前編からの続きです。
「よぉ、何みんなで、騒いでんだよ、こんなところで」
六番目のクルーにして一等機関士、そして最後の容疑者、ヘンリー・シェナーの登場だった。
皆が一斉にシェナーを見た。船長以下四人が自分を出迎えたことにシェナーは少なからず戸惑っているようだった。
「どうしたんだよ、みんな、俺の顔に何かついてんのか?」
シェナーが奇妙に思うのも無理はない。本来であればコールドスリープから目覚めれば誰だっていつまでもスリープルームになど残ったりはしない。普通は各自の個室に戻ったり、人が恋しければミーティングルームへ顔を出したり、気分が優れなければ医務室に行くこともある。だが四人が固まってスリープルームに居残ることなど考えられない。
「君が起きるのを待っていたんだ」
代表してクロウリーが言った。そう、待っていたんだ、君が、マリー・ジリオン殺害犯の可能性もある君が、万が一にも逃亡や破壊工作など謀らないようにな、と心の中で彼の代わりに付け加える。
クロウリーは私の時と同様に手短かに概要をシェナーに話し、同じくボリスがそれに付け加えた。ただ私の時のようないざこざはなかった。
「そうか、Drマリーが死んじまったか。いい女だったのに、残念」
シェナーは宇宙での暮らしを、父親の事業を引き継ぐまでの退屈しのぎだと言ってはばからない男だった。このときもあくまで軽口を叩くような口調だった。
「死ぬ前に、一度抱いてやればよかったか」
この言葉にボリスが顔を真っ赤にさせていきり立った。
「し、死者を、死者を冒涜するような言葉は控えてもらおうか」
シェナーはそんなボリスを冷ややかに見下した。自分の態度を改めるような素振りには見えなかった。
「なに、今頃はDrマリーも天国で、俺に抱かれなかったことをひどく後悔しているはずさ」
「貴様!」
ボリスがシェナーに掴みかかろうとした。我々が止めに入らなければ、殴り合いの喧嘩になっていただろう。いやボリスが一方的に殴られるだけか。
「ボリス、アンタがDrマリーにどれくらい入れ込んでいたか知らないが、俺に八つ当たりするのはよしてもらおうか。彼女を殺したのは俺じゃない」
これはお笑い草だった。マリー・ジリオンに入れ込んでいたのがシェナー本人だったのは周知の事実だった。だが頭に血が昇っていたボリスは、そのことに考えが巡らなかった。殺してやる、と物騒な言葉を吐き出し、もう一度シェナーに掴みかかろうとした。
「やめるんだ、二人とも」
クロウリーが先程と似たような台詞をくり返す。
「Drボリス、貴方らしくもない、もっと冷静に!シェナー、君もだ、Drを挑発するような言動は慎みたまえ!」
クロウリーは深く息を吐き出してから、我々の顔をゆっくりと見回した。
「先ずは私の考えを聞いてほしい」
クロウリーは一つ一つ言葉を選びながら、噛み締めるように話し出した。
「私は、犯人捜しをするつもりはない。無論、マリー・ジリオンを殺した者に、それ相応の罰が与えられて然るべきだとは思う。だがそれも全ては本星に帰還してからの話だ。今この状況で、犯人が見つかったところで、我々にはどうしようもない」
そこで一旦言葉を切って、もう一度我々の顔を順に見まわした。
「任務を放棄して中途帰還するという選択は取れない。犯人だけを送り返す方法もない。これから向かう任務地、惑星アロィンで任務期間の五年もの間その犯人をどう扱う?隔離して、四六時中見張りを立てるか?それともいっそ氷付けにして宇宙に放り出すか?出来やしない。出来ない、出来ないんだ、我々には最初から選択肢なんて与えられていないんだ!」
クロウリーは額に手を当て呻くように続けた。
「亡くなったマリー・ジリオンは幸いにして、そう言っては語弊があるが、医療技術士であり、いわば非常要員だった。彼女がいなくとも、まあ任務自体はどうにかなる。だがこれ以上誰が欠けたとしても任務遂行に支障を来す。それだけは避けなければならない」
クロウリーは自らが吐き出した言葉を呪っているようだった。我々にもその言葉の重みはすぐに伝わった。
「任務遂行を最優先とする。それが私の考えだ」
そう言い終わるとクロウリーはそのまま崩れるように床に座り込んだ。体の中の力を全て使い果たしてしまったかのようだった。
「さあ、船長の言葉を聞いただろう。皆、一度自分の部屋に戻ってくれ。追って指示を連絡する」
船長代理の権限を持つ私がそう言った時、ヒラーが私の腕を掴んだ。
「待ってくれよ。ちょっと待ってくれ。任務遂行を最優先にするだって?いいだろう、わかるよ、それが世の中ってものだからな。だがやっぱり殺人鬼を野放しにして、放っておくってのは、まともじゃないぜ。一人になったところをいきなり後ろからブスリと刺されるのは俺はご免だ」
恐慌に陥るヒラーを諭すように私は言った。
「大丈夫だ、ヒラー、おそらくそうはならない」
「何でだ、何で分かるんだよ。ハーソン、アンタが犯人だっていうのか!?」
「違う。そういう意味で言ったんじゃない。犯人の奴がその気なら、もうとっくにやってるだろうってことさ。今頃犯人が誰かなんて論じあってなどいない。目覚めてもいない。彼女と同様に揺りかごに揺られているはずだ。動機が何であれ、犯人の目的は彼女一人なんだろう」
「本当か。本当にそう思うか」
「ああ、間違いない。だから心配する必要はない」
そう言って私はヒラーを安心させるべく彼の肩に手を置いた。
後編に続く。
「よぉ、何みんなで、騒いでんだよ、こんなところで」
六番目のクルーにして一等機関士、そして最後の容疑者、ヘンリー・シェナーの登場だった。
皆が一斉にシェナーを見た。船長以下四人が自分を出迎えたことにシェナーは少なからず戸惑っているようだった。
「どうしたんだよ、みんな、俺の顔に何かついてんのか?」
シェナーが奇妙に思うのも無理はない。本来であればコールドスリープから目覚めれば誰だっていつまでもスリープルームになど残ったりはしない。普通は各自の個室に戻ったり、人が恋しければミーティングルームへ顔を出したり、気分が優れなければ医務室に行くこともある。だが四人が固まってスリープルームに居残ることなど考えられない。
「君が起きるのを待っていたんだ」
代表してクロウリーが言った。そう、待っていたんだ、君が、マリー・ジリオン殺害犯の可能性もある君が、万が一にも逃亡や破壊工作など謀らないようにな、と心の中で彼の代わりに付け加える。
クロウリーは私の時と同様に手短かに概要をシェナーに話し、同じくボリスがそれに付け加えた。ただ私の時のようないざこざはなかった。
「そうか、Drマリーが死んじまったか。いい女だったのに、残念」
シェナーは宇宙での暮らしを、父親の事業を引き継ぐまでの退屈しのぎだと言ってはばからない男だった。このときもあくまで軽口を叩くような口調だった。
「死ぬ前に、一度抱いてやればよかったか」
この言葉にボリスが顔を真っ赤にさせていきり立った。
「し、死者を、死者を冒涜するような言葉は控えてもらおうか」
シェナーはそんなボリスを冷ややかに見下した。自分の態度を改めるような素振りには見えなかった。
「なに、今頃はDrマリーも天国で、俺に抱かれなかったことをひどく後悔しているはずさ」
「貴様!」
ボリスがシェナーに掴みかかろうとした。我々が止めに入らなければ、殴り合いの喧嘩になっていただろう。いやボリスが一方的に殴られるだけか。
「ボリス、アンタがDrマリーにどれくらい入れ込んでいたか知らないが、俺に八つ当たりするのはよしてもらおうか。彼女を殺したのは俺じゃない」
これはお笑い草だった。マリー・ジリオンに入れ込んでいたのがシェナー本人だったのは周知の事実だった。だが頭に血が昇っていたボリスは、そのことに考えが巡らなかった。殺してやる、と物騒な言葉を吐き出し、もう一度シェナーに掴みかかろうとした。
「やめるんだ、二人とも」
クロウリーが先程と似たような台詞をくり返す。
「Drボリス、貴方らしくもない、もっと冷静に!シェナー、君もだ、Drを挑発するような言動は慎みたまえ!」
クロウリーは深く息を吐き出してから、我々の顔をゆっくりと見回した。
「先ずは私の考えを聞いてほしい」
クロウリーは一つ一つ言葉を選びながら、噛み締めるように話し出した。
「私は、犯人捜しをするつもりはない。無論、マリー・ジリオンを殺した者に、それ相応の罰が与えられて然るべきだとは思う。だがそれも全ては本星に帰還してからの話だ。今この状況で、犯人が見つかったところで、我々にはどうしようもない」
そこで一旦言葉を切って、もう一度我々の顔を順に見まわした。
「任務を放棄して中途帰還するという選択は取れない。犯人だけを送り返す方法もない。これから向かう任務地、惑星アロィンで任務期間の五年もの間その犯人をどう扱う?隔離して、四六時中見張りを立てるか?それともいっそ氷付けにして宇宙に放り出すか?出来やしない。出来ない、出来ないんだ、我々には最初から選択肢なんて与えられていないんだ!」
クロウリーは額に手を当て呻くように続けた。
「亡くなったマリー・ジリオンは幸いにして、そう言っては語弊があるが、医療技術士であり、いわば非常要員だった。彼女がいなくとも、まあ任務自体はどうにかなる。だがこれ以上誰が欠けたとしても任務遂行に支障を来す。それだけは避けなければならない」
クロウリーは自らが吐き出した言葉を呪っているようだった。我々にもその言葉の重みはすぐに伝わった。
「任務遂行を最優先とする。それが私の考えだ」
そう言い終わるとクロウリーはそのまま崩れるように床に座り込んだ。体の中の力を全て使い果たしてしまったかのようだった。
「さあ、船長の言葉を聞いただろう。皆、一度自分の部屋に戻ってくれ。追って指示を連絡する」
船長代理の権限を持つ私がそう言った時、ヒラーが私の腕を掴んだ。
「待ってくれよ。ちょっと待ってくれ。任務遂行を最優先にするだって?いいだろう、わかるよ、それが世の中ってものだからな。だがやっぱり殺人鬼を野放しにして、放っておくってのは、まともじゃないぜ。一人になったところをいきなり後ろからブスリと刺されるのは俺はご免だ」
恐慌に陥るヒラーを諭すように私は言った。
「大丈夫だ、ヒラー、おそらくそうはならない」
「何でだ、何で分かるんだよ。ハーソン、アンタが犯人だっていうのか!?」
「違う。そういう意味で言ったんじゃない。犯人の奴がその気なら、もうとっくにやってるだろうってことさ。今頃犯人が誰かなんて論じあってなどいない。目覚めてもいない。彼女と同様に揺りかごに揺られているはずだ。動機が何であれ、犯人の目的は彼女一人なんだろう」
「本当か。本当にそう思うか」
「ああ、間違いない。だから心配する必要はない」
そう言って私はヒラーを安心させるべく彼の肩に手を置いた。
後編に続く。