山と溪を旅して

丹沢の溪でヤマメと遊び、風と戯れて心を解き放つ。林間の溪で料理を造り、お酒に酔いしれてまったり眠る。それが至福の時間。

悶絶の黒部

2018-09-22 16:38:17 | フライフィッシング
天候不順のため飛騨山脈は諦めて17日~19日の三日間を黒部で過ごそうと計画を変更した。
早朝、安曇野ICを下りて扇沢に向かっていると、道路上の電光掲示板に雨に注意の文字が瞬いていた。
1日目の雨は分かっていた、ならば初日は中央アルプスの小渓で釣ろうと踵を返して駒ケ根に向かった。




本流を覗いてみると大雨のために荒れ放題で怒涛の流れになっていた。




早々に目的の支流を目指して林道を歩きながら流れを覗くとこの通りの増水
更に2時間歩いても状況は変わらず、ロッドを振ることもなく諦めて下山した。









こうなると、まだ昼前だというのに何もやることがない!
これはいいチャンスかと以前から訪ねてみたいと思っていた高遠(たかとう)に向かうことにした。
伊那ICを下りて20分、『紅さくら』さんで馬刺しを蕎麦前に高遠蕎麦を頂こうと探したけれど見つからず、第二候補の『ますや』さんへ。




メニュ-には高遠蕎麦と江戸風つゆの二種類がある。
お願いしたのは高遠蕎麦の合盛り、お蕎麦は玄、抜き、田舎から2種類選べる。
品のいい花番さんが運んできたのは、焼き味噌と辛味大根と刻み葱。
焼き味噌半分をそばつゆで溶いて辛味大根と刻み葱を加えて少々お待ちくださいと、、、、

 


ほどなくして玄が運ばれてきた。




芯に近い部分を殻付きのまま挽いた玄は透明感があってちょいと甘みを感じる喉越しのいいお蕎麦。




玄を食べ終わる頃合いをみて茹でたての抜きが運ばれてきた、この心配りが何とも嬉しい。
粒々が見えるほどの粗挽きの十割蕎麦で、もっちりとした食感がいい。




先ずはお塩で蕎麦本来の味と香りを楽しんでから焼き味噌と辛味大根のツユで頂く、う~むイケる!



実はこの高遠蕎麦、僕が初めて食したのは会津の家内の実家でのことでした。
辛味大根のしぼり汁を醤油かそばつゆで割って頂く食べ方は会津では極く一般的なもので今では僕の家でも当たり前になっています。

最も知られているのは南会津の大内宿で長ネギを箸代わりにかぶりつくアレですね。
高遠藩主の保科正之が会津に移った際に高遠蕎麦が会津に伝えられて今では完全に会津が高遠蕎麦の主流になっています。

そんなこんなで一度は高遠で高遠蕎麦を食してみたいと思っていたのですが
15年ほど前から町興しの一環として高遠で高遠蕎麦が復活したというわけでございます。
ますやさんを出てから、高遠城址を散策しながらそんな往時を偲んでみたりして、、、、





さて駒ケ根に戻って、駒ケ根といえば馬刺しと地ビ-ルですわねえ!
午後5時、先ずは『南信州ビ-ル工房』のレストランで馬刺しを頂きながら
地ビ-ルを3~4種類頂こうと立ち寄ってみるとナント夜の部はお休みですって、うぅぅぅぅ(泣)
ならば『こまがねの湯』は、、、、、、超満員、、、、仕方なくちょっと離れた『こぶしの湯』で汗を流してビ-ル。
あいにく生ビ-ルではありませんが、黄金色したゴ-ルデンエ-ルのフル-ティ-な香りを楽しむことができました。








さて翌日、晴天の黒部で今シ-ズン最後の2日間を過ごしましょう!
黒部ダムから快調に飛ばして9時にオヤマタン、そのままナカンタニまで直行の予定が
釣り人を見かけたのでちょいと話をしようと沢に下りようとしたらズリズリズリ~と勢いよく滑って
伸びきった左足の靴底が途中の出っ張った石に乗っかって止まったのはいいのだけれどブチッ、ハイ肉離れ~!
ほんの15分ほどの間に左のふくらはぎはパンパンに腫れあがって石のように固くなっちゃった。




足を動かそうとすると激痛が走るけれど自力で歩いて帰る。
骨折ならともかく肉離れごときでは自力で下山するのは山屋の自己責任というものである。
いつぞやの槍ヶ岳での事、山小屋にいた他の登山者は自力で下山したのに某山岳会の面々はケガ人もいないのに疲労がひどいからと救助ヘリを要請した。
しかも金のかかる長野県警ではなくてご丁寧にも無料の岐阜県警に、救助ヘリをタクシ-代わりに使うのかと山屋から厳しい非難の声が上がったものである。

30分ほど休んでから湿布薬を貼り、手ぬぐい2枚でふくらはぎをきつく縛って杖をついて歩きはじめる。
悶絶するほど痛くて脂汗が噴き出す、足が伸びないからチンパンジ-のような歩き方になる、右足に全体重が乗るから30分で右足が攣り始める。
右足に鎮痛剤を塗り込んで10分ほど休んでから激痛に耐えながらまた歩く、この繰返しで4時間半もかかってようやく黒部ダムまで辿り着いた。



この3日間はめくるめく日々になるはずであったのに結局は一度もロッドを振ることなく終わってしまった。
肉離れはこれで4回目、釣りの途中では3回目のことで慣れたものだけれどやはり痛いものは痛い!
当分は身動きが取れないけれど、これを機に朝のウォ-キングと風呂上がりの柔軟体操を再開して来シ-ズンに備えなくちゃ!
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束の間の晴れ 束の間の黒部

2018-09-15 15:40:42 | フライフィッシング
前夜の扇沢は猛烈な雨が降り続いてやむなく車中泊になった。
翌日の朝、6時の天気予報は曇りのち午後一時雨、翌日は曇り時々雨。

朝になって雨は小降りにはなったものの禁漁のタイムリミットが迫るなか雨を覚悟してトロリ-バスの改札に並ぶ。
しかしである、改札のモニタ-に映し出された室堂や大観峰のリアルタイム映像はナント快晴になっているではないか!
図らずも登山者たちからウォ~~と大歓声が巻き起こった。

雨具をザックに仕舞って登山道を進む、なんと爽快、なんと快適!




午前9時半にオヤマタン、晴れてはいるけれど連日の雨による増水で渡渉も釣りもこりゃムリだわ!




今日は平の小屋に泊まる、少し穏やかなナカンタニなら何とかなるだろうと先に進む。
丁度1時間ほど進んだところで平の小屋から帰ってきた20代の釣り師にナカンタニの様子を聞くと
増水でポイントが見当たらないから帰ると言う、その言葉を信じて僕も引き返すことに決めた。




午前11時半、あれから2時間後のオヤマタンは少し水が引いてポイントが幾つか現れ始めている。




そそくさとフライを結んで第一投で出た岩魚。




増水していても黒部の峪の流れは何と美しいことか!




ここでも第一投でこの岩魚






サイズは殆どが8寸程度、遡上したばかりなのか釣れる岩魚はおしなべて体色が白い。




木橋から100mほど釣りあがったところで流れが太くて遡行困難となり、次は木橋の下流を釣る。
釣れそうなポイントは百発百中でほんの1時間ほどで15~6尾の岩魚が遊んでくれたがサイズは最後まで8寸止まり。




空腹が限界にきていたので先ず1尾を捌いてビ-ルで一息いれる、いやぁほんなこつ旨いですわ~!




帰路は夕飯用にとチタケや




ブナハリタケを摘んで

 


結局、黒部は天気予報なんぞ関係ないと言わんばかりに一日中晴れて快適な釣り日和となりました。





さて黒部を諦めた二日目は瑞垣、またしても濃霧と小雨の中でカラマツ林を歩きはじめる。
前夜も大雨でテントを張る気にもなれず辛い車中二連泊となって腰が痛い。




ハナイグチはまだ少し早いようで苦戦した。
でも、少ないキノコを探しながらのんびり歩く方がおもしろいと言えばおもしろい。
盛期になれば夜に徘徊する鹿も食べきれずに相当数のキノコが残っているのだけれど
出始めの頃は鹿が食べ尽くしていて夜から朝にかけて成長した幼菌がちらほら見つけられる程度である。

 
 
 
 


これだけのハナイグチを見つけるのに2時間もかかってしまったけれど充分に満足できた。




ちょっと竿を振って岩魚のソテ-も酒肴に加えたかったのだけれど、釣り支度をするのも億劫になって諦めた。




厚く葉が茂ったミズナラの木々の下なら少々の雨でも気にならない、腰を落ち着けて昼飯にする。




先ずはハナイグチのポン酢あえでビ-ル、あぁ1年ぶりの味わいだ~!
もみじおろしがあればもっと美味しく頂けるのに、、、




次はハナイグチのカルボナ-ラ、このキノコはパスタとの相性がとてもいい!






最近読んだ本にこんなことが書かれていた。
地球は既に限界点に達している、人口がこれ以上増えて便利な生活と飽食を続ければ地球が保たなくなると、、、、
人間は地球にとって邪魔な存在であり、人間が存在しない方が地球は今より遥かに健康でいられると、、、

僕がこの二日間で触れた自然はとても健全に見えたけれど少しずつ病んで壊れ始めているのかもしれない。
もう昭和初期の生活様式に戻ることはとても無理なことで、これからも人間は確実に地球を痛め続けていくのでしょうね!

さて、次は黒五か高天原と決めていたのだけれど晴れの日が続きそうもなくて結局今年も断念です!
となればもう一度、黒部で束の間の釣り、これで今シ-ズンも終わってしまいそうな気配が濃厚でございます。



コメント (34)
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