28年目の「1.17」は夕暮れ時に東遊園地に行ってみました。
東遊園地は改修中ですがこのために一部を開放したということで、仮囲いを回り込んでの会場入りになりました。
駅から地下道と地上歩道とも人通りが絶えない状態で、多くの人が慰霊に訪れていました。
いつもの竹筒が並ぶ中、「むすぶ」の文字は紙筒と趣向が違う感じ。ろうそくを供える人、一心に祈る人、静かに追悼の時間が流れています。
東遊園地は改修中ですがこのために一部を開放したということで、仮囲いを回り込んでの会場入りになりました。
駅から地下道と地上歩道とも人通りが絶えない状態で、多くの人が慰霊に訪れていました。
いつもの竹筒が並ぶ中、「むすぶ」の文字は紙筒と趣向が違う感じ。ろうそくを供える人、一心に祈る人、静かに追悼の時間が流れています。
(竹筒と紙筒)
一方で周囲にはメディアがビデオカメラを立ててずっと撮影しているわけです。カメラと反対側には中継車がずらりと並んでいます。「画になる」人がいたらすかさず取材するつもりでしょうか。なんか嫌らしい感じです。局によっては竹筒の高さに近いレベルでカメラを構えており、祈る横顔を撮ろうとしているのでしょうか。これも無神経です。
(中継車が集結)
浜側の背景になる関電ビルは再び夜のとばりが降りてもなお「1.17」の文字を照明で作っています。
まあ関電はこうした対応は忘れませんが、10年、15年、20年目の節目に作成、放映した震災の年に生まれた子供たちの成長を記録したCMは25年目の2020年は無かったですね。まあ25歳となると明暗が大きく分かれて来て描きづらいでしょうから仕方が無いのかもしれませんが。前も触れましたがNHKの1968年にブラジルへ移民船で渡った移民のその後を定点観測的に追ったルポも、最後の「移住31年目の乗船名簿」では成功者、落伍者、そして落命と残酷なまでのコントラストを示していましたし。
そして関電ビルを隠すような形でタワマンが建ってしまいその無神経ぶりを以前に批判しましたが、さすがに煌々と明かりをつけていたら雰囲気を台無しにすると悟っているのか、5時46分の時も夕刻も照明を消しており、最低限のマナーは持ち合わせているようです。
(灯りを落としたタワマンと煌々と輝くタワマン)
ただその向かって右側に立ち並ぶタワマンは通路などの照明を煌々とつけており、非常に目立ちます。セキュリティの問題もあるかもしれませんが、年に1回の早朝と夕刻ぐらい照明を落とすといった対応は取れないのか。28年も経てばこうなる、というような時の流れで片づけるような話ではないでしょう。
(灯りを落としても関電ビルに被るが)
東遊園地はルミナリエの会場でもありますが、Covid19を理由に休止しており、2019年12月の開催が「最後」になっています。皮肉にも仮囲いには過去の開催時のガレリアの写真が年ごとに掲出されていますが、このろうそくの炎と、陰と陽の関係になるルミナリエの復活が望まれます。各地の「類似品」は続々復活していますが、震災の記憶というサブタイトルを持つだけに、それを軽々に止めてしまうというのは鎮魂への想いの軽重を示してしまっています。
東遊園地を一望する市役所24階の展望台はCovid19対策で久しく閉鎖中。これもこの日くらいはと思いますけどね。「密」を避ける方法などいくらでもありますから。30階建ての市役所1号館の北側にあった2号館は震災で6階部分が圧壊して8階建てを5階建てに減築していましたが、2020年に閉鎖して解体され、多目的施設への再開発を待つ更地になっていました。
フラワーロードを三宮駅に向かいながらふと目を上げると、六甲山系の山腹に普段は「KOBE」の電飾が見えるところ、その下にこの時期だけの特別バージョンとして「1.17」の文字が添えられています。
東遊園地を一望する市役所24階の展望台はCovid19対策で久しく閉鎖中。これもこの日くらいはと思いますけどね。「密」を避ける方法などいくらでもありますから。30階建ての市役所1号館の北側にあった2号館は震災で6階部分が圧壊して8階建てを5階建てに減築していましたが、2020年に閉鎖して解体され、多目的施設への再開発を待つ更地になっていました。
フラワーロードを三宮駅に向かいながらふと目を上げると、六甲山系の山腹に普段は「KOBE」の電飾が見えるところ、その下にこの時期だけの特別バージョンとして「1.17」の文字が添えられています。
(フラワーロードから)
今回は足を延ばしませんでしたが、明石大橋もこの日は毎正時や30分のレインボーカラーなどのライトアップの変化が無くライトアップ対象時間帯を通じてパールホワイト1色のライトアップになりますし、この日やこの時期だけの取り扱いも少なくないようです。