まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

トンビ岩コース

2018-08-05 | 山歩き

美味しい味噌汁を飲んで、いざ下山。前日は夕ごはんを食べてから6時過ぎには横になっていた。山小屋ではひたすら翌日の為に寝る。月が出ているため星は思ったより見えなかった。元気があれば、外でビールでも飲んでも良いが体力はない。翌日、みんなの足手まといにならないように寝ることが大事だと思った。忘れてはならないのは例の物「アミノバイタル3600」を飲む。万全だ。

白山に登って、雷鳥荘に泊るとシャワーも出来るらしいが、山というのは美味しいものを食べたり、豪華な宿泊を期待するところではない。一生懸命登り、マナーを守って、自然を守って下山する。

室堂で、泡をいっぱい立てて顔を洗っている女性がいた。南竜では浄化槽があって、水洗トイレなので、泡で顔を洗ってもよいのだろうが、室堂では生態系が壊れるから駄目なのである。

マナーと言えば、解せないのが、たくさんの登山者がいる中、クマ鈴をガラガラ、リンリン鳴らす人がいることだ。後ろから近づいてくると、自転車のリンのようで「チリンチリン、どいてどいて」と、言われているようだ。先に行ってもらうが、熊が出るんですか?この銀座のような夏休みの白山に、と問いたい。その音がうるさく感じるのは、わたしが疲れているからだと思う。黙って歩いていると、耳の中に容赦なくリンが飛び込んでくる。暑い。辛い。うるさい。と、なるのである。

さて、8時に出発。昨年より雪渓が狭い気がした。御前峰を振り返り、名残惜しい下山である。下界は暑いのだろうなあと思う。

トンビ岩コースでは、ハイマツが群生していて、ホシガラスが来るのだそうだ。トンビ岩に登って記念写真を撮ったが、へっぴり腰と言われて不採用。

トンビ岩から見える岩を、自然観察員の女性が「ゴリラ岩と呼んでいるんです」とのこと。確かにゴリラっぽい。

南竜ケ馬場に近づくと、ニッコウキスゲが咲いている。

南竜までに相当疲れてきて無口になったわたしは、チョコチップとコーヒーで息を吹き返して、甚之助小屋までたどり着く。甚之助小屋から眺める山は、以前にも増して削られている気がする。

ここで昼食を摂った。暑いので、また傘を差して食べた。食後のフルーツが美味しい。特に白桃がめちゃくちゃ美味しかった。甘くてつるんとしていて、少し水で冷やしただけだが、この暑さの中でひんやりと喉を通過していった。

2日間の食べ物の中で、白桃の大勝利と思えた。おかげで、元気に下山出来た。途中、航空自衛隊の若者たちがざくざくと登ってきた。迷彩色の暑そうな服と、異国の人かと思えるほど真っ黒な顔。驚くことに、可愛い女性の隊員も真っ黒だった。

いろいろな人たちが、いろいろな思いで、ハアハアと登る白山の魅力。無事下山した後も、余韻が残って幸せ気分である。

みんなのお陰で、けがもなく、熱中症にもならず、ひとりではとうてい叶えられない登山である。

「感謝の気持ちでいっぱいです。どうか心ゆくまで美味しいビールなど浴びるほど、各自帰宅後に飲んでください。」

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お池巡り

2018-08-05 | 山歩き

日の出を見た後、お池巡りをする。雪が残っているが、今年は少ないとのこと。

山の頂上は下から仰いで見ることが出来るが、この池は登ってみなければ見ることができない貴重な眺めである。

翠が池・・・

お池巡りをしながら、チングルマに出会う。

クルマユリ

山登りのつらさは、花に助けられる。それと青空。

 

3時半から出かけて、朝の頂上散歩を終えていよいよ室堂に到着。7時までに戻って朝食だ。山のごはんは質素であるが、味噌汁は美味しい。

 

 

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お日の出

2018-08-03 | 山歩き

白山では「ご来光」とは言わず「お日の出」と、言うのだそうだ。昨年は天気が悪くて日の出を拝むことは出来なかった。

今回は待望の日の出を拝むため、寝る前の準備と、真夜中にズボンを穿き替え、毛布にもぐってヘッドランプをつけて、コンタクトを装着し3時には準備OK。周りの人たちもごそごそ起き始めた。お日の出1時間前、3時50分に太鼓が鳴らされるのだが、わたし達は3時20分に歩き始めた。

レインウエアを着て歩き始める。高度が上がるにつれて足は重くなる。ヘッドランプの明かりが暗闇の中にホタルの灯りのように光って移動する。後ろから来た元気な小学生に追い抜かれ、はたまた元気な中年夫婦にも追い抜かれながら、ようやく頂上に立つ。

適当な岩に腰かけて日の出を待つが今度は寒い。10℃くらいかと思うが風があるためさらに寒くなった。手が痒くなってきて、かじかんでカメラのシャッターが切れない。しもやけになったのだ。

隣に若い雲水が日の出に向かってスマホをかざしている。

今か今かと寒さに震えながら待っていると、4時30分に空が真っ赤になってきた。昨日、暑い思いをして登ってきた甲斐があった。 

劔、立山、槍、穂高、乗鞍、御嶽の稜線がくっきり見えて、いよいよ神職のお話の後、万歳が・・

 しかし、陽が昇る瞬間ガスがかかって、太陽が見えなくなった。一同「あーー」と、情けないため息が。それでも、世界平和の万歳三唱。めでたし、めでたし。

 雲海が広がり、また山が姿を現して、刻々と様子が変わっていく。太陽が昇りきると、空は晴れ渡る。

お茶を沸かして、あんぱんを食べて、予定通りわたしたちはお池巡りを始めることにした。しかし、あんぱんを握る手は相変わらずかじかんでいた。すぐ治ると友達は笑っていたが、やはりここへきて血の巡りの悪さを実証したことにテンションが下がる。

ストックもまともに持てない。この後、お池巡りをして無事下山できるのか。

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白山 登り 観光新道

2018-08-02 | 山歩き

いざ白山へ同窓会仲間と行く。昨日一日中弓道大会で立ちんぼしていただけで「死にそー」とか言っていたのに、一体登れるのだろうか。

別当出合でみんなと待ち合わせて登山届を出して9時40分より登り始める。本日は観光新道から室堂までゆっくり行くということで出発。

観光新道は途中に「殿が池避難小屋」があるが、トイレは使えないし、水もないので、スポーツドリンク他2リットルを持ち、首にはクールコアを濡らして巻いた。たっぷり日焼け止めを塗った上に、日焼け止め用のアームカバーをはめて万全にして登るが、ちりちりと焼けているのが分かる。

尾根に出るともろに陽が当たり、休憩の為に立ち止まるのもつらい。友達が持って来てくれた傘の下に入る。先日、孫と気温を測っていたときに、5℃違うことを実証済みだ。ありがたいが傘をさして歩くと、ストックが使えない。

年配の女性の方達は逞しい。炎天下でじっと休んで、また歩き出し、抜きつ抜かれつして登ったが最終的にはわたしは息が上がって、抜かれたまま室堂へ到着となった。山は競争して登るのではないが、あまり遅いと同行している人のペースが乱れると思う。いつも友達が合わせてくれるが、結構ストレスになっているのではないかと思って頑張ると、かえって途中で脚が出なくなる。

じりじりと焼けて、スルメになった気がした。じわっと身体がそっくり返りそうだ。

ひたすら歩き、日陰では休み、休憩を多くとる。スポーツドリンクで口の中は甘くなっているのに、口の周りはしょっぱい。無駄な外出はしないでくださいと言うのに、山に登る人の多いこと。これは無駄な外出ではない。無謀な登山である。意識が遠のきそうだ。血圧と、高度との関係を考えていた。高度が上がると、息がしにくくなるが、特にわたしは低血圧なのでどうなるんだろう。高度が上がり気圧が下がると・・・と、余計なことを考えてトロトロ歩く。

ようやく室堂に到着。6時間半かかった。ここで生ビールをくいっといこうと思ったら、 生ビールは売り切れだって。残念だ。

ぎゅうぎゅうの山小屋ではあるが、夕食を取ってすぐ着替えて寝た。もうすることはない。ひたすら寝て、3時には起きて日の出を見る予定だ。ヘッドランプを点けるのが下手くそで、迷惑にならないように毛布をかぶって練習をした。今頃練習するのはひんしゅくである。しかし、3時までに、もう一度着替えて、コンタクトレンズを入れて、頭の上の棚に並べスタンバイしておかなくてはならない。

となりのじいちゃんは25年ぶりに登って、熱中症になりかけたと話していた。山での昔取った杵柄というのはあてにならないものである。用心、用心。

さて、起きれるのだろうか??

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蝶と蛾

2018-07-12 | 山歩き

西山で撮った蝶

職場の石畳にいた蛾。木の皮かと思った。

蝶と蛾の違いを調べるほどに、違いが分からなくなる。

羽を閉じてとまるのと、広げてとまるという事での区別ではないそうで、調べれば調べるほど分からなくなる。別に分からなくてもいいのだが、名前を知りたいとは思う。だからと言って名前を覚えられないのではあるが。

蝶は静かだし、媚を売らないし、騒ぎ立てないし良い。外でカラスがすごくやかましいのだ。

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マダニの恐怖 その2

2018-07-09 | 山歩き

山へ行く時はズボンを穿いている。夏でも日焼け止め用に長袖か、アームカバーをしているので肌を出さないのに、うかつであった。

まさか実家のキウイ棚の下で待ち構えているとは。いや、その前に山へも行っている。うちの周りは水田が広がっている。可能性はどこにでもある。近年、イノシシなども増えているので、マダニも繁殖しているらしい。

10日経ち何事もないと思いながらも、太ももの後ろが気になって鏡で見たら、やはり黒く残っているようだった。そして、3日前から左の首あたりが痛くて、初めはエアコンをかけていて喉がやられたのかと思っていたが、どうもリンパ腺の痛みのような気がした。調べるとSFTS患者は5~8月に多く発症しているとの事。

今日は非番なので病院へ行こうと思った。やはりスカートの方が診察してもらいやすいので履き替えていたら、左の前の太ももに怪しい小さなものが。やばいっ!立ち眩みしそうだった。1mmほどだ。

病院へ行くと、皮膚科は休みで、他の先生が二人かかりで看てくれて、小さなものはキットで取りますと言って、プラスチックのくぎ抜きのようなものでくるくる回して取った。まだ血を吸っていないので小さいのだという事。昨日草むしりをしたからか?

この前の残骸は、痛み止めの注射をした後、メスで切開して取ってもらった。一針縫いましたとのこと。よほど深く切ったのだろう。後ろなので分からない。念のため血液検査をした。今のところ異常なしではあるが。

マダニに噛まれて、6030円支払って、踏んだり蹴ったりというより、噛まれたり切られたりだ。

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マダニの恐怖

2018-07-09 | 山歩き

先日、シャワーした後、身体を拭いていて、太ももの後ろにぷくっと膨らんだものがあることに気付いた。年を取るとイボができる。もしや年寄りイボ(名前は正確ではない)?

少し引っ張った。何故かむにょーんと伸びた気がして、取れそうな気がしてピッと引っ張ったら取れた。恐るべし。見ると直径7mmほどで肌色だった。イボか!洗面台に置いたら、まるでルンバのように動いた。動く?何で?げーー。反射的にブラシの背で叩いた。

ぶちっと潰れて、赤い血がドバっと散った。死んだ。おぞましい行為だ。正当防衛である。

一体何か起きたか分からなかった。その物が何かも分からなかった。

翌日、母にそのことを話したら、山で育った母は確信を持っていう。「マダニやわ」えっー、ダニって小さいんじゃないんか。いや大きい。引っ張ったら頭が残るんや。目の下にある黒い痕を見せてくれた。小さい時、友達に「ダニがおる」と、言われて取ってもらったらしい。残ったのだという。

急いでネットで調べたら、喰われたら医者へ行って取ってもらわなくてはならないらしい。千切ると頭と口(牙?)が肌に食い込んでいて残る。それが化膿する場合があるらしい。ウイルス感染症もあるらしい。死に至る症例もあるらしい。

しかし、ダニなど見たことがない。多分1mmくらいのものだろうと思っていたので、ルンバのような動きをする手も足もないような丸い7mmほどのものがマダニであることを知らない。血を吸うとまん丸になるのだ。

さて、どこでついたのか考えた。6月30日、弓道仲間でブドウの木でランチをした。いつもは穿かないスカートを穿いて、帰りに退院後の実家の母の様子を見に行った。その時、キウイの枝が伸びているので、何本かビールの空箱に乗って剪定したときにやられたような気がする。後で洗濯したストッキングを見たら、まさしく太もものあたりが小さく破れていた。

けれど、1週間経って何の変化もなければ大丈夫だと高をくくっていた。

つづく・・・

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白山高山植物園

2018-07-03 | 山歩き

今年も、白山麓の西山にある「白山高山植物園」へ出かけた。自然観察員のMさんが観光客の案内をするので、一緒に行って勉強をした。

すっかり雪が解けた白山も一望できた。

たくさんの花の名前を聞く先から忘れてしまうが、説明を聴きながら付いて行くと、少しずつ分かってくる。何回も繰り返し学ばなくては覚えられない。でも、好きな花はすっと入ってくる。

名前札がついている。係の方は「20年かけてやっと皆さんに見てもらえるようになりました」とのこと。2005年から整備を始めて、今では10万本の高山植物が咲き誇るまでになったのだそうだ。

今年は少し早いようで、ニッコウキスゲは殆ど盛りを過ぎたようだ。

それでも、多くの種類に驚きながら回った。自然の中で命の洗濯である。

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鷲走ケ岳(ワッソウがたけ)白抜山(しらぬきやま)

2018-06-28 | 山歩き

5月末に、孫のkouが、6年生の登山合宿で「白抜山」へ登ると言っていて、登山ガイドを一緒に見た。山頂で自分たちで湯を沸かしラーメンを食べるのだと言っていた。白山ろく少年自然の家に泊ったのだが、あいにくの雨で、登山もイワナつかみも出来ず、体育館でコンロを使ってラーメンを作ったとのこと。

どんな山なのか行ってみたいと思っていたら、丁度山のベテラン先生が同行してくれることになった。鷲走ケ岳は、春先に山腹にワシの羽ばたく雪形が現れるのだそうだ。

しかし、この時期の低山は暑くてめまいがしそうだ。おまけに、天気予報は白山市34℃という。国道157号線から東二口という集落へ入ると地図がある。ここから右に林道コースがあるが、わたしたちはアスファルトの道路を白抜山と鷲走ケ岳の分岐まで車で上がった。

スタートから白抜山まで心もとない登山道の標識。わたしの脚も久しぶりに登るので心もとない。

15分で頂上に着いてしまった。あっけない。看板もいまいちだ。891mとかろうじて読み取れる。

電波反射板を見て、てっぺんだけ見える白山を眺めすぐに下りる。

杉木立の中を通るが、風もなく暑い。白山に近いので、少しは涼しいかと思ったが違った。

水とスポーツドリンクを半分ずつ混ぜて500mlを2本持って、他にお茶も持ってきたが、既に1本の半分以上は飲んでしまった。

分岐まで戻り、いざ鷲走ケ岳へ。

熊の爪痕を発見。木の皮を剥いでいる。この辺の木が何本もやられていて、ちょうど熊の通り道でもあるのかもという事で、ポケットにあるクマ鈴を鳴らすことにした。人も殆ど通らないので山の先輩も鳴らした方がいいという。縦の爪痕と、横にひっかいて皮を剥いた跡がある。

 

途中、先ほどの白抜山の頂上を眺める。頂上右に電波反射板。

ササユリまでが哀れに暑さに耐えている様子。歩きやすい登山道が続く。

 

ほんの少し急坂を登り終えると頂上が近づく。

歩くこと1時間10分。またしても電波反射板。頂上から白山の頂上がうすぼんやり見える。

方位盤の周りも暑い。木陰で昼ごはん。冷やしたキュウリの漬物が旨い。今日のおやつは「氷室饅頭」

帰りは少し手前の手書きの標識で下ることにした。40分で車に到着。飲み物はからっぽ。

その後、白山里(はくさんり)温泉で初めて達成感が沸いてきた。白山麓の温泉はどこも湯がとろっとしていていい。このところ、身の回りに悪い気がまとわりついていたのを、浄化した気分だ。

 

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辻まことの表紙画と広告画展

2018-06-24 | 山歩き

山の文化館で、辻まことの広告画と岳人表紙絵の展示をしている。過去に「岳人」の表紙絵を飾り、「秀山荘」の、広告画を描いていた画家である。もちろん何冊か本を出している。広告画は、広告の解説も兼ねているので、今で言うなら「絵の描けるコピーライター」と、いうところか。質素な展示であるが、絵も文章もじわじわと面白い。共感できる文章をじっくり読むと面白い。

 

「岳人」の表紙絵と、表紙の言葉の中で、胸に響く文章がいくつかあった。

「山へ入ってから一日も晴れず、雨ばかりで帰ってくるー・・・着ている者も背中の荷もぐっしょり濡れ、身体のほうもふやけ・・・あたり雨にけむってなんの眺望もなく、1本の細い路をずるずると滑りながら、この雨の中を下った後になって、なにか忘れ難い想いのようななつかしさが残っているのはなぜだろうか。雨は山を覆い、大地を濡らし、樹々を洗う。それは、地下に沁み、くまなく地下の生命の根を養い、やがて清冽な泉となって谷にほとばしる。こうした作用は人についていえるかも知れない。人の心に沁みこんだ雨が、どんな根を洗い、どんな種を育てるかはおそらく当人にも意識されないだろうが、ある晴れた別の日に、 はしなくもそれが証明されることがあるように、私にはおもわれる。」

雨の中を登山し、二度と登りたくないと思う人と、もう一度チャレンジして遥かなる眺望を手に入れようと思う人とに分かれる。

そう、人生も晴れの日ばかりではない。雨の日は歩きたくないが、思いっきり雨に濡れる時がある。避けて通れないその雨の中。いつか晴れる日が来ると思いたいが、最後には別れがきたりする。着実にそのほうに向かっていながら、感じないふりをするときがある。こういう時に、宗教が登場し、悟りを開くことを知る人もいる。

山登りは山岳信仰から始まった所以も分かる気がする。ゆめゆめビールを飲みながら登ってはいけない。

 

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寺尾観音山

2018-06-15 | 山歩き

仕事の後で、山の先輩と3人で「寺尾観音山」(228m)へ行った。先日、Mさんが小学生の登山教室でこの山を案内したのだそうだ。若い頃は15分で登ったという。わたしは、とてもその時間では登れない。

加賀市の曽宇町の奥にある。箕輪の僧が観世音菩薩像を奉持し、この山に安置したのだそうだ。曽宇町の人はこの山を大切にしていることが窺われる登山だった。5時20分に登り始める。

低山でも山は山、登り始めると汗が出始める。「石川県十名勝地」と書いてある。後の9か所はどこだろう。10本の指に入る名勝地にしたのは、地元の人の愛情だろう。

ササユリを見つける。自分自身に出会ったようだ。

登り切ったところで鳥居に天女がいる。

曽宇町の方々の寄贈の三十三観音霊場。33か所をお参りしたことになる。霊験あらたか。

 そこから更に藪漕ぎで頂上を目指す。そこには三等三角点があるのだ。

南側に彫られているのは、風雨に削られないためだという。方位磁石で確認する。ほんとほんと。

 さて、天気が崩れないうちに下山。帰りはわたしが先頭になる。人に頼って登ると帰りは分からなくなることがある。常にひとりで登っているつもりで、あるいはリーダーになるつもりでと言われた。登山歴1年のわたしが、なんとか一人でも地元の山へ登れるのはこの方々のお陰だ。6時20分に駐車場を後にした。

勉強登山を終えて、母を見舞いに行き、家に着いたのは7時過ぎだった。大忙しのスピード料理だ。その後、弓道の稽古。びぇーー

 

 

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登る弓道人

2018-05-16 | 山歩き

山からいただくパワーってあると思う。山から下りると自然のシャワーを浴びたようで気持ちがいい。

山中の大会で約束した富士写ケ岳に登る日が来た。金沢の弓道協会の方々、20代から70代まで8名。

わたしは、我谷の登山口に先に着いた。8時半に到着して橋のあたりをまだかまだかと、うろうろしていた。木がうっそうと橋にかぶっている。

2台の車に分乗してきた仲間が、降りてきて開口一番「はよーらと、物好きな人が歩いとる思たら、マコちゃんやった・・」

初めて会う人もいて、お互いを知らないとは県弓連のもぐりだと言い合ってすぐ打ち解ける。もうシャクナゲもおしまいだろうけれど、わずかに残っていれば、みんなに喜んでもらえるのだが。

リーダーの〇坂さんは、雷鳥の研究家で本も出していて、山の文化館へ講演にも行かれたとのこと。自然観察員でもあって、木や花について登りながら説明をしてくれた。「へー。」「はあー」「なるほど」と、うなづきながら「下りたら半分くらい忘れたりして」と、言ったが、頂上に着いたら殆ど忘れていた。8人とも山の経験も豊かなようだが、年齢的なこともあって、「休憩しよー」「八節で言うと今どの辺?」と、言う。

「まだ、足踏みでーす」「そうかー。もう打起しかと思った・・・」という。後で思ったが、足踏みどころか、本座にも行きついていないくらいの進度状況だった。振り向くと足取り重く、まるで脱北者のようではないか。富士写ケ岳は初めて登ると、「久々に山行き」の人にはきついかもしれない。

それでも声かけあって和気あいあいと登り、8合目あたりでシャクナゲを見つけた。

 良かった、良かった。写真を写しながら花に間に合ってよかったと思う。今年は裏年で蕾は少なかったが、それだけに咲いているのは貴重で美しい。さらに登ると蕾を見つけて、またまた写真撮影。Mちゃんは「わーきれい。きれい。」と、手放しで喜んでくれた。

今にも降りそうな空模様だ。昨日の雨で地面は滑った後がたくさんある。これは、下山の時難儀だろうと思う。

 いつもよりゆっくり登って、頂上は9人で賑やかにランチタイム。山頂は少し寒かった。Yさんのきゅうりの漬物をばりばり食べ、Sさんの筍煮を頂いた。山男は、料理が上手だ。みんなたくさん担いで 登ったんだね。わたしは、MちゃんとOちゃんにテルモスで熱い紅茶を入れてあげた。1本で3人分。

あっという間に時間が過ぎて、1時に下山し始める。上から見るシャクナゲもまた良かった。しかし、粘土質の地面は怖い。ロープにつかまったり、道の端へ寄ったりして、滑らないように気をつけるが、心配していた通り転ぶ人続出。わたしも滑るのをよけて、登山道の右端へ寄った。Sさんが木の葉のフカフカしたところを選んで下りているので、良さそうだとついて行ったら、Sさんの足が止まらなくなって滑った。おっーと、思っているうちに、わたしの左足も、木の葉もろとも滑って止まらない。結局、右膝を地面につけて止めた。また裂き状態だ。右足はドロドロになった。ワーワー言いながら、Yさんの奥さんが転び、Mちゃんが片足を滑らせ、Oさんがすってんと尻もちをつき、先へ行ったリーダーの〇坂さんもついに滑った。急な坂で粘土のような地面に、みんな悪戦苦闘だった。橋を渡り切って振り向くと、約1名向こうに粒になってる。

無事下りたところで、お互いに悪戦苦闘ぶりを見せあいドロドロのズボンを笑い合う。ケガがなくてよかった。なんとか雨に遭わず下りることができた。

それでは皆様、ありがとうございました。また、どこかの道場でお会いしましょう。

 

 

 

 

 

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日野山と木の芽峠  その3

2018-05-15 | 山歩き

深田久弥の紀行文「日野山と木の芽峠」を、なぞって粟田部の泊ったであろう宿屋を見た後、ふたりが日野山に登るために五分市の町で缶ビールと夏みかんと餡パンを買い、真宗出雲路派本山の豪摂寺(ごうしょうじ)を通った。堂々とした本堂があり、山門も立派だった。

紀行文とは別に、校庭の桜で有名な味真野小学校へ行った。エドヒガンという種で、樹齢は130年とか。

校庭のど真ん中にあって、運動会はどうするのだろう。走るのは周りを走ればよいが、遊戯や綱引きはどうするのか。それにしても、花が咲くのを見たいものだ。

その次に、深田久弥の母方の祖先の墓参りをした。草の中で無縁仏のようになっていた。母方の家は酒屋を営んでいたようだが、数度の大火にあって次第に落ちぶれたそうだ。

さて、ふたりが登った日野山の登山口だ。猪よけの電線があって、外して通るようになっている。それでは皆さん。登ります。探さないでください。と、言うわけにはいかんね。

 最後に、先日買ったトレッキングシューズを紹介。峠の茶屋番所で靴を脱いであがるとき、皆は難儀していたが、わたしだけダイヤルをまわして楽々脱ぎ履き。そう、過日、金沢で部会があった時に購入したもの。早速履いて気分上々。

かくして、深田久弥の木の芽峠巡りは無事終了し、3時半に大聖寺に到着。

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日野山と木の芽峠  その2

2018-05-09 | 山歩き

木の芽峠の茶屋番所は、峠の茶屋とかいう団子とお茶を飲む所ではない。由緒ある番所とのこと。歴史的にも興味深い北国街道の木の芽峠である。

大聖寺を8時に出発して、木の芽峠に着いたのは10時だった。道元を始め、多くの歴史上の人物がここを通っているのだそうだ。3匹の犬がお出迎えで、よく吠える白い犬は怖かった。放し飼いである。

わたしたち12人は、囲炉裏の周りに座り、お茶を頂いた。前川さんのお話はぶっ飛びで、桓武天皇から50代でと始まり、平重盛から36代目であるという。平清盛、松尾芭蕉、紫式部、織田信長、豊臣秀吉がどーの、こーのとなって、わたしは途中から訳が分からなくなった。要するに、前川家は由緒ある家系ということと、この木の芽峠は多くの歴史上の人物が通ったということである。

 さて、木の芽峠の番所で過ごした後、第2の目的に向かう。それは、美味しい蕎麦を食べることである。「越前そばの里」で、たけふセット1000円。そばに加えて、焼き鯖寿司がついて、天ぷらもあってこのお値段。満足、満足。ついでに、水ようかんや、ぼた餅の試食までした。

ここを出て、味真野へ向かう。越前の万葉古蹟である。深田久弥は、福井中学の同窓会の為に芦原温泉に泊まり、翌日に志げ子夫人と日野山に登る予定であった。志げ子夫人はその頃、万葉集の勉強を始めたという事で、久弥は味真野へ誘ったのだ。同窓会の翌日に到着して合流。

味真野へ流された中臣宅守(なかとみのやかもり)と、奈良に残った妻の狭野茅上娘子(さののちがみのおとめ)との間に交わされた、熱烈な相愛の歌を久弥は紹介している。新婚後間もなく娘子が宅守を送り出す時の歌や、「夫婦の別れ易く会い難きを相嘆き、おのおのいたむ情を陳べて贈答する歌・・。その歌を生む機縁となった味真野という土地を、私も妻も見たかった。」と、ある。これは久弥と志げ子夫人の相愛をも感じられるとわたしは思った。

継体天皇が味真野を去るとき、寵愛の照日の前に形見の花籠を与えて京へ上がる。照日の前は物狂いになって花籠を持って都へ上がるという、謡曲「花筐(はながたみ)」にもなった話がある。味真野は昔の恋の物語があるところなのか。

花筐の像の前には「恋人の聖地」と、書かれた場所がある。

何故かわたしたちは、このハートを避けて歩いた。今更間違いがあってはならないからか。

 

 

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日野山と木の芽峠  その1

2018-05-08 | 山歩き

「日野山はかねてから私の目をつけていた山だった。学生時代から北陸線の往復で、鯖江、武生あたりから見るこの山の美しい姿に私は惹かれていた。平野からすぐに立っており、車窓からも目近に仰がれるので、高さ八百メートルの山とは思えない貫録をそなえている。当然昔からこの地方の名山である。」深田久弥の「山頂の憩いー「日本百名山」その後」の中の「日野山と木の芽峠」より。

深田久弥がこの時登った日野山は、妻の志げ子さんと出かけた最後の山行きとなった。茅ケ岳登山中に亡くなったので、この紀行文は遺作となった。

その、文章にある木の芽峠へ「深田久弥と山の文化を愛する会」のメンバーと行くことになった。参加者12名は、3台の車に分乗し、深田久弥山の文化館を8時に出発した。

目的地である木の芽峠は、福井県の嶺北と嶺南を隔てる峠である。今日は登山ではなく遠足だ。

北陸自動車道を走り、今庄で下りて国道365号線をひた走る。川沿いの道を走り、板取の宿であったという所を行くと、まさしく国道の名前そのものの「今庄365スキー場」の看板があり、そのままスキー場へ上がっていく。

スキー場の駐車場より更に上へ車で移動する。スキー場には道があるのだと改めて思った。雪に埋もれると、どこも雪一面であるが、その下に道路があることに気付かなかった。上の駐車場で車を降りて、歩くこと15分。北国街道であったこの峠は、松尾芭蕉も通り、現在でも吉崎御坊の「蓮如忌」には、京都から蓮如上人の御影を歩いて運ぶのである。その最大の難所が、この木の芽峠であると言われている。

 

言奈地蔵堂でお参りし、そのいわれを読んだ後、目的の峠の茶屋番所へ向かう。この茶屋の当主である前川さんは、三匹の犬と暮らしている。築550年というこの茅葺の建物を守っている。どうぞ。どうぞと招かれて、一行は中へ入る。

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