東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

平生町 大野南の史跡巡りウォーキングの下見2

2018年02月12日 | 歴史探訪他ウォーキング

 先日、平生町大野南地区の史跡巡りウォーキングの下見1に行ってきました。当初大野南と大野北の両方を1日でウォーキングしようと思っていました。その下見の結果、史跡が多すぎることが分かり大野南だけ巡ることに変更しました。大野北は秋か来年にウォーキングすることにします。ところで、下見時に探せなかった史跡数ヶ所を今回再度下見しました。今回の再下見結果、25日の本番ウォーキングのコースを一部変えることにしました。

        再下見して歩いた平生町大野南地区の史跡巡りコース


 最初に祇園社に行きました。本番ウォーキングでは神出古墳の次に訪れます。下見時は家の陰になってその場所が分かりませんでした。今回は、その家を回りこんで祇園社を見つけました。祇園社前ではたくさんの鶏が放し飼いで飼われていました。その鶏達が寄ってきて、けたたましく「コケーコケー」と鳴きはじめました。綺麗な鶏でしたので、鑑賞用の鶏ではないか思います。

鶏がたくさんの祇園社    石神社への交差点      石神社の祠


 続いて大野八幡宮に行きました。宮司さんのOさんの家には、かつて田布施町麻郷浜城で塾を開いていた江戸時代の漢学者亘理南山の家が移築されているはずでした。しかしOさんはご不在でした。その移築した古民家がどうなったかお聞きすることはかないませんでした。ただ、あたりを見渡しても古民家らしい建物はありませんでした。解体したか焼けたのかもしれません。ちなみに大野八幡宮はその昔、花火が原因で焼けたそうです。そのため、今のお社は新しいのです。

         大野南園田の谷奥にひっそりとある石神社の鳥居


 続いて、大野南園田の谷奥のある石神社(いしがみしゃ)に行きました。今は、大野八幡宮に合祀しているとのことで、年に1度大野八幡宮でお祭りをするそうです。園田の最奥部にある家から石神社に行く途中には、打ち捨てられたり半壊した家がありました。人が少なくなったため石神社を維持できなくなったそうです。残念なことですが仕方ありません。

 大師堂の園田集会所     陰平地区の集会所     神護寺への入口


 石神社を出ると、大師堂を兼ねる園田集会所に行き、続いて坂道を登ってお社を兼ねる陰平集会所に行きました。そして、神護寺への入口を過ぎて、日向平の道を下って大野薬師堂に行きました。そして、その薬師堂から20m位道を登った所にある荒神社に行きました(下見ウォーキング時には気が付かなかった)
 今回の再下見で本番ウォーキングのコースを決めることができました。ただし、巡る史跡か増えたため常春寺が最後になるかも知れません。

     荒神社の石鳥居           荒神社のお社と灯篭

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