散歩者goo 

タイトルのgooは、同名のHPやブログと区別の為付けてます。HPの「散歩者」はこのブログ筆者の私とは全く無関係です。

昨日記160128木(OCNマイページ接続失敗 SPOT設定 副食作り)

2016年01月30日 13時04分52秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
曇   最高/最低℃ =12.2  2.5
28日は午前中前日行った、OCNのマイページへの接続に失敗した。
IDかパスワードに問題があるらしいが、顧客番号や個人情報はNTTで把握しているので、IDやPWがわからなくても顧客番号や、個人情報の照合でもアクセスできるようにすべきである。
ノートにメモしてあるOCNのマイページのIDやPWは変更していないので、なぜアクセスできないのかわからないので、日をあらためて調査したい。
ひょっとすると、最近マイクロソフトアカウントのPWを変更したのが影響しているのかもしれないと思ったりしているが・・。
以前マイクロソフトアカウントのPWを変えた時に、新聞やブログやSNSといった、日常的に利用しているほとんどのサイトから、IDとPWの提示を求められえた思い出がある。
しかも同じようなことは、過去に何度も経験している。
今回のPW変更では、そんなことは起きていないのだが。

その後、OCNのマイページ閲覧はあきらめタブレットのWi-Fiのスポット設定に再挑戦した。
NTTのSPOTは去年秋に契約してあり、タブレットの設定を済ませれば、いつでも使える状態になっていて、その料金も徴収されている。
成功したかどうかわからないけれど、タブレットのWi-Fi表示ににNTT-SPOTが出るようになった。
再び駅とか公衆Wi-Fiの設備のある所でテストしてみたい。
タブレットで公衆Wi-Fiが使えるようになれば、インターネットやメールやスカイプを外で使用時間や通信容量も気にせず家の無線ランと同じに使えるので、非常に安く便利になる。

午後からは、遅れていた昨日記を書き、その後寝る前まで夕食をはさみ副食作り(11食分)に励み完成させた。
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昨日記160127水()

2016年01月29日 20時49分07秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴   最高/最低℃ =11.0  5.9
午前中、HAPSの講座で知ったe-fluxのサイトを開き、毎日世界各国で開催されている現代美術の展覧会を見たりした。
午後になって、OCN関係のサービスでマイページの設定がされていないことに気付き、設定したがPWの設定等がうまくいかなかったので、一旦あきらめて後日に処理することにした。
その後副食が無くなるので、食材の購入に出かけた。

夕食後タブレットを操作し、デスクトップにあるファイルをタブレットにコピペするために、ネットワークを形成しようとしていると、ネット接続ができなくなった。
その後ウインドウズ10のアップデートが始まった。
アップデート中は、電源を切ることができない。
これで就寝時間が遅くなることを覚悟した。
だが、1時前にはアップデートが終わり、ネットも問題なく接続できるようになった。
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1986年のオリノコ川冒険旅行メモ<昨日記160126追加>

2016年01月29日 20時21分57秒 | エッセイ &余談 ・片言雑事
アメリカに英語留学後、メキシコに約一か月スペイン語を勉強するためにホームステイし、その後民芸雑貨店を開くための民芸品(メキシコとグアテマラ)を大量に仕入れた。
その後、べネゼラのカラカスでEと落ち合った。
Eは、カラカスのルーテル教会の豪華な宿泊施設を用意してくれた。(エアコン付き、カーテンは電動で動く、彼はそこをいつでも自由に利用できるようだった。)
Eは、貧民街に住み込み下層階級の人と同じ食事をしながら調査にあたっていたため体調を崩していたが、この宿泊施設でたっぷり栄養を取り数日で、体調を回復した。
その後、彼が予約した探検ツアーに出かけた。
今までの記憶では、ベネゼラとコロンビアとぺルーの3か国の国境地帯のオリノコ川のプエルトアヤクトに行ったと思っていた。
しかし、今地図で調べると、プエルトアヤクチョはオリノコ川をはさんだコロンビアとの国境地帯で、どうも3か国の国境ではなかった。
そしてプエルトアヤクチョの上流でコロンビアからメタ川がオリノコ川に合流している。
この、合流点に行ったことは記憶している。
ところがその後、場所を変え、ベネゼラとコロンビアとペルーの3か国の国境地帯にも行ったと思っている。
地図にはその川はネグロ川とあり、オリノコ川の下流である。
3か国の国境の町はラ・グアダルペという。
ネグロ川にも、行った気がする。
プエルトアヤクチョからラ・グアダルペまで、地図を見ると4-500kある。
両方とも行った気はしているが、記憶は明確ではない。
当時の記録を探し出して、記憶を呼び戻してみたい。

この、冒険ツアーで、丸木舟(普通に使われている)に乗ったり、ニシキヘビに触れたり、現地の人の自宅(案内人)に招かれ(家は茅葺の掘っ立て小屋)、サルが天井につるした瓢箪の実をくりぬいたものをねぐらにしていたり、美しいオームや鳥が何羽も家の中にいたりするのを見たことは、はっきりと記憶に残っている。
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昨日記160126火(図書館 哲学 アメリカ余談 美術メモ )追

2016年01月28日 17時54分04秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴   最高/最低℃ =8.4  0.7
26日は平年並みの気温になったが、前日がっ寒かっただけに春のように感じた。
しかし、20から30代によく遊んだスキー場の寒さから比べると、前日のマイナス3.5℃も普通で驚くことではない。

午前中は昨日記を書くのに時間を取られた。
普通に思いつくまま文を書くだけなら、校正もしなくて間違いだらけの文であれば1時間に1000字程度書ける。
だが、講演会とかゼミとか、レポートのようなものや、正確さが求められる文章の場合はかなり調査・校正に時間がかかる。(私の校正は穴だらけで、何度見直してもボロが見つかる。)
だから、講演会やゼミに参加すると書くのに時間がかかる。
だが、メモしたノートを見ながら更に不足した個所や関連した事柄をネットで調べたりしつつ、ブログに仕上げるのは、結構楽しい作業である。
深く調べても、煩雑になるだけなので、ブログにはそんなことはほとんど載せていない。
この日も、そんな感じで関連事項を調べまくり、午前中ほとんどの時間を取られた。

午後になって、中央図書館に本の返却と新規の借り出しに行った。
幸い、私が心配していた考古学関係の本の予約は入ってなかったので、その本を再度借り出した。

昔、ミシェル・フーコーの本は新書版で読んで、多少の予備知識はあったがもう少し知りたいと思ったが、ドルーズに関しては、ほとんど知識がないので、ドルーズ関係の本を借りて読むことにした。
マルクスやニーチェやサルトルや構造主義関係(民族学含む)やフロイトやユング等は、一応入門程度の本は何冊か読んでいたて、記号論に関しても、入門よりは多少深く勉強した。
現象学に関しては挫折したので、再度勉強しようと思っている。
若いころは河合栄次やその他の本からカント哲学を信奉していた。
ラジオ大学講座で西洋哲学史も学んだ。
最近は東洋哲学にも興味はあり、儒教や老子も入門程度は読んだ。
宗教に関しては、若いころから仏教関係の歴史や経典や仏教の考え方や仏教美術関係(若い時に古寺巡礼や仏像の心に強い興味を持ち何冊もの関係した本を読みつつ、奈良や京都の有名な寺院を拝観した。中年以降に仏教史や経典関連の本を読んだ。)の本は何冊も読んでいて、キリスト教に関しては音楽的興味(主にバッハ)と社会学者・思想家のマックス・ウエーバーの影響から、聖書関連の本もいろいろよんだし、最近は古代史・考古学や民俗学的興味から神道関係の本も読んでいる。

儒教に関しては、英語留学した時に10枚のペーパーを書く必要に迫られ、資本主義の精神と日本の資本主義化が早かったことに関連して、マックス・ウエーバーと日本の徳川時代の教養でもあった、儒学特に朱子学や陽明学について検討した。
ウエーバーの、分析した資本主義のプロテスタントの精神の詳細な分析と、朱子学や陽明学の精神構造に共通する面があることをペーパーに書いた。
(江戸時代に、日本には資本主義の萌芽があると思った。当時の多くの商人たちは儒教や神道・仏教の影響を受けた石門心学に深く傾倒した。その影響は近江商人の生き方<三方よし>に反映されていて、現代の日本のトップレベルの大企業にもその精神を継承する企業は多い。アメリカ留学当時、なぜ日本だけがアジアで近代化し発展したのが、欧米人は大きな疑問に思っていた。これを書いたのは1986年の話しで、当時そうした議論はほとんどなかった。)

余談になるが、たまたま、その時元ルームメイトでシカゴ大学の修士課程にいたE(後に博士号取得 一時大学教員)の研究テーマが、ウエーバーとも関連していて、彼はベネズエラの貧民街のプロテスタント社会(中南米はカトリックでプロテスタントは少数派)構造や文化を研究していて、その後ベネズエラの貧民街に住み込み、フィールドワークを行っていた。
英語学校を辞めてから、メキシコにわたり、その後日本に帰国する前に彼と合流し、アマゾンの冒険ツアーに参加した。
彼は、生粋のドイツ系アメリカ人であるが、一度大学を中退し神学を勉強し、メキシコの修道院に入り修道士としてスペイン語で説教を行っていたという。
私がシカゴ近郊にあるコンコルディア大学の付属英語学校(元アメリカ国務省管轄下にあった全米チェーンの英語学校)に入学したとき、彼はその大学の学生で、寄宿舎のルームメイトだった。
その時、彼はシカゴの貧民街の教会で説教を行っていたようで、日曜日の前になるといつも原稿をタイプしていた。
その後、彼はパナマ危機の頃?パナマの奥地に住み、原住民の教化を図ったり、ブラジルにも行ったりしていて、非常に活動的である。
シカゴ大学卒業時には卒業旅行で、夫婦で中国の奥地にまで行ったようだ。
その帰りに貧しい長屋の我が家にも立ち寄ったし、数日間奈良や京都を案内した。
因みに、LとEは親しい友人どうしで、私も含め共通の友人でもある。(ジョウ ホウ キカン関連参照・記載済み)

話を戻すが、今の私の立ち位置は、実存と構造主義・記号論が混ざった感じだ。
しかし、ニーチェや実存主義には超越の思想があるという指摘があり、構造主義系列とはっきり違う傾向(対立?)であることを最近知り、なるほど指摘の通りだと思った。
いわゆる精神論・認識論の傾向で、ニーチェの超人思想や力がそれを表しているが、一方構造主義の系譜はそれとは対照的(客観的・時に数理的、ある意味唯物論的)のようだ。

美術メモになるが一言
芸術の解釈もそのような目で見ると、両方の見方があるようだ。
この件に関しては、まだまだ勉強不足なので、今後ぼちぼちと考えを深めたい。
因みに価値観の記号内容にこだわるのは、認識論的であり、フロイトやユングもその方向からのアプローチであり、芸術上のシュールレアリズムは、アイコン(記号意味)の価値変換・錯綜といった方がよく、複合的な価値観が混在一体となって、そこから別の新しい価値を見出そうとするもののように見える。


図書館を後にして梅田のヨドバシカメラに行きリモコンを購入した。
その後、スマホやスキャナや双眼鏡の情報を仕入れた。
帰宅後すぐにリモコンをテストしたが、問題なく正常に動作した。


散歩者gooのトップページへ、 http://blog.goo.ne.jp/sksoo
参考ブログ集 散歩者gooより
(参考ブログは、数週間に1度追加削除しています。数か月以前のものは分野別<芸術 健康 エッセイ 歴史宗教思想 情報機関> に分類しています。)

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昨日記160125月(ついていない日 TVリモコン・スケール破損)

2016年01月27日 13時14分19秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴   最高/最低℃ =6.3  -3.5
25日朝は氷点下3.5度まで下がった。
起き上がるのに躊躇した。
朝食後、コーヒーも飲み終え、柱にもたれてTVを見ながら気持ちよくウトウトした。
手はコーヒーを入れた後のケトルの上に置いて、蓋の予熱で暖をとっていた。
その時、急に手が動きケトルを倒した。
瞬間、何が起きたかわからなかったがお尻が温かくなり、ケトルの残り湯が畳に流れ出し、断熱シートにも流れ、座布団を濡らしお尻を温めたらしい。
即気づいて、ケトルをたて、奥に置いたが、ケトルの湯はコーヒーカップ程度流れ出たようだ。
ケトルが倒れた時に、寝ぼけつつケトルの蓋を抑え立てたたようだ。
食後の、軽い居眠りからすっかり目覚めて、頭も体も非常事態モードに切り替わり、テーブルにあった大量のティッシュやキッチンペーパーを使って畳や断熱シート上のお湯をふき取った。
お湯は畳にかなりしみ込んだようだった。
すぐにミニファンを持ってきて、昼頃まで畳に向け送風し畳を完全に乾燥させた。
畳が湿って腐ると取り換えが大変なのだ。

ケトル倒し問題の処理が完了し新聞を読んだりした後に確か図書の返却日が25日頃だったことを思い出し、図書館が発行した借り出し明細を探したが見当たらない。
そのため机の上の書類をかき分け探したが見当たらなかった。
30分ほど探したが見当たらないのであきらめた。
借り出し明細で、返却する本を確かめたかったのだ。
しばらくして借り出し明細は、いつももらうと図書館カードと一緒に折りたたんで財布にしまい込んでいるが、前回はそうせずに本に挟み込んだままにしているのではないかと気づき本を調べるとあった。
明細によると、返却日は26日だった。
すぐに該当する本を探しまとめて一旦リュックに詰め込み、現在読書中の本をその中から取り出した。
実は朝日新聞の文化教養欄に、最新の縄文時代と弥生時代の社会像について書かれていたのだ。
底に書かれている事実は、すでに本を読んで知っていたことばかりであるが、それらは考古学の最新の研究成果には違いなかった。
その記事の中に、参考文献として、読書中の本のタイトルが載っていたのだ。
以前何度か読書中の本のタイトルをブログに書くと必ず予約が入り、延長できなくて困ったことが何度も会った。
そんな経験から、今読書中の本も新聞にタイトルが出たので借り出しの予約が入る可能性がある。
図書館では、予約がある場合は借り出しの延長ができなくなる決まりなので、それなら返却日に延長せず、すべて一旦返却しようと思い、本をすべて揃えたのだ。

さてその作業が終わり、TVを切ろうとリモコン操作すると、TVに番号が違いますと表示された。
初めて見る表示だった。
その後、TVリモコンのどのボタンを押しても同じ表示が出てTV画面は同じチャンネルから動かないしオンオフもできなかった。
仕方なく取説を引っ張り出し、関係個所を調べたが、そんな記載はなかった。
その後は、チャンネル切り替えはTV本体の押しボタンで行うようになった。
とにかく非常に不便である。
どうやら、TVリモコンがつぶれたらしい。
その原因の可能性として考えられるのは、ケトル転倒騒動のどさくさに私が知らない間にリモコンを踏んだ可能性があり、それが原因でリモコンが壊れたのではないかと思っている。

おかげでその日はTVを見るたびにTVまで行ってチャンネルを変えたりボリュームを変えたりと、終日不便な生活を強いられた。
我々は、リモコンのおかげでどれだけ楽になったか分かったが、その裏で運動しなくなったということでもあり、便利ではあるが、老後の生活はよほど気を付けないと、寿命は延びたが車いす生活ということになりかねない。
その意味で、私が、60歳からジム通いを始めたことは間違いではなかったと改めて確信している。

ごごは、ご飯が無くなったので、16食前後の冷凍ご飯を製造した。
冷凍ご飯や副食については、昨日記で繰り返し何度も書いているが、冷凍ご飯は1食ずつ計量してラッピングしてから冷凍している。
冷凍ご飯を作り終えたあと、台所のテーブル(戦前の古い木製の勉強机)に置いていたクッキングスケールの下に防水のためラップを敷いていたのだが、そのラップの端がテーブルの外に出ていて、それを横を通るときにひっかけて、その上にあったキッチンスケールを落とした。
スケールの表示はエラーのままであった。
結局クッキングスケールも買わなければならなくなった。

夕方から仕方なく梅田の家電量販店に出かけた。
TVのリモコン売り場を店員に聞いて探し出したが、いろんな種類があり、店員によると新しいものはメーカーや型番が違えば使えないという。
結局リモコンは家でTVの型式を調べてから、再度購入することにした。

その後キッチン用品売り場に行き、新しいキッチンスケールを購入した。
今までの物は1g単位の計測で、3gの昆布を測定していて、かなり誤差が大きそうだと思っていたし、納豆に自家製タレやエゴマオイルの量を計測するにも2-3gなので1g表示では誤差が大きすぎると感じていた。
元々私は技術屋で、温度や湿度の測定精度や温度分布や統計的な誤差や計器の測定精度については、仕事でも係わっていったので、専門的知識は十分持っているつもりであるが、その意味でも1gの測定精度で2gや5gの物を測定するのにあ、誤差が大きすぎると不満を持っていた。
スーパーには、最小メモリ1gの物しか売っていなかったのであきらめていたが、家電量販店では、価格は2千円程度になるが0.1g表示の製品があったのでそれを購入した。
帰宅後すぐに試してみたが、昆布の重さや油やたれの量が0.1g単位で正確に測定することができた。

ついているとかついていないというのは単に確率的問題なので、この日のように事故が重なったり、思い通りにいかない日もあるのだなと実感した。
このことで、最近ついていないとか、運命的なものとか、不思議なことの対象となりうることは、気付いているが、まったく気にしない。
逆に、風呂屋の下駄箱は49番に入れることが多いし、仏滅の時になにかメリットがあればその日を選ぶだろう。
おみくじは好きでよくひくが、遊びであって100%信じていないし、結果もすぐに忘れている。
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昨日記160124日(寒波襲来)

2016年01月26日 13時30分32秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴   最高/最低℃ =3.2  -2.4
24日朝は予報通り冷え込んだ。
朝の室温も4度台になった。

日曜日は金曜日に買い込んだ食材を使い、11食の副食を完成させることに全力祖注いだ。
家の中も気温は上がらず6-7度台で、冬山用の羽毛服でも冷えを感じ、セーターを着こんで対応し、体の冷えを防いだ。
副食作りのためs、終日外出することなく、寝る前に銭湯に出かけたのが、唯一のこの日の外出だった。
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昨日記160123土(HAPS現代アート塾 第6回)

2016年01月26日 13時00分52秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
曇   最高/最低℃ =6.8  1.9
天気予報では23日から、大寒波が襲来し日本全国大荒れの天気になり、異常低温に見舞われるという予報がニュースで大きく扱われていた。
ニュースでは九州の荒れた天気や雪の事が報じられていた。
しかし大阪では、予想したような荒れた天気でもなく、気温もそれほど下がらなかった。

この日は、京都で行われる現代美術に関する講座に出席を申し込んでいるので、夜7時までに会場に行かねばならなかった。
天気予報では、その日の夜も冷え込み、日曜日はさらに冷え込むといっていた。

天気予報が警告する冷えに関しては、対策が必要と思った。
今のところ、夜寝るときに冷えを感じた事はないが完全無暖房の我が家は外気温の影響を直接受けるので、念のため防寒対策としてマットに敷く断熱シートを買うことにした。
現在もいろいろなウレタンフォームにアルミ拍を張った断熱シートを何枚も重ねて使用していて、その断熱性能は、まったく問題ない。
日中は、6畳の間にその断熱シートのセットを移動させていて、その上に座り飲食をしたりTVを見ているので室温が7度でも、露出している手を除いては、ほとんど冷えや寒さを感じないし、そのまま断熱シート上に直接横になっても寒くない。(ただし上には毛布や布団等の防寒が必要)
午後ホームセンターまで自転車を走らせ、断熱シートを購入した。

夕方になって京都へ行く準備を始めた。
始めていく場所なので、タブレットのワードに地図をコピーした。

京阪電車で京都の清水五条に降りた。
鴨川の夜風はかなり冷たかった。

タブレットを見ながら地図を頭の中に読み込み、一気に歩いた。
多少迷ったがその場所はすぐに見つかった。
15分ほどの遅刻だった。
会場は表がギャラリーでその奥が講座の会場で満員だった。
その講座は『小倉正史現代アート塾(京都編)第6回』で京都の東山 『アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)』で行われていた。
今回は、「HAPS代表の遠藤水城と共に、 国内外の現代美術にまつわる事柄をそれぞれの経験を通してざっくばらんに話します。」という講座の趣旨だった。
私は、世界の現代美術の生の状況やムーブメントの一端がつっかめるものと思って参加した。
遠藤氏や小倉氏の事は全く知らなかったが、様々な情報から国際的に最先端の現代美術にかかわっている影響力のある人だと思っていた。
遠藤氏と小倉氏の対話は、ほとんど遠藤氏の話に費やされた感じだった。
遠藤氏の話は、まるで小説のようでとても面白かった。
彼はもともと哲学者思想家のフーコーの研究者で、そのころ音楽のライブやテトラスペースの運営やミニコミ誌にもかかわったという。
その後文化人類学に転向しフィリピンに行ったという。
その後、イタリアの若手キューレーターの国際大会で受賞しキューレーターデビューを果たしたという。

二人の対談で出てきたのは、現代美術は2005年を境にムーブメントの時代ではなくなったといった話があったことだった。
遠藤氏の話は、Webサイトを映しながらの話したが、画像はほとんどなく英文のみのWebサイト記事の説明だったので、よく理解できなかった。
ただ説明の中でいつも出てきたの『e-flux』(http://www.e-flux.com/ )だった。
確かに各年月の展覧会のサイト(http://www.e-flux.com/archive/?currentYear=2016¤tMonth=01 )を見ると様々な現代美術が掲載されているし、リンク先も面白そうであり、最先端のアートが提示されているようだ。
それ以外にも『ジン』がよく出てきた。
『ZINE』( https://zine.mount.co.jp/ )の事ななのかと思っているが??
とにかく、私にはレベルが高すぎて(英語コンプレックス?)よくわからなかったのが実情だが、今までのようなムーブメントがないということは、理解できた。

ただその方向は映像や音楽やサブカルも取り込んだものになるのだろうか。
遠藤氏はキューレーションを、社会とアートの結節点といっていた。
キューレーションの自立性も強調していた。
また、最大公約数的キューレーション(美術館等なんでもありの大衆的または教養的権威主義的方向)に対して、実現を通して何かを表現するインデペンデントキューレーションといったものを考えているようだ。

講座終了後、二次会があったが、行きたかったが経済的に無理なのと、物理的にも終了時間が9時過ぎですぐに帰宅してもかなり遅くなるので、あきらめた。
予想通り、家に到着したのは11時半近くで、すぐに缶詰を空けて遅い夕食にした。
それでも、今回無理をして出席した価値があったと思っている。



参考
散歩者gooのトップページへ、 http://blog.goo.ne.jp/sksoo
参考ブログ集 散歩者gooより
(参考ブログは、数週間に1度追加削除しています。数か月以前のものは分野別<芸術 健康 エッセイ 歴史宗教思想 情報機関> に分類しています。)



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昨日記160122金(副食作り)追

2016年01月24日 21時09分42秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴   最高/最低℃ =9.7  2.5
22日は、夜から、私が興味を持っている科学関連の催し物に参加しようと思っていて、それなりの時間的準備をしていた。
しかし、昨日記が遅れていて、2本書いたりして時間を取られたうえ、副食が全くなくなっていたので副食の食材を買い出しに行き、11食分作らなければ、夕食すら食べられない状態だった。
もし夜の講演会に参加するとなると、夕食と朝食の副食は完成させなければならなかった。

午後に昨日記を修正したり、と新たに描いて投稿した後食材の買い出しに出かけたが、銀行で出金し3カ所のスーパーを回ったため、予定よりかなり時間がかかってしまった。
帰宅して、すぐに講演会場に向かえば、ぎりぎり間に合う時間であった。
一瞬迷った。
しかし、講演会に参加すると夕食どころか、翌日の朝食すら朝になってから作らねばなぬようになる。
夕食も外食すれば、費用がかさむし、そんなことを続けたらすぐに破産する。

だが、お金があれば、いくらでも時間や労力をお金で買える。
もっと極端なことを言えば、愛情さえ買える。
例えば、お金がなければ、愛情にも関連する、贈り物やデートはできないし、趣味のいいファッションを着こなしたり、野外スポーツや旅行や外食を楽しんだり、映画やコンサートや催し物やイベントを楽しんだりできない。
無論飲み歩いたりもできないので、お付き合いもきわめて限られるようになる。

それ以前に交通機関を利用して外へ出かけるにも、そのためのお金が必要になる。
実際に、大阪市内以外の郊外へ出かけるときは、出かける必要があるのか、何度も考えてから出かけるようにしている。
だから、郊外まで出かけて、期待外れの時は悔しい思いをする。

経済的に余裕があったサラリーマン時代は、今回のような時は安いレストランで外食をし、たまにその帰りには行きつけの小料理屋風飲み屋に寄ったりし、朝食はありあわせの物で済ませるのが常だった。
しかし、その時代は、仕事に追われ、忙しくて日中は休みの日でさえ時間的余裕はなかった。

だが現在は、手取り年収120万程度の年金暮らしで生活保護程度の貧困生活を送るものにとっては、暇なので有料の催し物に参加しようと思うことすら贅沢な場合がほとんどだ。
おとなしく家にこもって自炊すれば、経済的破綻は起きない。
とにかく欲張ってはいけないと常に自覚し、借金せず健康に元気に生活できるだけでも良し、とするべきだろう。

それでも私は限定された範囲ではあるが、へこたれず知恵を出し選択しつつ、様々な催し物に積極的に参加しながら、時に破綻しない範囲で集中的に出費し、今の生活を十分楽しんでいる。

この夜は、外出をあきらめ、夕食をはさんで夜中まで副食作りをし、寝たのは1時ごろになった。
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昨日記160121木(同窓会会場探し ジム・筋トレランニング)

2016年01月23日 12時54分24秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
曇   最高/最低℃ =8.1  1.6
21日は、午後に同窓会用の会場探しを始めた。

昨年春の高校の同窓会で、無理やり幹事役を押し付けられたのだ。
声の大きい連中が押し付けてきたのだ。
幹事決定のルールはないので、いつも幹事選任でもめる。
今後、持ち回り制にすべきだろう。
ところで会場は、昨年やった会場でも問題はないし、そういう意見もあった。
ただ、駅から5分から10分程歩かねばならないのと、駅が阪急塚口と中途半端なところにあるので多少不便な点がある。
料金はあまり飲んでいないせいか、一人当たり4千円程度で済んだようだ。
昨日初めて、宴会場をネットで検索したが、よく考えれば同窓会に固執することはなく、ただの宴会とみれば、かなり安くてありそうだ。
人数は、10名から20名ぐらいの少人数なので、かなりの候補がありそうだ。
(こんなことをネットで公表して、これを見たクラスメートは気を悪くしたかもしれないかな?)

昨年秋には中学校の同窓会があったが、やはり人数的には20名以下だった。
しかし中学校の同窓会は、前回京都の女性が仕切って会場選定もしたので会場が京都市内の繁華街に近いところとなった。
驚いたのはその会場の作りやサービスのよさだった。
料理も良かったが、使用する器もよく、部屋の内装や調度品や中庭もレトロ調であるが細部まで気配りが行き届いていて、ファミレス系列とは一味ちがっていた。
その店は老舗の伝統食品店が、併設して経営している和風飲食店だった。
それで多分4千円程度で、その後二次会で予約していた錦小路の甘党喫茶にも入ったが、それでも5千円の会費が余り、帰りに皆で祇園まで歩き周辺を散策し途中の喫茶店に寄ったときに支払いに会費の残金を足したようだ。

私はグルメに興味はなく、サラリーマン時代にそれなりの収入を得ていた時も、彼女もおらず (独身のため誤解されることが多く、決して女嫌いや男好きや両刀使いではありません。誤解されて同性からそれとなく友人以上に接近されことも何度かありますが嫌なので即距離を置きました。ただしLGBTへの偏見はありません。) 飲み屋以外に昼食や夜食でわざわざ高い金を払って食事を楽しむということはなかったので、同窓会の幹事を任されてもお薦めの店なんて全く見当がつかない。
最悪の場合、前回の店を予約しようと思っている。

話を冒頭に戻すが、会場候補が大量にあるので候補に有力な会場をアクセスに入力して選定しようと考えたのだ。
そのため午後にアクセスの設計を行った。

夜になってジムに行った。
筋トレとランニングを行った。
19日同様、筋トレでは、多少記録が下がっている。
ランニングは、前回は思うように走れなくて持久力が落ちたと思い心配したが、今回はかなり回復したようで、時速8kmから10kmの間(主に時速9から9.5km)で1分単位で変化させ30分間休みなく走り、4.6km余り走った。
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昨日記160120水(運動・栄養・老化)

2016年01月22日 16時07分56秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴   最高/最低℃ =7.1  0.8
20日も日本全国冷え込み、完全無暖房の我が家も、朝6時の室温は5度だった。
月10万での長屋暮らしで最下層に近い生活レベルと思うが、それでも食事は前日の昨日記に書いたように、毎日おいしいものを腹いっぱい食べ満足しているし、早朝の室温が5度であっても、床に敷くアルミ箔付き断熱シートや、羽毛布団や、最近の断熱効果のいい掛け布団のおかげで、ここ数年携帯カイロも使わず温かく寝ていて、冷えを感じたことはなく、生活に困ることはない。
(ただし、冬はいかようにでも防寒対策が出来るが、夏の暑さは扇風機以外対策のしようがない。)

この日は、前日や前々日に冷凍ご飯や副食を10食分以上作ってあるので、食事の準備はそれらを電子レンジで30-40分余り加熱することで完了する。
しかも加熱中も4-5回設定を変えたり、加熱品を入れ替えるだけの手間をかければ出来上がりなので、その間TVを見たり以前録画したものを見たりして時間つぶしをしている。

ということで、特にすることもなく(実際にはいろいろあるのだが、外部に対しての約束や期限を守らねばならぬ事項はないということであるが、この昨日記は遅れたままである。)、ダラダラと過ごした。
それでも遅れて気になっていたこの昨日記を、2本書いた。

夕方になって、この日は薬店の特価日なので、薬店にプロテインやサプリメントを買いに出かけた。
71歳になっても、ジムでの記録を維持したり、向上できる可能性があるのはサプリメントとプロテインがなけジムの記録の向上は無理としても、筋力持久力の維持または低下を遅らせるには、アプリメントやプロテインが必要と考えている。

私は、無理に若返る必要もないが、かといって老化を遅らせることができるのに、枯れるのが良いといって、何もしないで老化させるつもりはない。
現在人類の寿命は急速に伸びていて、同じ年齢で比較すると、200年前と比べてかなり若返っているはずである。
実際私が子供の時は、60歳というと、爺ちゃん婆ちゃんのイメージであったが、現在は個人差が非常にあるが元気な人はバリバリ活躍していて、年齢を感じさせない人も多い。
私もジムに通って近年気付いたのは、ジムに通い始めた中年サラリーマンたちの記録と比較すると、私の方が筋力や持久力が高いことが多いということだ。
元々、運動選手だった人は、ジムに来ても初めから高い運動能力を誇っているが、普通の人はサラリーマン生活をしていると、かなり体力が落ちているようだ。
私もジムに通い始めた頃(60歳から)は、そうした人達と同様であった。

しかし、適正な運動や休養と必要な栄養を補給することで、老化の速度を落とし、逆に身体能力を向上させ、現在の状態に出来たと思っている。
特に栄養は、加齢とともに摂取量が落ちるので、摂取量の低下も見込んで摂取する必要があり、特に高齢者はタンパク質が不足しやすい傾向があるといわれる。
歳をとってからも、運動で体力を向上させた例は、TVでもよく取り上げられていて、誰でもできることだろうと思う。
簡単な事例で言えば、高齢者のリハビリで歩けなかった人が歩けるようになることは一般的だが、これも一種の運動能力の向上に違いないと思う。
逆に運動しなければ、廃用症候群(生活不活発病)やロコモティブシンドロームにつながる可能性が高く、将来生活の質を著しく低下させる可能性があると思っている。

そういう意味で、どこに行くにも車を利用する人や、無理なダイエットをして細い手足を自慢している人を見ると、数十年後の将来を考えると同情したくなる。
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昨日記160119火(冬本番冷え込み 副食レシピ ジム・記録低下)

2016年01月22日 11時51分00秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴   最高/最低℃ =5.5  0.8
19日は日本全国冷え込んだ。
完全無暖房の我が家も19日の夜寝る前の室温は7.0℃だった。
分厚い冬山用の羽毛服を着て、防寒用作業ズボンを2枚はいているが、寒いというほどではないが、多少冷えを感じる。
体を冷やすと、体温が下がり免疫力が低下するといわれているので、寒くならないよう心掛けている。(耐寒トレーニングは別の効果)
今週末から来週月曜には、数年に一度という大寒波が来るようなので、もっと冷え込めばセーターを重ね着しようと思っているが、今のところ多少の冷えを感じるが寒くはない。

この日は終日副食作りに追われたが、夕方までに10食分の副食を作り上げた。
私の場合、この昨日記でも何度も言っているが、3食同じ副食を食べている。
3度の食事は主食のご飯(冷凍ご飯を解凍したもの)又はパン(蜂蜜を塗る)と、丼鉢(大)いっぱいの温野菜の副食と納豆と牛乳に果物である。
ヨーグルトも常食で、1から3種類のヨーグルトを食べているが(体調に問題ない時は1種類、炎症や体調不良の時は2-3種類食べている。)、食前や食間に食べることが多い。
納豆には、朝にエゴマオイル、昼にはオリーブオイルを2-3g加えている。
それ以外の副食は、たまにチーズやキムチを食べるが、キムチは臭うので疲れやすい時に購入する程度だ。
副食を切らせたときは、サバやイワシの100から150g入りの缶詰で済ます。
食後はいつもコーヒーを飲み、その後バナナやみかん等の果物を食べている。

副食の温野菜の食材は、毎年少しずつ変化しているが、ここ1年は次のとおりである。
汁:しょうゆとみりんを1:1にしたもの+水
具:キャベツ、削り節、昆布、ゴマ、ゼラチンパウダー=コラーゲン、鶏肉、カボチャ、ニンジン、ブロッコリー、タマネギ、マイタケ、オクラ、ダイコン、(ヤマイモ)、卵(朝のみ)
以上の具材に、季節によりゴーヤその他、旬のものを加えることもある。(夏はゴーヤを定番に入れている。)
これらの具材を計量して丼鉢に入れ4分間600Wで予熱し、その後だし汁を入れ600w6分間、500w6分間電子レンジで加熱する。
卵を入れるときには、殻のままの卵を600w40秒予熱し、その後仕上がった温野菜に、予熱し殻を取った生卵を入れ、600wで3分間加熱すると仕上がりである。
この調理法の難点は、吹きこぼれで、適当な落し蓋が見つからないので、いまだにラップに穴をあけて工夫しながら加熱しているが、50%以上の確率で吹きこぼれが出る。

夜になって、ジムに行き筋トレとランニングを行ったが、いずれも記録は低下し、特にランニングは、苦しくて息が上がり途中で歩いた。
急激な寒さで体にストレスがかかり、気が付かなくても体調を崩しているのかもしれない。
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昨日記160118月(米とネズミ 凹凸版画展・芝田町画廊)

2016年01月20日 17時48分22秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
曇 雨   最高/最低℃ =11.3  5.1
18日は、午前中ご飯が無くなったので、米を炊くために新しい5kgのコメ袋を流しの下から引っ張り出すと、コメ袋がおが屑のような粉末状の物がかかり汚れていた。

ところで、流しの下は収納になっていて、表はドアで密閉されていて、周囲も板で囲われているが、底板には排水管用の穴が開いていて、底板と排水パイプの間に、隙間を隠すためのドーナツ状の円盤が置かれているだけなので、底からネズミが円盤を押しのけて収納内に入ることはできる。
通常その円盤は底が隠れるようにセットしてあるが、時にはフレキシブルの排水管の位置が偏り底板から炊事場の土間の地面が見えることもあり、そんな時はネズミの出入りは容易だろうと思われる。

さて、コメ袋を流しの下の収納から引っ張り出し、収納内の汚れを調べたが、米袋以外に汚れや粉はない。
不思議の思い恐るおそる米袋を入れていた、スーパーの2重に重ねたレジ袋を開いて見た。
するとその袋の間に、真っ黒な何かが入っている。
それが何かわからないが引っ張り出した。
どうやらおが屑状の汚れの発生源はそれらしかった。
袋の間の黒く干からびた物体を見ると、どうも野菜か果物を袋の間に入れたまま忘れたのが、腐敗して干からびたようだと思った。
さて、米袋の封を切って炊飯器に入れようとして米袋の底を見るとコメが変色して一部黒くなっているではないか。
よく見ると変色部分の中心にビニルの米袋を齧った跡がある。
ネズミがレジ袋内に潜り込み野菜か果物をかじった後、米袋をかじって米を食べたらしい。
その後野菜か果物の腐敗汁がコメにしみ込んでコメが変色し一部ガビたようだ。
米袋を見ると、変色は底の一部だけで、米袋の上は全く影響を受けていないので、腐敗が及んでいない米をお椀で掬い出し別の袋に入れ、残りのコメを捨てた。
その後やっと米を研ぎ、炊飯することができた。
炊飯後は例によって、1食ごとに計量してラップにくるみ、冷凍ご飯にして、毎食お茶碗に冷凍ご飯を入れて電子レンジで解凍して食べている。

副食も無くなったので、2軒のスーパーに買い出しに出かけた。
夕方時間があったので、芝田町画廊まで版画工房凹凸の商品展を見に行った。
数十人の出品者が展示していて、西天満の画廊での個展で知り合いになった作家も何人か出品していたし、版画工房の主宰者の方も知り合いである。
これは、版画工房の設備を利用している人達で、版画教室の生徒さんも同数程度在籍し、更に今回出品していないが自分でアトリエを持ち作家として活躍している凹凸のOBも何人か知っている。
作品はいずれも手慣れていて、それぞれの個性があって面白かった。

ところで、参加者のほとんどが女性というのは多少気になった。
実はどこの芸術系大学でも生徒の90%以上は女性だという。
いつも趣味として現代美術系の画廊を見て回っているが、活躍している作家の割合は、男性もかなり多く半分近くは男性ではないかと思っている。
SNSで見ると、私の友達で美術作家は、男性の方が多い。
(女性作家に友達申請しても、申請時にはコメントや挨拶をつけていないので、無視されることが多いのも事実だが。<挨拶しないで承認申請する人は、承認しないという話を聞くことも多い。私の場合あえて承認申請の時は挨拶を入れていないが、承認された後にお礼のあいさつを送っている。>)
このギャップの原因は何だろうと考えている。
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昨日記160117日()

2016年01月20日 16時17分56秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
曇 雨   最高/最低℃ =9.8  1.6
17日は京都女子駅伝を見た後、ジムに行った。
ジムでは筋トレとランニングを行った。
15日は軽めのメニューでトレーニングしたので、17日は本格的トレーニングのつもりで行った。
筋トレは、少し記録が低下したところもあったが、概ね昨年末のレベルに戻っていた。
ランニングは1分ずつ速度を変更しながら行い、最低速度時速8km最高速度は時速10.5kmで30分間休みなく走り、4.6km走った。
それ以外は、終日家にこもり漠然とTVを見たり、新聞を読んだりして無駄な時間を過ごした。
夜は京都で講座があるとの案内もあったが、経済的に出費抑制中で行かなかった。
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昨日記160116土(講演会 三条界隈画廊回り)

2016年01月19日 12時00分27秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴   最高/最低℃ =10.5   2.2
16日はFBで見つけた、環状列石やストーンヘンジに関連した講演会の話が気になり、当日の朝、両足院に電話を入れ、多聞会<「アートと考古学」シリーズ第4回 「ストーンサークル 天地をつなぐ円環」
中牧弘允(国立民族学博物館名誉教授 宗教人類学)>への参加の申し込みを入れた。

講演会は午後2時からだ。
申込を入れた後、すぐに両足院の場所を地図で調べ、タブレットにコピーする作業をした。
祇園の近くで、建仁寺の両足院は行ったこともないし、地図で見てもどのように行くのかわからなかったが、とにかく地図には建仁寺の周囲に両足院が示されているので、行って確かめることにした。
京阪に乗り、祇園四条で下車し地図で見当をつけた花見小路に行き、南下した。

建仁寺には行ったことはなかったが、花見小路を南下すると見つかった。
両足院は建仁寺の外に接していると思い込み、建仁寺の外周の道を5分ほど歩いたが、とにかく寺院が見つからないし、そのような雰囲気もない。
そこで道を引き返し、建仁寺境内に入った。
非常に広い境内だった。
地図で示された位置のあたりを見ると、建仁寺の東にお寺が並んでいるように見えたので近寄ると、一本の道が伸びていて、その東にお寺らしきものが並んでいた。
その道を少し歩くと、両足院があり、多聞会の案内も出ていた。
恐るおそる中に入ると、薄暗い暗い入り口に受付があり、外国人が受付をしていた。
受付をすませ、案内に沿って行くと大広間に出た。
開始から10分余り過ぎていて、先生のお話は始まっていた。
広間に面して、縁側をはさんで広大な庭園があり、よく手入れされとても美しかった。

講演会の内容は、私が期待した、ストーンサークル(環状列石)の話はストーンヘンジをはじめ日本の環状列石を含め紹介はあったが、学術的な話は少なかったので、少しがっかりした。
今回期待したのは、ストーンサークルと縄文人の宗教観といったものや、世界のストーンサークルとの文化的宗教的類似性と違いといったものを知りたかったのだ。
それでも、今まで建仁寺(名前だけは知っていた。)や両足院すら知らなかったが、ネットで調べその重要性を知ったことは収穫であった。
同時に、建仁寺塔頭両足院の庭園は大きく見ごたえがり、心癒される庭園であった。

講演終了後、まだ時間があったので、三条界隈の画廊を回った。
建仁寺から、蹴上から三条通りにかけての、ギャラリー回りをするには、多少気合が要る。
この日は、前日に、ジムでトレーニングしたので、疲労が残っていないか心配だった。
確かに、体は少し重く、足取りもぎこちなかったが、白川沿いに歩き川の清流が疲労感をなくしてくれた。
虹では、毎年恒例の年の初めの堀尾さんの個展が行われていた。
その後モーニングやクンストアルツスを見て帰った。
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昨日記160115金(ネット中毒 趣味 ジム)

2016年01月17日 20時58分26秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
晴   最高/最低℃ =9.9 2.6
15日は午前午後を通してSNSの記事を多く読んでいた。
ある意味ネット中毒といえるかもしれない。
これは、自分自身を見失っていることであり、危険であると思っている。
自分自身の主体性を取り戻し、時分でやりたいことを意識し実行することが必要と考えている。
しかもやらねばならぬこと(会計処理、図書の借りた本を読む、趣味を実行する、タブレットのカメラ操作や録音手法の習得と日常化、・・・・)をしないままネットサーフしたりネットリンクの長文エッセイを多く読んだりして、時間を有効に使っていない。
確かにネットの時事問題レポートやエッセイは知的好奇心を満足させるし、様々な問題を気付かせてくれる。
しかし世の中問題だらけで、更に学問的興味や趣味の問題も含めれば無限にある。
一人の人間がそうしたすべての問題を知ることは不可能である。
そういう意味でも焦点を絞りこむことが必要だ。

私自身趣味や関心事項は多い。
ネット・ブログ 現代美術&美術全般、クラシック音楽、考古学&歴史、 科学技術全般、 哲学、 文化人類学・民俗学、 探鳥、英会話、医療健康と運動・長寿学、 政治 経済 落語   
若い時は、毎週といっていいほど映画を見たし、落語も島之内寄席(ダイエーの時)はほぼ毎回行き、当時の四天王の噺や枝雀や当時若くして亡くなった実力派の小染や春蝶といった落語家の話もよく聞いた。
亡くなる前の小染は、急に力をつけ話にはすごみもあったが、その訳は・・・推測で勝手に思っている。
話が脱線したが興味のあることを書き連ねると、多すぎる。
整理しようにも、整理できない。
どれか一つに絞り深く研究すれば、と思うのだが。
合理的には選択と集中が必要なのだが、さて自分自身の問題になると、経済学や経営学的な合理主義に機械的に適用されたくないという思いが強くなる。
断捨離も、たまに部分的に試みているが全く徹底していない。
非合理的な結論だが、ほどほどに成り行きに任そうと思う。

この様に、午前、午後となんとなくネットサーフしながらも、昨日記151226の芸術論に、さらに手を加え大幅に追加したりし、先ほども数行付け加えた。
夜は、ジムに行き筋トレとランニングを行った。
本格的なトレーニングではなく、軽い負荷の運動を行い、筋力の低下を防止しようとするのが目的であった。
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