1年ぶりにI沢に入った。
前回、沢屋さんのパ-ティや釣り人に先行されて入溪を断念した谿である。
あれからずっと身体の疼きが消えずにいた。
この疼きは、あの谿に身を置かない限り決して静まることはないだろう。
再度の挑戦は、そのためであった。
およそ40分、林道をさかのぼり、そして仕事道を辿って谷底を流れる本流へと下る。
屈曲した本流を、何度も対岸への徒渉を繰り返しながら遡る。
I沢の出会いで一休みし、紫煙をくゆらせながら身支度を調える。
これから深山の谿に入る、身の引き締まる一瞬である。
水無月 中旬 曇り空。
ウイ-クデイの深山は怖いほどの静寂に包まれていた。
こんな時、独り占めの優越感と一人きりの恐怖感がいつもつきまとう。
目に見えぬものへの恐れ、自然の脅威、そして自分の体力の衰え。
それが、ない交ぜになって恐れは更に増幅する。
ならば何故に深い谿へと踏み入るのだろうか?
暗い岩陰に潜む谿の主と出逢いたいから。
急峻な溪に磨かれた至宝を手にしたいから。
何故に一人、深山の谿へと向かうのだろうか?
一人きりの怖さと不安と寂しさが好きだから。
そして、それを克服する冒険心を満たしたいから。
今日はザックの中身を最小限にした。
こんな簡素な食事が、何にも代え難い至福の時間を作り出してくれる。
純白に輝く流れは急峻な谿を駆け下り、エメラルドグリ-ンに色を変えて小さな淵に安らぐ。
ここには何もない、何もないから満たされるのだろうか?
あの滝を越えれば、また桃源郷が待っている。
と、そのとき。
何か不穏なものを感じて耳を澄ませた。
あれは雷鳴ではないのか?
ずっと高みの尾根で雷鳴が轟き始めたようである。
もしあの尾根で激しい雷雨が始まったら、どうなるのだろうか?
この両岩切り立つV字谿を怒濤のように押し寄せる轟音とともに
私はひとたまりもなく木っ端微塵となって消え失せるのか?
恐怖感が突然襲ってきた。
独り占めの楽園は、一瞬にして一人きりの恐怖に変わる。
震える手でロッドをたたみ、ピンソ-ルを装着し、手袋をして巻き道への崖をがむしゃらによじ登った。
巻き道に這い上がっても安心はできない。
この巻き道は、何度か溪と同じ高度になる。
怒濤の流れが牙を剥く前に本流に辿り着かなければ。
細い木枝に捉まりながら出会いに辿り着いた。
このまま本流を下るのも危険である。
出会いの対岸にあるエスケ-プル-ト、露出した大岩の斜面を林道まてよじ登った。
汗だくで辿り着いた水場で喉を潤し人心地ついた。
ゆっくり休みながらデジカメを覗いてみた。
炸裂する筈であったイワナは一つも写っていなかった。
林道を下りながら谷底をのぞき込んでみた。
本流は平水で、何もなかったように流れている。
取り越し苦労だったのだろうか、徒労感が急にこみ上げてきた。
今度こそ、去年出逢ったような美しいイワナに出逢いたい。
歩調に合わせるように、チリ-ンチリ-ンと熊鈴の音色が寂しげに響いていた。
前回、沢屋さんのパ-ティや釣り人に先行されて入溪を断念した谿である。
あれからずっと身体の疼きが消えずにいた。
この疼きは、あの谿に身を置かない限り決して静まることはないだろう。
再度の挑戦は、そのためであった。
およそ40分、林道をさかのぼり、そして仕事道を辿って谷底を流れる本流へと下る。
屈曲した本流を、何度も対岸への徒渉を繰り返しながら遡る。
I沢の出会いで一休みし、紫煙をくゆらせながら身支度を調える。
これから深山の谿に入る、身の引き締まる一瞬である。
水無月 中旬 曇り空。
ウイ-クデイの深山は怖いほどの静寂に包まれていた。
こんな時、独り占めの優越感と一人きりの恐怖感がいつもつきまとう。
目に見えぬものへの恐れ、自然の脅威、そして自分の体力の衰え。
それが、ない交ぜになって恐れは更に増幅する。
ならば何故に深い谿へと踏み入るのだろうか?
暗い岩陰に潜む谿の主と出逢いたいから。
急峻な溪に磨かれた至宝を手にしたいから。
何故に一人、深山の谿へと向かうのだろうか?
一人きりの怖さと不安と寂しさが好きだから。
そして、それを克服する冒険心を満たしたいから。
今日はザックの中身を最小限にした。
こんな簡素な食事が、何にも代え難い至福の時間を作り出してくれる。
純白に輝く流れは急峻な谿を駆け下り、エメラルドグリ-ンに色を変えて小さな淵に安らぐ。
ここには何もない、何もないから満たされるのだろうか?
あの滝を越えれば、また桃源郷が待っている。
と、そのとき。
何か不穏なものを感じて耳を澄ませた。
あれは雷鳴ではないのか?
ずっと高みの尾根で雷鳴が轟き始めたようである。
もしあの尾根で激しい雷雨が始まったら、どうなるのだろうか?
この両岩切り立つV字谿を怒濤のように押し寄せる轟音とともに
私はひとたまりもなく木っ端微塵となって消え失せるのか?
恐怖感が突然襲ってきた。
独り占めの楽園は、一瞬にして一人きりの恐怖に変わる。
震える手でロッドをたたみ、ピンソ-ルを装着し、手袋をして巻き道への崖をがむしゃらによじ登った。
巻き道に這い上がっても安心はできない。
この巻き道は、何度か溪と同じ高度になる。
怒濤の流れが牙を剥く前に本流に辿り着かなければ。
細い木枝に捉まりながら出会いに辿り着いた。
このまま本流を下るのも危険である。
出会いの対岸にあるエスケ-プル-ト、露出した大岩の斜面を林道まてよじ登った。
汗だくで辿り着いた水場で喉を潤し人心地ついた。
ゆっくり休みながらデジカメを覗いてみた。
炸裂する筈であったイワナは一つも写っていなかった。
林道を下りながら谷底をのぞき込んでみた。
本流は平水で、何もなかったように流れている。
取り越し苦労だったのだろうか、徒労感が急にこみ上げてきた。
今度こそ、去年出逢ったような美しいイワナに出逢いたい。
歩調に合わせるように、チリ-ンチリ-ンと熊鈴の音色が寂しげに響いていた。