東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

2015年の気温変動,注連縄を飾る,田布施町外周史跡巡りウォーキング下調べ

2016年01月01日 | 歴史探訪他ウォーキング

 2015年の正月から12月まで、我家の気温変化を測定してみました。我家の日が当たらない地表20cmの場所の一年間の気温変化です。最高温度は29℃でお盆頃です。最低温度は-4℃で2月中旬のことでした。そして、3月は一端気温が上がりながら下旬に下がったことが分かります。そして、11月は暖かく10月と同じだったことが分かります。この気温変化を見ていると、我家の一年を通じての気温変動が良く分かります。


我家の一年間の気温変化
 A:冬の最高気温,B:冬の最低気温,C:夏の最高気温,D:夏の最低気温
 E:3~4月の気温の変化,F:暖かかった11月


 2015年最後の日、我家に注連縄を飾りました。倉庫は私が作った注連縄です。今回からリンちゃんの家にも注連縄を飾りました。バイクや自家用車のお守りは、初もうでの時に購入して飾ります。

  母屋玄関に注連縄      倉庫の扉に注連縄      リンちゃんの家にも注連縄
  

 ところでこの4月、麻郷でかつて「1日詣り」と呼ばれていた巡礼コースをウォーキングする予定です。歩く距離は15~20km程度ではないかと思います。2,3年後さらに長い距離を史跡巡りするウォーキングの計画を立てようかと考えています。それは、田布施町の外周にある史跡を巡る超健脚向けのコースです。今回、バイクで走って距離を測ってみました。

       田布施町外周の史跡を巡ってウォーキングするコース


 田布施町の外周に沿ってウォーキングするため、隣町である平生町,光市,柳井市の境も歩きます。小行司も歩くのであれば岩国市も入ります。まずは距離を測ることにしました。一日で歩き通すならば40km以内が理想です。麻郷の八海をスタートしてバイクで一周してみました。

    麻里府の海岸        西田布施の竹尾      光市との境にある峰尾峠
  

 マラニックと呼ばれるマラソンとウォーキングを合わせたような競技があります。その踏破する距離は100km位です。この距離になると、走らないと一日で踏破することはほぼ無理です。そこで、ウォーキングだけで踏破する距離を想定すると40~50kmではないでしょうか。4km/Hで10時間を歩けば40kmです。休憩を2Hとすれば、朝6時に歩き始めると、午後6時に到着することになります。

              田布施町と光市の境界にある千坊山、コバルト台地から田布施方面を見て


 とは言え、史跡も見学しながらのウォーキングと考えると、30~40kmが妥当だと思います。山あり谷ありのコースですが景色の良い場所もあります。戎ヶ下の菅原神社,麻里府の住吉神社,竹尾の龍泉寺を経由して峰尾峠で千坊山に入ります。その長い尾根道は、周防灘の景色がお勧めです。

  大峰峠から田布施に       西山の妙見社       山陽本線の下をくぐる
   

 千坊山の大峰峠から田布施に入り、蓮華寺を通って城南に入ります。呉麓山麓の林道に入ると、森林浴を楽しみながら歩けます。西山の妙見社を通った後、山陽本線の下をくぐって光市の三輪に入ります。すぐに城南の犬田に抜けます。そこからは石城山を見上げながら吉井を通って石ノ口八幡宮に行きます。

 城南犬田からの石城山      光市へ抜ける県道       石ノ口八幡宮に到着
    

 石ノ口八幡宮で少し休憩後、八幡寺を経由して別所薬師に行きます。そこから木地へ抜け、峠を越えて大波野の上段に入ります。ここまで来れば、田布施外周の約2/3を歩き通したことになります。上段では、暖かい日差しを浴びながら歩くことができます。夏は暑いかな?続いて、岩永に着いてからは、大波野の広大な田んぼのど真ん中を歩きます。明池遺跡があった場所です。

              大波野上段から見ろした広々とした田んぼ


 大波野の田んぼを歩き通すと、再び山陽本線をまたぎます。そして、今度は灸川沿いに堤防の道をどんどん川下に向かって歩きます。堤防の道は、アスファルトで硬く舗装されていないので歩きやすいと思います。しばらく歩くと、堀川と灸川が合流する樋に付きます。ここまでく来れば、終点まですぐです。田布施川に着くと、どんどん麻郷八海に向かって500m位歩きます。すると、旧八海橋に到着です。
 バイクの距離計を見るとスタート時は49,097km、到着時は49,137kmでした。差を取ると、驚いたことにビッタリ40kmでした。この距離だと、1日でウォーキング走破できるぎりぎりの距離であることが分かります。今年か来年、一人で歩いてみようと思います。もしうまく歩ければ、平生町の外周(主に海岸道路と室津スカイライン)も同じようにウォーキングしてみようかと思案しています。そう言えば、高校生だった頃に田布施から上関大橋までの往復をウォーキングしたことがあります。帰り着いた時、足が痛くて棒のようだったことをうっすらと覚えています。
 江戸や明治の人達は、40km位の距離は平気で歩いていました。現代に生きる我々は、車に慣れてしまい退化していると思います。さて、現代人は昔の人と同じように歩けるでしょうか。
※オリンピック競技のマラソンでは、42kmを約2時間で走ります。すごいですね。

 大波野の広大な田んぼ      灸川の堤防道       到着!壊れた旧八海橋
  

コメント
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