東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

楽しかった周南市 大津島 史跡巡りウォーキング(3/5)

2019年05月26日 | 歴史探訪他ウォーキング

 回天記念館の別室で昼食を取った後、記念館内を見学しました。見学後集合して、次の目的地である回天訓練基地跡に向かって歩きました。いつものウォーキングは10~13km位歩くのですが、今回は回天に関わる史跡巡りで6kmも歩かなかったのではないかと思います。さて、回天記念館から500m位坂を下ると、回天訓練基地跡に向かうトンネルに着きました。その直前に防波堤に登って湾内を見渡しました。

         小雨が降る回天記念館前、後ろに実物大の回天


 防波堤は大津島と馬島を結んでいます。この堤防がないと、もしかして馬島と大津島の間は海のままではなかったかと思います。海の波や海流で砂が流されないように堤防が作られたのではないかと思います。今は両島を合わせて大津島と呼んでいますが、明治時代頃までは大津島と馬島は砂浜で結ばれており、干潮の時だけ渡ることができたのではないかと思います。

  馬島と長大な防波堤   岩を繰り抜いたトンネル   回天訓練基地跡        
  

 馬島と大津島を結ぶ長大な堤防を降りるとトンネルに入りました。このトンネルは戦時中に回天整備工場から回天訓練基地まで回天を運ぶレールがあったとのこと。今はそのレールを見ることができません。セメントで覆われている二本の筋がレール跡であることが分かります。写真などで見ると、台車に載せられた回天を人が押して運んだようです。

 トンネル出口から見た回天訓練基地跡    回天訓練基地跡で歴史を思う
 

 トンネルの出口に着くと、眩しい光が差し込んできます。そして、亡霊のようにたたずむ回天訓練基地跡が目の前に姿を現します。この訓練基地跡は、特別な構造になっているのか土木遺産になっています。周りを歩いてみると、魚雷や回天が発射テストできる建物の構造が分かるような気がします。単なる港湾施設と大きく大きく違います。10分位回天訓練基地跡を見学した後、馬島港に戻ることにしました。そのため、再びトンネル入りました。

土木遺産の回天訓練基地跡  崖上の山に魚雷見張所跡  再びトンネルを通る
  


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