山と溪を旅して

丹沢の溪でヤマメと遊び、風と戯れて心を解き放つ。林間の溪で料理を造り、お酒に酔いしれてまったり眠る。それが至福の時間。

理念なき教育医療行政

2008-10-26 17:16:04 | 独り言
聖路加病院の名誉院長日野原先生がおもしろい話しをしていたことを思い出した。

『どんな医者を選んだら良いか?』
親しい友人からの問いかけに対して
『獣医師にかかりなさい。獣医師なら全身を診る能力があるし、
使っている薬だって人間も家畜も大して変わらないのだから』

このブラックジョ-クで日野原先生は何を言いたかったのであろうか?

今や医療の世界は診療科目が極度に細分化されて専門バカばかりになってしまい
患者の全身状態を総合的に診られる医者がいなくなってしまった。

日野原先生の話しを聞いて僕はそんな風に感じたものである。

先日、7つの病院に受け入れを拒否されて脳内出血の妊婦が死亡すると言うやりきれない出来事があった。
理由は、突き詰めれば医師不足である。
医療費を抑制せんがための誤った、そして理念無き医療行政が招いた『事件』ではないのか?

『日教組をぶっ壊す』
中山前国交相の暴言は記憶に新しい。

『親殺し子殺しも元はと言えば日教組』『日教組の強い県の教育水準は低い』『日教組は日本の教育のガンだ』
時代錯誤も甚だしいと思う。他の労働組合と同じく組織率の低下は著しく、労働運動華やかなりし頃の輝きは既に無い。

親殺し子殺しと日教組の存在を論理的にどう立証しようと言うのか?
日教組の組織率と教育水準に何の関連性も無いことは統計結果が証明する事実である。

ものごとをロジカルに考えられない人間は、相手と対等に論議することをせず誹謗中傷に終始する。
中山がその典型である。支持母体も呆れて中山を見放した。
選挙に勝てないからではなく、過去の亡霊に取り憑かれた『老害』を排除した賢明な選択である。

会社の経営も国の運営も『崇高な理念』が必要不可欠である。
日本の教育の崩壊もまた『理念無き教育行政』に起因する。

行政だけの責任でもない。
こんな世代を育てたのは私たちや、そのまた一世代前の人間でありその責任は決して免れない。

こんな化石のような老害政治家が文教族を牛耳っているようでは
日本の教育行政も当分おぼつかないことであろう。









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松茸づくし

2008-10-20 23:35:23 | キノコ狩り
我が家はいわゆる小市民な訳でして。

小市民にとって『松茸づくし』なんざ年に一度の記念日のようなものである訳で。
ここ何年かは国産松茸など口にもしておらず、たまには国産松茸もイイよね~なんて晩酌ネタになんぞなっていた訳で。

それならいっそのこと我が輩がゲットして進ぜようなどと出来もせぬ大見得を切ってしまったりした訳で。

どうすんだよ、オラ知らねえぞ。
勝手に松茸山になんぞに潜り込んだらふん捕まって百叩きの刑に遭っちまうぞ。
そのうえ罰金百万円も取られちゃった日にゃあたまったもんじゃねえし。

そんな訳で松茸ハンタ-は勇躍マツタケ狩りに向うのでありました。
先ずは唐松林を抜けて先へ先へと進むのです。
唐松林にはもちろん松茸など有るはずもなくハナイグチの老菌が世を儚んで空しく空を見上げて佇んでいるのでありました。



唐松の林を抜けると、広葉樹林帯に変わります。
ここでまた新しい枝沢を発見、不思議なことに高低差もないのにアッチからコッチへと流れているのです。

沢のそばにちょっとした平地がありまして、そこにまた不思議なものがあったのでありました。

農家で使う青くてデッカイ収穫用のケ-スが20個ほど。
ス-パ-の買い物カゴの5倍くらいありそうなデッカイやつにビニ-ルシ-トがかぶせてあって。
その周りで5~6人のおじちゃんとおばちゃんが作業をしているような。

恐る恐る近づいて覗き込んで見ると、ナントまあ大量のキノコが山積みになっているではあ~りませんか。
朝5時に山に入って昼までにはこの20箱が満杯になるんですと。
僕は驚きのあまり腰を抜かしてしまって3時間ほど立ち上がれなかった訳で。

やっぱりプロには到底かないませんな。
僕はアッチの箱コッチの箱と覗き込みながら『欲しけりゃいくらでも持って行っていいよ』
な~んてことを言ってくれないかなあなんて期待してたのですがそれはやっぱり甘かった訳ですね。





仕方なく立ち去ろうと、、、、。



おっ!



なっ、なんじゃ!




こっ、こんなところに!




まっ、まさか?




まっ、まっ、まままま、マッタケっ?




しかも、ここここコクサン?




しかも、ふたつも?



うっ、うそだろ!





『チッコイし、傷があるから○千円でいいよ』
かくして僕は、ついに国産松茸をこの手にしたのでありました。

『もうキノコなんてどうでもいいや』
と言う訳でもないのですが、ここからは枝沢の探索に変更です。





沢のほとりに胡座を組んで小休止。
当然ビ-ルなのですね。



イッパイやって、落ち葉の上にゴロンと横になると、、、、。

おおおぅ!

こ、こんなところに!

キミたちは?

もしやクリタケくん?

いやぁ実に愛らしいキノコではありませんか?



枯れ葉の上を這いつくばって探してみると、、、



ここにも、、、、



ここにも、、、、

いやはや、キノコというものはイッパイやって寝そべってみるのがコツなのだと言うことなんですな。



ここでペアリングしている一組のイワナと出会いました。
僕の姿に驚いたイワナくんは狭い水たまりを右往左往しておりました。
ここも来年の楽しみにとっておきましょうかね。



午後4時に我が家に辿り着き、カミさんに自慢気にマッタケを見せてあげまして、、、

『風呂入ってくるから急いで準備してくれる』
『えっ、明るいうちから?』『なに勘違いしてんだよ、松茸でイッパイやるんでしょ』



かくして年に一度の松茸づくしの夜は更けていくのでした。
久しぶりに呑みすぎて不覚にも写真を残すことも忘れてしまいまして。
(これは去年の画像です)


日本の秋はまた美味しい季節でもあるのですね。

幸せ幸せ!
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秋の山飯は鍋ざんしょ

2008-10-12 23:40:40 | キノコ狩り
秋はやっぱり鍋ざんしょ。
鍋と言ったらキノコだしょ。
と言う訳で息子とふたりで瑞牆山へ出かけました。

この山は唐松、赤松、白樺、栗、ミズナラなど変化に富んだ樹木がある訳で。
きのこフリ-クにとっては垂涎ものの山でもある訳で。

と言っても僕はキノコは好きだけどキノコの知識はとんと無い訳で。
まあ毒キノコか食えるキノコかは食ってみれば分かると言う訳で、ってアホかいな。

先ずは唐松林へ分け入ってみました。
『オイ、もっと下サ見れぇ。地面サ見ねえど見つからねえどぅ』



いやぁハナイグチがニョキニョキと出ておりましたぁ。
至る所に唐松の落ち葉をひっくり返した跡がありましてねえ、
これキノコ狩りの人たちかと思いきや実は鹿が食べに来ていることに気付いたんですよ。

と言うのは、ハナイグチの周りには必ず鹿の糞が沢山落ちていたのですわ。
鹿だって美味しいキノコは当然食べたい訳ですからね。



ちなみに、これはハナイグチとは違います。



ハナイグチは肉厚で香りが強くキノコ鍋やおろし和えが実に旨いのですわ。
沢山採れたので次は広葉樹林へ。





ここは白樺、ミズナラ、栗などの混生林。
初秋ならタマゴタケに出会えたかもしれませんがね、その時期は釣りに夢中な訳でして、、、。



山栗。小粒なんですがね甘くて旨いのです。
自然の造形美の何と素晴らしいこと、まさにア-トそのものですね。



これクリタケかしら?オオツガタケ?
沢山採れました。まあとにかく食べてみれば分かるっしょ。
でもよい子はちゃんと調べてから食べましょうね。



キノコをさがしていると小さな沢に良く出くわすのです。
今日も4本の沢に出会いました。この沢にもイワナは居る、
きっと居るでしょうね。来年の釣りが楽しみである訳ですよ。



ミズナラの林での成果は芳しいものがありませんでした。
でもね、せっかくですからね、きのこ鍋ですわね。

今日の山飯はすっかり色づいた樹林の中で。
呑んだ後のお昼寝にちょうどよさげな空間でござんしょ。



今日の鍋はこのキノコを使います。
ハナイグチを中心に鶏肉、大根、油揚げなどなど。







焼き栗。甘くてホクホクしてホンナコツうみぁのでした。
秋の山の恵みを頂いて心は豊かになってゆくのです。



きのこ鍋は山で食らう。
山で食らうのが何より一番美味しい食べ方かもしれませんね。

秋の森でキノコ鍋を味わいつつまったりと時を過ごす。
これが至福と言わずして何と言いましょうぞ。



帰宅してからまたハナイグチのおろし和えで一杯やってしまいました。
ゴミをきれいに水洗いして、そのままラップして1分間レンジでチンすればOK。

冷めたら大根おろしと和えればできあがり。
香りが良くて心地よい歯ごたえがたまらぬ美味しさですよ。

カミさん曰く、香りがボルチ-ニ茸に似てるからパスタにも合うかも、とか。
でもカミさんは怖がって一度も箸をつけませんでした。
死なば諸共、日本には美しい精神文化があると言うのに、、、、。



まだまだキノコ、楽しめますね。

秋の山をたっぷり味わい尽くした一日でございました。

コメント (8)
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世附のゆかいな仲間たち

2008-10-07 23:04:29 | フライフィッシング
西丹沢の世附の山には得体の知れぬ生き物たちが跳梁跋扈している。
以前からそんな噂を耳にしていた。

その正体を見た者は酒をしこたま呑まされて闇夜に放置される、
そんなことがまことしやかに囁かれてもいた。

もしや、既に絶滅したと伝えられる世附先住民族『河原乞食』ではないだろうか?
彼らはマムシとスズメバチとヤマメを常食とし、釣りや山菜採りに日がな一日遊び、
樹液で造った酒を好み、事あるごとに寄り集まっては酒を酌み交わし
狂ったように豊年満作踊りを踊るのだという。

僕は、いつかその正体を暴いてやろうと機会をうかがっていた。
一体どんな姿をしているのか、どんな言葉を話すのか興味は尽きなかった。
そして遂にその時がやってきたのである。

午前4時、彼らはどこからともなく集まり
暗い林道を2時間も歩いては方々の沢に散ってヤマメを釣るのだという。

僕は彼らが集まると言う浅瀬に、陽も高く登った午前7時半に着いた。
暗い林道歩きの最中、得体の知れぬ彼らに危害を加えられる危険を避けたかったからである。

そして8時半、パイプ堰堤を越えて悪沢(わるさわ)に入った。



素晴らしい溪相である。
僕のメインフィ-ルド『神の川』を少し穏やかにした感じだろうか。



時々ヤマメがピチャっとフライに反応を示す。
すかさずウリャっと合わせを入れるが乗る気配がない。
なぜなんだろう、ヤマメに聞いてみた。



ついさっきメタボなテンカラ師が二人この沢を釣り上がったという。
酒をあおりつつテンカラ竿を振り、釣れないと言ってはバシャバシャと
流れに入ってヤマメを蹴散らし、おやじ臭をまき散らして行ったと言う。

すわっ、世附先住民族『河原乞食』か?
その姿をこの目に焼き付けようと急いで後を追った。
しかしその逃げ足は思いのほか早かった。



僕は釣りも河原乞食の探索も諦めて力なく沢を下った。



今朝越えたパイプ堰堤をくぐって本流に降り立った。







なんと、信じられない光景が目に飛び込んできたのだ。

白装束の大男が、捕獲した大きなスズメバチの巣を処理している。
その周囲では大きなスズメバチが猛り狂ったようにブンブン飛び交っていた。

恐ろしい光景であった。
しかしその前では腰の鈴を鳴らしながら蜂の巣の大漁を祝うかのように
豊年満作踊りを踊るポンポコリンがいるではないか?

蜂の巣?豊年満作踊り?
これはまさしく世附先住民族『河原乞食』の一団に違いない。
僕は一抹の不安を感じながらも吸い寄せられるように一団の輪の中に入って行った。



僕は生け贄の代わりに持っていた馬の生肉を差し出して命乞いをした。
彼らは生肉を一口ほおばり『旨いっ!』と人間の言葉を発したのだ。
しかも日本語ではないか。にわかには信じられなかったがこれは真実である。



なんと彼らは洋服を着ている、ナイフも箸も使いこなしていた。
いつしか僕は古くからの友であるかのように彼らの輪の中にとけ込んで酒を酌み交わしていた。



これは狸のステ-キだろうか?旨かった。



これはハリガネムシかはたまたヤマビルか?旨かった。



彼らの常食、旨かった。



彼らは信じ難いほどの進化を遂げていた。
鍋やガススト-ブといった文明の利器も使いこなしていたのだ。

どうやら彼らは危険な民族ではなさそうである。
穏やかに愉快にゆったりと、流れる時間と人生を謳歌する幸せな民族であることが分かった。

ついでに糖質ゼロのビ-ルが気休めであることも分かった。



歓迎のしるしに作っていただいた松茸ご飯、まさに絶品であった。



僕は深い眠りに落ちていた。
その間も彼らは呑み愉快に語り続けていたようである。



目覚めると、何を釣るでもなくひとり糸を垂れる男が居た。
穏やかに流れる時間の中に身を置いて生きる。
世附先住民族の幸せな生き方に触れた思いがする。



この実に味わい深い愉快な仲間たちとまた再会したいと思う。
それまで彼らの民族が生き延びて欲しいと願っている。

毒キノコにあたって死ぬな。
マムシに咬まれて死ぬな。
呑み過ぎてメタボで死ぬな。
スズメバチに刺されて死ぬな。
後から来た釣り人に追い越されたからと言って血圧上がって死ぬな。

そう願いつつ暮れなずむ林道を仲良く語りながら下っていった。
闇夜に放置されなくて良かった。

河原乞食の皆さん、ありがとさんでした。


コメント (14)
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