散歩者goo 

タイトルのgooは、同名のHPやブログと区別の為付けてます。HPの「散歩者」はこのブログ筆者の私とは全く無関係です。

昨日記131117日(三条界隈の画廊回り JARFO現代美術講座)

2013年11月18日 13時24分29秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
天気:晴・曇 0mm  19.3  8.5℃ 72% 1.8m西

昨日は、午後から京都へ行くため、日曜日にも係わらず朝早い時間から昨日記を書いた。

その上で、先月京都三条通り東山のJARFOでの現代美術講座で出されていた、課題
豊嶋康子作品の「鉛筆」「復元」について200字以内の感想文を書くということに取り組んだ。
実はこの課題は、先月から気にはなっていたが、私の悪い癖で、時間が迫らないと仕事をしない癖があり、一昨日昼、西天満に出かける前にネットで豊嶋康子作品について調査をしていた。
その前の日は、先月手帳にメモしたノートを整理して、現代美術メモというタイトルでブログにした。

講座で取り上げられた現代美術と美術の区分や、それ以外にこの講座では触れられれていないが、アールブリュットといった定義や区分のことも以前から気になっていて、その意味も考えもしたし、私なりに現時点での考え方もまとまりつつある。

私は、美大に行ったわけではないので、深い専門的な考えは持っていない。
それでも、一応ギャラリー経営もし、その間、多少は美術系の本を読んだり、作家や専門家の話を聞いたりして、美術・芸術に関しての勉強もした。
それなりに、門前の小僧程度に、美術に関しての知識や概念については、一般の素人の人よりは、作品の見方や考え方や美術に対する基礎的な知識といった情報は、多少多いのではないかと思っている。
そういうわけで、前回の講座で出された課題もそれほど問題なくこなせると思っていた。

ところが、作品に関する答えともいうべき、解説を読みこなしていても、200字にまとめるのは難しかった。
特に今回は作品以外に、現代美術の本質に関することも触れようと思ったので、客観的に見て無理があるが、それでも不完全な形であるが無理やりまとめた。
その文章は、現代美術美術メモ20131020(20131115作成)(http://blog.goo.ne.jp/sksoo/e/6b359425d54aaf9541c8d6ec5b838472)の末尾の参考に掲載してある。
短時間で書いたために、作者のテキストそのままの考えに流されていて、独自の視点は出せなかった。

とにかく、出発時間も迫っているので、200字の短評?をプリントし、自炊は時間がかかるので止めにして、昼過ぎに出かけた。
昼食は駅中の牛丼店で食べた。

京阪三条で降りて、そのまま蹴上まで三条通沿いに、現代系画廊を巡り歩いた。
三条通りの並木はかなり色づいていた。
始めに地下鉄東山駅南出口の西にあるJARFOに寄って、人気小説家の五木寛之氏夫人の五木玲子展覧会を見た。
50歳から精神科医を辞めて美術を始められたといい、五木氏の小説の挿絵や表紙にもなっているという。
すばらしい作品である。
土曜日に、ご主人のギャラリートークがあったというが、多分超満員であっただろう。
五木寛之ファンは多いと聞く。
その後ギャラリー16に行った後、トイレを探しに美術館に向かった。

久しぶりにお気に入りの白川の側道を通り神宮道に出た。
白川から疎水周辺の木々も美しく色づいていた。

京都市立美術館では、独立や自由美術の展覧会が行われていた。
特に自由美術の人は、昔、個展やグループ展をしたこともあって、知っている人が多いが、中に入ると世間話をしたりして1時間以上は出られなくなり、他の画廊を回る時間がなくなるので、見に行くのを止めた。

神宮道を三条通まで戻り、クンストアルツ はねうさぎ モーニング ニジ すずき とお決まりの現代美術コースを見て回った。
それぞれの画廊の展覧会は、実力者の展覧会もあり良かったが、詳細を書く時間は無いし、昨日記の目的でもないので省略する。

画廊回りのあと、講座が始まる7時までの間、疎水から南禅寺あたりへ行き、出来れば哲学の道へと思っていたが、5時近くなると日が落ちて暗くなることは誤算だった。
仕方なく疎水回りで、神宮道に出て、三条通のファストフードで、お茶しながら本を読んだ。

JARFOでの講座を聞いた。
今回の、テーマでもある作品の実物は、福田美蘭さんのサインも無い、無名のポケットティッシュ作品?だった。
彼女は、この無題の本物のティッシュ作品?を無料で千個配布したという。
その余りを、講師の尾崎氏がもらったのだという。
そのポケットティシュの表には、ベラスケスの有名な作品の、視点を変えた位置から見た彼女の作品が印刷されていた。
私は、いろんな意味で、すばらしい現代アートだと思った。

ところが、彼女の作品に価値を認めないという、作家さんの発言もあり、面白いやり取りがあった。
現代美術を理解するには、最低限ダダ(反芸術)の思想を理解しないことには、話がかみ合わないだろう。
自然科学には真理は一つだが、芸術は、人間の価値観に依存するもので、絶対というのはありえないと思っている。(具体例は身近に山ほどある。簡単な話、同じ分野ですら趣味の違いがあるのがそうだ。)
ところが、多くの芸術家は自分の世界だけが最高(真理に近いもの)と信じているが、それは歴史、民族、宗教
、その他人間に付帯する要素で変化する。同じ音楽でも日本人ですら、普段から接していないため、私も含め人間国宝の浄瑠璃を理解できない人が多い。)
事実、音楽でも美術でも、例えば同じ美術でも違う分野の人を間違っていると批判することは多い。
ハードロックで浄瑠璃を聞くことは出来ないのだ。
価値観・パラダイムが違い、具体的には、文法文脈が違うのだ。
それを、同じ価値観であることを前提として議論すること自体、無理がある。
それにしても、そうした違った意見を生で聞けたのも、いい体験だった。
2次会にも時間があればいけるのだが、私自信の経済的問題もあり、参加したかったが、2次会に行くのは止めた。
私の経済問題は、年末のアルバイトをこなせば、この問題は、解消される可能性が強いし、それでも足らなければ、次のアルバイトを探せば良い。
ただ、現状でもPCをウインドウズ7又は8の型落ちにするか、ソフトのバージョンUPをすれば、来年の出費は格段に抑えられるので、年末のアルバイトに加えてまで、来年もアルバイトしなくても、贅沢しなければ全く問題なく生活できる。

帰りは、10時前ぐらいになった。

散歩者gooのトップページへ、 http://blog.goo.ne.jp/sksoo
参考ブログ集 散歩者gooより
(参考ブログは、数週間に1度追加削除しています。数か月以前のものは分野別<芸術 健康 エッセイ 歴史宗教思想 情報機関> に分類しています。)


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昨日記131116土(西天満 ジム・筋トレ 運動と体調不良)

2013年11月17日 10時56分48秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
天気:晴 ―mm  17.7  8.7℃ 75% 1.2m西

昨日は、一昨日の家計状態を検討した結果にもとずいて、月末までは、浪費しない範囲で支出は抑え気味で、催し物や物見遊山(交通費や食費・雑費に数千円以上かかるところには行かない。)に行くことにした。
トータルで、1万円以内なら節約することで、乗り切れると思った。

ということで、昨日記も早い時間に書き始めたが、書くことが無いので実際に先日来、気になり思い悩んでいたことを書きながら考えた。
そして、昨日の昨日記にも書いたように、書きながら考えがまとまってきた。
こういう現象は私の場合よくある。
判断を迷っている場合や、物事や事態の本質が見えてこない場合、書いているうちに、本質が見えてきたり、考えがまとまったりすることが多い。

昨日の、土曜日の行動予定を決めかねていたが、最終的昨日昼前に決めたのは、大胆にも電車を利用して郊外の展覧会に出かけ、3時過ぎには大阪に戻り、いつもどおり西天満へ行くという案だった。

実は、土曜日の行動プランの中には、古代史の会の西天満の近くで講演会があって、そこに行ってから、西天満を回る、という案も立てていたのを、自転車で出かけてからは、第二の案をすっかり頭の中から消去し忘れていた。
その講演会は2-3世紀の吉備の最新の考古学的情報もいろいろ入手できそうなので注目していた。
しかも講演者は、多くの著作を出している注目されている大学教授だ。

昨日は最初のプランが没になったのなら、迷わず講演会に行くべきだったし、その時間的余裕も充分あった。
ただ、講演会の参加費ににかかる費用が、多少心の片隅で引っかかっていたのも事実だ。

ブログを書きながら、郊外に行くことを決めて、書き終わってすぐに荷物をリュックに詰めて自転車で出かけた。
駅の近くまで行って、財布を持っていないことに気付き、あわてて引き返した。
家に着くともう12時近くになっていた。
それから再び出かけても、3時までに大阪に戻れないだろうと思い、最初の案を諦めた。
家で自炊し適当な時間に、西天満に行くことにした。
第二の案の大切な講演会には、充分間に合っていたが、それに気付いたのは西天満から帰る途中、講演会の会場前を通ったときだった。

遅い昼食後、西天満を回った後、カフェで読書したり、1着しかないほころびかけのセーターの代わりを下見したりして帰宅した。
帰宅すると、なんとなくだるい感じだ。
数週間前から咽の気管への蓋の部分や声帯に何か違和感(ポリープ?)を感じていて、気になっていた。
それに、更に風邪のような咳き込みや痰の絡みがあったので、体温を測ると36.1度だった。
まあ平熱の範囲ということで、様子を見ることにした。(今は問題なし)
咽の違和感(飲み込むときに引っかかることがあったので、ポリープを疑った。今は問題なし。)が激しかったときは、耳鼻咽喉科で診てもらうか考えたが、支出を考えるととりあえず様子を見てと思い、今に至っている。

このような感じで、ストレスや漠然とした不安も溜まっていたので、ジムに行って発散することにした。
これは、賭けであり、ジムで体力を消耗して、症状が悪化する可能性もあった。

決断した時は、シムの受付終了30分前だった。
ジムでは、筋トレを行い前回と同程度か、それ以上の負荷をこなすことができた。
ランニングは時間が無いので時速9.4―9.5kmと、スピードを速くして11分間走った。
ジムに行く前はなんとなく憂鬱で疲労感のようなものもあったが、ジムでトレーニングをし思い切り汗をかきシャワーを浴びてから帰ると、やる気も出て爽快な感じになっていた。
確かに、病は気からという言葉が当たっているように思った。
幸い何も本格的病気が無いから良いが、体調には充分注意を払いたい。
ただ運動と、体調不良の関係は、私の場合数多く体験している。
初期の風邪程度なら、軽く運動して汗をかいたほうが、治りが早いと思っている。
(体温上昇は、免疫機能を活発化させる。)

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昨日記131115金(貧困と生活や趣味的活動)

2013年11月16日 10時45分45秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
天気:雨/晴 17.5mm  15.5  10.3℃ 84% 1.5m南南東

お知らせ:昨日「現代美術メモ」の形で、先月京都のJARFOで行われた、現代美術に関する講座の要旨を書いておきましたので、興味ある方はご覧ください。

昨日は、朝から昨年度と今年の家計支出を分析し、何が増加し、どこに無駄遣いがあるのか全体的にかつ個別の、極端に言えば、マクロ的にミクロ的に分析した。
簡単に言えばこのまま放置すれば、家計は赤字になっているが、来年は資金不足になるのだ。
少なくとも、去年の同時期の現金残高より数万円少なくなっている。

その額は、ことし修理した水洗便所の漏水の修理費にプラスアルファーした額に相当する。
前年比から比べると、無駄遣いした形跡も無い。
多分食料品の上昇も影響している可能性もあるようだ。
今の家計の、現金残高からすると、一応月々数千円程度節減すれば維持できそうだ。(年額数万円になる)
新聞購読をやめるだけで家計は黒字になるが、情報源としては貴重なので止めたくない。
とりあえず、毎日行っているカフェで飲むコーヒーの回数を減らすことは出来る。
ジム行きも減らせばいいが、健康に役立ち医療費を減らせるのでぎりぎりまで継続したい。
同様の理由で、サプリメントやプロテインにも月々4-5千円以上の支出をしているが、維持したい。
地下鉄や電車を利用した外出を抑制し、飲会も抑制すれば簡単に赤字をクリすることができる。
このことは、同時にイベント、催し物や展覧会やセミナーやコンサートへの参加抑制も意味する。
それ以上に、アルバイトでもして、不足分だけ収入を増やせは済むことだが、肉体的には全く問題ないが、年齢の問題もあり、かなり困難だ。

ところが、はっきり言って私は、現在満足に食べられないほど生活に困窮しているわけでもないし、好きなものを腹いっぱい食べて、下手すると気を抜くと体重が増える状態である。
ただ今の調子で、消費を続けると間違いなくお金が足りなくなるが、それを意識して分相応の生活がどの程度のものかを考え、そのレベルまで生活に落とせば問題はない。
具体的には、お金がなければ、外食はせず、読みたい本も買わず、同窓会も行かず、飲会も欠席し、案内をもらった遠くの展覧会にも行かなければ済むことで、そうすることで生活は充分維持できる。

そういう意味で、今の現状は貧困生活には違いないが、貧困の度合いというのは、自分の欲望、好きなことや趣味をどれだけ抑制するかということであるとに今気付いた。
貧困にもいろんな段階があることを意識できた。
即ち、本当に命を維持するだけの食べ物を食べて寝るだけの生活しか出来ない極貧の状態から、年収200-300万円の状態まで、同じ貧困でもかなり差があると感じた。
特にお金の使い方で、同じ収入でも生活に大きな差が出るであろうことは、容易に想像がつく。

例えば、風の便りに生活保護を受けている知人の話を聞いたこともあるし、見かけもした。
彼は、アル中になっているようだった。
自販機のつり銭を調べて回っている現場も目撃した。
そこまで落ちぶれているのかと思った。
その時、彼はお金をすばやく探すのに夢中で、私に全く気づいていなかったようだったが、私は声を掛けられなかった。
一度だけ、偶然彼と出合って立ち話し、近くの彼の行きつけの飲み屋に割り勘でと誘われついていった。
その店は、彼の行きつけでもなんでもなかった。
しかも、彼は金をほとんど持っておらず、結果的におごらされたことになった。
生活保護を受けていることは、彼から聞いた。
生活保護を受給していれば、日々の食事に困らないだけのお金はもらえると聞いている。
一部の人が、生活保護費をギャンブルや飲酒に使っているという実態を報道でも耳にするが、それは結局本人の自覚の問題だ。

このように、考えると私の貧困は、まだ恵まれた段階だろう。
今後転落せぬよう、更に貧困から脱却するよう、無駄な趣味的出費を状況に応じいかに削減し、可能であれば、生活水神向上のためアルバイトも見つける努力をしたい。

昨日は、外出もせず、終日家に居て、悩んでいた。

この時期、様々な案内も来ていて、出来る限り行くようにしようと思っているが、上記のとおり、どのようにバランスを取るか、いきたい催し物をカットするか、予定日報表やFBの招待や催し物の記事を見ながら頭を悩ましていた。
上記の記事を書きながら、そのあたりスッキリ整理でき考え方がまとまったように思う。

行くときや、参加するときには思い切りいきり堂々と参加し、萎縮したりケチらない。
ただし雰囲気に流されて、無駄な出費や浪費はしない。
止めるときには、心残りがあってもスパッと強制的に止める。
計画は、先のことを考えすぎて萎縮しない。
常に収入の確保を考つつ、現在の収入に応じた分相応の生活や活動は厳守し、工夫をしてメリハリをつける。
予定収入(アルバイトの予定等)は入金があるまでは未定として扱い、計画には一切考慮せず、現状収入のみで計画する。
これが結論だ。
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現代美術美術メモ20131020(20131115作成)

2013年11月15日 16時00分43秒 | 美術・工芸・デザイン・建築
10月に京都のJARFOで開かれた「自分で発見する同時代美術の面白さで」講師の尾崎眞人京都市美術館学芸課長のお話の中から話をメモした。
話のみのメモであり、早口のため書き取れなかった部分も多々あり、話の流れ等切れている所や前後の関係性不明も多いことをご了承願いたい。
これは、私的メモで、私の聞き間違いや勘違いもある可能性が大きいので、引用・転載は厳禁です。


美術館では、帳簿上「現代美術」というものは存在しない。
東京都現代美術館や大阪近代美術館準備室では1945年以後を「現代」44年以前を「近代」と区分している。
現代美術=同時代美術

日本の現代美術という用語を使い始めたのは、東京の(有力)画廊が、販促のため目先を変え新しい美術ということで、風呂敷画商的に売り始め成功した。1950年~60年
1960年ごろから読売アンデパンダン  日本アンデパンダン(左翼系)
 ネオダダ 具体 ハイレッドセンター ・・・・
アンパンには、美術館が会場を貸さなくなった。
街の画廊がオフミュージアムに貸すようになり、それが今の現代系画廊につながる。
 例 長六=16  ベニ
60年代 現代美術のグループがいくつも生まれ、世界的に同時発生的に広がる。
モノ派 具体
1945-55年―60年 戦後美術  戦前古沢岩美 山下菊二
反芸術 ネオダダ アンデパンダン  

現代美術はアカデミーコンテンポラリと同じではない。   ??

前衛芸術  アバンギャルド とエピゴーネン(追随者)が誕生

現代美術は、画廊が生み出したもので、商品主義 商業主義の傾向がある。

現代美術の壁で守られるのではなく、一般美術の中で戦え!

現代美術は、想像の意味が作家の中で確定している。思いつきでない。

キャラクター作りと美術を作るのとは違う。

アバンギャルドは命名されていない。 新しいものを創作しよう。 テーマ 技法

アバンギャルドでなければ美術史 前衛主義(エピゴーネン)<追随している=新しくない・信奉者 模倣者>
属性の違うものを合わせると対比で見えてくる。
具体の意味  絵の具を具体的に見せる。
人間の感性や真善美を離れて具体的に見せる。 モノ派
  同時に 前衛主義が発生:その形に見せる・・・・・マネ:類似形を制作

モノへの反動  1980年―90年 コンセプチャル
2000~ ヘタウマ 奈良美智

モノを作らぬ人が評価で見るな
キャプションで作品を了解  文字で思うな
評価と鑑賞とは違う。
フェルト帽はゴッホの正装だった。

豊島康子  日常品を非日常化する
 「弾痕ステッカー」
課題 豊島康子の下記作品についての短評
「鉛筆」 鉛筆
「復元」  せんべい最後の写真




参考
豊嶋康子作品の「鉛筆」「復元」について。
非形象やダダが融合し、知的遊びを含む現代美術の構造が生まれ、新しい価値観・パラダイムや文法文脈を組入れ現代美術は展開している。
作品について、2004年CASの個展で、自身が、解説自体の意味づけも含め「既にあるものの要素/その仕組みに介入することで別の解釈への可能性を求める」と解説。
両作品は、各商品機能を作者が加工することで、本来の機能を失い、見て面白いものに価値転換した。
知的遊びを楽しむものだ。



美術・芸術(このブログは左記リンクのカテゴリー別「美術・芸術」ホルダーに収納しています。)
自選ブログ集・カテゴリー別(分野別)ホルダー
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散歩者は以前のブログ記事も、最新情報に合わせ頻繁に修正・追加更新しています。
昨日記が長文の場合は、後の方に、昨日記の記事に関連したことで、本来単体のブログで扱うべき考察・評論や、過去の思い出・経過も含まれることが多くあります。


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昨日記131114木(園芸 ジム時速9.2km30分4.6km)

2013年11月15日 12時27分54秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
天気:曇 ―mm  16.6  6.2℃ 62% 1.2m東北東

昨日は、朝から園芸作業をした。
母親が育てていた菊の鉢、を放置していたので茜色ががった黄色の菊は咲いているが、元気がなくなっていた。
花は、咲かせているが、毎年新しい芽が出て、根元が混みいあっている上、同じ鉢の上に、近くに咲いていた西洋菊の種から生えたらしい黄色い菊が何本も生えて花を咲かせていた。
西洋菊は、余り根を張っておらず、すぐに抜くことが出来た。
西洋菊を間引き、古い株の花を咲かせていない茎を除き、今花を咲かせている元からの菊を残した。
冬前にこの鉢から出して、剪定し植え替えようと思う。
4-5年前に種を購入した繁殖した西洋菊が、今は黄色と白だけが勝ち残り勢力を強めている。
菊は沢山生えているが、母の上多分も含めこの冬に、整理し再配置しようと思う。

金木犀も咲き終わったが、元気が無く葉が夏から先端が枯れかけている。
鉢は古い下水の溝の上においてあり、溝のコンクリートは崩れていて、土も積もっていて、、その周辺には大量のミミズが生息している。
多分鉢の中にかミミズがいて、根を食い荒らしているため、栄養不良になっている可能性がある。

家の前に植えたトマトもナスビももう終わりなので、可愛そうだが近日中に処分しよう。そして、家の前の植木類を整理し、鉢やプランターの土も、害虫がたくさんいるので消毒して、冬の間に新しく再配置したい。
園芸に関しては、書くことがいろいろあるが、長くなるので別ブログで書きたい。

昨日の園芸の主な作業は、タマスダレ白(ゼフィランサス)、マルバスミレ、タチツボスミレを、それぞれ小さな鉢に入れて分散させた。
一つの鉢だけだと、虫が来ると全滅することがある。
そしてトマトやナスビを刈り込んだ。
後日根も取り出して処分する予定だ。
オクラも夏から20以上の実を付けおいしく食べさせてもらったが、もうそろそろ終わりだろう。
その他、バラやジャスミンやミントやブラックベリーも刈り込んだ。
ゴーヤもすでにほぼ枯れているが、処分する予定だ。
今年は、猛暑のせいか、ゴーヤもトマトもナスビもイチジクも不作だった。
ブラックベリーは、それなりになっていたが、食べなかった。
ブラックベリーの収穫のタイミングは難しい。
ジャスミンは余り刈り込まずに伸び放題が良いといわれているが、伸びすぎると不都合も多いが、毎年春には、甘い香りを楽しませてくれる。
今年は、バラが咲いた後放置して実を成らして、赤くなったので、収穫した。
バラの実がハーブのローズヒップということを始めて知った。
私は美容には関係ないが、ハーブティーとして使えるというので、この冬試してみたい。


夕方から、ジムに行った。
昨日から、時速9.2kmで走ってみようと考えていた。
客観的には、かなり無理があるように思えた。
今までこのような無理なやり方で、体力のレベルアップに失敗してきた。
しかし、ここ数年のジムの記録を見ると、ある時期、一気に負荷をかけてトレーニングすることで、その記録が定着していることが何度かあった。
特に時速9km前半では成功していた。
そのような記録を参考にして昨日はチャレンジした。
最初から時速9.2kmで走った。
途中、もう限界と思いつつ、あと3分だけがんばろうと毎回言い聞かせ結局30分間4.6kmを走った。
だがランニング直後脈拍が138を超えていて、時速9kmの場合は、130前後なので
少し無理があったようだ。
実際、走り終えた直後は、ふらふらの感じだった。
でも経験的に、このような場合、疲れを回復させ(3-4日おいて)走ると、脈拍も130前後に下がる。
次回、そうなることを期待している。
ただし時速9.7km以上では疲労回復させた後(3日程度後)走っても脈拍は130程度まで下がらず、そのときが体力の限界に近いことを示しているのだろうと考えている。
この場合、記録を更に上げるには、トレーニングを重ね、時間をかけて少しずつ上げていくよう努力することになるのだろう。(努力しても記録が上がるかどうかは、分からない。)
ジムでのトレーニング終了後、大きな疲労感は無く、今日も快調なので、未だ限界ではなく、このままランニングトレーニング値を、時速9.2km30分にUPして固定できそうな感じがしている。
とにかく次回も9.2km30分間走行にチャレンジしたい。

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昨日記131113水(セキュリティソフト更新 変わらない日常生活)

2013年11月14日 11時35分14秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
天気:晴 ―mm  14.3 7.8℃ 63% 1.9m北西

昨日は、今までの生活パターンを改めて、サラリーマン時代同様、朝から動く態勢にしようと張り切り、朝食後ののんびりしたくつろぎの時間を短縮してPCに向かった。
すると、PCの動きが非常に遅くなった。
何かあったと思い、2回ほど再起動を繰り返した。
そのうち、セキュリティープログラム更新の表示が出たので、終了時行おうと放置して予定日報表の記録をしたり、ブログの追加をしたりFBを見て、その後そのままPCをOFFにしようとすると、今度はマイクロソフトからの、電源切断時に重要なセキュリティープログラムの更新をするかというポップが出たので、OKして電源OFFのボタンをクリックした。
ところが、その後プログラム更新の作業が30分以上続き、その間、電源スイッチを切らないでくださいの警告が出る。
やっと終わり、PC操作を始めると、再びセキュリティープログラムの更新のポップが出た。
仕方なく従い、結局トータル1時間半近くPCとにらめっこしながら過ごした。
本でも読もうかとも思ったが、そんなに長くかかることなんて無いので、なかなかその気になれなかった。
しかし、年に数回程度はこのような長い時間のセキュリティーソフトの更新があるような気がする。
セキュリティーソフトの更新はマイクロソフトが行う作業なので、ロボットがやっているのだろうが、タッチできない。
無論市販のセキュリティーソフトも入れていて、これは自動更新している。

このような形で、朝から出鼻をくじかれ、再び今までの日常生活と同じような過ごし方に戻った。
ブログを書いて、TVを見て相撲も楽しみ、買物に行き、カフェに行き寄るになった。
ところが、昨日は食材の下ごしらえが出来ていなかったために、夕食の時間に食い込んで10時ごろまで8食分の食材の切分をした。
夕食は10時過ぎになってしまった。
又も寝る時間は1時近くなった。
15分単位で色分して行動記録の日報(グラフ)をつけているので、問題点は足分かる。
問題点を把握し意識はするが、直すのは自分自身である。
これが難しい。
なかなか、仕事では決められた時間通りに作業をすることはできるが、プライベートの時間になると、なかなか会社人間やロボットのようには行かない。
それでいいのだとも思うこともある。
これは、究極的には何に価値を置き喜びを見つけるかの問題である。
私には、目的達成と同時に、その時々の刹那を楽しみたいという願望があるようだ。
芸術家は、そうしたことに敏感なほうがいいのだが、さてそうでない私はこれでいいのかという疑問もあるが。・・・

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地球温暖化と異常気象と経済・社会

2013年11月13日 20時50分57秒 | エッセイ &余談 ・短感・片言雑事
フィリピンでは、今月8日の最強レベルの台風30号(895hp瞬間最大風速90m?)に襲われ、その被害状況が連日大きく報道されているが、未だに被害の全容は分かっていない。
東日本大震災と同クラスの巨大災害のようで、フィリピンでは、軍や警察を動員して対応しているが、被害は余りにも大きく、ここにきて、世界各国からの救援活動も始まりだし、米軍も救援に乗り出し、自衛隊も救援活動に参加するという。

この、台風30号が、日本に寒波をもたらしたという説があるが、根本的な原因は太平洋の海水温の上昇にあり、それは地球温暖化と大きく関係している。
以前にもこのブログで行ったとおり、地球温暖化の問題が指摘されたときに、温暖化が続けば将来異常気象が起きるかもしれない、という当時の科学者の警告を、ある人は無視したり、笑いの材料にしたり、ほとんどの人が遠い将来のこととして他人事のように捉えていた。
「不都合な真実」という本が発刊されてようやく、世界の人々はその問題の重大さに気付き始めたが、まさか、異常気象がそれほどすさまじいものになるとは、想像してなかった。
その警告が、今や現実のものとなって、世界中が異常気象に悩まされ、台風・竜巻・旱魃・洪水・異常高温・異常低温等、想像を絶する大規模な天災を引き起こしている。

日本のスーパーコンピューターも、将来の異常気象を予測している。
我々は、もはや異常気象が日常化することが普通だと、考える必要がありそうだ。

異常気象は、経済や日常生活にも大きな影響を与える。
例えば、今野菜は、夏の不順な天候のため、高騰している。
それ以外に、この季節に大量に水揚げされる魚が獲れなくなったりしている。
旱魃や洪水は、世界の穀物市場に大きな影響を与える。
穀倉地帯で小麦やトウモロコシが凶作になれば、たちまち主食のパンの価格に影響する。

ところで、今高度成長を続けるアフリカが注目されているようだ。
先日このアフリカの問題を、ニュース解説で説明していた。
アフリカは開発が進み、昔のいつまでも貧しいというイメージは去りつつあるという。
それでも、多くの国民所得は低く、農村部の生産性は極端に低く、都市に人口が集中し続けているため、国の食料自給率が非常に低いことが、アフリカの大きな問題といわれる。
その原因は、アフリカの農業生産性が極端に低ことにあり、農村部で自給する程度しかなく、とても都市部の食料はまかなえないという。
そのためアフリカ諸国は慢性的に、食料輸入に頼っている。
ところが、そうした国々の政策は、農業振興でなく近代化・工業化である。
しかし、経済成長するとともに人口増加も著しくなり、増加した農村部の人は都市に流れ、都市に人口が集中し続けるているというが、その実態は、仕事も無い貧困層が増加しているといわれる。
そういう地域では治安は悪化し大きな社会問題となるという。

通常の状態でさえ、このような大きな問題を抱えているアフリカ諸国にとって、地球温暖化による異常気象による輸入食料品の高騰は、経済に非常に深刻な影響を及ぼすに違いない。
この状態を放置すると、アフリカ諸国は食料輸入で経済破綻したり、暴動等で治安が維持できなくなり、ソマリアのような無政府状態になる地域が増える可能性があると想像する。
そうなれば、先進国にも問題が波及するだろう。
そうなれば、たちまち旧宗主国やEUへの難民等の人口移動の圧力が高まる可能性がある。
治安が悪くなり、それが原因で経済成長が止まれば、今新しい市場として注目されているアフリカ経済が、悪くなれば世界の経済成長に与える影響もあるだろう。
特に石油やガスや鉱物資源が期待され既に生産され輸出しているが、アフリカの経済社会が混乱すれば、輸出は止まり世界経済にも影響を及ぼすだろう。
そのような意味でも、地球温暖化により単に気候が激しく変化し、気象災害が増加するのみでなく、対応を誤れば、地域の経済や政治・社会にも暗い影を落とし、ひいては世界にも影響を及ぼすかも知れない。

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昨日記131112火(FB友達申請 ランニング時速9km30分)

2013年11月13日 12時44分41秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
天気:曇 0mm  13.8  7.7℃ 61% 2.3m西南西

昨日は一昨日より更に冷え込み、一ヶ月前の最も遅い夏日の記録からここ数日の冬へと、秋が極端に短い季節と早い冬の訪れが、大きなニュースにもなっている。
現に東北北海道では、本格的な雪が降り続き積もっている。
1ヶ月ほど季節が先に進んだ感じである。

昨日朝FBを見ていると見知らぬ男性からの友達申請があった。
最近、たまにある。
いつも、相手のプロフィールを見て、強い接点が無ければ、すぐに削除している。
しかし、共通のお友達が数人いたので、その関係も分からないので、いきなり削除も無愛想なので、相手に断るメッセージを送ってから削除することにした。
共通の断りのメッセージを考え送信した。
今後見知らぬ人からのリクエストは、この方法で対処する予定だ。
無論見知らぬ人でも、納得のいく理由があったり、以前から私が相手の活動状況を知っている人であれば、お友達になるだろう。

夕方から、相撲を見て、その後ジムに行った。
時速9.0kmで15分間走り、そのまま9.2kmに上げて15分間計30分間休み無しで走った。
11月4日から、1日おきに走っていて10日以外は約時速9km30分間走っているので、疲れが気になったが、(自覚症状は多少きんにくのだるさ程度感じる)走ってみると全く問題なかった。
それでも、慢性疲労にならぬよう、運動後のストレッチをしっかり行い、帰宅後もプロテインを補給するなどして、筋肉修復・アップに努めた。
時速9kmで楽に走れるようになればスピードを上げる予定で、最終的には、時速10km越えを果たす予定だ。
しかし時速を0.2km上げるのに1-2ヶ月かかると思っていて、多分以前も時速9.5km以上に速度を上げると、30分間走れなかった。
多分時速9.6kmになれば、0.2kmUPするのに3-4ヶ月以上かかるのではないかと思っているが、加齢により時速10kmまで走れないかもしれない。

幸い、今日も昨日のランニングの疲労感はない。

12時過ぎて、寝ようとしていたときに、ラジオ講座を録音しているSDカードが多分容量一杯になっている可能性があると思って、PCで調べるとほぼ一杯であった。
すぐにSDカードに録音したファイルをPCのハードデスクに移し、SDカードのファイルを消去した。
その作業は、結局深夜1時近くまで続いた。

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昨日記131111月(ブログ修正 防寒対策)

2013年11月12日 11時58分49秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
天気:曇 1.0mm  16.2  8.2℃ 69% 2.6m北西

昨日は、急に冷え込み、最低気温は8.2度と10度を割り込み、最高気温も16.2度と一気に初冬に近い感じになった。
机で作業していても、足元がフローリングなので足が冷える。

午前中は、ブログ「睡眠、不眠、眠気防止、睡眠とダイエットについて。(追)」http://blog.goo.ne.jp/sksoo/e/358478b0091231de4fb806db5ed84637についての記事に、「睡眠大学」の紹介を追加した。
今日も、ブログ「眠気との関係―低体温・冷え・コタツ・満腹とオレキシンとレプチンとメタボ・リバウンド(追)」に低体温にも一部関係する、冷えと筋肉の関係の記述を追加した。
冷えに関しては、改めて独立したブログにした方が、良いかもしれない。

そのため昨日記の作成が3時台になってしまった。
その後は、相撲を見たり、カフェに行って読書をしたりして漫然と過ごした。
帰宅後机に向かうと、更に気温は冷えていて、足元の冷えが強く感じるようになった。
これはつらいので、夜になってホームセンターまでスリッパを買いに出かけた。
先に、カフェに行ったときに、グリーンのフェルト地でかっこいいけれど風通しのいいジャンパーを着て自転車で走った。
多少予想していたが、思った以上に風が冷たく、頭や手も冷たく、更にジャンパーの生地がフェルト状なので風圧で多少空気が入るので少し冷えた。(フリースも同様、風を通す。)
そのことに懲りたので、帰宅後、改めてスリッパを買いに出かけるときは、先日買ったばかりのブルゾンを着て出かけた。
ブルゾンの、表はフリースや、フェルト状でなく普通のポリエステルのしっかりした表地で、裏にやはりポリエステルのフリース状の生地を使っているので、防風性能は良かったし、襟もスタンドカラーにもなっていて、防寒上も問題なかった。
ただ内ポケットがないのは残念だが、2千円弱の価格から言えば当然だろう。
この時、手袋も帽子もつけずに、再び出かけ自転車で走ったため、手と禿げ頭は更に冷えた。
気温が15度をきると、手袋や帽子が必要であることを痛感した。
これから、春までは帽子と手袋は必需品に違いない。

ホームセンターでは、冬用のフリース地の一般的スリッパと、踵にもボア生地のカバーの付いた完全防寒用の、2種類のスリッパを購入した。
これで、今年の冬が、更に快適になるのではないかと期待している。

真冬には、暖房を入れない我が家の最低気温は、4~8度まで低下する。
多分フローリングの表面温度はもっと低い可能性があると思っている。
その温度に対応するには、足首を囲むタイプのスリッパが望ましいと思った。
今までこのタイプのスリッパは使ったことが無かった。

一昨年までは、フローリングに断熱シートを重ねて敷いていた。
しかし、キャスター付きの事務椅子がよく断熱シートを踏むので、去年からフローリングでの断熱シート使用をやめて、冬用のスリッパ方式に切り替えて冬を過ごした。
机仕事をしていても、冬用のスリッパを履くだけで、フローリングの足元の寒さをあまり感じずに済んだが、踵がむき出しのため、冷え込むと、かかとからふくらはぎまで冷たく感じることもあった。
居間は、畳の上に断熱シートを何枚も重ねていたので、ホットカーペット無しで暖かく感じた。
先日ホームセンターに行たときに、5mm程度の発泡ウレタン?にアルミの反射面を張った一畳の大きさの断熱シートを売っていたが、一度ためしに使ってみてもよさそうだと思っている。

無暖房の暮らしでは、山行き同様の厚着をすることで全く問題なく快適に過ごせることは、ここ数年で実証済みだ。
不思議なことに、一つでも暖房(電気炬燵・ホットカーペット・電気ストーブ)を入れると、どうしてもフル暖房(電気炬燵に電気ストーブと場合によりホットカーペット)が欲しくなる。
ところが、すべてなくしてしまい、服の防寒装備を充分にすると、手等の露出部は多少冷たいが、全体として、寒さも感じずに快適に過ごせる。(前提として居間にホットカーペット代わりの断熱シートを敷くことは不可欠だが。)
暖房を入れると動きが暖房により制限され、特にコタツにホットカーペットがあると、そこから出たくなくなり、コタツに入って居眠りすることが日常化していた。(非常に気持ちよく、自然に居眠りできる)
たが、無暖房だと暖房に制限されることなく、家の中を活動的に動けるので健康のためにも良いと思っている。
服の防寒装備さえしっかりしていれば、畳の上に敷いた断熱シートの上で、なにも上に掛けず寒さを感じることなく、昼寝も可能であるし、事実前の冬も毎日のように気持ちよく食後の短いうたた寝を楽しんでいた。



健康情報その他過去のブログは、頻繁に追加訂正していることがありますので、過去の情報をご覧になる場合は、目的のブログを表示後「表示」を「最新情報に更新」にしてください。
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名刺のミス

2013年11月11日 23時20分46秒 | エッセイ &余談 ・短感・片言雑事
春を過ぎた頃に、とあるセミナーがあった。
その時、セミナー後交流会があるので、事前に自分のしている仕事をアピールするものを出席者の数だけ持ってきてください、というメールが届いた。
ほとんどの出席者は、ある業界関係者なので人的交流による情報交換もその業務に直結しているが、私は外部の者なので、仕事を宣伝するチラシといったようなものも無い。
そこで、チラシの代用という感じで、自己紹介代わりにでもなればよいと思い、名刺の住所の、町や番地を消し、自己アピールすることを書いた名刺を出席者数印刷した。
その会が合終了後、残ったものを、そのまま財布に入れていた。

あるとき、知人から案内を送るので欲しいといわれ、その名刺を渡したが少し変な顔をして私のほうを見ていたが、何もいわれなかった。

今名刺を見て、私のミスに気付いた。
当然のことながら、住所の何丁目何番地が抜けているので、これでは案内も送れない。

その人とは、年に数回はどこかであうので、きっと又どこかで会うだろうが、謝らなければなるまい。
しかも、このチラシ型名刺を多分10人ぐらいは、渡している。
名刺をもらった人は、「あいつは自分のことを警戒しているらしい、失礼なやつだ。」と思われたかも知れない。
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昨日記1311010 日(生活習慣の反省 ジム:筋トレ クラシックを聴きながら)

2013年11月11日 15時35分29秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
天気:雨 11mm  21.9  13.9℃ 79% 2.4m西南西

お知らせ:
先ほどブログ「睡眠、不眠、眠気防止、睡眠とダイエットについて。」(http://blog.goo.ne.jp/sksoo/e/358478b0091231de4fb806db5ed84637)の内容を、追加しましたので、ご興味のある方は参照ください。
特に冒頭に追加したリンク先の「睡眠大学」については、睡眠に関しての総合的に正しい知識が得られると思います。
それ以下の私のブログの記載内容と、「睡眠大学」の記載の内容に矛盾があれば、多分私の記事のほうが、間違っていますので、ご連絡ください。



昨日は、朝から雨が降っていて、一日うっとおしい天気であった。
晴れていれば、美術館に行く予定だったが、仕方なく家でTVを見たり、新聞を読んだりして漫然と過ごした。

図書館から本を借りているし、購入したまま読んでいない本も数冊ある。
だのに、適当に空いている時間をダラダラ過ごすのはいかがなものか。
更に先日は、人生限られた時間しかないので輝いて生きたい、というような言葉をブログに書いていたが、実際の生活態度は、そうした思いと著しくかけ離れている。
このように書き出してみると、自分自身いかにいい加減な人間かとも思う。
聖人君主にはなりたくないが、かといって適当にいつも流される人間もなりたくないし、ましてや破滅型の無頼人間には、興味もないしなりたくも無い。

このような、ダラダラ型の生活習慣は、漫画でもよく見かけるし、一般的なのだろう。
酒飲みが減酒禁酒を誓い、愛煙家が禁煙にチャレンジするのと同じなのかも知れない。
それでも、そうした人たちと同様、罪悪感と、しっかりと読書なり、何かをしようという意志は継続して持っていることは、間違いない。
その意味では、そういうことに気づき、例えば元旦の一年の計や、日記を書くことにチャレンジをしようとする、気持ちがあるだけでも良しとすべきなのだろうか。
人生いろいろで、生き方は人に迷惑さえかけなければどれも間違いではないと思う。
それでも、かっこよい生き方をしたいので、やはりここは古風に、少しでも武士のように自分自身を律し精進するようにしたいと思う。
その意味で、すぐに適当に、特に見る番組が無くてもTVを見る癖をなんとか治したい。

大相撲の初日を見てから、雨も止んだので急いでジムに行った。
なんとなく、11/8のランニングの疲れがのこっているようなので、昨日は筋トレを中心に行った。
ランニングも、時速9.2kmで11分間走った。
やはり大腿やふくらはぎがだるく感じられ、疲労が中一日で回復していないことを示していた。
多分それ以外に大腿四頭筋や大腰筋あたりも多少疲れている可能性がある。

筋トレを先にしたので、記録はそれまでよりUPした。
ランニング後に、筋トレをやるとへとへとの状態なので、記録は悪くなるのだ。
先に、筋トレをすると、筋肉内に蓄えられているエネルギー源がフルに使えるので記録がよくなると思っている。

今ラジオから、先ほどは、ドボルザックのチェロ協奏曲、今は新世界が流れている。
これを書きながら、どちらもついつい曲に聴き入り、心が激しく揺さぶられる。
手を止めて、聴くことに専念したいが、上記の通りきりが無いので、書く事は続ける。
それでも至福の時間だ!!
今書き終えたので、アップしたら、聴くことに専念しよう。
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昨日記131109土(掃除機の破損 西天満 番)

2013年11月10日 13時32分37秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
天気:晴 ―mm  19.8  11.8℃ 62% 1.6m北北西

昨日は、朝から久しぶりに掃除をした。
新聞を大きくまとめて2束にまとめて、結束していつでもゴミ出し日に出せるようにした。
衣類も擦り切れて穴のあいたお気に入りのカーデガンや、縫い目がほころびた20年以上着たブルゾンとか、それに母の衣類も含めて、ゴミ出しの日に結束して出そうと思っている。
掃除機で掃除していると、吸い込み口の根元のパイプと器具との接続口の固定部分が割れて欠けたので、固定できなくなり、パイプから吸い込み口が外れてしまった。
仕方なく、吸い込み口ないままパイプでゴミを吸い取った。

その後、掃除機の買い替えも考えたが、それには、数万円の出費を覚悟せねばならない。ここ数ヶ月、いろいろ動き回わり出費がかさんでいるので、出費を選択し抑制しようと努力している最中だ。
そのため、極力大口の出費は抑制したいと思っていて、掃除機も何とかパーツ交換か、破損部分の修理で切り抜けられないかと考えた。
最終的に、シリコン接着剤で接着することを考え、実行した。
未だ完全に接着していないと思われるが、今のところうまく接着できているのではないかと思っている。
うまく行けば、今後数ヶ月以上は掃除機を買い換えなくて済むのではないかと期待している。

買いたいものはPCやスマートフォンその他衣料品や靴と、数え上げればきりがない。
家計の赤字は、何があろうと絶対避けなければならないので、先ず、すべての欲望を切捨て、不便であろうが現状維持から出発し、必要品の優先順位をつけ、収入と見比べながら、購入可能なもので必要なものから買うしかない。
それ以外のものは、すべて現状維持で、工夫と改善で、不便をしのいでいく積りだ。
そのためにも、出来るところがあれば、少しずつでもアルバイトもやろうと思っていて、年末年始は短期のアルバイトをする予定だ。

昼からスーパーで不足した食材を仕入れた後、西天満に出かけた。
番画廊が、12月下旬で廃業するという話は、ショックだった。
西天満で最初に回る画廊は番画廊である。
昨日も最初に回り、画廊の方ともお話したが、残念としかいえない。
これが、大阪の文化の現状だろう。
文楽や美術館やクラシック音楽の問題といい、その他文化関係の問題は多い。
維新の会、橋下氏の政治が、大きく影響しているような気がしてならない。
それにしても、大阪の維新人気は、いつまで続くのだろう。
ポップカルチャーが元気になるのは良いが、世界に誇れる大きな芸術群が衰退するのでは、文化行政の意味が無い。
以前、維新や橋下氏の文化行政の政策には、イベント中心の傾向が見えると思ったことがあるが、今もそれは変わらない。
表層的な、見た目だけの、イベント(例:イルミネーション)で人が集まればよい、大衆が喜べばよいというような方向性が強いように思っている。

帰宅後は、食材はあるが食事準備は何一つ出来ておらず、肉を含む食材の切分から始まり、肉は計量して冷凍したり、キャベツは芯を落とし千切りにしたり、とにかく時間がかかり食事できたのは、10時過ぎになった。
更に食後の片付けが12時前に済んだので、気晴らしにPCでニュースやSNSを見ているうちに、1時前になり、慌てて布団を敷き寝た。

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昨日記131108金(ジム 時速9km30分 老眼の回復)<追>

2013年11月09日 13時54分08秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
天気:晴 -mm  21.3  11.4℃ 59% 1.7m北西

昨日は、ジムに行った。
水曜日にもジムに行き時速9.0kmで30分間走った。
秋になって、ジムに毎日通いランニングで持久力をつけたり筋力アップをするつもりであったが、夏以後に再びジムに通い始め、いざ時速9kmで走ると途中でばてたりして、一昨年にほぼ時速10kmで30分間走れたことが嘘の様に思える。
一昨年の秋から更にスピードアップしようとしていろん走り方(スピードを途中で上げる等)を試したが、かえってスピードアップするため無理を重ね、20分間程度の走りになり、結果的に持久力は落ちた。
今年の2月には、何とか時速9.6km30分間走れるまで回復した。
しかし、その後のトレーニング方法が悪く、速度を急速に上げた結果落ちて、更に夏の間プールを中心にしたため、ランニングの持久力も低下した。
一昨年の失敗の繰り返しのようなことをしてしまった。
今後は、地道に持久力のUPを第一に、30分間走りきりながら、ステップを踏んで徐々にスピードを上げるようにしたい。

年齢も70歳に近づくので、そろそろ体力の低下が見える頃かもしれないし、その覚悟はしている。
しばらくの間は、体力や筋力の低下が、加齢による持久力の低下か、サボったせいによるものか、それとも両方なのか分からないので、体の変化を観察しながら、どこまで持久力や筋力のUPが出来るか、チャレンジしたい。

今のところ、加齢による体力の低下については、仕事をしていないせいか、それともサプリ等の栄養補給剤や健康補助食品によるものか(サプリや栄養補助食品は年齢に関係なく、多くのアスリートが摂取している)分からないが、日常生活では体力の低下はほとんど感じていない、というより中年の頃よりUPしている。
例えば、中年の頃は、自転車で法円坂を上るのに息が上がっていたが、今はスイスイ上がれるし、ジムで走る速さも距離も伸びている。
筋力は、TVで出演していたボディビルダーの話を聴いても、70代でも筋力UPは可能なようだし、ジムでトレーニングしていてもそのような感じがする。
筋力も、ランニングと同じ理由で、夏の間にかなり低下していたが、トレーニングで少しずつ戻しつつある。

いずれ、加齢や病気により体力筋力が低下し死に至ることは、人間誰しも避けられない。
美しく逞しい若者でも、いつか老い衰え、体が動かなくなり死に至るその日を迎えることは間違いないのだ。
余談だが、私が養護老人ホームのホームヘルパー2級の実習で、担当者の指示で、とある老人の話相手をしたことがあった。
老人の話を聞くと、その方は、京大出の技術者だった。
彼は、いつも本を読んでいて、読みながら眠ったりもしていた。
私は1時間ほどその老人の話し相手になり、寮歌なんかも一緒に歌った。
バンカラではなかったといていたが、寮歌は懐かしいそうに小さな声で一緒に歌っていた。
寮歌を歌いながらこの老人にも、輝かしい学生や社会人の時代があったのだろうと想像していた。
ところが、翌日その方が老衰で亡くなられたことを告げられた。
驚いた。本当によぼよぼではあったが、翌日になくなられるとは思っても見なかった。
そのとき、仏教の無常を強く意識した。
そうしたことを頭の片隅で思いつつ、今の限られた命を出来るだけ輝かせるため、その基礎となる体力を、今後体力増強が可能な期間に、無理をせず自分に合った方法で、筋力持久力のUPさせたいと思っている。

ジムから帰って、プロテインを補給した後、カフェに読書に行った。
家では、居間の30wの蛍光灯を15w一本にしていて、新聞を読むには暗いので虫眼鏡を使っているが、机で読むときは、LEDランプが明るいので、本も新聞も裸眼で読んでいる。
カフェでも、小さな地図や図表を見るときは虫眼鏡を使うが、それ以外の、小さいサイズの文字も含め裸眼で無理せずに、すらすら読んでいる。
2時間近く読んでも少し目が疲れる程度である。

35歳ぐらいのときに一度老眼になりかけたことがあった。
長時間労働と、細かな0.3-0.5mm単位の線を引く設計図を書くためで、目が過労状態にあったためと考えている。
当時老眼鏡も購入し、その後老眼の度も進んだ。
しかしその後、老眼鏡はほとんど使わなくなった。
多分、眼球の筋肉を意図的に鍛えたことと、ピンホールメガネの効果もあると思っている。
そこには、車をいつも運転している友人が、老眼になっていない原因として、彼が目をいつも前後左右に動かしていることをあげていたことを意識したのと、ある大阪の画家がバブル後の頃「アルミ合金等の金属材料を使い、会社のブランドマークのエンブレムや豆粒大の仏像を、彫刻機を使って彫っていると、目が鍛えられ衰えない」と言っていたことも、老眼防止のヒントになった。
その後、視力に関係した本を読んだときに、眼球の筋力低下が老眼を招くことを知り、眼球の筋肉を鍛えれば老眼を防止できることを知った。
そのためには、眼球の筋肉を適当に使うことであり、上下左右や遠近を見たり、動体視力を養ったりすることが、老眼=目の老化を防ぐことを知った。(目の老化には、それ以外白内障もあるが、これは紫外線の影響であり、その防止には紫外線防止のサングラスが有効である。<今ではほとんどのサングラスやメガネはUVカットつきが多い。>)
先にあげた2つの事例も眼球の筋肉疲労に対する持久力の問題(老化)で説明がつく。

老眼になりかけた当時、当時両親に、お前も老眼になったか、と冷やかされ、更にそのうちどんどん進むといわれ、ムッとなったことを覚えている。
それが、今では老眼鏡なしでカフェで本を読んでいる。
遠くのものも裸眼で見えるし、多分0.8から1.2程度の視力はあると思っている。(小学校のときは視力2.0だった。)
体調がよければ、遠くのものもかなりはっきり見える。
毎日横断している幹線道路を見ると、体調と気候・天気のいい時は、少なくとも500m以上先の信号も、はっきり区別できると思っていて、実際識別できている。
それでも体調により、PCを見すぎたりすると、目が疲れ老眼状態になることもある。

そのような時は、先ず市販の安い眼精疲労回復用目薬をさす。
根本的には、経験的に汗をかく程度の運動すれば、ほぼ目の疲労は回復している。
多分全身の血行をよくすることで、眼球の筋肉の老廃物も流され、栄養補給されるため、筋肉疲労が回復するのだと思っている。
その意味で、眼球筋肉を楽にさせていると、どんどん眼球筋力が低下し、老眼がひどくなるのだろうと思っている。
老眼にならぬよう、目を適当に鍛え使っていきたい。



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昨日記131107木(普段履きの靴 衣料バーゲン)

2013年11月08日 16時57分21秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
天気:晴 1.0mm  21.7  15.0℃ 70% 2.3m西南西

昨日は午後からダイエーに行って、秋冬物衣料のバーゲン品を探した。
今もっているブルゾンは、多分13年以上前(ギャラリー廃業前)に購入したものだ。
背広も兄の遺品を除けばサラリーマン時代(約30年以上前)のものがほとんどで、ギャラリー時代やそれ以後に購入した記憶は無い。

とにかく常用している秋用のブルゾンに縫い目のほころびが出てきたのだ。
手持ちのシャツは、ほとんどがYシャツ形式のボタン付きのシャツで、長袖のポロシャツやハイネックシャツはほとんどなかったので、5日には,ユニクロでネックシャツの特価品を2枚購入した。
ユニクロでも、ブルゾンの特価品を探したが無かった。
4-5年前に購入した深緑の秋冬用のジャンパーは持っているが、普通に歩くときに着るのは全く問題ないが、自転車に乗ると、生地の関係で風が入り冷える。
自転車で外出することが多いので、ほとんど使っていない。

京橋のダイエーに行ったが、電車の改札口を出た階に、靴売り場があるので立ち寄った。
軽ハイキングに使う山歩き用のウオーキングシューズと普段履きの靴を見るためであった。
このことを書いているうちに、先に書いた、今履いている兄の遺品の靴についての話に筆が走り、独立したブログで先にUPした。

ダイエーで、靴売り場をしばらく見てから後、上の紳士衣料品売り場をしばらく探しまわって、2000円以下の特価品を見つけ購入した。
デザインや色柄に多少不満はあるが、値段と相談である。
元々、若い頃は、ファッションにも興味はあったが、脱サラ後は値段の安いことが選択の第一条件になり、服装のオシャレに関心が無いわけではないが、所詮無理な話なので、初めから衣料品情報を自己遮断し、無関心を決め込んでいる。
ただ、服が破れたりして、購入に迫られるときは、必ず数店の店舗を回り情報を仕入れ比較するようにしている。

ブルゾン購入後は、カフェで読書し帰宅した。

夕食後、以前書きかけていた敬語や論語・儒教や人権に関するブログの内容を読み直したり、書き進めたりしているうちに、気がつくと1時近くになった。
大きな話なので、なかなかまとまらないまま、時間だけが過ぎていった。
問題の本質は射抜いていると信じていて、書きたいが筆は進まない。
いくつかパーツにばらして、その周辺のことをそれぞれブログにまとめるのも方法かもしれないがと思ったりしたが、とにかく考えているうちに夜は更けていった。
先日も、不規則な生活について書いたばかりであるが、当然昨日もブログを書いた直後は、脳が興奮して寝つけなかった。
幸い、今日は、朝から余り眠気も感じず、睡眠不足に対し意図的にとった、軽い昼寝で収まっているようだ。


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安物買いの銭失い。(長持ちする兄の遺品)

2013年11月08日 12時29分09秒 | エッセイ &余談 ・短感・片言雑事
兄が亡くなって8年たつ。
亡くなって様々な法事も一段落ついた頃、確か姪から電話があって、「兄の遺品で私が使えそうなものがいろいろあるので送っていいか」、というからOKした。
すると、兄の家から適当に見繕った、私が使えそうな兄の遺品が、大きなダンボールで3箱届いた。(かなり大きいのが3箱あり2箱積み上げると1mを超え置き場所に苦労した。)<最初に書いた2箱は記憶違い>
私はいい背広でも数着程送られてくるものと思っていたが、大きなダンボールが来たのに、は驚いた。
その中には、たくさんの背広や、ズボンがあった。
すべて、クリーニングされていて、新品同様のものも多かった。
一部サイズ違いとか、似合わないものもあったが、その後そのまま使ったものも多くあり助かっている。
その時、靴が数足入っていた。

大きさは、体格同様、足のサイズもぴったりと同じだったようだ。
靴は、余り使っていない高級品である。
その中の一足は、介護用の靴だった。
介護用の靴は、1-2年間放置していた。
あるとき、気になって履いてみると、デザインはビジネスマン向きではないが、履きやすいので、普段履きとか近くに出かけるときに使うことにした。

ギャラリー廃業後、自営業をしているとき、介護用品(排泄介助ロボット)を扱う会社と契約を結んだときがあった。
その関係で、あるとき介護用品の見本市に行った。
その時、介護用の靴を扱っているブースで、何気なくその会社の取り扱い商品を見ているときに、中年の係員が、すばらしい靴を履いてられますねと声をかけてきたので驚いた。
その係員が言うには、兄の遺品の靴は、有名品で長持ちすると言うことだった。
私は、単に介護用だから履きやすくなっている普通の靴だと思っていた。

その靴は今も毎日普段履きで履いていて、履きやすく何も問題ない。
外の革は、家に届いたときはピカピカで新品同様だったので、遠出の外出にもはくようになったが、その後手入れもせず、履きっぱなしなので、今は傷だらけで汚れていて、スーパー等日常の家の周りに出かけるときの普段履きだが、毎日履いているのに、底もほとんど減らないし、型崩れも余り無い。
確かに、こんな長持ちする靴は始めてである。
やはり、名の通っている製品は、かなり高価な場合が多いがそれなりの値打ちがあるようだと思った。
それでも、私の場合は、経済的に一点豪華主義すら不可能なので、当分安物買いの銭失いでいくよりほかはなさそうだ。

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