Nonsection Radical

撮影と本の空間

暑さボケで小学校の絵日記状態

2014年07月31日 | Weblog
連日の暑さに体力を消耗して、その結果頭が働かなくなり(以前からだが)、文章を書くのがつらくなったので、思いついた事を単に箇条書きに。

某経済学学者が貿易赤字の原因はLNGのスポット買いによる価格上昇に原因の一端があるので、解消するために原発を再稼働するべきだと。
スポット買いを電力会社が続けるのは、いつか原発を再稼働するぞと思い続けているので、あくまでも”一時的処置”としてスポット買いをしていて、脱原発後を考えてLNGの安定供給に進まないからじゃないのか?
ガス会社がスポット買いを続けて、価格上昇に苦慮しているなんて聞いた事がない。
電力会社が長期計画でLNGを買えばイイんじゃないの?

原発再稼働って言うけれど、廃棄物処理施設の問題でこれだけもめてニッチもサッチもいかないのにどうするのさ。
超リアリストの某環境大臣の言うように、最後は金目でしょとなれば、今後ずっと廃棄物処理にカネをつぎ込んでいく事になり、そのカネは当然電力料金に加えられるので当然電気代は上がるんだけど、それは産業界の腹が痛むわけではないので問題にはならないのかね。

昼の散歩に出た時に、公園で猫に声をかけられた。
ひどく痩せた猫で、その時には何も持っていなかったので、後日我が家のニャンコに相談して、少しカリカリをわけてもらって、再び公園に出向く毎日。
残念ながらその猫とは出会えないのだが、死んだとは思わず、どこかでご飯にありついて木陰で寝ているんだと思う事に。
よくのら猫に餌をやる事に反対する人がいるが、結局人間の住む街にイヌや猫など”獣”がいることが気に入らない考えの持ち主なのだろうと。
逆にこちらは人間しかしない世界なんて、なんてつまらないのだろうと思うので。
考えてもご覧よ、いつもいつも他人の悪口、嫉妬、恨み、悪いのはすべて他人、自分さえ良ければイイ、下衆な勘ぐりばかりする人間が、自然というどうしようもない脅威にさらされて、右往左往、時には生命の危機を覚え、スマホだけ見て周囲の環境にボッとしているボケ具合を自覚し、おのれの小ささを認めざるを得ない状況になるためのひとつとして他の生き物が身の回りにいる効果ってのがあるじゃないか。
自分の思い通りにならない生き物がいるっていうのは大切な事なんだよ。

つかれたので・・・




西陣京極
京都府京都市上京区東石橋町,東西俵屋町,伊勢殿構町
撮影 2014年4月13日 木曜日 15時25分
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読み終えた本

2014年07月30日 | Weblog
暑くて読書のペースが下がり続け・・・

田中角栄研究 全記録 上 立花隆 講談社文庫
元本1976年、文庫1982年発行。
時の総理田中角栄の金脈問題を追及した立花の”記事”の総集編。
執拗に田中角栄の裏面を解き明かしていく。
主役は田中角栄だが、脇役、端役の姿を追う事で、当時の日本の権力構造があぶり出されている。
庶民宰相といわれた人間性が、当時の庶民の人間性を逆に映し出している。
田中亡き後、残された現在の庶民の人間性は当時と変わったのか?

龍のかぎ爪 康生 上 ジョン・バイロン、ロバート・パック 岩波現代文庫
中国共産党の暗黒面を担った男とされる康生の評伝。
大悪党として書かれてはいるが、一方で康生を利用し、頼りにし、後に続いた者も数知れない。
理想社会と宣伝した社会主義の元でも、嫉妬、妬み、疑心暗鬼、虚栄心、名誉欲など人間の”欲の本質”は変わらない。
人間が人間である限り、社会主義にも”夢”はない事がわかる。
下巻からはいよいよ文化大革命へか。

日本の権力人脈 佐高信 新潮文庫
1993年発行。
当時の企業、財界の経営者を切る評論集。
切る基準は、著者が有能と認めた人物との比較で。
権力を手にした者の堕落、腐敗、無責任、老害のオンパレード。
代は変わっても現在にもつながる日本の企業”文化”。

くるい きちがい考 なだいなだ ちくま文庫
元本1978年、文庫1986年発行。
精神科医である著者が、「クルイ、キチガイ」と世間の常識について問いかける。
解説が上野千鶴子さま。

MADE IN JAPAN 盛田昭夫 朝日文庫
1990年発行。
下村満子とE・ラインゴールド両氏が盛田のインタビューを文字起こしして海外で発行した本の”翻訳版”。
絶頂期のソニーがなぜその地位に到達したのか、当時問題になった経済摩擦をどのように乗り切るべきか、国際的視野の持ち主とされた盛田が自説を説く。
もちろん現在の世界状況もソニーの状態も知らない時代の当時の経済書。

幻想の「技術一流国」ニッポン 内橋克人 新潮文庫
1984年発行。
当時すでに日本の技術は欧米を追い越したとの声が聞こえる中で、自画自賛に警鐘を鳴らす内容。
現在は、その警鐘が危惧であった部分もあり、事実であったものもある。
一方、欧米でもいまだトップの立場にあるものもあれば、現在は見る影も無いものもある。
栄枯盛衰の歴史をたどれる。
上記MADE IN JAPANともつながる内容。

ストリップ慕情 広岡敬一 講談社文庫
昔週刊誌で風俗探訪記を目にした記憶から購入。1993年発行。
今読み返すと浅草、吉原の戦後文化を綴った貴重な記録。
特に「バロン薩摩」の恋の行方は必読。

ルポ 戦後日本 50年の現場 鎌田慧 講談社文庫
1995年発行で、戦後50年間に積み残された問題を当事者に訪ね歩いたルポ。
今となっては人々の記憶にも残っていない事柄、今でも引きずったままの問題、今になって浮かび上がってきた関係性。





サンモール住吉 3
長崎県長崎市住吉町
撮影 2014年3月22日 土曜日 13時20分
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ウナギは文化なのかよ

2014年07月29日 | Weblog
どこかの記事に「ウナギを食べるのは文化」とかなんとか書いてあって、「相撲は国技」並みにイイカゲンな事を書いてるなと思った。
スーパーやコンビニ、牛丼屋で温め直しを喰うのが文化なら、なんて安っぽい文化なんだろうね。
昭和40年頃までだと、土用のうなぎと言えば、お店で食べるか、魚屋さんの店頭で焼いたものを買ってかえるのが普通で、値段も高くてそうそう口に出来るものじゃなかった。
せめて年に一度の贅沢と思って食べたものだ。
そんなものは文化とは言わなかった。
それが海外からの養殖ものが輸入されて価格が下がり、”庶民”の口にもまずまず入るようになったのだ。
そしてスーパーの店頭で冷蔵パックされたものが普及して「文化」と口にするようになったのかよ。
カニ、マグロもそうだが、貧乏人=庶民=大衆の口に入るようになって、後先考えずに意地汚く絶滅するまで食い尽くすのが、むしろ日本の文化と呼んだ方がイイんじゃないのか?

最近、海外に行って日本の文化の事を知らなすぎて気まずい思いをしたので、もっと日本の文化の事を知る必要がある、などという人が目につくが、じゃあ何かい?そういう人達は日頃から茶、華、歌舞伎、能、浄瑠璃、講談、邦楽、謡、短歌、俳句なんかに親しんでいるのかい?じゃぁ吟ってみてよ。
実際に経験してないものを文字などで知っただけで、それが日本の文化だと物知り顔で外国に行って口にする方がよっぽどハズカシい行為なんじゃないのかよ。
それぐらい文化ってやっぱり安っぽいものなのかよ。
歴史にしたって教科書や司馬遼太郎の小説や大河ドラマの”知識”で語れるほど、一本道なのかよ。
日本の宗教を語れるのか?神仏混合から廃仏毀釈までの歴史とか、”神道”とか、呪術的な原始信仰との関係とか外国人に語れるのか?俺には出来ねえぞ。
簡単に文化なんて口にしていいのかよ。スーパーで買ったウナギを食いながらよ。




本町2丁目の街並み
奈良県五條市本町2丁目
撮影 2014年6月21日 土曜日 12時55分
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英語でメールを送ってこないでぇ

2014年07月28日 | Weblog
湯中部にアップした動画に時折外国からメッセージが寄せられるんだけど、学校の教科書的な英語しか習っていないんで、日本的文法作法とは異なる英文はよくわからないんだよねぇ。
またそれが英語圏以外の国の人による御当地英語になると意味がつかめないし。
かといって、それを問い合わせるのも、何しろ学校英語しか知らない純日本人としては、さらにややこしくなる可能性が大なので困ってしまうんだよねぇ。
翻訳ソフトを使うとさらにファンキーな日本語になって、もっとわからなくなるし。
で、誰かに知恵を拝借しようと企んだのですよ。

「Hi...May I pls you to authorize this video to me to have some scenes, I don't know how to contact you, if you have further question, pls feel free to contact me, thank you. 」
というワケね。
なんの許可が欲しいのかもこれじゃあわからないしさぁ。
たぶん台湾の人なんだろうけど。
好き勝手にやってちょうだいって思うんだけど、なんて答えてイイものやら・・・
メールは日本語でお願いね。




尾崎駅前通り
大阪府阪南市下出,黒田,尾崎町
撮影 2014年7月12日 土曜日 11時55分
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弥次喜多珍道中

2014年07月27日 | Weblog
ムスメのムコ殿のこちらでの単身不倫が7月いっぱいで終わる事になり、最後にという事で二人で滋賀県彦根市にお城を見に行ってきた。
彦根には2年前に行き、街を歩き回ったのだが、お城=彦根城には登城せずにいた。
そこに城好き(にわか)のムコ殿がお城を見たいというので彦根城を”推薦”したわけだ。
2年ぶりに訪れてビックリしたのは街の変わり様ではなく、記憶のなくなり様であった。
ほとんど記憶がなくなっていて、ただその場所に立った時に「ここには来た事がある!」と思い出すまだらボケ状態であった。
それでもお城を見て、周辺の街を散策すると不思議に当時の記憶が掘り起こされてくるのであった。
どこを歩いたかは、途中風邪を発症し、垂れ流した鼻水をたどってもらえばわかるのでどうぞ。
なんやかんやしながら夕方まで時間をつぶし、電車で京都まで戻り、そこで夕食となった。
そして今やっと戻ってきた次第だ。
まあ、珍道中の思い出と言えば、お城でカワユイジョシ4人組に声をかけられ、一緒に思いでづくりをしませんかと信じられない話があった事は当然信じられず、単にスマホで写真を撮ってくれませんか言われたのが、スマホの使い方がわからないので撮影はムコ殿にさせて、横であーでもないこーでもないと指示した結果、気に入ってもらえた写真を撮れたのぐらいのものであった。
京都に戻るとここ数日の信じられない暑さがウソのような涼しい風が吹いていて、どうしたんだろうねと話していたが、かなり昼間に雨が降ったようなのである。
まったく無縁の炎天下の一日を過ごした弥次喜多は、冷たいビールでノドをうるおしたのであった。




サンモール住吉 2
長崎県長崎市住吉町
撮影 2014年3月22日 土曜日 13時10分
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