山と溪を旅して

丹沢の溪でヤマメと遊び、風と戯れて心を解き放つ。林間の溪で料理を造り、お酒に酔いしれてまったり眠る。それが至福の時間。

香りの誘惑

2008-04-28 20:21:01 | フライフィッシング
街を歩いていて。
甘く香ばしい焼きたてのパンの香りに、突然覚醒させられることがある。
急ぎ足の歩をゆるめて、しばし誘惑の香りに酔いしれてしまう。

横町の路地裏で。
焼鳥屋の煙が風に漂って鼻腔をくすぐる。家路を急いでいるつもりだった。
なのに、足は勝手に歩を止めて、60度に開いた爪先はあっちだと言いたげに店の方角を指さす。
気がつけば右手で暖簾を割り、腰をかがめて暖簾をくぐっている。
焼きたてのカシラを頬張りながら冷えたビ-ルをグビっとあおる、っくぅ~。

香りとにおいの誘惑、なんと罪深い魔力を持っているのだろうか。


月末、いつものようにふる里のお客様を訪問し、午前中には仕事が終わった。
真っ直ぐに中央高速に乗って走れば午後1時には事務所に帰り着ける。
つもりであった。なのに、なんだか車窓の風景がちがう、気がした。

気がつけば溪の中に佇んでいた。
ス-ツのズボンにヒップブ-ツを履き、ネクタイをしたままのボタンダウンにパ-カ-を羽織っている。
偏光グラスをかけ、フライベストを着け、手にはフライロッドが握られている。

ここはどこなんだ?オレはなぜここにいるんだ?



ヒップブ-ツを見た。
まったく汚れていない。ここに降り立つには垂直に見える険しい藪をかき分けて来るはずなのに。
瞬間移動でもしたのだろうか?溪の臭いに誘われて、遂にオレもエスパ-になってしまったのかもしれない。



霞んだ意識の中でフライロッドを振り始めた。
バシャっと、素早いライズ。小さいなあ。オリャッ、反射的にロッドを煽って軽く合わせる。
トルクは無いがググっと心地よい反応を楽しんで手元に寄せてみる。

14番のメイフライをガッポリと咥えてびっくりしたような目で私を見つめている。
そうか、オレはヤマメに逢いたかったんだ?
初めて間近で嗅いだ女性のファンデ-ションの香りや白い胸に魅せられるように、
ヤマメのなめらかな肌と美しい体に魅せられて、逢わずには生きられない体になってしまったんだろうか?



今日は、この一尾に満足して溪から上がった。



林道を下り、甘い湧き水で乾いたのどを潤した。



ひと休みして林道を下る。
林道脇の杉林の斜面に、見慣れた模様の蝶を見つけた。
岐阜蝶である。それは透明のビニ-ル袋の中でつぶされて息絶えていた。
誰が、なぜ、こんなむごいことをするのだろうか?そのまま通り過ぎた。



でも、何故か胸がざわついて先に進めない。
あのままだと可愛そう過ぎる。せめて土に返して葬ってあげたい。



引き返して袋を広げると、かすかに動いた。生きていたんだ。
岐阜蝶は、この石砂山(いしざれやま)に棲息するものだけが
神奈川県の天然記念物に指定されて捕獲が禁止されている。

同じ人間が犯した罪へのやりきれない想いが、これで救われたような気がした。
そっと掌に乗せると、手足と羽がかすかに力なく動いた。
ナラの枯れ葉の上にのせる。動けない、立ち上がれない。
心配で、その場に腰をおろして20分ほど息を殺して見守っていた。



羽が乾きはじめたのだろうか?
軽く羽をばたつかせて立ち上がった。
そして、ヒラヒラと舞い上がった。力なく、ではあるが舞い上がれた。
彼女が輝けるのは今日一日、たった1日だけである。
あのまま一生を終えていたら悲しすぎる。
少しだけでも空を舞って、生まれてきた喜びを感じられたら、、、、
私もちょっとだけ『春の女神』の幸せを分かち合えたような気がした。







今年は会えないと諦めていた『春の女神』
『あぁ今年もまた君に逢えたね』
ちょっと不憫な出逢いではあったが、今年も女神の舞を愛でることが出来た。

ほんの2時間の旅、春の女神との遭遇に感謝したいと思います。

ドラマのような出逢いに、アリガトネ!

コメント (6)
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