satoboの写真日記

言いたい放題の酔っぱらい日記

通勤

2010年06月30日 | Weblog
某月某日
朝は耳にイヤホンをしてラジオを聴きながら電車、バスと乗り継いで通勤する。
その時間およそ40分。
今朝もイヤホンを耳に入れ、家を出たところで交通情報が始まった。
なんとsatoboが利用するローカル電車が利用区間で不通になっている。
さてどうするかと、一瞬思案橋。
いっそ休もうかと思ったが(笑)、歩いて行くかと思案橋。
隣の駅まで歩けば折り返しで運行しているようだが、satoboが乗る駅は朝は無人!なので詳しい情報はわからない。
たとえ隣駅で折り返していても、電車自体は朝でも15分間隔でしか来ない田舎線、うまく動いているかはわからない。
隣駅まで歩いて20分強。待ち時間と移動で最低15分。そこからバスだが、その時間帯はバスはなかなか来ないので会社まで歩きで25分。合わせて都合1時間。
きっと駅では混雑して大変だろうし、道路状況も不明でホントの時間は読めない。
やっぱりテクシー(死語)で行く事に。

帰宅時に歩く事はあるが、日が暮れていて周りの景色はあまり見えない。
そこを逆方向に明るい中歩くのは爽快だ。
ただ梅雨時だから湿気が肌にべとつく。
順調に歩き続け、途中オシッコやウンチがしたくなる事もなく、飾り窓からキレイなオネイサンが手招きする事もなく、無事に会社に到着。
歩行距離6.5キロ、所要時間1時間10分。歩行開始午前7時20分、到着8時30分。
まあまあの歩き方だ。
ラジオで交通情報を聴き続けたが、到着まで結局復旧せず。
復旧は午前9時過ぎ。
通勤のみんなは駅でイライラしていたのだろうなぁ。
久しぶりに自己判断が正しかった。
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シロート厳禁

2010年06月29日 | Weblog
某月某日
最近のラジオは「つながる」をテーマに聴取者の声を聞く番組が多い。
これがキライだ。
シロートの意見などいらん。
シロートが討論に参加する番組もあるが、やめてもらいたい。
マスのメディアでシロート個人の意見など聴きたくない。
要旨のつかめない内容、たどたどしいしゃべり方、いいかげんな論理の展開、ありきたりの中味・・・
こんなものを放送して番組に参加した気分になるのか?
聞き苦しいだけだ。
やはりしゃべりのシロートはシロートなのだ。
プロの現場に現れるべきではない。
プロらしい流暢な話、賛否は別にして論理的な中味、意外性のある話。
そういうものを聴きたいのだ。

だからシロートは発言するなとはいわない。
そういうのは個人でやればイイ。
最近はネット上でさまざまな発言出来るサービスがある。
そこでやってもらいたい。
たとえばsatoboのブログのようにだ。
たとえマスコミから発言を求められていても、satoboはここでしか発言していない。
「マスコミから発言を求められていても」というのは、仮定の話だからね。
やくみつるのようにボケた事をコメントするような提灯持ちにはなりたくないし。
やくみつるのみっともなさと、シロートの放送発言は、同じぐらい見苦しいものだ。
それを当人が理解出来ていないのが、さらにみっともない。
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青空文庫始めます

2010年06月28日 | Weblog
某月某日
手持ちの本をすべて読み終えてしまった。
本屋で何か買おうかと思ったが、なかなかめぼしいものもない。
そこでふと、電子ブックに挑戦してみようかと思った。
PDAに青空文庫を入れて読めばラクチンだ。
iPaq112は手のひらサイズのPDAだ。
現在はメモや地図を入れているのだが、それだけでは役不足だ。
そこで電子ブック端末として利用する事にした。

まず青空文庫を読むための「ビューアー」を探す。
PDAの定番は「青空子猫」のようだ。
iPaqでも動作するようだ。
検索してインストール方法を学ぶが、他にもインストールしなければならないソフトがある。
そういうのはWinでないと出来ないようだ。
そこでほぼ挫折(汗;)
最近使っていないネットブックを取り出し、ActiveSyncをインストールし、USBでiPaqをつないで.NET Compact Framework 3.5をインストール。
いいぞ、上手くいった。
そして青空子猫をインストールするのだが、これはActiveSyncではインストールできない。
いったんPCに落として、SDカードに移し、PDAで実行。
これで完了。
わりと上手くいった。

次に青空文庫を開いて好きな小説をダウンロードすればいいのだが、どれを選んでいいかわからない。
あまりにたくさんありすぎて選べない。
ツラツラと眺めて、芥川龍之介の「薮の中」、伊藤 永之介「押しかけ女房」、植松 真人「神さんが降りてきた」シリーズを入手。
さっそくiPaqで見ると、わりと見やすい。
何も設定していないので、もっと見やすく出来るかもしれない。
困った事は、ダウンロードしたファイルはアルファベットファイルなので、題名がわかりづらいこと。
リネームしないといけないのだ。
これがPDAでやると面倒。
小さな文字をポチポチと打つと目がチカチカ。
PCにあるうちにしておくべきだった。

手のひらサイズなので寝ころんでも読める。
青空文庫だけならiPadはいらないな。
新刊本はiPaqには対応していないようだし、iPodTouchで読める本を探しても新刊本はあまりないようだし、まだiPaodTouchは買わずにiPaqで青空文庫を読んで我慢だな。



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テレビ欄

2010年06月27日 | Weblog
某月某日
テレビは視ないんだけど、新聞は読むからテレビ欄は目に入る。
紙面一面に番組が満載だ。
これをほとんどタダで視る事が出来る。
なんで?

それはスポンサーがついているから。

こんなにたくさんの番組を制作する費用をスポンサーは負担しているわけだ。
文化事業なのか?
違うよね。
テレビにコマーシャルを出して宣伝してもらう見返りに負担しているんだ。
すごい金額になるねぇ。
たぶん百億円単位の金額になると思っていたら、調べると約2兆円だ!
こんな金額を企業は負担しているんだ。
2兆円の広告で企業は成り立っているんだ。
スゴクね?
この2兆円の出所だけど・・・
企業←売り上げ←購入者=わたしら
というワケだ。
一人当たり2万円近く。

これは消費者に対する企業からの割り戻しサービスとしての放送ともとれるな。
買ってくれたから面白い番組を見せるね。
また買ってね。
この番組はウチのサービスだからね。
という感じ。

これはいいようにとらえた考え方。

これとは別にNHKは受信料を「受益者負担」させているね。
なにもNHKが民放が出来る事をやらなくてイイと個人的には思うのだけど、ドラマや娯楽番組を受信料で作っている。
民業圧迫だが、龍馬がないと払いたくないという人もいるだろうから、意見の分かれるところだ。
どうせ金を払うのなら面白いものを見せろと考えるか、面白いものを見るために金を払ってもイイと思うかだ。
でも受信料高くね?

民放に2兆円払って、さらにNHKに6500億円。
テレビ漬けですね。
見る方も作る方も。

セブンイレブンが出来た時は、まさしく名前の通り朝7時から夜11時までの営業だった。
現在ではそんなことも知らない若者もいるだろう。
テレビだって昔は深夜の放送はなかった。
11PMのあとに番組はあったっけ?(11PMを知らない若者もいるだろう)
それが今は終日放送だ。
テストパターンを見る事は出来るのか?

こうやって「営業時間」を延ばして売り上げを上げる作戦なのだが、この作戦にも限界がある。
1日が24時間しかない事だ。
その結果、チャンネル数が増えた。
デジタル化によって多チャンネル時代を夢のように語る事もあったが、この作戦にも限界がある事が、やってみてわかった。
視聴率が分散されるのだ。
分散の結果、宣伝広告費が集まらなくなった。
広告費は無限ではなく、売り上げの一定比率でしかないのだから。
つまり2兆円+6500億円をたくさんの番組で分けなければならないのだ。
当然番組の質は下がる。

そうそう、テレビはマスコミとかマスメディアとかいわれるけど、書籍・雑誌販売金額とほぼ同じなんだよね、2兆6000億円で。
出版社のほとんどは上場していない会社だから、そんな小さな会社が寄り集まって売り上げる金額と大マスコミと威張っている会社が同じぐらいの市場規模というのも面白いものだ。

とりとめもなく、新聞のテレビ欄を見て感じた事でした。
で、テレビって面白いの?
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身軽に勝る武器はなし

2010年06月26日 | Weblog
某月某日
最近の田中長徳さんのブログ「PEN PEN チョートクカメラ日記」に出てくる謎の美ジョシ(なぞでもなんでもないが)を見ているとため息が漏れる。
いえ、美しさに鼻の下が伸びてだらしなく口が開いて息が漏れるというわけでもなく、その姿にだ。
コンデジや4/3サイズのデジカメが出て以来、スナップという形態が大きく変わったことにだ。

軽量カメラセットの出現によって、オッシャレなジョシでもカメラを持ち歩けるようになった。
普段使うバッグにそのカメラを入れて、街を歩き回れるのだ。
当然持ち物はそのバッグだけ。
フットワークは軽くなる。
色々な場面に出会える。
瞬間をカメラに収めるチャンスも増える。
素敵な写真がたくさん残る。
イイ事ずくめだ。

なのにそれが出来ない。
滅多に使う事もない目的のために、あれもこれもと心配性に持ち物を増やし、肝心の時には身動きが取れない。
そんな貧乏性に自身でイヤになる。
一番の原因は使わないとカメラがもったいないという、更に貧乏性の理由からなのだが、カメラが増えた原因は写真のヘタなのをカメラでカバー出来るかもというもっと貧乏性の理由だから救いようはない。
そんな下世話なオヤジを尻目に、軽々と歩き続けるカメラジョシを見ると、正しい姿に畏敬の念を抱くのである。
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