錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『関の彌太ッペ』(その1)

2006-05-11 04:33:16 | 瞼の母・関の彌太ッペ
 『関の彌太ッペ』は、やくざの関の弥太郎(通称・弥太っぺ)が、旅の途中で、川岸に咲き誇った花を摘んでいる十歳くらいの女の子に出会うところから始まる。この子が川に落ちたところを弥太郎が救う。父親(大坂志郎)と二人旅だった。この父親、実はゴマのハイで、弥太郎は生き別れた妹に上げようと持っていた胴巻きの金五十両を盗まれてしまう。父親がやくざの森介(木村功)に斬られ、今わの際の頼みを弥太郎は聞く。娘を親類の家まで送り届けてくれと言うのだ。母親はすでに無く、ててなし子になってしまったお小夜を弥太郎は母方の親類の家へ連れて行く。そこは沢井屋という旅籠屋であった。年老いた女主人(夏川静江)と息子夫婦が応対する。子のない嫁(鳳八千代)の勧めもあって、なんとか家に置いてくれることを引き受けてもらい、喜ぶ弥太郎。外に出ていたお小夜を迎いに来る沢井屋の嫁。二人の姿を弥太郎は夜陰でそっと見る。
 その数日後、お小夜の父親を斬って弥太郎の金を持ち逃げした箱田の森介(木村功)を探し当て、弥太郎は胴巻きの五十両を取り戻す。森介と意気投合し、兄弟分の契りを交わす。そしてまた弥太郎は旅籠屋へ引き返す。ここからの場面は前半のハイライト、私の大好きな場面でもあるので、小説風に綴ってみよう。

 弥太郎が沢井屋の庭の垣根越しに可愛いお小夜の姿を見たのは、四十五両の金を届けに行った日であった。垣根の植木には薄紫色のむくげの花が咲き誇っていた。障子を開け放った部屋の中でお小夜は年老いた女主人に美しい着物を着せてもらっている。平和で幸せそうな情景。弥太郎はほっとして、花の香りを漂わせた空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 これなら安心して旅に出られる。お小夜はきっと幸せになれるだろう。そう思うと弥太郎は、誰にも会わずに、金だけ置いてこの場を立ち去ろうと思った。弥太郎は薄紫の花の付いた枝を一本折ると、勝手口の方へ回った。小窓がちょうど開いていて、竹格子の間には手の入る隙間があった。弥太郎は花の付いた枝を金の入った胴巻きに生けるように差し込むと、それを小窓の内側の桟の上に置いた。
 その時、女主人が来て花に気がつき、丸めた胴巻きを手にすると、驚いた表情を見せた。弥太郎はまた庭の垣根の方へ回った。部屋の中で大騒ぎが始まるのが見えた。息子の嫁が胴巻きを受け取って、驚いた声を上げた。
 これで約束は果たした。お小夜は肩身の狭い思いをせずに、育ててもらえるだろう。弥太郎は自分のしたことに感動し、晴れ晴れとした気持ちになった。
 『関の彌太ッペ』で、弥太郎が最も幸福を感じる場面である。

 お小夜を沢井屋に預けた後、弥太郎は旅を続け、妹が働いていると聞いた女郎屋を訪れる。そして、妹と仲良くしていた女郎(岩崎加根子)から話を聞く。が、妹は労咳に罹り、すでに死んでいた。弥太郎は失意の底に落ちる。盛り土をしただけの妹の墓に参り、途方に暮れる弥太郎。これからオレはどう生きていけばいいのか。
 
 それから十年の歳月が流れる。雨の激しく降る日、とある飯屋で酒をあおるように飲んでいるやくざがいた。それは、変わり果てた弥太郎、一人殺すのに一両で請け負う、魂の抜け殻のようになった弥太郎であった。
 ここから後半が始まる。錦之助は前半で演じた明るい弥太郎とは打って変わり、まったく別人のようになった弥太郎を演じる。陰惨で心のすさんだ弥太郎を、である。
 雨の中、竹林でのやぐざの喧嘩。このすさまじい斬り合いの中で、助っ人を頼まれた弥太郎は、相手方に箱田の森介と昔馴染みの旅人(月形龍之介)がいるのに気づく。喧嘩を切り上げ、一献を酌み交わす三人。その時この旅人からお小夜の様子と沢井屋の女主人が十年前の恩人を探しているという話を聞く。弥太郎は黙っていたが、暗闇のような心に明かりがさす。そして、お小夜を一目見たくなって、再び沢井屋を訪ねに行くのだ。

 ここから、やくざの森介が悪役に転じる。私は木村巧の演じた森介の姿が目に焼きついて離れない。十年前の恩人に成りすまし、金をせびろうと、沢井屋を訪れる。だが、美しいお小夜(十朱幸代)に一目惚れしてしまい、沢井屋に居続けて、とんだ厄介者になってしまうのだ。森介が私は憎めない。彼の行動を見て、私は堪らない切なさを感じる。身の程知らないとはいえ、森介もかわいそうな孤独なやくざだった。最後は、弥太郎に斬られて殺されてしまうが、木村功の表情、演技とも心に残るものだった。錦之助と木村巧は、『宮本武蔵』でも共演しているが、私は『関の彌太ッペ』で木村功が演じた箱田の森介は絶品だと思っている。錦之助に勝る(!)とも劣らない名演だったと思う。
 大きくなったお小夜を演じた十朱幸代はこの当時二十歳。可愛いが、ややこまっしゃくれた所があり、この役はどうだっただろうか。私はむしろ子役を演じた女の子の方を好む。

 「この娑婆にゃー悲しいこと、つれえーことがたくさんある。だが忘れるこった。忘れて日が暮れりゃー明日になる」
 この文句、弥太郎がお小夜に言い残した言葉だが、最後にまた、垣根に咲いているむくげの花の陰で、弥太郎が独り言のようにつぶやく。
 忘れもしない!お小夜ははたと気がつく。
 この人こそ、あの旅人さんだったと…。




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4 コメント

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忘れれて日が暮れりゃ明日になる (青山彰吾)
2006-05-13 02:30:37
 ごんばんは。

 木村功の箱田の森介、絶品ですよね。本来は好人物で気が弱いくせに小ずるくて、なんか本位田又八に似てる^^

 この映画、妹のエピソードの部分は映画のオリジナルですが、ボクは錦之助が岩崎加根子から妹の最期を聞く薄暗いワンショットのシーンが好きです。二人のやり取りが進むうちに、ゆーっくりカメラが二人に接近していき、錦之助の号泣のあと、場面が変わると今度は妹の墓標の先端からゆっくりカメラが後退して全景を見せる、ここまでのつなぎが素晴らしいです。

 ところで、お小夜役、最初は佐久間良子が予定されていたって、ご存じでしたか。佐久間のスケジュールが合わず、佐久間良子は大空真弓を推薦したそうです。これもダメで、今度は新人だった藤純子を、という話もあったらしいですが、結局、十朱幸代に落ち着いたらしいです。

 その話を聞いて、ボクとしては当然、純子のお小夜で観たかったです^^
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そうだったんですか。 (背寒)
2006-05-13 08:46:05
藤純子の方が良かっでしょうね。私も彼女のお小夜が観たかった!佐久間良子だと、年が錦之助と近すぎまからね。

岩崎加根子とのシーンは、暗くて…、私はああいう所はどうもダメなんです。

錦之助がお小夜を遠くから眺めるカットが何度もあって、あの時の表情がそれぞれ違っていて好きですね。

弥太っぺのセリフ、ちょっと間違っていたので、正確に直しておきました。あしからず。
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Unknown (竜子)
2006-05-18 22:38:32
こんばんわ!

どこかであの花は「槿、ムクゲ」だと読んだような

気がしていましたが、山下監督の「将軍と呼ばれた

男」の中で「あれは僕のイメージです」だそうで

あんな花はないそうです。道理でどうも不自然だと

思ってました。

それから、箱田の森介ですが、この映画を準備して

いた時に内田吐夢監督から「あのシャシンは箱田の

森介がポイントだよ」と言われたそうです。

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よろしく (背寒)
2006-05-19 09:11:25
初書き込み、ありがとうございます。

あの花、造花なんですか。なんだか見たことのないような花のような気がしました。(ツツジでもないし…、ムクゲ?)

確かにこの話は箱田の森介が重要ですね。

また、書き込み(カキコって若い人は言うみたいですね)、じゃんじゃんお願いします。
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