まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

匂い

2017-03-31 | 暮らし

子ども達は臭覚が鋭いようだ。学童で、誰かのシャツが落ちていると、先生が「誰のですか?」と、訊くと、わぁーと寄って来て匂いを嗅ぐのである。「この匂いは、〇ちゃんや。」と、意外と当たるのである。

前に、近所の仲良しのK君のおかあさんが「kouちゃんのシャツを借りたんや。ありがとう。」と、洗ったものを渡された。早速、kenが手に取って「K君ちの洗剤の匂いや。あ、K君の匂いがする。」と、言う。ほんまかいなと思ったが、そう感じるのだろう。

先日、うちで泊まった時、2年生のkenが「ばぁば、ちょっとだけかあちゃんの匂いがする。」「そうか。やっぱり親子やもんね。」

ついでに「じぃじとどこで知り合ったん?」「弓道や・・」「ばぁば、可愛かったん?」「それは、それは可愛かったんや。AKBより可愛かったんや。」返す言葉が見つからないようだった。

親の18子は知らずなのである。ばぁばの二十歳を知る筈もない。

 

 


桜咲く

2017-03-30 | 暮らし

昨日、孫達と中央公園まで歩いて行った。片道5キロはあると思う。ゲームばかりしているので、たまに歩いて中央公園の新しい遊具を見に行こうか?と、いうと二つ返事で行くという。三人でてくてく歩きながら、歩いている人が殆どいないことを改めて知る。いかに車に頼っていることか。また、子ども達は、はしゃいでふざけるので、車がびゅんびゅん走るところはハラハラした。

遊具はまだ使用できない状態だった。残念。

帰りは車が通らないサイクリングロードを歩くことにした。桜並木の長いロードのほんの一部分だけ桜が咲いていた。早咲きの種類なのだろうか。

午後1時10分に家を出て、中央公園を散策して帰ると4時になっていた。万歩計は19500歩となった。買ったばかりの靴のせいか、二人とも帰りの道中で足が痛くなり、靴を脱いで歩く。登山でもウォーキングでも靴は重要だ。飲み物とおやつも重要。

うちで夕ご飯を食べ、風呂に入ったふたりは、もう足の痛みもなく次回は鞍掛山を一緒に登るという約束をしてくれた。それにしても、こういうアウトドアの遊びは普通爺さんが孫を連れて歩くのだと思う。kouと身長が同じくらいになってきた。いつまで一緒に遊べるだろう。 

 

 

 

 


浅葱

2017-03-29 | 暮らし

仕事場にみえるお客さんが、浅葱(あさつき)を持って来てくれた。綺麗に洗ってあって、根もとってある。うちの近くの堤防の土手に生えている野蒜に似ているが、野蒜は球根の部分がおいしい。分葱との違いがよく分からない。ヌタや酢の物が良い。

丁度良い小鉢がないので、湯飲み茶わんに入れてみた。春の匂いがする。


左礫(ひだりつぶて)の蕎麦屋

2017-03-27 | 暮らし

母の実家は鳥越村の奥で、母の妹はその手前の左礫にいる。時々親戚の蕎麦屋へ手伝いに行くらしい。母が是非一度その蕎麦屋へ行きたいと言っていたので出かけた。

大日スキー場を目指してひた走る。どんどん道の両脇の雪が増えてくる。

山に囲まれたところの蕎麦屋に、果たしてお客が来るのだろうかと思ったが、到着したら金沢ナンバーの車があった。雑誌に紹介されたらしく、土日は金沢からのお客さんが多くみえるとのこと。

民家の玄関という感じでそこにチケットの販売機がある。団体が入りそうもないのに、販売機があることに思わずにんまり。伯母に「どれがおすすめ?」と、聞くと「白がいい。800円のこれや。」と、指さした。白というのは、そばの黒い所を全部取り払って、きれいな粉だけで作ったもの。ちなみに十割そばだ。打ちたての蕎麦は美味しい。歯ごたえもよい。

一緒に小皿にあるのはエビスで加賀市の郷土料理と思っていたが、小さい頃から母が作ってくれたので、鳥越村の郷土料理でもあるようだ。むらくも寒天、ベロベロともいうらしい。

「つぶて焼き」というのも伯母の勧めで注文した。奉書みたいなものに挟んである。外側はそば粉をクレープのように焼いたものだった。中にはキノコやタラコが入っていた。もと警察官だったご主人の創作料理である。警察だから「捜索料理?」と、言いそうになって止めた。危ない。

コーヒーや、そばのクレープに餡を挟んだ菓子もサービスで頂き「うわー、親のうちに来てよばれとるみたいやわぁ。」と、感動した。そこへ更に揚げかきもちを山盛りに出していただく。ご主人は定年後に蕎麦屋を始めたという話をしてくれてみんなで盛り上がっていた。母は帰りの車の中でずっとしゃべりっぱなしだった。よほど嬉しかったのだろうと思う。わたしも、蕎麦のフルコースを頂いたようで嬉しかった。

帰ってから、お土産に頂いたそばがきの塊を薄切りにしてストーブの上で焼いて食べた。香ばしくておいしかった。醤油をたらすと更に美味。

身動きができないほど食べてしまった。体重を測るのが怖い。

 

 

 

 

 


介護について  その2

2017-03-27 | 暮らし

月曜は母を連れて父の病院へ行く日。

母は、父のことを考え、先のことを考えたら眠れなくなったという。今日は、市役所のこころまちセンターとケアマネージャーの人と電話して聞いてもらい、まず父を家へ帰して過ごしてみる。そして考えてみましょうとの話になった。歩くことが困難であることだけでは介護1だそうで、認知が入っていないという事が、介護保険が使える範囲ではないという事の目安になるらしい。ここ2年でそういうふうに変わったのだそうだ。

父は頭はしっかりしているので、ディサービスへ行くこともプライドが許さなかったのだが、ここ1年で少しずつ自身の状況が変化してきたことも分かっている。それにしても、まだ散髪してもらえないので、「髪が伸びてホームレスみたいやわ。」と、言うと「ホームレスやなあ。」と、笑う。今度バリカンを買ってこようか。

母には、「あまり悪いことを考えていると、そっちに進むらしいよ。今のことだけ考えて、先のことはわたしに任せればいいから。」と、言うと「そうやなぁ・・」と、納得していた。本当に納得したかは分からないけれど。


忖度

2017-03-26 | 暮らし

忖度したとかしないとか。日常で、「そんたく」なんて使わないよね。もしかして、選択を誤った?「損択」と、書いたりして。

この前は韓国のニュースを観ていて、よその国の話だと思っていたけれど、日本もおんなじ。

昼休みにNHKのニュースを観ていたら、「1奥3000万円」と、テロップがでた。Aさんとわたしは、同時に誤字を見つけた。一瞬だった。「違っとったよね。億って字。」

「やっぱり奥さんが関与すると、お金の単位も変わるんやね。」と、冗談を言った。

わたしたちは、本当は怒らなくてはならないところを笑って過ごす。


鞍掛山トレッキング

2017-03-25 | 山歩き

天気が良いので居ても立っても居られない。ゴミ出しをしたまま鞍掛山へ向かった。違う、正確には、山の用意をしてからゴミを出してそのまま出かけた。

今日は、午後から弓道の審査委員会があり、先輩たちと一緒に金沢へ行く為、待ち合わせの12時半に間に合うように無理のないトレッキングをすることにした。

8時20分に駐車場に着くと車は4台だけ止まっていた。まだ行ったことのない行者岩コースを探索。

長い林道を抜け、大木の倒れた横の道をトボトボ歩き出す。

ずっと沢沿いを歩くので登っている気がしない。

途中沢を渡る。お供はカメラだけなので心細い。

沢を渡ると山の斜面に沿っての登山道を登り始める。踏み外すと沢に落ちそうな感じだ。

少し登りにさしかかり行者岩にたどりつく。9時16分。

「鞍掛山千手観音」に、手を合わせ、その奥の「仙人滝」を眺め、ここで地図と行程の時間を見ると、先日登った西ノ谷コースより時間がかかるので下山することにした。11時には家にいて、昼食を作って出かける準備をしたい。

駐車場10時7分。この時間になると、駐車場は満車で道路まで車があふれていた。

水が流れているところに、タワシが3つ置いてあり、ここで靴をきれいにして帰れることがありがたい。今日はほんの足慣らしだったが、知らないコースをのぞいたので、次回が楽しみだ。

 

 


介護について

2017-03-24 | 暮らし

毎週月曜日は、父が入院している病院へ母を連れていく。月曜が入浴の日なので、汚れ物を取りに行くのだが、毛布やシーツも替えるので大荷物になる。

先日、風呂からあがったばかりの父に靴下をはかせる時に、風呂上りなのに父の足が冷たいのでおかしいと思い尋ねると、シャワーしかしていないという。考えたら、確かに病室から見える風呂は、とても湯船に浸かれるような様子ではない。看護師はTシャツを濡らして一生懸命次々と風呂へ入れていく。なかなかの重労働だ。今までずっとそうだったのを今頃気付いた。しかし、父は不平を言わないし、こちらも言いにくい。

しかし、父を湯船に浸からせてあげたいと思う。でも、母一人で住む家へ連れ帰れないし、他の施設へ行くという事も難しい。結局、何もできないまま、ひげを剃ってあげることしかできない。おまけに、髪の毛も伸びてきている。

「よー、厭いたわ・・」と、言う父が可哀想に思う。

せめて、4月に実家への外出許可をもらってみようと思う。介護認定をして、ケアマネージャーもいるのに、殆ど話をしていない。

明日、市の「こころまちセンター」に相談してみたいと思う。


加賀市武道館弓道場開設記念北陸三県弓道大会

2017-03-19 | 弓道

なんと長い名前の弓道大会だ。2週間前からわたしたちは大会の為に準備に余念がなかった。遠近競射のやり方や、遠近の判定をもう一度みんなで確認し合ったり、出来ることをこつこつ準備していった。昨今は、若手の協会員が少なく、高齢化してきつつある。そんな中で、弓も引かずに弓仕事ばかりしている今日この頃。

大会のメンバー表を睡魔と闘いながら、ぎりぎりに仕上げ、矢渡の稽古もしなくてはならない。前日の長い地獄会議の疲れもあったが、何とか持ちこたえ、矢渡の第2介添えをした。不思議なことに、蹲踞があまりつらく感じなかった。登山効果かなあと都合の良いように考えていた。しかし、矢を拭くときに、帯の所から懐紙を出せなくて焦った。

今日はA君と、N君と立を組んだ。各係の仕事の都合で、日ごろ組まないメンバーで組むことになった。お客様を楽しませるように、協会員は仕事もあるので、中てるのを控えるようにと冗談めかしてMさんが言った。しかし、そういう時に限って力が抜けていたせいかポンポン中たり、大前のA君が皆中し、N君は3中、わたしも3中で、チーム10中でトップに躍り出た。たいがいこの後はダダ崩れになることが多い。2回戦を期待せず、ひたすら各係の仕事に専念する。

 2回戦1本目、A君が抜いた。やはり、ここから崩れていくのか・・と、思ったが、N君が入れた。ひたすら、余分なことをしないように、いつも出来ないことを今日しようと思わないように、このところ低迷状態なので、的中も求めないように。とにかく、何もしないこと。任せてしまうこと。

3人とも3中で9中。落ちで最後にひとり残って最後の1本を中てる快感は最高である。長い間忘れていた。結果、合計19中で団体優勝となった。久々の団体優勝は嬉しかった。道場から出た瞬間、お互い静かなハイタッチをした。大喜びはひんしゅくだし、目立たないように喜びを抑える。この時点でまだ優勝と決まったわけではないが、お互いに日ごろの力量を知っているので、それぞれにいつもより出来が良いことを認め合った。チーム全員で分かち合う喜び。

久々に殿の弓で中たったので、今夜はビールを飲もう。


スリーサイズ

2017-03-15 | 弓道

某大会の為に審判のユニフォームを作ってくれるという。それで、スリーサイズを尋ねられたが、久しくスリーサイズなど測っていない。胸などは自分で測ると狂う感じがするが、まあいつものサイズでいいか。多少、見栄をはりたい気がするが、今更何さといわれそうな感じ。

考えてみたら、自分のスリーサイズに無頓着になっていた。自分に興味がなくなったら寂しいものだと思う。改めて測って、自分でうーむと半信半疑状態となる。久しく測らなかったことは、久しく勘違いの人生を送っていたという事だ。いつもの店では、わたしに合う服をタタッと持って来てくれるので、こちらがサイズを申し出ることはない。ひたすら、試着するだけなのだ。そして、うかつにも「似合う」という言葉に負けて買ってしまう。日ごろ、褒められることが少ない身の上では、嘘でも嬉しくなって、うっかり真に受けるのである。

さて、ユニフォームは、サイズ表に合わせて自分で決めればよいと思ったが、お世話係の方の苦労もあろうかと真面目に測って、普段は上下ともSサイズであることも申し添えた。

後日、大きな箱に試着のユニフォームが送られてきた。開けてびっくり、上衣は7号、9号、11号、ズボンはSML全サイズが送られてきた。おまけに、ズボンはSサイズの脇にゴムがあるのにきつい。があーん。上衣は7号でぴったりだった。それで、わたしの送ったスリーサイズは一体何の役に立ったのだろうかとふと思った。


鞍掛山 登山靴

2017-03-14 | 山歩き

前回初登頂は長靴だったが、本日は新しい靴で再び出かけた。

今回は、テニスをしている10歳下の友達と登った。登山靴はあるが一度もそれで山へ行っていないというが、彼女は4月の加賀温泉郷マラソンの為に走り込みをしているという健脚。

人を案内するにはまだ初心者で、コースも西ノ谷しか知らないのに、一緒に連れてってと言われたら、「喜んで。」と、いう具合で今日曇りだったが決行。

2月の時は雪が積もっていたので、今日登ってみると景色が多少違う感じがした。雪の方が登りやすい気がした。こんな急なところあっただろうかと不安な気持ち。友達は少し息を切らしてきて、彼女の歩調に合わせてゆっくり登る。あらら、山に慣れてきたのだろうか、息も上がらず平気なわたし。

上に行くにつれほんの少し雪が残っている。

あと100Mという標識を越えると、山の主のようなおじさんが「その標識は間違っとる。測り直して木に書いてある。」と、言われた。標識からだいぶ登ったところにその木はあった。

そんなに高い山ではないが、あなどってはいけない。1年に2~3回、具合が悪くなった人や、遭難があって、ヘリコプターが助けに来ることがあったという話を頂上で聞いた。

 頂上で、熱い紅茶とあんドーナッツを食べながら彼女は言った「日常を離れた快感・・」

「来週の休みもお願い・・」と、やはり山は、はまるのである。

 


家族

2017-03-12 | 暮らし

金曜に孫たちが泊まりに来た。以前は座敷で寝ていたが、最近は2階の寝室が楽しくて良いようだ。

ダブルベッドに3人でぐちゅぐちゅになって寝た。「3人で寝よー。」と、言うのはお兄ちゃんのほうだ。いつまでそう言ってくれるのだろうか。孫たちが寝た後、わたしは床にマットと布団をあらかじめ敷いてあった所へ移動した。あっという間に、ふたりはⅬ字になったり、Xになったり大変な寝相である。

我が家のピーク時は、娘家族と我が家の8人暮らしだった。家が建つまでの間、娘たちはアパートを引き払って一緒に暮らした。年寄り夫婦だけの家に若者たちが同居すると別世界のようになる。夕食の支度はわたしの仕事で、毎日大宴会だった。食費も半端ではない。ビールも仲間がいると余計に美味しい。

今では、婆さんとふたりきりで静かな毎日。そこへ孫が泊まりに来ると、時間があっという間に過ぎていく。「早く風呂にはいりなさーーい。」「また、ゲームしとる!!」「おれ、やめたし。あー、パジャマのズボンないわー。」「お兄ちゃんのカバンに入っとった・・。」「おれのパンツ持っていくなっ!」「ばばっ!歯ブラシどこっ?」ばぁばなどと言っていられないのだ。「風呂上がりに何飲む?」「風呂上りは牛乳やろ。」誰かも同じこと言っていたなあ。

この、ガサガサ感がいいよねえ。娘に「家族っていいよねぇ。ガサガサしてるのがいいよねぇ。」と、メールした。


一献

2017-03-06 | 暮らし

漢字を丁寧に使い分ける人に感心する。先日、バクモン学問で広辞苑をつくることを取材していた。

漢字は、多くの人が間違えると、間違いのほうを採用するのだそうだ。例えば「独壇場(どくだんじょう)」は、もともと「独擅場(どくせんじょう)」だったそうだ。擅(せん)は、手へんである。それが、読み違えて土へんの壇で、独り舞台の意味にひかれて、独壇場(どくだんじょう)となったらしい。

多くの人が間違った方向へ行ったら、それが正しくなってしまうというのも腑に落ちない話だが、文字は気持ちを伝えるためにあるのだから、それが正しいとか間違いというものではなく、自分の気持ちが正しく伝わることのほうが大切だ。殿がくずし字で「新潟」と、書いてあったのを「この新潟の潟の字がおかしい。」と、指摘したら「新潟って読んだんならそれでいいやろ。」と、言っていたことを思い出した。子供たちは、漢字のハライやハネを気にして書いていた。習字では美しさを求められるが、伝達の時はハライもトメもハネもどうでもよくなる。

仕事で、取引先の社長が「是非、ご一献を。。」と、言われた時、ピンとこなかった。「呑みにいこーー。」とかは言うけれど。「イッコン?」サンコンなら知ってるけど・・オスマン・サンコン・・。そっか、呑むことね。と、一瞬反応が遅れた。さて、酒を呑むのは「飲む」ではなくて、「呑む」と、書きたい。

一献となると、生ビールで乾杯という感じではない。燗酒であろう。冷や酒は常温で冷酒ではない。これも難しい。「れいしゅ」と「ひやざけ」は、違う。燗酒はぬるいほうから「日向燗」「人肌燗」「ぬる燗」「上燗」「熱燗」「飛び切り燗」と、言うらしい。

さて、会社も辞めたし、ご一献と言ってくれる人はもういなくなって、女友達とワインなど「のものも」と、なると、もう漢字ではない。なんか軽いなあ。


金山

2017-03-06 | 暮らし

名古屋の大会の為に、加賀の弓仲間Mさんと金山のホテルに泊まった。午後1時半に着いて4時からの会議に間に合うように昼食をとって、笠寺のガイシスポーツセンター弓道場へ向かうことにした。

ずっと前に、女子講習会でみーさんの車で来て以来だ。あの時は、高速と普通の道路が平行にあるので、ナビの案内がおかしくて変な路地に迷い込んだことを思い出した。

電車は楽である。でも、どこ行きに乗るのか?どの出口から出るのか?を、調べておかないと、金沢や加賀温泉のようなわけにはいかない。今までは旅行社の殿に全部任せていた。いつも、わたしが現地に到着しないのではないかと心配していた。きちんと調べても乗り過ごしたりするからだ。今回は、Mさんにお任せ。

代表者会議に県から2名出席しなくてはならない。たぶん、競技上の注意とか進行の注意を聞かされるのだろうと思っていた。監督会議のようなものにMさんを巻き添えにするために、ホテルと電車の切符の手配をしたので、Mさんは断り切れなかったと思う。でも、女ふたりの旅は意外と面白いのだ。

金山駅前のベトナム料理で鶏フォーと混ぜご飯の定食を食べていざ出陣。これで、2分の1量というが多くみえる。

とにかく、会議は不思議な展開で終わった。何はともあれ夜の部に切り替えよう。

とりあえず金山まで戻って夕食をとることにした。金山は想像より大きい駅だった。笠寺は普通しか止まらない。金山で、快速、新快速、超快速というのがあることを知る。電車で出かけないと、分からないなあ。みんなで東京へ行った時も「お上りさんみたいやね。」と、誰かが言って「みたいではなく、完全にお上りさんですね。」だった。

電車の旅はいいものだけど、弓を持っていると他のお客様にも迷惑をかける。エレベーターでは、上にぶつけそうになる。おもわず自分も頭を下げていた。わたしの頭がぶつかる筈はないのに、弓と身体が一体である。道場内ではバラバラになるのに。席に着くとすぐに、弓を網棚に上げるが、前後の方が旅行鞄をゴンと載せるとドキッとする。誰も荷物を上げないことを確認したり、時折「なぎなたですか?」との問いにも答えなくてはならない。「弓ですか?」なら、「はい。」と、言ってにっこり笑って終わるが。「いいえ、弓です。」と、答えるのは無口なわたしたちにとって辛いのだ。ごめんなさい。長くて。と、いう言葉を添えなくてはならない。

「名古屋コーチンで飲もう。」と、いうことで、炭火焼きの店で生ビールを飲み始めた。名古屋コーチンを頼んだら1本しか皿に載っていない。1本340円。この後、牛タンを頼んだ。

締めに、いぶりがっこのクリームチーズ添えを食べた。これが香ばしくておいしかった。もっと食べたいというところで終わってしまう。いぶりがっこは、薄く切る方が美味しいのだと隣の席のおじさんたちが言っていた。

この時、わたしたちは、翌日どんな展開になるか予想もしなかった。漠然と少数精鋭という言葉があることを会議中思い浮かべていたが、思い描いたストーリー通りにいかないことも長年の経験で知っていた。


中日本女子弓道大会

2017-03-05 | 弓道

名古屋のガイシスポーツセンターの弓道場で、中日本女子弓道大会があった。

石川のS先生の3位入賞と、名古屋の友達のUさんが優勝した。ずっと応援しながら観ていて、弓道大会の醍醐味は決勝戦にあると改めて思った。

石川の代表として前日に会議に出て、??なところがあり、おまけに石川の出場人数が少ないと指摘されたので、今回の入賞は嬉しかった。今年度は、女子の活躍が目覚ましく、県下の女性の昇段、昇格も相次いで、鼻が高くなりそうだ。

予選通過した石川県の二人をみんなで応援した。最終的に3位入賞をみんなで見ることができて本当に良かったなあと思いながら帰った。帰りは熱田神宮に寄って、よかったよかったと手を合わせてきた。