1本にすることにした。I証券会社で、NISA口座を開設したので、まとめたほうがよいと思ったからだ。そのため、わたしが勤めていた会社の持ち株もあったので、D証券から移すことになった。こんなにあちこちに分散されていることに気付いたら面倒になってきた。

おまけに、まだ他にもあって手続きが中断しているとI証券からいわれた。自分の知らないことも、証券会社同士で情報を共有しているのか。調べたら、D保険会社で保険に入った時に、いつの間にか株主になっていた。出資した覚えはないのだ。これはM銀行預かりとなっていた。今のうちに身の回りをきれいにしておかないと、娘たちはさっぱり分からないだろうなあと思い、万が一のためにI証券にふたりの口座を開いたらどうかと提案したら、証券会社に口座を開くということから分からないと言われ、説明したら「じゃまくさい。」と、言われ聞く耳を持たなかった。わたしが死んだら、わずかの株だが、わずかなだけに面倒だと思うだろう。

作戦を練った。お父さんの株のお金をあげると言ったら、娘ふたりは二つ返事でくいついてきた。これがほんとの現金なものだ。

 

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再び雪かき

2016-01-25 | 暮らし

スノーダンプを押しながら足は滑っていた。2軒隣のご夫婦に朝の挨拶をしたあと、もくもくとダンプを押していた。車庫と正面玄関を1時間かけてやっとあけた。2軒隣のご主人が転んでいた。

雪でツルツルの路面で転ぶと、すってんころりんという感じがする。転んで腰を打っては大変。幸い午後の出勤なのでちまちま開けたが、男手がほしい。雄の老猫だけでは頼れない。

しかし、雪が積もると景色が一変するので楽しい。美しい。小百合は美しいのが好きだ。いや、美しいものと、美味しいものが好きだ。

 

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地吹雪の中の講習会

2016-01-24 | 弓道

久しぶりに地吹雪を見た。こんな地吹雪の日は、たいがいの人は家の中にいるだろう。好き好んで、窓を開けて活動するだろうか。というような日に、講習会がぶつかった。毎年、大寒でなくては、年間の予定が詰まっているので仕方がないのではあるが。

昨年は、殿が車椅子で車から道場まで移動し、道場の玄関からは自分で歩くと言って歩いた。ストーブの横に椅子を置いてもらって、見取り稽古として参加した。そう、参加していたのだ。そして、講習会の後の各自の感想と目標を書いたのだ。「感想を書いてってメールが来ているよ。」と、言うと「今から言うし、打ってくれ。」と、パソコンに向かうわたしに言った。

「日曜の半日だけの見学で、受講者の行射を観ての感想となります。離れがいかに大切かを感じました。別の力で話す人、色が出る人、方向が違う人など。離れですべてが壊れてしまいます。それはどの時点から来るのかを常に考えて修練しなければならないと思いました。」

この時も、まだ修練しなければと思ったのだろうか。わたしは、この思いを引き継いだ。

昨年「あと2センチ引いて!!」と、先生に言われ、一年かけて2センチをクリアするため、いかに肩を開くか、肩を下すかを意識し、弓力も自分に合うものを探りキロ数を落とした。また、寸詰まりの弓も引きだした。

「あと1センチ引いて!!」1センチ、クリアしたのではない。まだ足らないということだ。残念。一年かけても駄目だった。しかし、新しい課題ももらえたので、一歩前へ出ただろうか。

講師のI先生の射礼の最中、道場のビニールが吹雪のせいで、バコンバコンとたたきつけられ、その中で片肌を脱いでの気合の入った射を観ていたら、なぜか涙がつつっと流れてきた。講習会へ来たかったのは、先生や長い間のお付き合いの仲間たちに会いたかったのだと思った。あれから、もう1年経ってしまった。そして、わたしは元気でいる。

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大雪

2016-01-19 | 暮らし

一度にどんと来ると大雪である。子供たちは学校からびしょびしょになって帰ってきた。雪が積もりすぎてブーツの中に入ってしまうのだ。体育館で遊んでいても寒い。さすがに、雪が積もると町中が冷蔵庫のように冷たくなる。いや、冷凍庫だ。

仕事が終わって車に乗ろうとしたら、雪で埋もれた上にカチカチだった。路上もツルツルで、徐行して走るので渋滞になってしまい、いつもは仕事場から家まで5分ほどなのに帰るのに20分もかかった。

路上のツルツルを、金沢に通っていた殿は「きんかんなまなま」と、言っていた。殿の車はすっかり埋もれていて、夕食の後、家の周りを明日のために雪かきをした。スノーダンプで行ったり来たりしながら、角地にある我が家の雪かきの範囲の広さに閉口する。

雪かきをしながら、強く逞しく生きようかと思ったが、殿の車を見て考えを変えた。強くも逞しくもなれそうもないので、いつも殿がわたしを面白がってくれたので、その方面で生きていこうと思った。殿の車は我が家の守り神のようにそこにあり、なかなか存在感がある。わたしの車は車庫に入れたので、殿の車は外で我慢してもらおう。

仕上げに、殿の車にいたずらをした。名前を書いて、正面は顔を描いた。この雪を落とすと、その周りをまたきれいにしなくてはならないので、かまくら状態のままにした。「おまえーー」と、殿が笑っている。わたしは、愉快に楽しく、ぼちぼち、だらだら、そこそこな感じでいこう。そのうちなんとか雪をどかすことができた。9時半だった。

 

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餌つけ

2016-01-16 | 暮らし

庭の木に、鳥がやってくる。みかんを刺したがなかなかこない。キウイはお好みのようだ。

そのうち、ミカンもなくなった。枯れ木も凛とする冬。枯れ木も餌をつけると鳥が寄ってくる。わたしも、ちらつかせるものがあれば人が寄ってくるかも。しかし、年を取ってからお金をちらつかせても、寄ってくるのは「さぎ」詐欺という鳥だろう。

 

 

 

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牡蠣

2016-01-16 | 料理

実は牡蠣が好きなのだが、婆さんが嫌いなので食卓には載せられない。しかし、今日買い物をしていたら生食用の大きな牡蠣の誘惑に負けた。最近はどんな誘惑にも負けないが、美味しいものには負ける。寂しいときは、美味しいものを食べて寂しさから逃げる。

ほんとうは、酢牡蛎にしたかった。酢牡蛎のとろっーーとした舌触りと甘酢とのからみあい。たまらん。しかし、ひとりで食べてあたったら怖い。夕食後片づけをした後に、食品売り場にあった牡蠣とチーズのレシピのチラシを見た。「カキとトマトのアヒージョ」「ピンチョス」「ブルスケッタ」「プランチャ」なんのこっちゃ。

アヒージョは、オリーブオイルとにんにく、赤唐辛子でカキを加熱する。ピンチョスは薄力粉をまぶしたカキをオリーブオイルとパン粉、にんにく、赤唐辛子でこんがりと焼く。プランチャはお好み焼きである。日本語で食べられないものか。結局、カキに小麦粉をまぶし、オリーブオイルに、にんにくと鷹の爪を入れてこんがり焼いた。都合よくプランターにパセリがあったので添えたが、都合悪くワインがないので殿が残していった「備前雄町」という酒をあけた。

うまいっつ!日本のワインもうまい。それで、今日は寒いので弓道の稽古はやめにした。これでは上達しないよね。まあいっか。もっと粉チーズをふりかけよう。

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遺物混入

2016-01-16 | 料理

これは日本の話なのか?と、疑うようなニュースが報道された。廃棄処分しなくてはならないカツを売ったという。

しかし、決してその業者を庇うわけではないが、その心理を考える。大量の食品を捨てるということには、相当の覚悟と正義感と、勿体ないお化けと闘わなくてはならないだろう。

実は、わたしはパンを焼いていて、恐るべし「食べられません」というお菓子などに入っている脱酸素剤が焼きあがった時に見つかった。パンを切ったら出てきたのだ。夜中の丑三つ時に、朝に間に合うように小麦粉を計量していた。その時のレーズンに入っていたのか、くるみに入っていたのか、いや小麦粉に?覚えがない。気付けば取り除くのだから危ういものだ。出来上がったほかほかパンを切ったら出てきた。

いいにおいのパンに、食べることができないか、どうせ自分が食べるのだからと思ったが、こねて発酵しているのだ。いや、すみっこをかじってみようか。脱酸素剤を食べたら体が腐りにくくなるだろうか。いや、ありえない。「えいやっ!」と、そのままゴミ箱に「ごめんなさい」と、捨てたが、これがひとつだからよいものの、100個作ったとしたらどうだろう。こっちは大丈夫だろうという気持ちが起こらないだろうか。

しかし、勿体ないというより、それで消費者をだましてお金を取るのは許せないね。業者が内緒で晩御飯に食べていたというなら許すが。

下記の写真は異物混入品ではありません。これを見て、エイやっと捨てる勇気。そして、ありえない出来事に遭遇したショック。家内クレームを隠密裏に口外しなければよいのに。おバカです。

 

 

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虹を見た

2016-01-14 | 暮らし

日曜の初射会の後、役員だけで今後の協会の赤字予算について話し合った。

会費の値上げは、弓を引いていない準会員が離れて行ってしまうのではないか、景品を安くする、開設記念大会を有料にする。と、あれやこれや話しているとき、虹が窓から大きく見えた。お金の話は中断し、虹をみんなで見ながら、「ないお金の話をしたくないもんやねぇ。」「虹を見とると、心が晴れるねぇ。」

 公私とも貧乏はしたくないものである。イベントを催す時にお金を取るということは、悪くないかと思うが。寄付をしてくれる金持ちの会員を募りたい。

虹を眺めていても、お金は降ってこないのではあるが。

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トイレの話

2016-01-12 | 暮らし

最近のショッピングセンターなどのトイレは休憩室なのかと思えるほどきれいで行き届いている。ここでコーヒーを飲めるほどである。飲んでいる人を見たことはないが。

男性用は知らないが、女性用トイレは、化粧ルームが別にあり、その横に授乳室がある。疲れたら授乳室に入りたいくらいだが、授乳できる年齢でもなく、赤ちゃんもいないので覗くこともできない。

トイレの中は、ベビーチェアがあって、その横におむつ替え用のベッドが収納されていて、開いて使えるようになっている。なので、トイレの中は広い。

また、幼児用の便座をも用意されているので、大人の便座の上に置いて使える。便座の消毒用の液体もついていて、高齢者用の手すりもある。

トイレもいろいろなニーズに応えられるように、それぞれに違う。赤ちゃん用の他にはお着換え台が壁に張り付いていて、それを開くと、その上で着替えができる。例えば昔、ストッキングが破れてトイレで履き替えるのに難儀したことがある。今は、身ぐるみ着替える若い子もいるようだ。

どちらにしろ、外国人が見たらびっくりぽんだろう。

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初射会

2016-01-11 | 暮らし

恒例の初射会は、持ちより料理で高校生25名と会員のお腹を膨らませなくてはならない。今年も豚汁担当のわたしは、40名分の野菜を前日に段取りした。

ごぼう1本半、豚肉700グラム、白菜3分の2、えのき2袋、人参2本、大根半分、しめじ2袋、里芋15個、ねぎ5本・・・を、大きな鍋2個に分けて入れたが、はじめは野菜の煮込みのような感じだった。昨年は少し具が少なくてはらはらしたので、今回はダイナミックに刻んだ。野菜の煮込み?と、聞かれるほどのスタートだったが、汁が出てきて味噌を入れると具だくさん豚汁は無事仕上がった。おお、ねぎを入れ忘れていたと思って大鍋の蓋を開けると、ぜんざいだった。危機一髪。ねぎ入りぜんざいができるところだった。

他に会員の持ち寄り、フランクフルト、ちらし寿司、太巻き寿司、ドーナツ、ぜんざい。H先輩の生け捕り猪肉の甘煮は、あっという間になくなってしまった。

すさまじい減り方に、気付いたら2つ目の豚汁もなくなっていた。お餅もたくさん食べた。 

午前は色的で採点性。午後はお楽しみ風船割と、白扇、金的。

風船は割れた人はくじを引いてお年玉をゲットする。はずれの人にはお菓子の掴み取り。中にキウイを入れたので、ぎょっとする場面も。

高校生は「めっちゃ楽しい!!」と、歓声を上げる。最後に「楽しかった人」と、言うと、全員が手を挙げていた。こんなに喜んでもらえると、やりがいがあるというもの。料理も食べてくれる人がいると、作り甲斐がある。

 

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サルトル

2016-01-08 | 暮らし

前にEテレの「100分で名著」で「サルトル」をしていて、「人間は自由の刑に処されている」というところがあった。自由であることは不安である。我々の存在は偶然であり、その存在は無意味で不条理なものである。だから人間は自由である。そして、自由は不安である。「この自由はいくぶん死に似ている」という。孤独とは自由であるということも。

日々忙しく、何かに縛られていることはそこに安心があるのかもしれない。まったく自由で何をしても良いと言われても困るのだろう。

「孤立を恐れずに生き方を模索する」のだそうだ。自由というものは不安定ということ。それでは、不自由は安定なのか?

毎日の生活に、少しのストレスや拘束されることなどがあって、時折開放感を味わうことができるわけだ。仕事をしているから休日が嬉しいというような。厄介な人生は人生の薬なのかもしれない。

それにしても、厄介なことが多いなあ。相続や名義変更などが、もれなくできるまでに1年かかってしまった。(株の名義変更と、携帯電話の名義変更がもれていた。)そして、気が付いたら1周忌をしなくてはならない。ほんの家族だけでやりたいが、姑の兄弟が8人いるのだ。爺さんの兄弟は3人で、その親戚も呼ばなくてはならない。娘の嫁ぎ先のご両親にもお世話になったしと膨れ上がるので、わたしの実家は母と弟だけきてもらう。殿は、わたしのか細い肩に荷物をたくさん載せていったものだ。とはいえ、1周忌は1回しかないので精いっぱいのことをしなくてはならないと思う。

サルトルと一周忌は何の関係もないが。

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冬休みが終わる

2016-01-08 | 暮らし

あっという間に、冬休みが終わった。日々、忙しくしていることは、いいことなのかどうなのか分からないが、時間があくとすぐに予定を入れてしまい、結局自由な時間がなくなって汲々としている。

 正月休みも正月をしないとはいえ、娘たちみんなで集まった。正月用の祝い箸のかわりに、いただいた手作りの箸で膳をにぎわせた。10人寄ったのだが、全部着物が違うのですごいと思った。作り手のこだわりと、愉しみが見えてくる。

そして、弟から届いたズワイガニを室温で解凍した。美味しいカニを総勢10人で豪快に食べる。後で気付いたのだが、甲羅を下にして解凍しなくてはならないらしい。カニ味噌が流れ出ないようにとのこと。流れ出る前に料理したので大丈夫ではあったが。甘味があって美味しかった。やはり、みんなで食べる食事は人数のべき乗倍おいしい。

 

 

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万両

2016-01-02 | 暮らし

庭に万両が咲いた。実家には千両がある。母は言った。「千両はあるあるといって、赤い実を見せるけど、万両は実を隠すんや。」あたしゃ、千両だ。ほんの少しの実をさらけ出して、それで後はもうない。

しかし、「千両役者」と、いうではないか。千両は大したものだ。その上をいく万両は税金を取られるばかりとなるので、やはり隠したくなるのだろう。

相続税はもとより、消費税はあがり、マイナンバー制度で洗いざらい庶民のささやかな財産を開示しなくてはならないのだろう。たくさんある人は、ユニセフに寄付しよう。歳末助け合いで、かわいい子供たちが呼びかけていたので、たくさんあるわけではないが思わず奮発してしまった。やはり千両だなあ。

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今年もよろしく

2016-01-01 | 暮らし

数少ない、わたしのブログの訪問者の皆様、いつもありがとう。今年もよろしくお願いします。そして、遠慮なく檄を飛ばしてください。

さて、実家に弟家族が帰省して来たので、午後に顔を出すと娘たちも来ていた。みんなで辻占をすると「なんを のがれる」と、あった。昨年ほどの難はもうないよねーと初笑い。

全員集合して茶の間は一杯になったので、買ってきた凧をあげることにした。大正解だった。外は暖かく空はどこまでも青い。7連のカイトと、マリオのカイトで大人9人、子ども4人は小一時間凧揚げを愉しんだ。

タコ糸が最後まであがると、ぞくぞくする。穏やかな日でも上空は風がある。

 

考えてみたら、弟は年に数日しか帰れない。計算すると30年の間に、盆、正月、連休で、いつも2泊ほどしかしないので、親と暮らす時間は6か月ほどしかないではないか。わたしは、車で5分もあれば行けるところに住んでいるので、いつもいつも恩恵を受けていた。一緒にいる時間のことを言えば、わたしは両親とも、旦那ともたくさん時を過ごせたのでありがたいと思う。

弟は、インドでの単身赴任、海外出張、現在は茨城での単身赴任で、家族は寂しいと思う。日本は今ほんとうに、こういう家族は珍しくないと思う。

その時々を大切に。

 

 

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