1年前に眼科に見てもらった所、伯母の片側の目の視野に関係しない網膜の上部が内出血していた。
半年くらいは点眼薬を2種類点していたが、途中から1種類に減った。
この度見てもらうと、内出血が綺麗に消えていると言われた。
伯母に「良かったね!」と言うと、「見え方が良くなった訳でないから、別に…」という。
今かけている眼鏡はもう20年以上使っているもので、レンズに細かな亀裂が入っている。
「眼鏡を変えたらどうでしょうか。」と医師に聞くと、「眼鏡では見え方は良くなりません。視神経が問題なのですから…」と言われてしまった。
生まれてから97年間使って来たのだから、体の色々な器官の神経が弱くなって来ているのだ。
視力だけでなく、聴覚もそうだし、味覚もそうだ。
性能が良い補聴器を使っても、もう聴力は良くならないらしい。
また、味覚が鈍感になって来ていて味が薄いと感じるらしい。うっかりすると醤油を多めに掛けたりするので目が離せない。
年を取るとはこういう事なのだと、伯母から教えられる。少しずつ様々な能力が低下するのを受け入れて行かなければならないのだから、辛いことだと思う。
まだ残っている能力(杖をついて歩ける。一人でトイレに行ける。柔らかく飲み込める食事なら、自分で食べられる。衣服の着脱ができる。塗り絵を塗ったリできる。自分で目薬を点せる等々)を最大限使って、これからも元気でいて欲しいと願うばかりだ。
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私の両親は年齢的には比較的まだまだ自立している事が多いのであまり感じませんでしたが
職場のデイサービスに来てから、
様々な方の支援をしているうちに
“年を取ること”を身近に感じるようになりました。
痛感するのは、車の運転。
認知症の男性は“免許証も無くなりもう何処にも行く楽しみがない、デイだけだなぁ~行くとこは。”
と口癖の様に言われます。
私もあと何年、自由気ままに車を走らせる事ができるやら…など。考えてしまいますね…
伯母さまは年齢的には自立度の高い方ですから
機能が維持できる様に過ごせるといいですね。
そして、いつもコメントを頂き、有難うございます。
そうですね。車の運転ができなくなったら、寂しいことですが自分自身、老化を自覚せざるを得ないですよね。
でも伯母は、10年程前までの元気だった姿と比較してしまって、現状をなかなか受け入れられないのです。
傍で見ていて切なくなりますよ。
残された機能、能力を最大限使って、生活を楽しんで欲しいのですが…
3月末で「免許証を返上」するという私の友人がおります。
3月中旬頃に電話が入り、ドライブに誘われたのですね(目的地は具体的には聞きませんでしたが・・・)。
私は3月は用事がある(ホントは無いのです)から4月になったら、こちらから連絡する・・・といって、その日は断ったのです。
友人は、免許のある3月を十分満喫したかったのでしょうが、私は、残り少ない時間で、もし事故ってしまったら、大いに後悔するだろうと思ってしまうのです。
私は都会に住んでいたから、仕事上も私生活上も、あえて免許を持つ必要性がなかったので、免許のない不便な日常は理解出来ていないと思っていますが、世の中に免許がなくても生活は出来る・・・という事実も認識してほしいとも思っていますね。
自分自身が歳を経て来て思うのは、生きる上で、何が不便で、何が必要かを、、しっかり考えたいという事です。
いつもコメントを頂き、有難うございます。
そのご友人の誘いを断ったという話に、私は納得しています。
もしもの危険を回避するべきですからね。
私でも同様に断ると思いますね。
郡部は交通事情が悪いところが多いです。
私の町には循環バスが走っていますが、日中は1時間に1本です。
でも認知症の疑いが出たら、その時刻表に合わせた生活をするだけの話ですからね。
他人様に迷惑を掛けるかも知れない危険を推してまで運転したいとは思わないですね。