満井佐吉中佐の四日間 5 『 山本英輔大將の齋藤内府に送る書 』

満井佐吉 

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満井佐吉  第四回聴取書
本籍  福岡県企救郡企救町字石田一〇五一
住所  東京市世田谷区松原四丁目一四四番地
所属  陸軍大学校
陸軍歩兵中佐  満井佐吉
明治二十六年五月五日生
右者、昭和十一年三月二十四日、渋谷憲兵分隊ニ於テ、本職ニ對シ左ノ陳述ヲ爲シタリ
一、本籍、住所、所属、官等、氏名、年令ハ前述ノ通り相違アリマセン
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二 ・二六事件

西田ノ陳述ニヨレバ、
「 公判闘爭ヲ爲ス時ハ、反對派ヨリ攻撃セラルゝコトトナルベシ。犬死セザル様タノム 」
トノ意味ヲ申シタルコトアリヤ。 其眞意如何
犬死トノ意味判明セザルモ、一月下旬ダツタト記憶スルガ、
西田が公判ニ關シ　シツカリ頼ムトノ希望ヲ述ベニ來タ時、私カラ、
「 公判デ私ガ主張スレバ、政治的ニハ重臣、財閥等ガ種々抑壓ノ手ヲ伸バシテ來ルニ違ヒナイカラ、
 大イニ精神的ニ支援ヲシテ呉レナイト公判ヲ乗リ切ルコトハ容易デハナイ。」
ト云フ意味ヲ述ベタコトヲ記憶シマスガ、コノコトヲ指シテ居ルモノト思ヒマス。
コノ支援トイフ意味ハ、激励ノ電報ヤ嘆願書等ノ形式デ、
相澤公判ニ對スル國民的ノ支援ガ顯レルコトヲ指シテ申シタノデアリマス。
此ノ時ニ、私カラ次ノコトヲ附加ヘテ話シタコトヲ記憶シマス。
ソレハ九州方面カラ多數ノ激励電報ガ來テ居ルガ、相澤ノ郷里デアル東北カラハ餘リ來テ居ナイガ、
東北ハ元來オソ蒔キナノカ知ラント言フト、
西田ハ其時、東北ノ知人ニ注意シテヤリマセウトイフ意味ヲ述ベテ居リマシタ。
二月九日頃、病気見舞ヒニ西田ガ來マシタ時ニハ、
丁度朝鮮人ヲ使嗾しそうシテ私ヲヤツゝケルト云フ噂ノアツタ時デシタカラ、
西田ニハ特ニ私カラ、
自重シテ靑年アタリニ實力行動等ハ絶對ニヤラナイ様ニセネバナラヌ
ト申シマスト、西田モ、
私モ抑ヘル立場ヲトツテ居ルカラ御安心ナサイ、ト答ヘテ居マシタ。
犬死ト云フ言葉ノ出タコトハ記憶シマセン。

豫審調書ヲ他ニ貸シ、又ハ印刷シタルコトナキヤ
印刷シタコトハアリマセンガ、相澤公判ノ豫審調書ヲ澁川ニ四、五日間貸シタコトガアリマス。
其ノ理由ハ、十一月事件其他私デハ判ラナイコトガアリマスカラ、
辯護ノ助手ノツモリデ、調書中必要ナ部分ダケ見て貰ツテ、
手分ヲシテ材料等集メテ貰ウタメニ貸シタノデス。
其際、貸スコトガ法理上違法デハナイカトイフコトヲ尋ネマシタ処、
豫審調書ハ辯護人ハ冩シテモヨイソウデ、
從ツテ普通ノ辯護士ナラバ助手其他多クノ使用ヲ活用シ得ルガ、
私ノ場合ハソレガ出來ナイカラ、
澁川其他相澤ノ親友ニ加勢ヲ頼ム爲メ見セルコトハ違法デナイト考ヘタカラデアリマス。

二月二十六日午後一時頃、龜川ヨリ
「 大事件ガ勃發シテ居ルカラ、速カニ出て鎭撫シテ貰ヒタイ 」 トノ意味ノ電話ナカリシヤ
仝日ハ午後一時頃官邸ニ行ク爲メ自宅ヲ出タ頃デスガ、
龜川氏カラ當日電話ガ來タコトハ絶對ニアリマセン。

特別辯護人受諾前後、四谷ノ 「 自慢 」 ニテ、會合セシコトアリヤ
特別辯護人ノ受諾直前ノコトデ、同郷會デ末松中將ガ師團長ニ轉任セラレタル等、
異動ヲ中心トスル送別會及忘年會デ、私ハ少シ遅レテ參リマシタガ、
來會者ハ七、八名位デ、大部分ハ老級將校デ、尉官ハ大尉ガ一人ダツタト記憶シマス。

矢次一夫トノ關係如何
矢次一夫ハ池田純久中佐ガ私ニ紹介シタ男デ、一、二度私ヲ三水クラブ ( 丸ノ内三菱三十三号館ニ在リ　)
ニ案内シテ、一度ハ私ニ大牟田問題ノ話ヲサレタコトガアリマス。
ソレハ私ガ調査班時代ノコトデ、二ヶ年以上ヲ經過シテ居リマス。
矢次ハ池田成彬ノ親戚ニ當ル太田亥十二支ノ親友デ、池田氏ノ旨ヲ受ケ國策研究會ヲ始メ、
之レガ當時岡田内閣擁立ノ足場トナツタコトハ私ノ證人申請ノ理由ノ通リデアルト信ジマス。
矢次ガ池田カラ太田ヲ經テ金ヲ引出シタトイフコトハ、
右國策研究會ガ所謂新官僚ヲ足場トスル岡田内閣擁立ノ政治運動デアツタコトニ照シ、
サモアルベキコトト想像セラレマス。
然シ、私ハ此ノ政治運動ニハ當時全ク無關係デ、
矢次氏カラ一、二度三水クラブニ呼出サレテ座談ヲ頼マレタコトハアリマスガ、
ソレ以上ノ深イ關係ハ何モアリマセン。金等ノ關係ハ絶對ニアリマセン。

池田成彬其他ヨリ、相澤公判前後ニ於テ、資金ヲ借用セル等ノコトナキヤ
絶對ニアリマセン。
從來大牟田問題
( 即チ、三井ノ大牟田鉱山ガ、大牟田市民ニ種々損害ヲ与ヘ、コレニ對シ、
 市民等ガ賠償ヲ要求スルモ、警察及行政機關等ヲ利用シ、不法ニ市民ヲ抑壓シ、
爲メニ市民ハ頼ルベキ何物モナク、満井少佐ノ國防講演ニ於テ、此等ノ點ヲ指摘シ、
國防問題化セントシツゝアリシ當時ノ大牟田市民、及三井鉱山ニ自重及自省ヲ促シタル件 )
以來、三井鉱山及三井合名 ( 鉱山側ノ長澤一夫、牧田環、合名ノ池田成彬等ヲ中心トス )
ハ私ヲ甚ダシク敵視シ、池田成彬ノ親戚タル前述太田亥十二氏ハ、小官ヲ満洲ニ轉任セシメントシテ、
永田中將ニ人事異動ヲ要求セルコトアリ。
又、池田氏ハ、恰モ小官ガ勞働ブローカーノ如ク、大牟田問題ヲ口實ニシテ、
三井ヨリ金ヲ引出シタル如ク、世間ニデマヲ飛バス等、小官ヲ種々傷ケントセルコト一再ナラズ。
多分、此ノ話モ今回小官を傷ケンガ爲ノ、アラユル方法ヲ以テ、私ヲ中傷シツツアル一ツノ現レト存ジマス。
私ハ太田カラモ、池田カラモ金等ヲ取ツタコトハ絶對ニアリマセン。
ソレガアレバ、コノ兩名ヲ公判デ證人ニ申請スルコトハ出來ナイノデアリマス。
此ノ兩人ヲ證人ニ呼ブコトハ、私ノ發意シタモノデ、
只、龜川氏ガ池田ト永田閣下ト、築地ノ錦ミズデ度々會合セル事實ヲ、
池田ノ口ヨリ直接聞イタトシテ、私ニ知ラセタコトハアリマス。
西田税ヨリ要求セラレテ池田成彬ヲ證人ニ申請シタト云フコトハ絶對ニアリマセン。

近藤正一、前田秀行トノ關係如何
兩名共全ク知リマセン。初メテ聞く姓名デアリマス。
實川時次郎トノ關係如何
全ク知リマセン。名モ顔モ知リマセン。
宅野田夫トノ關係如何
私ノ公判ノ辯護ヲ大日本新聞ニ詳細ニ載セ、又、嘆願書ヲ多數集メテ送ツテ來マシタ。
其ノ關係デ、私ノ病気中、電報デ御礼ヲ打電シタコトガアリマス。
宅野ハソレヲ新聞ニ載セテ居マシタ。
私ガ竹田宮殿下カラ御招キヲ受ケテ
公判ニツイテ御下問ヲ受ケタトノ誤報ヲ大日本新聞ニ出シタコトガアリマスノデ、
直グ其ノ翌日 ( 二月廿三日 ) 速達デ其ノ訂正ヲ要求シタ処、
宅野ハ私ノ手紙ノ全文ヲ新聞ニ載セテ下サレマシタ。
其後別ニ文通モ、又 遇ウツタコトモアリマセン。
宅野氏ガドンナ人カ顔ハ見タコトガアリマセン。

久原ノ処ハ、龜川ト行キシコトアリヤ
林陸相時代ノ時、龜川ヨリ、
「 軍民離間策モ行ハレテ居ル昨今ダカラ、政治家ガ陸軍ヲ敵ニ廻サナイ様ニ、
 コノ際大イニ陸軍ヲ支持シテヤツテ下サイ 」
トイフコトヲ久原ニ説得シテ呉レンカトノコトデ、一應ハコトハリマシタケレドモ、
當時ノ情勢上、蔭カラノ努力モ必要ト認メテ、一度行ツテヤリマシタ。
ソレ以來、久原ト會ツタコトハアリマセン。
ソノ時ノ話ハ別ニ具體的ノコトデハナク、非常時ヲ乗リ切ル爲メ、
軍民一致シテ國難ニ當ル必要ガアルコトヲ述ベタノデ、
當時ノ林陸相ノ立場ヲ、間接ニ容易ナラシメタコトニナツタカモ判リマセン。
具體的ノ結果ハ、何モ見エマセンデシタ。

山本英輔大将ノ齋藤内府ニ送ル書ヲ知レルヤ
山本大將ニハ昨年秋ノ末頃、龜川ノ紹介デ初メテ會ヒマシタ。
龜川ノ話デ、ナカナカシツカリシタ気骨ノアル將軍デ、時勢モヨク判ルシ、
陸軍ニハコウユウ御方ハ一寸無イカラ、一度會ウテ見テハドウカト云フ話シデ、山本大將ノ御宅ニ伺ツタノデス。
其ノ目的ハ、陸海軍政界等ノ偉イ人々ガ一日モ早ク時勢ガ判ツテ呉レナケレバ、
最早國防モ國民生活モ行詰ツテシマツタカラ、早ク時勢ヲ認識シテ貰ヒ度イト思ツテ伺ツタ譯デス。
當日ハ午前八時半ヨリ午後三時頃迄ノ間聯續ニ御會ヒ下サツテ、
午前中ハ私カラ方今ノ時世、就中國防ノ行詰リ、國民生活ノ行詰リ、國際關係等ヲ申シ述ベ、
靑年將校ヤ愛國運動者等ガ随分行詰リヲ感ジテ居ルガ、
私ノ接スルモノニハ實力行動ヲ抑ヘテ自重ヲ促シテ來タノデ、
近來ハ私ヲモ ダラ幹ノ如ク視テ、次第ニ接近シ來ルモノモ無クナツタ狀態デアル、
私ガ多年叫ンデ來タノハ警笛ヲ吹ク様ナモノデアルノニ、
世間デハ却テ私ガ蒸気ノボイラーノ中ノ水ヲ沸騰サセテ居ルカノ如ク誤解シテ居ルガ、
ソレハ大間違ヒデアル、
ボイラーノ底ヲ焚クノハ天下ノ大勢ノ行詰リデアル、
私ハ接スルモノハ私トシテ絶ヘズ抑ヘテ居リマス、
牧野内府アタリモ早ク時勢ヲ認識シテ下サラナケレバ、若イ者ハヤルセナイ思ヒヲシテ居ル狀態デス、
トイフ様ナ意味ノコトヲ申上ゲマシタ。
午後ハ將軍カラ種々質ネラレ、御答ヘヲシ、又、將軍ノ御意見ヲ承リマシタ。
將軍ハ牧野閣下トハ同郷デ、個人的ニハ牧野閣下ニ好意ヲ持ツテ居ラレル關係モアリ、
其後、三、四日ノ間ニ、私ノ意見ヲ参考トシテ、長文ノ手紙ヲ牧野閣下ニ出サレタトノコトデス。
程經テ牧野内府引退セラレ、齋藤氏ガ内府ニ就任セラレタノデ、
山本閣下ヨリ牧野氏ト同様、齋藤氏ニモ手紙ヲ出サレタトノ話デアリマシタ。
齋藤内府ニ送ルノ書トイウノガ、ソレデアロウト思ヒマス。
私ノ申シマシタ内容ハ、十二月二十九日ノ分ノ五枚表ノ部分とハ、多少違フト思ヒマス。
コノ部分ハ將軍ガ、私ノ意見ヲ參考トシテ、自ラノ御意見ヲ綴ラレタモノト考ヘマス。
私ノ申上ゲタコトハ、當時、將軍自ラ速記サレテ居リマシタカラ、或ハ今尚御持チカモワカリマセン。
一月十七日ノ分ノ十四枚表ニアル、「 其ノ作戰計畫モ漸次巧妙・・・・ 」
ノ部分ハ、私ノ申シタコトデハアリマセン。
ソレガ何ヲ指スノカワカリマセン。他ノ人ヨリ聞カレタコトゝ思ヒマス。
山本閣下ニ直接御質ネ戴キ度イト思ヒマス。

陳述人 〔 名  欠 〕
右録取シ讀ミ聞カセタルニ、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名捺印セシム
昭和十一年三月廿四日
渋谷憲兵分隊
陸軍司法警察官  陸軍憲兵少佐  徳田 豊

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二 ・二六事件秘録 ( 一) から

小藤惠大佐の四日間 1 『 給養ハ歩兵第一聯隊デ實施セラレ度、 其經費ハ陸軍省デ支弁ス 』

小藤惠大佐
憲兵聴取書

小藤恵  第一回聴取書
本籍地    高知県高知市大川筋五五
俗称    高知県士族
出生地    東京市
住所    東京市世田ケ谷区松原町一ノ六三
歩兵大佐  従五位勲三等    小藤 恵
当四十九年
右者、昭和十一年四月二十三日、赤坂憲兵分隊ニ於テ、本職ニ對シ左ノ陳述ヲ爲シタリ
私ノ本籍、族称、出生地、官等級、位勲、功級、氏名、年令ハ前述ノ通リ相違アリマセン。
私ハ今迄刑事上ノ處分ヲ受ケタコトハアリマセン。

私ハ歩兵第一聯隊ニ入ル兵ノ徴募區ハ、地方ノ狀態ガ良クナイノデ、
北國アタリノ兵ノ夫レト異ナル點ガアルノデ、皇室ニ對スル精神ヲ確乎トシテ与ヘ、
死ニ當リ 天皇陛下萬歳ヲ唱フル精神ノ兵ヲ作リタイト考ヘ、
國體観念、皇軍意識、建軍ノ本旨ヲ徹底シタイト考ヘ、
敎育方針ノ第一ニモ國體意識ノ明徴、皇道精神ノ徹底ヲ指示し、
準士官以上ニ麻布ノ聯隊區司令官ノ徴募區ノ、人情風俗等ノ講話ヲ依頼シ、
將校ノ爲ニ今泉定輔ニ國體観念ニ關スル講話ヲ二回サセ、尚更ニ續行スル考ヘデアリマシタ。

聯隊着任後、栗原元中尉等ヲ誤ラザル様良ク指導シテヤロウト考ヘテ居リマシタガ、
八月以降演習其他ノ行事ノ爲ニ、ユツクリ指導スル機會ヲ失ヒ、
其後秋季演習中、相澤事件ノ判士ヲ命ゼラレ、
秋季演習カラ歸ツテ調書ヲ見ルト、栗原等ハ關係ガ多イノデ、
判士ト云フ立場上自己ノ考ヘヲ表明スルノハ拙イカラ、
公判ガスンダラ膝ヲツキ合ハシテ良ク話シテ、誤ラザル様ニウント指導スル積リデアツタガ、
一月以降公判ノ仕事ト、公判ノ無イ日ハ聯隊長室デ人事ノ書類ノ処理ニ忙殺セラレ、
將校ニモ會フ暇ガナイ狀態デアリ、正月アタリニ栗原等ガ來タラ彼等ノ話ヲ聞キ、
ウント指導シテ誤リナカラシメル様シヤウト思フタガ、
一寸モ來ナイノデ其機會ガナカツタ様ナ次第デアリマス。
ソンナ狀態デ、著任以來ノ抱負ヲ果ス機會ナク、
將校ヲ充分ニ指導スルコトガ出來ナカツタコトニ殘念ニ思ツテ居リマス。
一月十五日頃山口大尉ガ週番中ニ聯隊長室ニ來テ、
一月十日ニ入營兵ノ父兄ニ爲シタ挨拶ノ反響トシテ賛成、不賛成ノ文書ヲ見セテ其狀況ヲ報告シ、
尚多數ノ電話ガ山口大尉ニカカツテ、
其中デ靑年將校ラシイ者カラ ( 三人 ) 急進的ナ通話ガアツタコトヲ報告シテ、
山口大尉ガ言フニハ、
「 ドウモ靑年將校ニ不穏ノ空氣ガアル様デアリマス。」
トノ報告ヲシマシタガ、私ハ忙シカツタノデ、例ノ公判直後判士打合セノ際持寄リノ
「 公判ニ伴フ情報 」 位ニ考ヘテ、ツマリ相澤事件關係ノ情報ト輕ク考ヘ、
「 ソウカ 」 ト答タガ、ハツキリ記憶シマセンガ、兎ニ角輕ク聞イテ居リマシタ。
問題ハ、判士ニ對スル問題位ニ考ヘテ居リマシタ。
其外山口大尉ノ週番中何モ聞イテ居リマセン。
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二 ・二六事件

二月廿六日払暁、週番中ノ山口大尉ガ第十一中隊ガ出動シ、
首相官邸方面ニ銃聲ガ聞コエテ居リマスト電話報告ヲシテ來マシタノデ、
私ハ山口大尉ニ次ノ様ニ命ジマシタ。
關係個所ニ電話聯絡ヲスルコト。
部隊ヲ纏メテ置ク。
出來ルダケ情況ヲ偵察セヨ。

山口大尉ハ歩三、近歩三ニ聯絡セヨト命ゼラレタト云フガ如何
歩三、近歩三に聯絡セヨト命ジタコトハアリマセン。
山口大尉ハ輪郭ガ判ツテイタカラ、私ガ關係個所ニ聯絡セヨト命ジタノデ、
ソウ云フ風ニ解シテ聯絡シタノダラウト想像シマス。
私ハ二十六日前ニ山口大尉カラ 今度ノ事件ニツイテ何モ聞イテイナイノデ、
當日朝ノ電話デ如何ナル狀況デアルカ見當がツカナカッタ次第デアリマス。
私ハ山口大尉カラノ報告ヲウケタノデ、午前六時頃 聯隊ニ參リマシタ処、
聯隊長室ニハ既ニ師團長、旅團長ガ來テオラレマシタ。
私ハ出勤途中、今度ノ事件ノ輪郭ガ判ラヌガ、兎ニ角 身ヲ以テ責ニ任ズルノ考ヘヲ持ツテ居リマシタ。
聯隊ニ出テ來マスト、近歩三、歩三ノ一部ガ出テ居ルコトガ判リマシタガ、
情況偵察ガマダ出來テオリマセンノデ、二名ノ將校ヲ私服デ自動車ノ斥候ニ麹町方面ニ出シマシタ。
午前七時十分頃、首相官邸ニ居ル 林少尉カラ電話ガカゝリマシテ、大體ノ情況ヲ聞キ、輪郭ガ判リマシタ。
又、自動車ノ斥候モ帰ツテ來テ、
桜田門、平河町、三宅坂ノ線カラ入レナイトノ報告ガアリマシタノデ、
私ハ中ノ情況ヲヨク見ル必要ガアルト考ヘ、自ラ情況偵察ニ當ルコトゝ、
副官モ未ダ出テ居ラナイノデ山口大尉ヲ随行セシムルコトゝデ、
師團長、旅團長ノ承認ヲ得テ聯隊ヲ出カケ、
首相官邸ニ一寸立寄リ 林少尉、池田少尉ニ遭ヒ、
次デ首相官邸ニ歸ツテ來タ栗原中尉ヲ同行シテ陸相官邸ニ參リマシタ。
聯隊ヲ出タ時カラノ考ハ、
今度ノ問題ハ、軍旗ヲオ預リスル身ニ迄御世話ニナリナガラ、御上ニ對シ申譯ガナイ、
之ハ死ヲ以テ御詫ビセネバナラヌ、ト云フ覺悟デ居リマシタ。
情況ガ聯隊ヲ出カケル時ハ十分判ラナイノデ、
具體的ニ行動部隊ニ對スル決心、処置ハ未ダツイテ居リマセンデシタ。
陸相官邸ニ行キ 廣イ室ニ入リマスト、陸相、次官、齋藤瀏少將ガ居ラレマシタ。
私ハ行動將校ハ歩一ノ者以外ハ知リマセン。
村中ハ大學敎官時代一寸顔ヲ見タコトガアル位ノモノデ、
磯部ハ全く知ラヌノデアリマスノデ、
大廣間ニ居ツタ行動將校デハ 香田クライデアッタカラ、
香田ニ、
「 今度ノ事件ハ 相澤事件ニ關係ガアルノカ、相澤事件ハ公判途中ヂャナイカ 」
ト 尋ネマシタ処、香田ハ、
「 公判ニハ關係アリマセン 」
ト 答ヘテ、
「 兵ニ朝飯ヲ喰ハシテイルカ 」
ト 問フタ外、別ニ何モ言ヒマセン。
私ガ陸相官邸ニ行ツタ目的ハ、行動將校ガ興奮シテ陸相ニ要求ヲ鞏要スルト思ヒ、
大臣保護ノ目的デアリマス。
陸相官邸デ蹶起趣意書ヲ初メテ見マシタ。
私ハ心中ニ次ノ考ヘヲ持ツテ本件ニ當ラウト致シマシタ。
1、擴大ヲ防グコト、
2、蹶起部隊ニ射撃セザルコト、
3、下士官兵ハ、蹶起将校ノ命令ヲ以テ歸營、
4、將校ハ、責任ヲ負フテ自ラ始末スルコト、
以上ヲ自ラ責任者トシテ、一死ヲ決シテ指導セント考ヘマシタ。
陸相官邸デハ、當局ト行動將校トノ交渉ヲ、私ハ第三者トシテノ立場デアリマシタカラ、
其外ニ何モ言ヒマセンデシタ。
私ハ行動將校ノ命令ニ依ツテ行動シタ兵ヲ凍ヘサシテハイカヌトノ考ヲ、陸軍次官ニ話シマシタ。
・・・リンク→ 香田清貞大尉 「 陸相官邸の部隊にも給与して下さい 」 
大廣間デ陸軍省副官ハ、兵ノ給養ハ歩兵第一聯隊デ實施セラレ度、
其經費ハ後日 陸軍省デ支弁シマスト山口大尉ニ言ヒマシタ。
私ハ陸相官邸ノ狀況ガ稍ようやく緩和スルノヲ見テ、
取敢ヘズ師團長ニ狀況ヲ報告シヤウト思ツテ、
午後一時官邸出發、
聯隊ニ立寄リ、
左記要旨ノ命令ヲ下達シ、
直チニ師團司令部ニ至リ、直前ノ狀況ヲ報ジマシタ。
命令ノ要旨ハ、
1、現在ノ狀況ハ概ネ平穏ニ赴キツツアリ、
2、予ハ再ビ現場ニ赴ク、古閑中佐ニ代理ヲ命ズ、
3、師團命令ニ基ク処置ハ逐次實施スベシ、
4、兵ヲ飢寒ヨリ保護スル爲メ、薪炭糧食ノ準備發送ニ遺憾ナキヲ期スベシ、
等デアリマス。
私ハ報告ヲ終ルト、
直ニ官邸ノ雰囲氣ヲ思ヒ、陸軍大臣ノ身邊ヲ慮リ、
再ビ陸相官邸ヘ參リマシタガ、
其時官邸ニハ陸軍次官、山下少將、満井中佐等ガ居リマシタガ、
出動部隊一般ノ空氣ハ極メテ緩和シテ居リ、和ヤカナ氣分ガ漲みなぎっテ居リマシタ。
・
私は午後四時頃、電話デ陸相官邸カラ師團司令部ニ招致セラレ、
陸軍大臣告示 ( 諸子ノ行動トアル分 ) 、・・・＜ 註 1 ＞
軍隊に對スル告示 ( 二月二十六日午後三時於東京警備司令部 )、・・・＜ 註 ２ ＞
第一師團命令 ( 二月二十六日午後四時於東京 ) ・・・＜ 註 ３ ＞
ヲ 受領シマシタ。
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＜ 註 １ ＞
 
陸軍大臣告示
二月二十六日午後三時三十分
東京警備司令部
一、蹶起ノ趣旨ニ就テハ天聽ニ達セラレアリ
二、諸子ノ行動ハ國體顯現ノ至情ニ基クモノト認ム
三、國體ノ眞姿顯現（弊風ヲ含ム）ニ就テハ恐懼ニ堪ヘズ
四、各軍事參議モ一致シテ右ノ趣旨ニ依リ邁進スルコトヲ申合セタリ
五、之レ以上ハ一ニ大御心ニ俟ツ

＜ 註 ２ ＞

軍隊ニ對スル告示
二月二十六日午后三時
東京警備司令部
一、第一師管内一般ノ治安ヲ維持スル爲本日午后三時第一師管戰時警備ヲ下令セラル
ニ、本朝来出勤シアル緒隊ハ戰時警備部隊ノ一部トシテ新ニ出動スル部隊ト共ニ師管内ノ警備ニ任セシメラルヽモノニ
  シテ軍隊相互間ニ於テ絶對ニ相撃ヲナスヘカラス
三、宮中ニ於テ大臣等ハ言出動部隊ノ考ヘアル如キコトハ大イニ考ヘアリシモ
  今後ハ大イニ力ヲ入レ之ヲ實行スル如ク會議ニテ申合ハセヲナセリ
＜ 参考 ＞
東警作命第三號
命令  二月二十六日午後三時  於東京警備司令部
一、帝都ノ情況既報ノ如シ
二、第一師管戰時警備ヲ下令セラル
三、近衛師團長ハ昭和十年度第一師管戰時警備計畫書ニ基キ所要ノ方面ヲ警備シ治安ノ維持ニ任スヘシ
四、第一師團長ハ本朝來行動シツツアル軍隊ヲモ含メ昭和十年度第一師管戰時警備計畫書ニ基キ所要ノ方面ヲ警備シ治安ノ維持ニ任スヘシ
五、憲兵ハ両師團ノ行動ニ強力シ且地方民ノ騒攬行動ヲ警戒スヘシ
六、軍隊相互ニ於テ絶對ニ相撃スヘカラス
東京警備司令官  香椎浩平
下達法  口達筆記セシム

＜ 註 ３ ＞
一師戰警第一號
第一師團命令  ( 二月二十六日午後四時　於　東京 )
一、第一師管ノ戰時警備ヲ下令セラル
二、師團ハ昭和十年度第一師團戰時警備計畫書ニ基キ
 担任警備地域ノ警備ニ任ジ治安維持ヲ確保セントス
 近衛師團ハ其警備担任區域ノ警備ニ任ズ
三、歩兵第三聯隊長ハ本朝来出動シアル部隊ヲ合セ指揮シ、担任警備地區ヲ警備シ治安維持に任ズベシ
 但シ 歩兵第一聯隊ノ部隊ハ 適時歩兵第三聯隊ノ部隊ト交代セシムベシ
四、歩兵第一聯隊ハ屯営ニ待機シ後命ヲ待ツベシ
五、歩兵第四十九聯隊、歩兵第五十七聯隊及戰車第二大隊ハ所命ノ地點ニ兵力ヲ終結シ、
 待機ノ姿勢ニ在ルベシ
六、其他ノ在京部隊ハ第一師團戰時警備計畫書ニ基キ行動スベシ
七、第一師管各衛戍司令官ハ所要ノ警戒ヲ行イ、夫々衛戍地ノ警備ニ任ズベシ
八、本警備ニ在郷軍人及防護團ハ別命アル迄使用スベカラズ
九、予ハ師團司令部ニ在リ
師團長　堀　中将
併セテ次ノ事項ヲ口達セラレタリ
一、敵ト見ズ友軍トナシ、共ニ警戒ニ任ジ軍相互ノ衝突ヲ絶對ニ避クルコト
二、軍事參議官ハ積極的ニ部隊ヲ説得シ一丸トナリテ活潑ナル經倫ヲ爲ス
 閣議モ其主旨ニ從イ善処セラル
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そコデ私ハ
午後五時三十分、
將校、同相當官ヲ聯隊長室ニ集合セシメ、
陸軍大臣告示、・・・＜ 註 1 ＞
軍隊ニ對スル告示、・・・＜ 註 ２ ＞
第一師團命令ヲ下達シテ、・・・＜ 註 ３ ＞
聯隊ニ出動準備ヲサセルト共ニ、
行動部隊デアル第十一中隊、機關銃隊ヲ其手裡ニ収ムル爲メ、
先ヅ 山口大尉ヲ占據部隊ノ位置ニ派遣シ、之ト聯絡ヲサセマシタ。
漸クニシテ山口大尉ハ歸ツテ來テ、占據部隊ノ 目下ノ情勢ハ一轉シテ急迫ヲ告ゲ、
「 歩兵第三聯隊ノ指揮デハ行動部隊ハ動カヌ 」
トノ 情況ヲ報告シマシタ。
午後七時半頃、
第一師團司令部ニ招致セラレ、
一師戰警第二號、第一師團命令ヲ受ケテ、私ハ次ノ命令ヲ下シマシタ。
歩一警命第四號
歩兵第一聯隊命令  二月二十六日  於屯營
一、師團ハ昭和十年度戰時警備計畫書ニ基キ、担任警備地域ノ警戒ニ任ジ、治安ノ維持ヲ確保ス。
二、予ハ本朝來行動シアル部下部隊及歩三、野重七ノ部隊ヲ指揮シ、
  概ネ 櫻田門、公園西北角、議事堂、虎ノ門、溜池、赤坂見附、平河町、麹町四丁目、
半蔵門ヲ聯ネル線内ノ警備ニ任ゼントス。
歩兵第三聯隊長ノ指揮スル部隊ハ其他ノ担任警備地區ノ警備ニ任ズル筈。
三、聯隊主力ハ古閑中佐ノ指揮ヲ以テ待機ノ姿勢ニ任ズベシ。
聯隊長  小藤大佐
下達法
命令受領者ヲ集メ、口達筆記セシム。
右ノ様ナ次第デ、
正午以後行動將校トハ誰トモ會ツテ居リマセン。
私ハ命令ヲ下達シタ古閑中佐ヲシテ、旅團長ノ隷下ニ入ラシメ、
目下ノ情勢上、指揮機關ヲ同行スルハ極メテ危險ナル情勢ヲ考ヘ、
又、占據部隊ノ主力ガ歩兵第三聯隊ノ部隊デ、
之ヲ掌握スルコト極メテ困難デアルノヲ豫想シテ、
傳令トシテ山口大尉、伊藤少尉ヲ伴ヒ、
午後九時三十分
陸相官邸ニ至ツタノデ、
前ニ述ベタ私ノ指導腹案ヲ以テ之ニ當ル外、別ニ考ハアリマセンデシタ。


・

陸相官邸ニハ 香田大尉、野中大尉、對馬中尉、栗原中尉、村中、磯部等ガ居リ、
午後十時頃カラ夜半頃、
軍事參議官會同セラレマシテ、
右代表者カラ希望意見ヲ述ベ、
彼等ハ只今ハ其時期デナイガ、某時期カラ統帥命令ニ服シマセウト云フノデ、
ドウモ仕様ガナイノデ、
小藤部隊トシテノ命令ハ彼等ニ下シマセンデシタ。
此間、私ハ黙ツテ會見ノ場所ニ列シテ居ツタノミデアリマス。
午前一時頃、私ハ行動部隊ノ香田、丹生等ニ對シ、
行動部隊ガ陸軍ノ中樞機關デアル陸軍省、參謀本部附近ヲ占據シアルノハ
事件ノ解決ヲ不可能ナラシムル所以ヲ説キ、
明早朝カラ陸軍省、參謀本部附近ヲ開放スベキ事及其他ノ箇所モ撤去シテ、
逐次新國会議事堂附近ニ集結スル如ク指導シタル後、陸相官邸デ夜ヲ徹シマシタ。
私ハ早朝ヨリ香田、丹生等ニ對シ直接指導シ、又 他ニ占據シアル行動將校ニハ、
山口大尉ニ命ジ 先ヅ陸軍省附近ヲ占據セル部隊ヲ撤去シ、新議事堂附近ノ空地ニ移ラシメ、
午前十時頃ヨリ、
陸軍省以外ノ箇所ニ於ケル兵力モ逐次撤去シ、新議事堂附近ニ集結ヲ開始シマシタ。
午前八時四十分頃、
師團ヨリ電話デ山口大尉ヲ伴ヒ聯隊ニ歸リ、直ニ師團司令部ニ行キマシタ。
午前九時、一師戒令第一號ヲ受領シ、玆ニ麹町地區警備隊長ノ任ニ就クコトニナリマシタ。
前ニ申述ベタ通リ、當局ト行動部隊將校トノ交渉デ、私トシテハ第三者敵立場ニアルカラ、
彼等ノ行動範囲ヲ縮小シツツ、腹案トシテ居ル指導ノ目的ヲ達シヨウトシタ次第デアリマス。
午前九時ニ命令受領ノ爲、師團司令部ニ行キ、直ニ陸相官邸ニ引返シ、
正午過新議事堂附近ニ赴キ集合狀況ヲ観察シマシタ。
其時 行動部隊將校ノ誰トモ特別ニ會談ヲ交シタコトハアリマセン。
次デ陸相官邸ニ歸ツテ來テ、夕刻軍事參議官ガ來ラレルト云フコトヲ聞イテ、待ツテ居リマシタ。
午後五時頃、
眞崎大將、阿部大將、西大將ノ三軍事參議官ガ陸相官邸ニ來ラレ、
行動部隊將校トノ會見ガアリマシタ。
私ハ其席ニ列席シテ居リマシタ。
其會見内容ハ次ノヨウデアリマス。
野中大尉ハ行動部隊將校ヲ代表シテ、
今度ノ事ハ 總テヲ眞崎閣下ニ一任シ、後ノ収拾ヲ御願ヒシ、他ノ參議官ハ一致シテ援助ヲ乞フ。
眞崎大將
軍事參議官ニ斯ノ如キ權限ナシ。
精神ハ能ク解ツタガ引受ケル譯ニハ行カヌ。
自分ハ先輩トシテ一言ス。
第一 錦旗ニ向ヒ逆フ如キ事アラバ、斷乎トシテ敵トシテ對スル。
阿部大將
眞崎ガ立ツテ時局ヲ収拾スル様ニナツタラ援助ヲ惜シマズ。
・
此會見後、行動將校ノ代表者ガコレカラ小藤大佐ノ指揮下ニ入リマスト言明シマシタ。
ソコデ副官的ノ者ト書記ガ入用デアルカラ派遣セヨト聯隊ニ命ジマシタ処、
田中少佐ト下士官一名ガ午後九時頃參リマシタ。
私ハ戒嚴司令官ノ諒解ヲ得テ宿營ノ計畫ヲ定メ、
幸楽、山王ホテル、鐵相、文相、農相、大蔵大臣 各官邸ニ分宿サセマシタガ、
栗原中尉ノ指揮スル部隊ハ依然 首相官邸ヲ占據シテ居リマシタ。
其宿營命令ハ、
午後九時頃
山口大尉ガ命令受領者ヲ鐵相官邸ニ集メ、下達、筆記セシメマシタ。
私ハ陸相官邸ニ夜ヲ徹シマシタ。
宿營命令ヲダシタノハ、行動隊ノ者ヲ沈靜セシムル手段トシテ、
ユックリ休マセルコトガ適當ダト考ヘテ、宿營ノ計畫ヲ定メタ次第デアリマス。

陳述人  小藤恵
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ付、署名捺印セシム
昭和十一年四月二十三日
赤坂憲兵分隊
陸軍司法警察官  陸軍憲兵少佐  諏訪与平

次頁  小藤惠大佐の四日間 2  に 続く
二・二六事件秘録 ( 一 ) から

小藤惠大佐の四日間 2 「 私共ハ天皇陛下ノ御命令ニ服從シマス 」

小藤惠大佐
憲兵聴取書

第二回聴取書
小藤惠
當四十九年
右者、昭和十一年四月二十四日、赤坂憲兵分隊ニ於テ、本職ニ對シ左ノ陳述ヲ爲シタリ
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二 ・二六事件

一、私ハ二十七日夜、陸相官邸ニ居リマスト、
午前一時半頃 山口大尉ガ私ヲ起シテ、奉勅命令ガ下リソウナ情報ガアリマス と言ヒマスノデ、
午前二時ニ鈴木大佐、山口大尉ト共ニ戒嚴司令部ニ赴キマシタ。
直グ戒嚴司令室ニハイリマスト、
司令官ガ奉勅命令ヲ遵奉セシムルノ確信這ガアルカト 聞カレマシタカラ、
先刻 ( 數時間前 ) 指揮下ニ這入ツタバカリダカラ 確信ナキ旨ヲ答ヘマシテ、
ソノ時ハ幕僚ノ會議ガアッタ様デスカラ、私ハ其室ヲ出テ居リマスト、
又司令官カラオ呼ビガアリマシタノデ行キマスト、
司令官カラ奉勅命令ヲ下サルゝベカラザル狀況ヲ聞カサレ、其際 奉勅命令ノ本物ヲ拝シマシタ。

ソレカラ、午前三時頃デアツタカト思イマス。
其後 參謀長室ニ居リマシタ時ニ、參謀長カ高級參謀カニ、奉勅命令ガ下ル事情ハ判ツタガ、
先刻 指揮下ニ入リ、其儘 寝タ様ナ譯デ、行動將校ノ情況ガヨク判ラナイカラ、
奉勅命令ヲ下サザル場合ニハ 時間ノ餘裕ヲ得タイ旨ヲ話シマシタ所、承知ノ旨 話シガアリマシタ。

午前六時ニ陸相官邸ニ歸リマシタ。
其頃ニ於ケル行動將校ノ情況ハ、若干ノ指導者ガ居タ様デアルガ、
合議體ニシテ確然タル統率者無ク、將校ノ狀態ハ平靜ナル時モアツタガ、
時日ノ經過ト共ニ猜疑心さいぎしんト不安ニ満チ、
各種ノ問題ニ於テモ屢々しばしば議論ノ沸騰ヲ見タ様デアリ、
又 其編成ハ區々トシテ最後迄判明シマセンデシタ。
其行動ニ就イテモ、局部ニ於テハ軍隊ラシイ観ガナイノデハナカツタガ、
總體的ニ見ル時ハ 全ク軍隊ニ非ズシテ、
整然タル命令ノ如キハ勿論 之ヲ下達スルコトハ出来マセンノデ、
私ハ一部ノ代表者ヲ納得セシメテ、一般ヲ指導スルコトニ努メタノデアリマス。
然シナガラ、又 他面、局部ニ於テハ 随意ニ位置ヲ移動シ、
或ハ 個人ノ判斷ニ依リ配置ニ就ク等ノ事ハ 勝手ニ行ハレテ居タ様デアリマシタ。

二月廿八日 午前八時頃、
師團ノ平田參謀ガ
奉勅命令の原本 ト 第一師団命令 ( 一師戒令第三號、二月廿八日 午前六時三十分發令 )
ノ 兩方ヲ持ツテ陸軍大臣官邸ニ來マシタ。
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奉勅命令の原本

命令
戒嚴司令官ハ 三宅坂附近ヲ占據シアル
將校以下ヲ以テ速ニ現姿勢ヲ撤シ
各所属部隊長ノ隷下ニ復歸セシムベシ
昭和十一年二月二十八日　　
奉勅    參謀總長載仁親王
戒嚴司令官香椎浩平殿

一師戰戒令第三號
第一師團命令
( 二月二十八日午前六時三十分 )
一、別紙ノ通リ 奉勅命令ヲ達セラル
ニ、師團ハ三宅坂附近占據部隊ヲ先ズ師團司令部南側空地ニ終結セントス
三、小藤大佐ハ速ニ奉勅命令ヲ占據部隊ニ傳達シタル後、之ヲ師團司令部南側に集結スベシ、  集合地ニ至ルタメ赤坂見附ヲ通過スベシ
四、歩兵第二旅團ハ占據部隊通過ノタメ午前八時以後赤坂見附ヨリ集合地ニ至ルマデノ警戒ヲ撤去スベシ
五、余ハ依然司令部ニアリ
第一師團長    堀  中将
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ソコデ、私ハソレヲ受領シ、傳達ニ出發シヤウトスルト、
平田参謀ガ、命令ヲ下ス場面ヲ見テ行キタイト申シマシタカら、同意致シマシタ。
丁度此時 香田、村中、對馬 其他ノ行動將校ガ、血相ヲ變ヘテ何カ言ヒナガラ、
陸相官邸ニ參リマシタガ、其中ノ代表トシテ村中ガ私ニ、
「 ドウモ不都合ナコトガアリマス。
 斯ノ如キハ天皇機關説信奉者ノ作爲セルモノニシテ、大御心ヨリ出デタルモノデハナイ。
 斷ジテ受ケマセン 」
ト 申シテ、近歩三カラ中橋中尉ニ渡サシタ奉勅命令ノ冩シヲ出シテ見セマシタ。
其命令ハ次な様ナモノデアリマス。
聯隊長命令
一、戒嚴司令官ハ勅命ヲ奉ジ、
占據部隊ヲシテ赤坂見附ヲ通過シ速ニ歩兵第一聯隊附近ニ集結セシメラル。
二、中橋中尉ハ勅命ニ從ヒ、
現在其他ニ於テ指揮シアル部下ヲ率イテ、小藤大佐ノ指揮下ニ入リ行動スベシ。
二月二十八日午前七時
聯隊長 園山大佐
中橋中尉殿
此席上、村中ハ
「 奉勅命令ハ陛下ヲ臣下ガ欺キ奉リ鞏要シタルモノデ、
 此ノ吾々ノ占據スル位置ヲ撤退スルノハ間違イデアル 」
ト 申シテ居リマシタ。
其時、其他ノモノハ大廣間ニ居リマシタ。
此ノ中橋中尉ニ下サレマシタ奉勅命令ニ附キ、私ハ一方ナラズ困惑致シマシタ。
夫ハ 今私ガ如何ニシテコノ奉勅命令ヲ下達スベキカニツキ考ヘツツアリ、
且、一同ヲ集メテ鎮靜裡ニ奉勅命令ヲ下シタイト思フタカラデアリマス。
ソレハ自分トシテハ奉勅命令下達ノ時期ヲ、自分ノ最後ト覺悟シテ居タノデ、
一同ヲ集メ沈靜ナ狀態裡ニ傳ヘ、若シ彼等ガ奉勅命令ヲ聽カザレバ ブチ切ツテモトノ考ヘデ、
又 聽イタ場合ハ彼等ニ武士ラシキ仕末ヲ附ケタ上デ、沈靜裡ニ自分ノ最後ヲシヨウト云フ考エデアリマシタ処、
中橋ニ對スル命令ヲ聞イテ彼等ガ狂的ニ混亂シ始メタノデ、之ハ困ツタ事ニナツタト苦慮シマシタ。
ソコデ私ハ彼等ガ狂的ニ混亂シ、
且、一同ヲ集結シテ奉勅命令ヲ下達スルコトガ出來ナイ狀況ニアルノデ、
彼等ヲ沈靜スル様ニ何等カノ手段ヲ講ズル様盡力ヲ御願ヒシヨウト、
鈴木大佐ト共ニ陸相官邸カラ師斷司令部ニ參リマシタ。
師團司令部ニ行ツテミルト、山口、香田、村中、對馬等ガ私ト前後シテ行ツテ居リマシタ。
私ハ師團長ニ對シ、行動將校ニ奉勅命令ヲ下達スルニハ、
先ヅ彼等ヲ沈靜サセル必要アリ、
且 彼等ノ面目ヲ立テサセテヤル爲メニ 上司ニ於テ何等カノ方法ヲ講ジテ戴ク様、
御盡力ヲ願ヒタイト師團長ニ申上ゲマシタ。
丁度其時戒嚴司令部カラモ、
「 奉勅命令ヲ下達ハ未ダ時期デナイカラ、下達シナイコトニセヨ 」
ト 師團参謀ニ電話聯絡ガアリマシタ  ト 聞キマシタ。
私ノ申上ゲマシタ事ニ就テ、師團長モ同意セラレタノデ、
師團長ノ御伴ヲシテ戒嚴司令部ニ參リマシタ。

戒嚴司令部ニ於テ、師團長ハ戒嚴司令官ニ對シテ 暫ラク御話シニナリマシタ。
師團長ノ御話シデハ戒厳嚴司令官モ諒解サレテ、盡力シヨウトノ御話シガアッタコトヲ聞キマシタ。
ソレカラ、師團長ガ一寸狀況ヲ見ニ陸相官邸ニ行カウト言ハレマシタノデ、共ニ陸相官邸ニ行キマシタ。
私共ノ留守中、陸相官邸デ山下閣下ハ陸軍大臣ノ訓示ヲ述ベ、
行動將校ニ何カ懇々ト説論サレタ様子デ、行動將校ノ代表者ハ別室デ合議ノ上、
最後ノ態度ヲ決定シ、之ヲ答解セントスル際デアリマシタ。
其処ニ私共ガ行キマシタノデ、師團長以下ハ代表者ト會ヒ、其返事ヲ聞キマシタ。
其時 行動將校ハ 香田、磯部、村中、栗原、安藤等デアリマシタガ、
代表トシテ栗原中尉ガ二十八日正午頃、
「 將校ハ自刃シ、下士官兵ハ兵營ニ歸シマス。
 然レドモ 飛行機一台墜落シテ天聽ニ達スルノデスカラ、
私共ノ自刃モ是非御上ニ聽ヘ上ゲ、可成生前ニ勅使ヲ賜ワリタイ　」
ト 申シ出マシタ。
其所デ居合ワセタ人ハ異狀ナ感激ニ皆泣キマシタ。
堀師團長ハ、
「 良ク決心ヲシテクレタ。
 御上ノ事ハ忖度出來ナイガ、君等ニ對スル叡慮アリトセバ、生前此ノ事ニアルカ、
或ハ叡慮枯骨ニ及ブカ判ラザルモ、良ク決心シテクレタ。有難フ 」
ト 云フ意味ノ事ヲ言ハレ、一人一人ト握手ヲサレ、
私ハ栗原ト握手シテ、
「 日頃 オ前ヲ良ク知ラナカッタ。良ク決心シテクレタ。有難フ 」
ト 云ヒ、朗ラカナ氣持チニナリマシタ。
師團長ハ大ヘンニ決意ヲ嘉シ、官邸ヲ出ヨウトサレ、行動將校ハ解散シヨウトスルカラ、
私ハ行動將校代表者ニ命令シテ、奉勅命令ヲ下達スルカラ、
「 將校ハ全員陸相官邸ニ集合スルコト。
 下士官兵ハ私ノ方デ返戻スルカラ、 各現在位置ニ於テ出發準備ヲナシアルベシ 」
ト 命ジマシタ。
之ヲ聞イテ行動將校代表者ハ別室デ協議シテ居リマシタ。
「 私共ハ天皇陛下ノ御命令ニ服從シマス 」
ト 云フ 私宛ノ書キモノヲ山口ガ代表シテ持ツテ來マシタ。
ソレカラ代表者ハ陸相官邸ヲ去リマシタ。

ソレカラ、私ハ午後○時半頃迄ノ、將校ノ集合スル迄ノ時間ヲ利用シ、
爾後ノ打合セノ爲 師團司令部ニ歸リ、打合セヲ終リ、陸相官邸ニ歸ツテ來マシタ。
トコロガ、殆ンド全部ノ將校ハ陸相官邸ニ集マレト云フノニ幸楽ヘ集ツタト云フ事デ、
陸相官邸ニハ確カ香田大尉一人ガ居ルノミデシタ。
私ハ彼等ノ決心ガ須臾スユノ間ニ變ツテ、却ツテ防備ヲ固メ、
殊ニ陸相官邸ニ居リシ行動將校ハ 維新ノ曙光ヲ認ムル迄ハ絶對ニ撤去シナイ事ヲ主張シテ居ルコトヲ知リ、
驚愕措ク所ヲ知リマセンデシタ。
私ハ香田大尉ニ
「 モウ一度先ノ決心ノ通リニ翻意スル様 一味ニ斡旋セヨ 」
ト 切言シマシタガ、
香田ハ、
「 昭和維新ノ曙光ヲ見ル迄ハ動カナイ 」
ト 答ヘマスノデ、
今一度 説得セヨト私ガ申シマシタ所、香田ハ
「 私一人ノ考ヘデハ何トモナラヌカラ、兎ニ角ヤッテミマセウ 」
ト　ブツブツ言ヒナガラ出テ行キマシタ。

ソコデ、私ハ最後ノ決意ヲ以テ彼等ヲ説得スベク、
彼等ニ傳ヘル爲ニ大切ニ腹ノ中ニシマッテ置イタ奉勅命令ト師團ヨリノ奉勅命令ノ冩シヲ取出シテ、
聯レテ參リマシタ田中少佐ニ是ヲ大事ニ保管セヨト申シテ渡シマシタ。
其時ノ陸相官邸ハ又々一小隊ヲ以テ警備ニ就クト云フ様ナ狀況デアリマシタ。
ソコデ、私ハ午後二時頃、代表者ハ駄目ダカラ、道路上ニ居ル將校ヲ説得セント思ヒテ、
獨逸大使館前、鐵相官邸前ノ道路、幸楽、山王ホテル等ヲ巡視シ、
私ハ名前モ良ク知ラヌガ、將校ヲ見ツケ次第ニ彼等ニ、
「 奉勅命令ハ下ツタノデアル。兎ニ角 此所ニ現在スルモノ丈ハ私ニ續行セヨ 」
ト 云ツテ歩キマシタガ、
山王ホテルヲ最後ニ、遂ニ効果ナク、萬策ツキマシタノデ、
午後三時頃 師團司令部ニ歸リ、師團長ニ狀況ヲ報告致シマシタ。
ソノ時 丁度 歩兵第三聯隊長ガ、第三中隊長森田大尉ヲ同道シ來リ、
秩父宮殿下ニハ歩三ノ森田大尉ヲ御殿ニ御招キニナリ、
其際御言葉ヲ賜ハリシ旨報告シマシタノデ、
師團長ハ両聯隊長ニ 最後ノ努力トシテ秩父宮殿下ノ御言葉ヲ一同ニ傳ヘ 引揚ゲシムベキ様命ゼラレマシタノデ、
私ハ山下少將ト共ニ村中、野中、對馬等 六、七名ヲ代表者ノ集合シアル鐵相官邸ニ到リ、
説論セルモ効果ナク、山王ホテルヲ廻ツテ、午後八時頃 師團司令部ニ歸ツテ來マシタ。
師團長ニ其狀況ヲ報告シタ時ニ、戒作命第十二號命令 ( 二月廿八日 午前八時 於戒嚴司令部 )
ニ 基キ、師團長ヨリ出動部隊ニ對スル指揮ノ任務ヲ解除サレマシタガ、
其後 師團司令部ニ居リマシタ。
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戒作命第十二號
( 第一師團長ニ与フルモノ ) 
命令  二月廿八日午後六時  於九段戒嚴司令部
小藤大佐ハ戒作命第七號ニ依ル將校以下ヲ自今指揮スルニ及ハス

第一師團命令
( 二月二十八日午後十時  於  師團司令部 )
一、小藤大佐ハ爾后占據部隊ノ將校以下ヲ指揮スルニ及バズ
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山口大尉ハ疲勞モシテ居リ、且、 不用デアルノデ、其儘ニシテ師團司令部ニ置イテ置キマシタ。
私ハ第一師團 櫻井參謀ガ眞ノ奉勅命令ヲ捧ゲ、
幸楽、山王ホテル附近ニ於テ行動將校ニ見セテ歩イタト云フ事ヲ聞キマシタガ、
行動將校ハ奉勅命令ノ下ツタト云フ事ヲ全部承知シテ居ルコトト確信致シテ居リマス。

二十九日午前二時頃 櫻井參謀ガ師團司令部ニ歸ツテ來テ、
私ニ山本少尉ハ
「 小藤大佐ノ命令ナラバ服從シマス 」
ト 云フコトヲ報告シタノデ、
午前四時頃 最後ノ努力ヲ試ミント　櫻井參謀ヲ同道シ 山王ホテルニ赴キ、
山本、香田等ヲ説得シマシタガ、功ヲ奏シマセンデシタ。
私ハ午前八時頃、師團司令部ニアリテ、栗原中尉カラ歩兵第五十七聯隊長ヲ通ジテ、
下士官兵ヲ助命サセテヤリタイコトニ就テ、私ニ來テ貰ヒタイ旨ノ電話通報ニ接シマシタノデ、
直チニ首相官邸ニ赴キマシタガ、栗原中尉ハ山王ホテルニ出掛ケタ後デ會フコトガ出來ズ、
更ニ山王ホテルニ行ツタガ　既ニ去リシ後デアッタカラ、
山王ホテルデ香田、丹生ト會ヒ、輕擧ヲ戒メ、
且 又、五十七聯隊ノ包囲軍ニハ愼重ニ行動スベキコトヲ説キ、
概ネ 山王ホテル及 首相官邸ノ下士官兵ハ集合準備ヲシテ居リマシテ
歸順ノ情明ラカナルコトヲ観取シマシタノデ、
必要ノ処置ヲ爲ス爲 午前十一時半 聯隊ニ歸リ、
古閑中佐ニ必要ノ処置ヲ命ジ、
午後一時頃迄ニ戒嚴司令部參謀ノ指示ニ基キ 行動部隊ヲ受領シ、
取敢エズ 之ヲ兵營ニ収容致シマシタ。
午後五時頃、叛徒取扱イニ關スル師團命令ヲ受領シ、種々ノ準備ヲ致シマシタガ、
當夜ハ警戒ヲ至嚴ニシテ隊内ニ留置シ、鎭撫ヲ圖リ、
三月一日処命ノ部隊ニ引渡シテ、完了致シマシタ。

次頁 小藤惠大佐の四日間 3 「 軍事参議官との会見 」 に 続く
・・・二・二六事件秘録 ( 一 ) から

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« 2月29日・首相官邸 »
二十九日になると　鎮壓軍が道路をへだてた向い側まで接近し、
戰車が路上を走りながら原隊復歸を叫び、
上空カラハ飛行機がビラをまき、 何ともいえぬ雰囲氣に包まれた。
朝方何時頃だったか、
小藤聯隊長が當番兵にひかれてかん邸内に入ってきた。
頬はこけ、やつれた姿は見るに忍びないばかりだ。
私たちはすぐ敬礼したが 聯隊長は目が見えぬらしく 當番兵に促されて答礼した。
おそら 四日間一睡モセズ 心身の激労は想像以上で、 そのため眼が見えなくなったのであろう。
聯隊長は身近にいる兵を手探りでつかまえ 身體をさすりながら、
「 お前は 歩一の兵隊だな、俺と一緒に聯隊へ歸ろう。」
と ダダッ子をあやす親の様ニ　しきりにくりかえした。
それは見ていて氣の毒になるようナ光景だった。
・・・歩兵第一聯隊機関銃隊 二等兵  高橋義正 『 栗原中尉への思慕 』
     雪未だ降りやまず ( 続二・二六事件と郷土兵 ) 

小藤惠大佐の四日間 3 「 軍ハ自ラ粛正ノ範ヲ示シ、以テ昭和維新大業翼賛ﾆ邁進スルニ決ス 」

小藤惠大佐
憲兵聴取書

小藤惠  第三回聴取書
小藤恵
当四十九年
右者、昭和十一年四月廿五日、赤坂憲兵分隊ニ於テ、本職ニ對シ左ノ陳述ヲ爲シタリ
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二 ・二六事件

二十六日、陸相官邸ニ於ケル午後十一時 軍事參議官トノ會談ノ際ニ於ケル狀況、
竝 此ノ際如何ニ蹶起將校ヲ指導セシヤ
陸相官邸デ蹶起將校ノ村中、野中、栗原、香田、對馬等ガ、
軍事參議官 ( 林、眞崎、阿部、荒木、西、寺内、植田 各大將 ) ニ 對シテ話ヲシテ居リマシテ、
其席ニハ山下少將、鈴木大佐 竝ﾆ 私モ傍聴シテ居リマシタ。
會談ノ内容ハ、
蹶起將校等ハ、
1、内閣総總辭職ノ要求。
2、西園寺、牧野ハ次ノ内閣ニ關シ、色々畫策スルノデ、之等ヲ逮捕シテ貰ヒ度イ。
3、宇垣、南、建川ノ各將軍モ之ヲ逮捕シテ戴キタイ。
4、幕僚中、惡イ者ハ此際 退職サセテ下サイ。
5、決起將校ノ同志デアル地方ニ於ケル代表者ヲ上京セシメ、意見ヲ徴シテ下サイ。
6、「 軍ハ自ラ粛正ノ範ヲ示シ、以テ昭和維新大業翼賛ﾆ邁進スルニ決ス 」
  ト 云フ 軍事參議官ノ決議文ヲ布告シテ下サイ。
荒木大將ハ、行動將校を沈靜スル意味デ之ニ對シ話ヲセラレ、
眞崎大將ハ、
「 汝等ノ趣旨ハヨク判ル。軍事參議官ハ協力シテ善処スル 」
決議文ノコトハ軍事參議官宮中ニハ宮様モ御居デニナルコトダカラ、輕々ニ取扱フコトハ出來ヌ、
大體右ノ様ナ話デアッテ、
私ハ 只傍聴シテ居ッタノミデ、何モ言ヒマセン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二月二十七日午後七時ノ戒作命第九號ノ出タ譯ハ如何
中橋中尉ノ部隊ガ去就ニ困ツテ居ツタ関係デハナイカト思ヒマスガ、
山口ガ私ノ所ニ持ツテ參リマシタ。
戒作命第九號  
二月廿七日午後七時  於戒嚴司令部
命令
二月廿六日出動セシ將校以下ハ、
第一師團麹町地區警備隊長小藤大佐ノ指揮下ニ在リテ行動スベシ
戒嚴指令官  香椎浩平  花押

小藤大佐トシテ、山口大尉ノ行動ヲ如何ニ見テアリシヤ
事件ガ起ツテ山口大尉ノ様子ヲ見ルト、蹶起將校ト近附キテアルコトノ認識ヲ深クシ、
山口大尉ハ前半期ハ彼等ノ趣旨ヲ生カシテヤルヨウナ行動ニ思ハレ、
中期以後ハ収リヲウマクシテヤル爲ニ心痛シテ居ツタヨウデ、
彼等ハ最後ニ心身ヲ極度ニ勞シテ居ツタヨウデアリマシタ。
本事件ニ直接関係ガ深イトハ思フテ居ナカツタガ、
事件後聯隊ニ歸ツテ週番司令トシテノ狀況ヲ調ベテ見テ、之ハ怪シイト思ヒマシタ。

本事件發生後、行動將校ニ對シ如何ニ指導セントシタルヤ
私ハ御信任ヲ受ケ聯隊長ニナツタ身デアルカラ、聯隊ガ之ニ巻込マルル様ナ事ガアツテハイカヌカラ、
古閑中佐ニ聯隊ノ指導ヲ命ジ、私ハ師團長、旅團長ノ諒解ヲ得テ、命令デ陸相官邸ニ行キマシタ。
陸相官邸ニ行ツタ理由ハ、事件發生ノ報ニヨリ二十六日朝聯隊ニ出動シタ時ニ、
情況ガ判ラヌノデ、之ヲ知ルタメニ出掛ケマシタ。
陸相官邸ニ比較的長ク居ツタノハ、陸相官邸ヲ包囲シテ居る部隊ハ歩一ノ兵デアルカラ、
萬一ヲ心配シ、陸軍大臣ヲ保護スルコトニアリマシタ。
私ハ行動將校ノ大多數ヲ知ラナイカラ ( 知ツテ居ルノハ香田、丹生、栗原位 )、
之ニ接觸シヨウガナク、尚、聯隊ガ引込マレテハイカヌシ、
又、私個人ガ巻込マルルコトガアツテハイカヌト考ヘ、
私ガ個々ニ行動將校ニ接觸セズ、
又、終始彼等ノ楽屋デアル合議スル席ニハ入ラナイヨウニシテ居ツタ。
從ツテ、彼等ノ相談相手ニハ一事モナツテイナイ。
彼等ノ代表ノ會見席上ニ立會ヲナシタニ過ギナイノハ、カクノ如キ理由に依ルモノデアリマス。
要スルニ本件ガ起ツテカラ、私ノ考ヘハ、
次ノ事ヲ処理シ、自ラ責任者トシテ死ヲ決シテ指導セントシタノデアリマス。
1、擴大ヲ防グコト ( 相撃絶對不可 )。
2、下士官兵ハ、蹶起將校ノ命令ヲ以テ歸営。
3、將校ハ、責任ヲ負フテ自ラ始末ヲセシムルコト。

本事件間、山下少將、鈴木大佐ト如何ナル相談ヲシタカ
時々同席シタ事ガアルト云フヨウナ狀況デ、何モ協議シタコトモアリマセン。

汝ノ前述ノ考デ説得セシ將校ハ誰々カ
二十六日香田、丹生ニ對シ、陸軍ノ中樞機關タル 〔 欠 〕 本件解決ヲ不可能ナラシムル所以ヲ行動將校ニ傳ヘマシタ。
栗原ニハ、是以上ノ事ヲヤツテハイカヌト屢々言ヒ、巡視シテ歩ク途中ニ、將校ノ誰彼トナク輕挙ヲ戒メ、
其ノ事ハ前ニ述ベタ經過ノ中ニアリマス。

蹶起趣意書ニ對スル感想如何
大臣官邸デ一讀シタノミデ、別ニ意ヲ留メテ居リマセンデシタガ、
其精神ニ於テハ純ナモノヲ認メマスガ、軍秩ヲ紊リ、皇軍ヲ私兵化シタ行動ハ絶對ニ容認スルコトハ出來ナイ。
又、社會ノ一部ニハ彼等ノ云フヨウニ時弊アリト認ムルモ、
直接破壊的行動ニ出タノハ不同意デ、數年來ノ情勢ニ鑑ミテ、
先ヅ軍ノ堅キ結束ヲ第一義トシテ、之ニ依ツテ他ヲ指導シ得ルノ立場ニ立ツコトヲ得ルト考ヘルノデアリマス。
而シ、事變ガ起ツテカラハ止ム得ナイ、下士官兵ハ彼等ノ命令デ歸營サセ、
將校ノ始末ヲ立派ニツケ、
死ヲ決シテ蹶起シタ彼等ノ精神ヲ出來ル丈生カスヨウニ努ムルコトガ
軍ノ先輩トシテ適當、ト考ヘマシタ。

本件ニ關シ他ニ申立ツルコトナキヤ
アリマセン。

陳述人  小藤恵
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立テ、署名捺印シタリ
昭和十一年四月二十五日
赤坂憲兵分隊
陸軍司法警察官  陸軍憲兵少佐  諏訪与平

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