山と溪を旅して

丹沢の溪でヤマメと遊び、風と戯れて心を解き放つ。林間の溪で料理を造り、お酒に酔いしれてまったり眠る。それが至福の時間。

男たちの夜会

2011-12-12 21:31:44 | 川飯.B級グルメ
夜会とは言ってもここにはドレスで着飾ったレディがいる訳ではありません。
タキシ-ドの紳士がいる訳でもなければワルツを踊れる男など誰一人いる筈もありません。
深々と冷え込む冬の夜、大河原の橋の下に集うのは北丹沢を根城に遊ぶむさくるしい男たちに他なりません。



       




盛大に燃えあがる焚火を囲んで只々呑んで他愛もない話に興ずる、
気心の知れた川原乞食たちの夜会はただそれだけでいいのです。








掘りたての自然薯で仕込んだマグロとろろ、
男たちはこれを楽しみに毎年ここに集うのかもしれません。
伊豆の料理人が仕込んでくれた新鮮なイカの塩辛も絶品そのもの。
これだけで充分に夜会は成立するというのに次から次へと男たちが持ち寄った料理が振る舞われます。


 
 






とろとろの野菜ス-プをすすると冷えきった体は芯まで温まります。
今回最低の出来ばえだった白菜と豚バラのミルフィ-ユ、酔いにまかせて火を通し過ぎたために灰汁が出てしまいました。


 




他愛もない話に興じて笑い転げていると時間はあっという間に過ぎてゆくものなのですね。
午前2時、ひとりふたりと酒にやられて素直に心地よく落ちてゆくのです。







ふらつく足で何度か皆既月食のプロセスを眺めました。
欠けてゆく月がゆらゆら揺れていたためか残念ながら鮮明な写真を撮ることは叶いませんでした。







午前6時すぎ、辺りが少しずつ白み始めてきました。
僕は独り、夜通し薪をくべながら焚火の炎を眺めては
人生に思いを馳せたり瞑想に耽ったりと静かな時を楽しんでおりました。
これこそまさにインテリゲンチャな時の過ごし方というものでございます。







一番先に落ちた熊さんも、山で慣らしたヒロキチさんも、
去年は車に逃げ込んだルア-Kさんと相模の釣師さんも今回は凍える夜を越えることができました。


 
 




川畔のこと、外気温は多分マイナス2~3度でしょうか?







初参加の若いyukkyさんだけが寒さの洗礼を受けて車に逃げ込んでおりました。


 




それにしても皆逞しく成長したものだとつくづく感心するのです。
昨年は耐えきれずに車に逃げ込んでいたというのに凸凹の石ころの上の最悪の野宿を楽しめたのですから。









外敵から守られているような安心感のあるテント泊もいいのですが
解放感あふれる野宿を一度体験したらもう病みつきになってしまうのです。








ヒロキチさんの淹れてくれた熱いコ-ヒ-で朝を迎えた男たちには清々しい顔が蘇っています。

野人の熊さん、今年も大量の薪と自然薯をありがとう、お蔭でぬくぬくうまうまの夜会となりました。
いつも虐めているけれど一緒にいる時間が一番多い熊さんは虐められる役回りでもあるのです!

峪渡りの相模さん、来年こそは約束の南ア源流やりましょうね!
ア-クテリクスKさん、来年は中央アのヤマトを一緒に釣りましょうね!

冬野宿初体験のyukkyさん、来年こそは寒さを心ゆくまで楽しんで下さいね!
デイナデザインヒロキチさん、熱い野菜ス-プにほっこりでした。来年もまた黒部の旅やりましょうね!

ホントにありがとう、ここでこうして集える幸せに心から感謝したいと思います!

来年こそはバイク乗りのボブさん、寄席狂いのGさん、鮎師Oちゃん、流浪の源流師Nさんがここにいてくれることを願っています。
そして、拠り所を失った西丹沢の川原乞食たちのために一日も早い世附復活に寄せてエ-ルを送りたいと思います。





午前8時半、僕は一足先にここを離れました。






向かったのは紅葉がまだ残っているであろう石砂山
山に浸りたかった僕はここから登山道を外れてVル-トに入ります。








春の女神『岐阜蝶』を育むカントウカンアオイは今年も健在、この渋さが何とも言えぬ美しさを醸しているのです。

 




稜線に向けて登っていくと、、、






思いがけなくムラサキシメジの群生地に出くわしました。
すでに老菌で食べられませんがこれほどの大型の群生地は初めて、来年は採ったるでえ。
ムラサキシメジは美味しくないキノコと言われていますがナスと一緒にごま油で炒めたらとても美味しくなるのです。

 
 



稜線に上がって落ち葉の上に胡坐をかいて、、、






鴨のロ-ストで一杯やって朝飯の時間を楽しみます。


 
 






陽だまりのようなこの場所、今日は風もない暖か日和
乾いた落ち葉の上に大の字になって目を閉じていると初冬の山を独り占めしている充足感に浸れるのです。




気の置けない友がいるということ
お気に入りの場所があるということ
これこそが僕にとっての宝物の一つでしょうか!


















コメント (34)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

千曲の旅

2011-12-01 00:59:33 | 蕎麦、うどん、ラーメン
霜月下旬、ようやく北信濃への旅が実現した。
穏やかなカヌ-日和だというのにカヌ-を積み込む気力も湧かず不本意な丸腰の旅となった。

それでも富倉の山里をそぞろ歩いていると何故だろうか?
昔からここに棲んでいたような懐かしのデジャヴ-に襲われて立ちすくんでしまう。







幼馴染のオ-ちゃんも、野人の熊さんまでもが思い思いに散策しながら古き良き時代の自分にタイムスリップして子供の頃を懐かしんでいるように見えた。







古(いにしえ)の昔から粛々と守り続けてきたのであろう鎮守様にも今はもう子供の声は聞こえない。
限界集落の寂しさと懐かしさを、寂びれゆく自分のふる里に重ねあわせて無性にやるせなくなった。







枯草に腰をおろしてじっと目を閉じると幼いころのKちゃんやHくんの笑顔が浮かんできて泣けてくる。
この小道を、あの森を、僕たちがそうしてきたように富倉の子供たちも駆け回った時代がきっとあったであろうに、、。







いつもの『はしば食堂』へと自然に足が向いていた。


 




期待を込めて『富倉蕎麦』を一口啜った。
たとえ秀逸でなくても、ここに来ればいつもと変わらぬお蕎麦がある。
いつもと変わらぬおばちゃんが醸す空気といつもと変わらぬ味がある、懐かしさとはそんなものなんだとつくづく思う。







二軒目は、穏やかな佐久の『じじ』さんと合流して温泉付きの『長沢茶屋』で美味しいお蕎麦を堪能した。
お風呂に浸かって一杯やってまったりと昼寝をしようと目論んでいたのだけれど残念ながら今回は叶わなかった。



 




久方ぶりの旅ならば温泉に浸かってほろ酔って心ゆくまで眠りたい。
山の上の『もみじ荘』は20年来のお付き合い、僕のささやかな願いを叶えてくれる心地よい空間は今も昔も変わらない。








午後6時、千曲の川原には釣りと酒に目のない男たちが集結して酒盛りが始まる。
飯山のmalamuteさん改め寅さんが集めてくれた焚火を囲むと鎖よりも固い連帯の輪ができてしまうのが不思議だ。







北信の馬刺し、寅さん自家製のスモ-クサ-モン、そして地酒の数々、酒飲みには垂涎ものの食材の数々がテ-ブルに並んだ。
唯一のダメ出しはこのマグロの中落ちだにゃ、掘りたての自然薯を調理してマグロとろろを喰わせる筈がなんじゃこりゃ、不届き者の熊さんに死刑の宣告じゃあ!







歳を重ねた男たちだけの時間は和やかでいいものである。
人生の機微を知り、ささやかな体験を誇張するでもなく穏やかに語り合う時間が愛おしい。







ところが途中から乱入したオナゴがあかん、壊れたテ-プレコ-ダ-のように同じ話を延々と大声でしゃべりまくっていた。
せっかく同好の士が集うのなら釣りや人生の機微を分かち合いたい、話のリレ-ションを楽しみながら和やかに過ごしたい。
コミニュケ-ション能力のない人間の話を延々と聞き続けることの辛さと虚しさを長い人生の中で初めて味わったような気がする。
山釣りに一緒に行きたいと誘われたが即座に拒絶した、沢旅の貴重な夜をぶち壊すオナゴとは1分たりとも同じ時間を共有したくない。

同好の士がわんさか集うことが素晴らしいとは決して思わない、和やかに語り合い分かち合えることが素晴らしいことなんだとつくづく実感した夜であった。







来年の北信の旅は気心の知れた友とひっそりと千曲を下り、過ぎゆく時を心ゆくまで味わう旅でありたいと思う。






鮮やかな星空の深々と冷える夜であった。







狭い我が家にもぐりこみ真綿のようなシュラフに包まれて幸せの朝を迎えた。







佐久のじじさんと飯山の寅さんが淹れてくれたコ-ヒ-で冷え切った体がほぐれた。
tomasuさんがわざわざ届けて下さったおにぎりと野沢菜漬け、お蕎麦の美味しかったこと。

訥々としゃべるこの男たちの何と存在感の大きいことか。
また来年、この男たちに是非会いたい、後ろ髪を引かて千曲を後にした。



滔々と流れる千曲と、そこに棲む男たちの懐深さに魅了された短い旅であった。



コメント (28)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする