Nonsection Radical

撮影と本の空間

年末のごあいさつ

2016年12月30日 | Weblog
永らく日記を書かなかったのは、書くことがなかったということもあるけど、休みがほとんどなくて寝ることだけが最優先になっていたことが大きい。
幸いなことに(?)休みができて、今日はゆっくりとしていたのだが、ムスメが来て、下のムスメは飲み会に出かけ、上のムスメは泣きはらした顔で現れて、腹にたまった心配事や不満をぶちまけるという、相変わらずのひと騒動で一日が終わるのもまた我が家らしい光景である。
明日から年始にかけてまた休みなく仕事が入っているので、ゆっくりできるのは今日だけなので、少しずつ撮りためた動画の変換を何としてもやらなければならないのであったが。
そのために昨日は27時間寝ないで過ごしたのだけど、なんとかかんとかまだ生きている。
今日から動画掲載も再開されたのだけど、もっとしっかりと撮影したいという希望はどうやら来年もかなえられそうもないのだけれど、日々変化していく街の景色を少しでも残しておければと思っている。
もっと戦略的に動ければいいのだが、そんな計画性もないので、あたふたと毎日を過ごしながら隙間を見つけてちまちまと動くしかないのは、浮気と同様である。
では、皆様も来年も頑張ってください。



市守神社
東京都八王子市横山町
撮影 2016年12月18日 日曜日 09時20分
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年寄りの冷や水

2016年12月18日 | Weblog
どうも寒さの感覚がわからないようだ。
「寒くない?」って訊かれるんだけど、寒いのを感じない。
ただ冷たさは感じるので、気をつけないとと思っていたんだけど、昨夜から右膝が急に痛くなりだし、触ってみるとかなり冷たくなっていた。
慌ててカイロを当てたりしてけど痛みはひどくなるばかり。
まあこういうこともあるだろうと、動かせば治るかもと外を半日ばかり歩いてみた。
結局足を引きずる状態にまで悪化し引き返す。
せめて痛みだけでも取ろうと湿布を貼って過ごすが良くはならず。
動画撮影のストックが今日で無くなったが、追加はできず。
明日からしばらくは動画アップはお休み。
満足に出かける時間もなく、質も下がっているので反省の時間が必要かも。
もし宝くじが3000億円ほど当たれば・・・、もし撮影旅行に出かける環境ができれば・・・などと夢精・・・ではなく夢想しているうちにどんどん時間は過ぎていく。
身体のあちこちが悪くなり、気力も衰え・・・と老化は進んでいくのであろう。
これは自然現象なので逆らっても仕方ない。

年末になり、夜ともなれば酔った人が痴態を晒しているのを横目で見て、自身がお酒を飲まなくなったこともあって、みっともないなぁ、お酒に弱いのにどうして泥酔するまで飲むんだろうかと他人事のように思う。
日本人は(とひとくくりにするけど)お酒に弱いのにお酒好き。
またお酒の飲み方も身につけていないので前後不覚になるまで飲んでしまう。
あくまでも仮説だけど、ビールとかサワーとか”薄い”アルコールを飲んでばかりいるので、酔いがわからず気がつけば容量オーバーになってしまうのではないのか。
もっと”濃い”酒を飲めば、気をつけて飲むので、酔った判断ができるのでは。
”ストレート”でチビリチビリ飲むのが”大人”の飲み方でしょ。



松陰神社通り商店街 4
東京都世田谷区若林3丁目,世田谷4丁目
撮影 2016年11月30日 水曜日 15時20分
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仮眠の毎日

2016年12月08日 | Weblog
絶対的に睡眠時間が足りなくて、お仕事していると毎日の睡眠時間が3,4時間という日が続く。
ようやく休みが取れて今日は久しぶりにゆっくりと眠れた。
そんな日も週に1度だけ。
だからというわけでもないが日記も更新がままならない。
それがさらに来年から労働強化されるというので無理!と調整依頼。
そういう中でなんとか動画撮影だけはとアップを続けているけど、手持ちのストックもないし、撮影に出掛ける暇もないしと”クオリティ”は低下の一途。
毎日撮影の旅を続けたいなというのが現在の夢。
いろいろなところに出かけて”記録”し続けたいし、今そうしておかないとどんどん街並みは変わっていく。
こんな酔狂なことを誰かがやっておくべき時代。



小田急 梅ヶ丘駅前
東京都世田谷区梅丘1丁目
撮影 2016年11月30日 水曜日 14時10分
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久しぶりの紙の新聞

2016年12月03日 | Weblog
駅の売店で久しぶりに新聞を買った。
150円するのだ。
お得だね。
紙の新聞に150円払うのは惜しくないが、ネットで一日150円払う気にならないのは使い勝手の違いから。
紙の新聞は情報が平面的で(紙に印刷されているのだから当然)、せいぜいページをめくることが階層化といえるかもしれないが、それでもめくっていけばすべての記事に目を通すことができる。
ところがネット新聞は、すべてが階層化され、クリックしない限り次へ進まないので、下の階層の記事に目が触れないことが当然起きる。
それを避けるためには、ひたすらクリックし続けるしかない。
当然そんなことは無理。
だから表面に比較的目に触れやすい記事だけ読むことになり、それだけが記事であるかと思ってしまう。
そうなると割高感があるのだね。
紙だとペラペラめくっていけば、興味のない記事にも目が向き、興味をひかれることも起きるわけで、クリックした記事だけ知っているというネットとは違うのだ。

で、国会でカジノを作る法案を慌てて進めていることに、依存症などを心配する声も。
とあるのが理解できなくて、読めばどうやら日本人にも”解禁”するらしいと。
観光客誘致、外貨獲得、雇用創出と目的があるのに、日本人に解禁してどうするのだバカと。
こういうものは金を稼ぐためにあるのだから、日本人は稼ぐ立場に徹するのが正しいのだ。
日本人は禁止とすればすべてが解決するのになぜそうしないのかが不思議。



秋葉原の街並み 7
東京都千代田区外神田3丁目
撮影 2016年11月16日 水曜日 17時05分
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ツイていない時にはツイていない 

2016年12月01日 | Weblog
自分の失敗から始まった事とはいえ、しょっぱなからツマずくと1日が台無しになるものだ。
いつものように物忘れから書類を家に取りに帰り時間を無駄にして、それより前にメガネを忘れて引き返したのだった(笑)、なんだかロクな一日にならないなぁと感じていたが、その後も物事がうまく運ばずトラブル続きになってしまい、半日の予定が一日かかって疲れて帰宅。

街を歩いていて面白いなぁと思うのは、日本人はこういうご時世なのか、または自ら身についた習性なのか”守り”に入る言動が目につくのに対して、海外からの旅行客は日本という自由な環境の中で観光や買い物や街歩きを楽しんでいるのが目につく事だ。
何かあると官憲が寄ってきて拘束される事もなければ、どこを歩いていても咎められる事もない。
はずなのに、それを謳歌するのは海外の人たちだけで、そういう場所に住んでいる日本人自身が自らを縛るように、あれをしちゃいけない、こんなことをするのはいかがなものかと問題視する。
自由を守る事よりも、不自由であっても”秩序”を守ろうとしているような。
でもその”秩序”というのが、どうも曖昧なもので、なにを”守ろう”としているのか当人もわからないなんとなくの空気だったりする。
いったん手に入れてしまった自由が自然となると、その恩恵が感じられなくなり、あって当たり前の空気の中で、いつの間にか大切だったものが大切に感じられなくなり、自由を手放しても守るべきものがあるのではないかとアレコレ制限をしようとする。
ところが海外から来た人にとっては、自由である事が何よりも大切で、行動する事に制限のない日本の観光というのは大変魅力のあるものであるようだ。
格差社会になったと言っても、どのレベルのお店に入る事も自由だし、どこを歩いても咎められる事もない日本を楽しんでいる。
そんな姿に非難の目を向ける当の日本人が、海外の人たちの振る舞いを取り上げる状況というのは、日本人の海外渡航が自由になった半世紀前の海外の様子と同じである事がわかるのは当時を知る年寄りだからであるが(笑)。
書物や映像でしか知らない西欧に出かけて、その自由さに驚き、楽しみ、触れて、そんな環境に日本もなればなぁと思って日本の西欧化も進んだのだけど、実際に手に入れたところで、その魅力が現在の日本人にはわからなくなって、感じる事ができるのは海外から来た人たちだけという皮肉めいた事になってしまった。
そんな日本が自由を手放すようなことがあったら、きっと海外からの人たちには魅力のある国には映らなくなるのだろうな。
当然、そこに住む日本人にとっても。



秋葉原の街並み 5
東京都千代田区外神田3丁目
撮影 2016年11月16日 水曜日 16時55分
コメント (2)
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