まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

将来の夢

2020-09-29 | 暮らし
実家の居間や台所をリフォームをするので片付けの手伝いに顔を出した。
父母が長く住んでいたので手を付けるのは恐怖である。
わたしの物も半世紀ぶりに出てきたりする。
案の定、写真やわたしの作文が出てきた。作文などは早く捨ててしまいたいという代物。「将来の夢」「中学生になって」・・・
「まず、心とからだを強くしたい。次に勉強だ・・」と、書いてあるが、「次に」が、「欠に」に、なっていた。なので、勉強は欠落したのだ。

小さい時、「将来は画家か小説家になりたい」と言ったら、母に「そんなもんは、道楽者のいうことや」と、言われたことがあった。
この作文を見る限り、小説家などとは程遠い。
栴檀は双葉より芳しというが、どこをどうみても芳しいところはない。
たったひとつ言えるのは、恥も外聞もなく「小説家になりたい」と、言うところがすごい。顔から火が出るとはこのことだ。弟家族に見つからずにすんだことが幸いだ。なぜ、こんな作文が残っているのか。
半世紀経って、心も体も勉強も、どれも強くなっていないことが分かった。
今でも、少しでも良くなりたいと思っている。
いや、「これ以上ボケないようにと思っている」というのが正しい。

母から見ると、農業や製造業以外の身体を使わない仕事は道楽と思っていたようだ。芸術家などは一握りの人しか大成しないということも。
九谷焼の作家さんや、漆職人の人を見ていると、次から次と豊かな発想と技量を磨き、日々の努力が必要なことが分かる。
そして、それを売ることも並々ならぬ努力が必要だ。
要するに、植木等ではないがサラリーマンの方が気楽な稼業かもしれないのだ。
最近はそのサラリーマンも気楽な稼業ではないけれど。
PCで入力する仕事をしていたころ、これは机上の力仕事だ!!と思っていたことがあった。畑仕事は身体にいいが、机上の力仕事は身体にも眼にも悪い。

好きなことがあるのは良いことで、書くことや、描くことが苦手ではないというだけでも心が解放される。
好きなことが多いほうが人生は楽しいのではないか。
その出来栄えの良し悪しは別として。






衣替え

2020-09-26 | 暮らし
すっかり秋の気配で、連休の日の暑かったことを忘れていた。
中央公園では、子供達が最後の夏の余韻を楽しんでいたようだ。


店には秋のセールだが、マネキンまで・・・・マスク。



575でカガク

2020-09-25 | TV
日曜の23時30分。Eテレでやっていた「575でカガク」という気になる番組を見つけてしまった。
プレバトでもお馴染みの夏井いつき先生。

「最先端科学を17音で表現」
俳句と科学がどう絡むのだろう。とても興味深い。
どちらも全く歯が立たないので、殆ど憧れと尊敬で観た。

いつもの厳しい夏井先生ではなく、科学を前に次々と新発見して驚いているところが、とても可愛らしい女性にみえた。

さて、「反物質」と、いうことに対しての俳句。

愛すればこそ憎しみもソーダ―水

好きな子の靴を隠すやさくらんぼ

視聴者から集まってくる俳句を、科学者の後田教授と夏井先生で読み解くのである。この2句について、二人の間で物議を醸す。
そして、とうとう作者に電話してしまうという展開。
作者は、なんと反物質について語りだす。

そこで、「反物質」とは何ぞや。と、いうことになる。
物質の生き別れの双子の片割れで、消えてなくなったのが反物質なのだそうだ。それって聞いたことある。

先日、素粒子の番組があった。又吉の「ヘウレーカ」だ。
「僕らはみんな”あぶれ者”だった!?」
ニュートリノの説明があった。あぶれ者から生まれた我々・・
スーパーカミオカンデは地球そのものを実験室にしてしまったような施設。
さて、その研究は素粒子なのだが、その素粒子すら理解できない。
その素粒子と反物質が関係があるらしい。

カミオカンデで研究しているあの素粒子を語っていたときに、ぶつかった後、あぶれた素粒子が物質を作り出すという。
なので、我々はあぶれ者から生み出された物質であるとの説明。
反物質を説明せよと言われたら分からないのだが、何となくつながっていることが分かってきた。
書きながら、何を言っているのか自分でも分からない。

しかし、その俳句を詠んだ方々がすごい。
名前を見ると男性が多い。ロマンチストなのは男性の方が多いのかもしれないと思った。

次回は「ミトコンドリア」
Eテレ 27日夜11時30分
なんだかワクワクする。
ちなみに俳句も科学も苦手だ。

コスモスが咲きました

2020-09-24 | 暮らし

あんなに暑い暑いと言っていたのに、ちゃんと秋が来た。
コスモスもちゃんと咲いたし、嬉しい限りだ。
ただ、行動範囲が狭くなって友達とも会えなくて、つまらないと思っていたが、ひらひら飛んでいる蝶を眺めていたら微笑ましく思えて、蝶よりは行動範囲が広いなぁと変に納得した。


蝶は儚い命なのだろうか、古い歌を思い出した。



この風景を、ひょいと一句詠めたらいいのにと思う。




スローフード

2020-09-23 | 料理
母が栗を拾ったので取りにおいでとのこと。
腰の曲がった母がやっと拾った栗を大切に一粒ずつ剥くことに。
まず熱湯に栗を入れ、すぐに火を止めて15分。
鬼皮はこれで難なく剥けるのだが。


問題は渋皮剥きである。1時間以上かかって剥いていたが、手がしびれてきた。


終わった!!!  332g 栗は貴重だ。
栗きんとんが高価な意味が分かる。
娘と半分こして栗ご飯。炊き上がりを母にも持っていく。
忙しい栗タイムだ。



イチジクばくだん

2020-09-22 | 料理
イチジクが大好きなのだが、食品売り場では殆どお目にかかれない。
たまにあると、高くても買ってしまうのだが、時折残念な味の時がある。



山代温泉のケーキ屋さんに、「もものばくだん」「なしのばくだん」と、並んで「イチジクのばくだん」が、あった。
ひとつ消費税込みで700円になるが、矢も楯もたまらずとはこのこと。


母とふたりで食べる。
まるごとイチジク。イチジクの座布団に載っている。
蜜がかかっているイチジク。
天にも昇るここち・・・・

束の間の幸せだった。

最近、物忘れがひどくなった母は、明日このイチジクばくだんを食べたことを覚えているだろうか。




総理大臣のお名前

2020-09-22 | 料理
前日の仕込みをさぼると、朝の弁当と食事の用意に30分はかかる。
ワンパターンの弁当であってもそれなりに時間がかかり、化粧をしなかったら楽だろうなと思う時がある。
マスクをするから半分というわけにもいかない。
さて、過日の定番弁当。鮭のホイル焼き。卵焼き。
ごはんにとろろこんぶ。味噌汁。



予想通り、菅総理大臣。
さて、菅さんはなんというお名前だったか?
あべしんぞうさんが浸透してしまって・・。
義偉「よしひで」さん。

お会いすることもないと思いますが、お名刺も頂くことはないと思いますが、知らないというのもどうかと思いまして。

取立山

2020-09-19 | 山歩き
2か月ぶりの登山。白峰村から福井県勝山市に向かって行く。
白山市と勝山市にまたがる取立山は標高1307mだが、登山口から頂上までの標高差は520mほどなので丁度よい。
夏の間、あまりの暑さに引きこもりの日々だったので体力に自信がなく、初心者でも行ける取立山コースを行くことにした。

10時に到着すると、車が6台ほど停まっていた。
大滝やこつぶり山へも行きたいが、今回はお預け。

登山口では思ったより涼しくて、登山道も木陰になって爽やかだった。
風も空もすっかり秋の気配。


りんどうが可愛い。


今年は「熊餌調査」で、ブナの実が殆どないということで、熊が里まで下りてくる。道標も、熊にガリガリやられている。

山の先生は、今年鞍掛山と鈴ケ岳で熊に正面から出会っている。
この日もクマよけの鈴をつけていた。
道標のペンキの文字部分が削られていた。
山と渓谷の本に「熊を知る」と、いう特集が以前あった。
人間が熊の住む山に行くので熊にとっては迷惑なことなのだ。
熊も人間に会いたくないはず。なので、なるだけ音を立てて「来ましたよー」の合図をするために、熊鈴やラジオは有効。人もたくさん行き来すれば熊も寄らない。山菜採り等でばったり遭うのが危険。

熊は道標のペンキや、木道のクレオソート、ガソリンやオイルの匂いが好きで引き寄せられるそうだ。整髪料やシャンプーも。
刺激的なにおいが好きなのだそうだ。
と、いうわけで、道標のペンキを塗り直したりするとやってくる。




1時間40分かかって登り、丁度お昼。
頂上では白山が雲に隠れていて残念だったが、鉢伏山、大長山・・・と、山々の景色に心が洗われる。
保冷材で冷やしたキュウリの漬物が美味しかった。

頂上の道標も、熊に削られていた。

下山で秋の気配をみつける。
13時25分に下山。登山口に到着。
さあ、白山里温泉へ行こう。


とうとう籐が切れました

2020-09-14 | 弓道
やっちまいました。
籐が擦り切れ始めたのは分かっていたのだが、ついにちぎれてしまった。
稽古のし過ぎといいたいが、手の内がいまいちの仕業かも。
買い置きの藤がない。急遽ラインで仲間に呼びかけたら、M君が持っていた。
都合のいいことに、彼は器用だ。
新婚の新居に籐を譲ってもらいに行くのではなく、弓を持っていくというはめに
・・・。もちろん新築祝いの酒とワインも。

セロテープを貼って稽古するわけにもいかんしねえ。
それは、あんまりでしょう。
結局、少し切り詰めて既定の長さより短く巻いて応急処置。
ついでに握り皮も巻き替えて、さてまた夜の稽古へ。





朝10分料理

2020-09-14 | 料理
朝は、弁当を作りながらの料理で10分以内に作るというスピード料理。
美味しい弁当より5分でも寝ていたいので、自然とこうなったのである。

ひとりの朝食は自由自在であるが、美味しいものを食べたいという食い意地がはっている。
わたしがお嫁に来た頃は、舅が飲食店をしていたので、夜遅くまで働いていた。朝が遅いので舅たちは朝食は食べなかった。店を辞めても、朝食は食べずにいたが、現在は血圧の薬を飲むためにパンとヨーグルトを自分の部屋で婆さんは食べている。

と、いうわけで、朝は自由なお食事時間となる。

この日は、前の晩のそうめんが少し余っていて、ビニル袋の中で卵を混ぜて焼いた。絶品トマトソースと、とろけるチーズをのせてフライパンで焼いて、プチトマト、キュウリの酢の物。コーヒー牛乳。


ピクルスのプチトマト、チンしたオクラ、半熟卵。
カボチャスープは昨夜の残りで、あえて牛乳を上にのせて2層にして、食べるときに混ぜる。くるみぱん。


冷たいカボチャスープは、暑い朝に最適。
出来上がり時間は、ゆで卵時間のみ。6分+殻をむく時間。


アヒージョ、ヨーグルト、フランスパンチーズ詰め。
ニンジンジュース。


ただ、前夜に用意している時間は入れていない。
朝の自分の為に用意する夜の自分。
明日も良い日になりますように。


楽しい稽古

2020-09-14 | 弓道
コロナ禍で、中学生も来られなくなり、初心者の方も足が遠のき、古参のわたしたちがちまちまと稽古している。
そんな中、理事長のOさんが、単身赴任中に愛媛松山の弓道協会で稽古をしていたときに教えてもらった「楽しい色彩的」(仮名)を、稽古の最後にするようになった。
最後の1本をこの的で仕上げるのだ。



まず、自分の色を決める。それはずっと変わらない。
毎回、じゃんけんで射る順番を決める。
その時、一番になった人が、的の位置を決め取り付ける。
自分の色に中てたら2点。
他の色に中てたら1点もらえて、その色の持ち主に1点加点。
なので、中らなくても点数が入る。
しかし、黒に中ったら「ドボン」で、-2点。
真ん中の白は3点である。
霞的より小さいのでなかなか中らない。
何日も中らなかった。

的はきれいなまま次回に持ち越される。
先輩が何本か中てて、ついでに黒にも中てて・・と、なかなか面白い。
わたしはオレンジで、先輩が1本中ててくれたので持ち点1点。
ついに、わたしも中てた。緑だった。オレンジではないが嬉しい。
この日の稽古はいい気持ちで終了。稽古は3人しかいなかった。
コロナのせいか・・・。人は活発に動かない。


仕事で疲れていても、弓道着に帯を締めて、袴を穿くと引き締まる。
しかし、コロナ禍であまり動かないので、身体の方は引き締まらないなあ。
辛い時こそ、楽しいことを見つけよう。ありがとう、Oさん、松山の皆さん。




IT挫折

2020-09-13 | 暮らし
Rssingとは何者なのか。何回もチャレンジしたが、とうとうギブアップ。
ただひたすら時間だけが過ぎていくのでやめた。
もうひとつの方法は、自分の名前とアドレスを入力すると消えるらしいが、それも嫌な感じだ。
結局、gooに相談のメールをしたのだが、ネットで知りえた情報と同じだった。
何とか大きな力で弱いものを守ってもらえないかという他力本願な考えも断念。

そんな矢先、ドコモ口座のニュース。
ニュースを観たとたん、うちの婆さんはJAの通帳のつけ上げをしたいから連れて行って欲しいという。
JAは大丈夫やと思うけど・・と、思ったが、いったら聞かないのと、耳が遠いので説明するのに多大なエネルギーを使うので、つけ上げも必要だし、すぐにJAへ連れて行く。
婆さんを笑っていられない。
将来、自分も今以上にややこしくて怖い世の中になっていったら対応できるだろうか。すでに、Rssingの火の粉も払えないのだ。

時折入ってくる「荷物が届きました・・」メールや、脅しのメールも回避しなくてはならない。PCやスマホを持たなければいいのだが、そうはいかない世の中になった。
母のケータイが、母が生きている間は壊れませんようにと願うばかりだ。
やっと覚えてくれて、安否確認が出来る唯一の道具。

IT関連と言えば、マイナンバーカードは実家の母も、姑も作っていない。
90歳になる母たちに対する必要性が良く分からないからだ。
5000円あげます。1万円あげます。と、言う話では説得力がない。
本人がそれが欲しいと言えば行くだろうが、少し物忘れが多くなった母と、耳の遠い姑に、自分も必要性が分からないものを作りに連れて行くには、説明時の体力、気力と連れて行く労力を考えると萎えるのである。

何かあったとき、日頃の便利は不便だ。


マスク

2020-09-09 | 読書
向田邦子の『無名仮名人名簿』に、「マスク」という随筆がある。

「舗道にマスクが落ちていた。」と、いうところから始まる。
そして、「と、ポケットにしまっておいたマスクを鼻にもっていった時の、寝臭いような息の匂い」というところで、おや??と、思った。

ねぐさい・・・と、いう言葉にひっかかったのだ。
「寝臭い」は、石川県の方言だと思っていた。標準語だったのか?と、辞書を引くと、ちゃんとあるのだ。「寝床から匂うようなくさみ・・」とか。
でも、この辺で使う使い方は、腐ったような・・とか、古びたようなことを指す。
「ねぐさい話し、しなんなま」と、使う。「忘れかけたような古い話をしないで・・」と、言うような。
どちらにしても、良い匂いではないね。

さて、この「マスク」を書いたころの向田邦子は、みんながマスクをしなくてはならない今の様子を天国から見たらどう思うだろう。





2020-09-06 | 暮らし
母を連れてドライブをしていたら、蓮が咲いているところを見つけた。
母も喜び、車を停めてしばし見とれていた。
猛暑日が続き、コロナ禍が続いても、花は咲く。








強く、美しく、逞しく。