satoboの写真日記

言いたい放題の酔っぱらい日記

16万個完了!

2010年04月30日 | Weblog
某月某日
すっかり忘れ去られていようが16万個の穴埋め加工、本日完了した。
ちょうど2ヶ月かかった。
肩には針が刺さったような激痛が走り、首筋は凝り固まり、腕は腱鞘炎となったが、季節変動の時期であるにもかかわらず精神的にはウツをやり過ごす事が出来た。
これは、この「仕事」をやりかけた時に決め事をしたからだといえる。
いわば、ウツをやり過ごす処方箋だ。
内容は
希望を持たない。
途中で投げ出す。
計画しない。
夢は見ない。
責任のある事はしない。
決断しない。
流れに任せる。
嘆かない。
喜怒快楽を押さえない。
つまり「隠居」になる事だ。

これで毎日をやり過ごす事で自己との調整の兼ね合いをつけてきたわけだ。
仕事上だけでなく、私事上でも同様に振舞い続ける事でウツをやり過ごす事が出来た。
これからもそうやって行こうと思う。
何もしない。
隠居する。
越後の縮緬問屋のご隠居のように飄々と諸国漫遊して行くのだ。
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オトナの会議室

2010年04月29日 | Weblog
某月某日
kanoさんからコメントをいただいて、面白い事を考えついた。
現在はツイッター、ユーストリームなど発信が盛んだが、これは不特定多数に対する情報発信である。
誰が見ているかわからないところに情報の漏洩の危険もあるし、内容に誤解や齟齬が生じる事もあろう。
そこで、逆に顔を合わせた者同士でコミュニケーションを取る意義も生まれるのだが、それぞれ忙しい事もあり、顔を合わせる事もままならない。

あるのに使われないものの代表として後部座席中央のシートベルトとチャットソフトがある。
チャットソフトとしてsatoboもスカイプを入れてはいるが、誰とも通信した事がない。
スカイプはビデオ機能も揃えるので、相手の顔を見ながら話す事も出来て便利なのだが、あいにく夜な夜な愛の言葉を交わすジョシは「今のところ」いない。
そしてマックにはiChatという付属ソフトがあり、これも音声やビデオ画像でやり取り出来る。
さらに音声では10人、ビデオでは4人が同時にやり取り出来るのだ。
まさしく乱交である。
それも限られた人だけで。
つまりこの機能を利用すれば複数の人と「会議」が出来るのだ。
ただのおしゃべりならすぐに飽きてしまうだろうが、テーマ、時間などを決め、そこで限定の人だけでやり取りする事にすれば、有意義な無駄話が出来るのではないか。

たとえば「企業と製品のイメージと実体について」議長konoさんとか(笑)、「激論 中世 kansuke vs 振り子」とか興味あるでしょ?
これを音声、画像を交えて限られたメンバーでやり取りするのです。
仕切りさえウマくやれば楽しい会議室が運営出来るのではないでしょうか?
参加するのも申し込み制にして(参加人数が限られるし)、ある日ある時間にある事を話題に会議する。
面白いと思いませんかねぇ?
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グラムあたり

2010年04月28日 | Weblog
某月某日
このところカール・ツァイスの一眼レフ用レンズの発売が続いているようだ。
性能は良いらしいが、外装が金属で、かつレンズもでかくて重い。
重さに比例して価格も高い。
「純正」レンズとの違いを見せる作戦だろうが、このような事が出来るのも会社のガタイがデカイからであろう。
なんでもコストコストとコストに見合った品質を最近の企業は追い求めるが、同じコストに見合った品質でも、値段が高くて品質が良いという流れを日本の企業は忘れてしまったようだ。
量産で安くたくさん売るか、少量を高く売るか、どちらの方法を選んでもいいのに、日本では量産こそ最善というような風潮が主流だ。
だから量産工場を建てれば、自然と規模は大きくなり、規模を維持するために数を売らなければならない。
モノが売れなくなると、とたんに規模の大きさがネックになる。
モノが売れる新興国向けにモノを作れば、値段の安いものが中心になる。
利益を得るためには更に大量に売らなければならない。
いつまでたっても自転車操業状態。

モノを買う方も、いつまでも新製品を追いかけてばかりいられないので、高くても価値が認められるものを長く使うという考えも自然と芽生えてこよう。
高いものはそれより安いものへ目移りしない傾向がある。
だから高いモノを最初に買えば、買い替え欲求が生まれてこないので、結局は安くつくのだ。
というわけで、グラムあたりの値段は高いが、ツァイスのレンズを買えば、長く使えて浮気もせずに楽しい時間が過ごせるのであろう。
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幹部マニュアル

2010年04月27日 | Weblog
某月某日
残業帰りにスーパーマーケットに寄ったのだが、レジに行くと隣のレジでオヤジが何やら騒いでいる。
オヤジはどうやら店長のようで、レジの売り上げとお金が合わないと騒いでいるようだ。
担当だったらしいダンシを呼べとバイトに言いつけているが、その姿がカッカきているのがわかり、手に持った札束(100枚ぐらい)を振り回して怒りをあらわにしている。

以前書いた事だが、Mドナルド(名を秘す)で、レジカウンターのひとつを占めて、店長がそこで書類やら何やら広げてレジの金勘定をしているのを見た事があった。
思わず「そんなこと他でやれ!」と思ったのだが、店員用マニュアル通りに笑顔で客に応対するバイトジョシの横で、スマイル¥0円も見せずに不機嫌そうに客の視線を無視して「仕事」をする店長に、この会社の姿を見た気がした。
その後Lテリア(名は秘す)でも同様の姿を見て、この業界のマニュアルの笑顔とマニュアルから外れた立場の「社員」の姿勢にシラケ鳥が飛んだ。

同様に今回も、客のいる前で札束を振り回し、金額が合わないとガナリ続ける店長の仕事への姿勢が、客を見ていない事を証明してしまった。
バイト、パートにはマニュアルを作り、「客あしらい」を統一化して、さも「お客様第一」と印象づけるような「細工」はするが、それをさせる側が客の視線を無視してゴタゴタを人目にさらして印象を悪くしているのに気がつかない。
そういうサービス業が目についてくるのに当人当社は気がつき、あるいは問題だと認識しているのだろうか。

呼びつけられたバイトダンシが、どのような扱いをされるのか興味があったが、マニュアル通りの対応でおつりを渡してくれたイケメンダンシに「ありがとう」と言って、後ろ髪を引かれつつ店を後にしたのだった。

最近イケメンダンシのレジ打ちが多い事は目の保養になる。
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長居は無用

2010年04月26日 | Weblog
某月某日
すっかり耐乏生活が身につき、これまで来る「階層」ではなかった人々が「庶民」の味を利用するようになった。
立ち食いそば屋も要望にあわせて立ち食いカウンターからテーブル席を設置するところも増えた。
また書籍等で取り上げられた「餃子の王将」にも多くの人が訪れる。
そこで困った事が起きている。
立ち食いそばとか王将というものは、サッと訪れ、サッと喰って、サッと帰るのが「ジョーシキ」であった。
昔の王将は、カウンター席ばかりで、丸椅子の座面は直径15センチぐらいしかなかった。
長居をしないように座り心地を悪くしてあるのだ。
立ち食いそば屋や王将などは値段を安くするためには回転率を上げねばならない。
喰ったら、トットと出て行ってもらいたいのだ。
しかし最近のいわゆる「シロートさん」は、食べたあとも席を立たずにおしゃべりなどしている。
その結果、店外に行列ができたりしている。
これでは商売上がったりなのだが、「客」は平然としている。
困ったものである。
結果的に値段が上がったりしたらビジネスモデルの破綻である。
安いから食べに行って、結果的に値段を上げるような振る舞いをする。
それが最近の「客」なのだ。
行列ができていれば、それが更に行列を生み、人気があるともてはやされるが、その姿はソ連の人民の姿である。

立ち食いそば屋や王将は「なごみの場」ではないのだから、喰ったらサッサと出て行ってくれ。
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