「複雑系の科学」が導く生物進化の理論、「自然淘汰」だけでは進化は語れない 第2回
蔵本由紀著「非線形科学」(集英社新書)を簡単に振り返っておこう。大げさに言えば複雑系の科学の目的は宇宙の秩序の法則・構造に逼ることである。「非線形科学」は数理的な科学である。数理的な法則がなければそれは自立できる科学ではなく「オカルト」とみなされる。ダイナミックに変化する世界において普遍な構造を見出す事が必要である。古典力学のような巨大な建造物の法則と同様に、素粒子論においてもミクロな世界の法則は普遍であるという考えに基づいている。素粒子から原子、分子、物質、地球、宇宙までの一列の知的構造が普遍である。この両端の素粒子と宇宙のビックバンの理論が合致するとは、まさに驚嘆である。ところが非線形科学はミクロな要素的実体にまで遡る事はしないで、複雑な現象世界に踏みとどまってその構造性に不変原則を見ようとする科学である。不変原理は普遍原理である。現象を「何が何する」というとき、主語は何であれ述語の不変性によって異質な主語が急接近するのである。本書はこう結んでいる。「複雑な現象世界には、多くの不変構造がまだ潜んでいる。その発掘は21世紀の科学の主要な課題の一つである」 著者が「自然のダイナミクスの根源」の研究に入るきっかけを与えた本が、パウル・グランドルフ、イリア・プリゴジン著「構造・安定性・揺らぎーその熱力学的理論」(1971 Wiley出版)だったそうだ。自然のダイナミックスの骨格とは「崩壊」(エネルギーの散逸)と創造(自己組織化)が中心の話題となる。1967年イリア・プリゴジンがはじめて「散逸構造」という概念を打ち出し、マクロな世界が「エネルギー保存の法則」(熱力学第1法則)と「エントロピー増大の法則」(熱力学第2法則)という二つの普遍的な法則に支配されて、熱平衡を目指している事を述べた。すなわち熱力学第2法則はエントロピーが増大する(散逸する)不可逆的過程であるということだ。ボルツマンはこれを宇宙の「熱的死」と呼んだ。しかしエントロピーが外部世界に放出され続ける限り、物質の運動や構造が維持され、システムはバラバラの平衡から離れた状態を保つことが出来る。物質的多様性は超高温でバラバラにならない限りこの地上では維持されるのである。太陽では核融合が起きているが100億年の間はその輝きを失わない。振り子時計は巻かれた板ばねのエネルギーを変換しながら生成するエントロピーを放散している安定な状態にある。このようなシステムを「非平衡開放系」と呼ぶ。地球という開放系は、ビックバンで与えられた内部エネルギーをゆっくり放出しながら冷えつつある。
(つづく)