小藤惠大佐の四日間 1 『 給養ハ歩兵第一聯隊デ實施セラレ度、 其經費ハ陸軍省デ支弁ス 』

小藤惠大佐
憲兵聴取書

小藤恵  第一回聴取書
本籍地    高知県高知市大川筋五五
俗称    高知県士族
出生地    東京市
住所    東京市世田ケ谷区松原町一ノ六三
歩兵大佐  従五位勲三等    小藤 恵
当四十九年
右者、昭和十一年四月二十三日、赤坂憲兵分隊ニ於テ、本職ニ對シ左ノ陳述ヲ爲シタリ
私ノ本籍、族称、出生地、官等級、位勲、功級、氏名、年令ハ前述ノ通リ相違アリマセン。
私ハ今迄刑事上ノ處分ヲ受ケタコトハアリマセン。

私ハ歩兵第一聯隊ニ入ル兵ノ徴募區ハ、地方ノ狀態ガ良クナイノデ、
北國アタリノ兵ノ夫レト異ナル點ガアルノデ、皇室ニ對スル精神ヲ確乎トシテ与ヘ、
死ニ當リ 天皇陛下萬歳ヲ唱フル精神ノ兵ヲ作リタイト考ヘ、
國體観念、皇軍意識、建軍ノ本旨ヲ徹底シタイト考ヘ、
敎育方針ノ第一ニモ國體意識ノ明徴、皇道精神ノ徹底ヲ指示し、
準士官以上ニ麻布ノ聯隊區司令官ノ徴募區ノ、人情風俗等ノ講話ヲ依頼シ、
將校ノ爲ニ今泉定輔ニ國體観念ニ關スル講話ヲ二回サセ、尚更ニ續行スル考ヘデアリマシタ。

聯隊着任後、栗原元中尉等ヲ誤ラザル様良ク指導シテヤロウト考ヘテ居リマシタガ、
八月以降演習其他ノ行事ノ爲ニ、ユツクリ指導スル機會ヲ失ヒ、
其後秋季演習中、相澤事件ノ判士ヲ命ゼラレ、
秋季演習カラ歸ツテ調書ヲ見ルト、栗原等ハ關係ガ多イノデ、
判士ト云フ立場上自己ノ考ヘヲ表明スルノハ拙イカラ、
公判ガスンダラ膝ヲツキ合ハシテ良ク話シテ、誤ラザル様ニウント指導スル積リデアツタガ、
一月以降公判ノ仕事ト、公判ノ無イ日ハ聯隊長室デ人事ノ書類ノ処理ニ忙殺セラレ、
將校ニモ會フ暇ガナイ狀態デアリ、正月アタリニ栗原等ガ來タラ彼等ノ話ヲ聞キ、
ウント指導シテ誤リナカラシメル様シヤウト思フタガ、
一寸モ來ナイノデ其機會ガナカツタ様ナ次第デアリマス。
ソンナ狀態デ、著任以來ノ抱負ヲ果ス機會ナク、
將校ヲ充分ニ指導スルコトガ出來ナカツタコトニ殘念ニ思ツテ居リマス。
一月十五日頃山口大尉ガ週番中ニ聯隊長室ニ來テ、
一月十日ニ入營兵ノ父兄ニ爲シタ挨拶ノ反響トシテ賛成、不賛成ノ文書ヲ見セテ其狀況ヲ報告シ、
尚多數ノ電話ガ山口大尉ニカカツテ、
其中デ靑年將校ラシイ者カラ ( 三人 ) 急進的ナ通話ガアツタコトヲ報告シテ、
山口大尉ガ言フニハ、
「 ドウモ靑年將校ニ不穏ノ空氣ガアル様デアリマス。」
トノ報告ヲシマシタガ、私ハ忙シカツタノデ、例ノ公判直後判士打合セノ際持寄リノ
「 公判ニ伴フ情報 」 位ニ考ヘテ、ツマリ相澤事件關係ノ情報ト輕ク考ヘ、
「 ソウカ 」 ト答タガ、ハツキリ記憶シマセンガ、兎ニ角輕ク聞イテ居リマシタ。
問題ハ、判士ニ對スル問題位ニ考ヘテ居リマシタ。
其外山口大尉ノ週番中何モ聞イテ居リマセン。
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二 ・二六事件

二月廿六日払暁、週番中ノ山口大尉ガ第十一中隊ガ出動シ、
首相官邸方面ニ銃聲ガ聞コエテ居リマスト電話報告ヲシテ來マシタノデ、
私ハ山口大尉ニ次ノ様ニ命ジマシタ。
關係個所ニ電話聯絡ヲスルコト。
部隊ヲ纏メテ置ク。
出來ルダケ情況ヲ偵察セヨ。

山口大尉ハ歩三、近歩三ニ聯絡セヨト命ゼラレタト云フガ如何
歩三、近歩三に聯絡セヨト命ジタコトハアリマセン。
山口大尉ハ輪郭ガ判ツテイタカラ、私ガ關係個所ニ聯絡セヨト命ジタノデ、
ソウ云フ風ニ解シテ聯絡シタノダラウト想像シマス。
私ハ二十六日前ニ山口大尉カラ 今度ノ事件ニツイテ何モ聞イテイナイノデ、
當日朝ノ電話デ如何ナル狀況デアルカ見當がツカナカッタ次第デアリマス。
私ハ山口大尉カラノ報告ヲウケタノデ、午前六時頃 聯隊ニ參リマシタ処、
聯隊長室ニハ既ニ師團長、旅團長ガ來テオラレマシタ。
私ハ出勤途中、今度ノ事件ノ輪郭ガ判ラヌガ、兎ニ角 身ヲ以テ責ニ任ズルノ考ヘヲ持ツテ居リマシタ。
聯隊ニ出テ來マスト、近歩三、歩三ノ一部ガ出テ居ルコトガ判リマシタガ、
情況偵察ガマダ出來テオリマセンノデ、二名ノ將校ヲ私服デ自動車ノ斥候ニ麹町方面ニ出シマシタ。
午前七時十分頃、首相官邸ニ居ル 林少尉カラ電話ガカゝリマシテ、大體ノ情況ヲ聞キ、輪郭ガ判リマシタ。
又、自動車ノ斥候モ帰ツテ來テ、
桜田門、平河町、三宅坂ノ線カラ入レナイトノ報告ガアリマシタノデ、
私ハ中ノ情況ヲヨク見ル必要ガアルト考ヘ、自ラ情況偵察ニ當ルコトゝ、
副官モ未ダ出テ居ラナイノデ山口大尉ヲ随行セシムルコトゝデ、
師團長、旅團長ノ承認ヲ得テ聯隊ヲ出カケ、
首相官邸ニ一寸立寄リ 林少尉、池田少尉ニ遭ヒ、
次デ首相官邸ニ歸ツテ來タ栗原中尉ヲ同行シテ陸相官邸ニ參リマシタ。
聯隊ヲ出タ時カラノ考ハ、
今度ノ問題ハ、軍旗ヲオ預リスル身ニ迄御世話ニナリナガラ、御上ニ對シ申譯ガナイ、
之ハ死ヲ以テ御詫ビセネバナラヌ、ト云フ覺悟デ居リマシタ。
情況ガ聯隊ヲ出カケル時ハ十分判ラナイノデ、
具體的ニ行動部隊ニ對スル決心、処置ハ未ダツイテ居リマセンデシタ。
陸相官邸ニ行キ 廣イ室ニ入リマスト、陸相、次官、齋藤瀏少將ガ居ラレマシタ。
私ハ行動將校ハ歩一ノ者以外ハ知リマセン。
村中ハ大學敎官時代一寸顔ヲ見タコトガアル位ノモノデ、
磯部ハ全く知ラヌノデアリマスノデ、
大廣間ニ居ツタ行動將校デハ 香田クライデアッタカラ、
香田ニ、
「 今度ノ事件ハ 相澤事件ニ關係ガアルノカ、相澤事件ハ公判途中ヂャナイカ 」
ト 尋ネマシタ処、香田ハ、
「 公判ニハ關係アリマセン 」
ト 答ヘテ、
「 兵ニ朝飯ヲ喰ハシテイルカ 」
ト 問フタ外、別ニ何モ言ヒマセン。
私ガ陸相官邸ニ行ツタ目的ハ、行動將校ガ興奮シテ陸相ニ要求ヲ鞏要スルト思ヒ、
大臣保護ノ目的デアリマス。
陸相官邸デ蹶起趣意書ヲ初メテ見マシタ。
私ハ心中ニ次ノ考ヘヲ持ツテ本件ニ當ラウト致シマシタ。
1、擴大ヲ防グコト、
2、蹶起部隊ニ射撃セザルコト、
3、下士官兵ハ、蹶起将校ノ命令ヲ以テ歸營、
4、將校ハ、責任ヲ負フテ自ラ始末スルコト、
以上ヲ自ラ責任者トシテ、一死ヲ決シテ指導セント考ヘマシタ。
陸相官邸デハ、當局ト行動將校トノ交渉ヲ、私ハ第三者トシテノ立場デアリマシタカラ、
其外ニ何モ言ヒマセンデシタ。
私ハ行動將校ノ命令ニ依ツテ行動シタ兵ヲ凍ヘサシテハイカヌトノ考ヲ、陸軍次官ニ話シマシタ。
・・・リンク→ 香田清貞大尉 「 陸相官邸の部隊にも給与して下さい 」 
大廣間デ陸軍省副官ハ、兵ノ給養ハ歩兵第一聯隊デ實施セラレ度、
其經費ハ後日 陸軍省デ支弁シマスト山口大尉ニ言ヒマシタ。
私ハ陸相官邸ノ狀況ガ稍ようやく緩和スルノヲ見テ、
取敢ヘズ師團長ニ狀況ヲ報告シヤウト思ツテ、
午後一時官邸出發、
聯隊ニ立寄リ、
左記要旨ノ命令ヲ下達シ、
直チニ師團司令部ニ至リ、直前ノ狀況ヲ報ジマシタ。
命令ノ要旨ハ、
1、現在ノ狀況ハ概ネ平穏ニ赴キツツアリ、
2、予ハ再ビ現場ニ赴ク、古閑中佐ニ代理ヲ命ズ、
3、師團命令ニ基ク処置ハ逐次實施スベシ、
4、兵ヲ飢寒ヨリ保護スル爲メ、薪炭糧食ノ準備發送ニ遺憾ナキヲ期スベシ、
等デアリマス。
私ハ報告ヲ終ルト、
直ニ官邸ノ雰囲氣ヲ思ヒ、陸軍大臣ノ身邊ヲ慮リ、
再ビ陸相官邸ヘ參リマシタガ、
其時官邸ニハ陸軍次官、山下少將、満井中佐等ガ居リマシタガ、
出動部隊一般ノ空氣ハ極メテ緩和シテ居リ、和ヤカナ氣分ガ漲みなぎっテ居リマシタ。
・
私は午後四時頃、電話デ陸相官邸カラ師團司令部ニ招致セラレ、
陸軍大臣告示 ( 諸子ノ行動トアル分 ) 、・・・＜ 註 1 ＞
軍隊に對スル告示 ( 二月二十六日午後三時於東京警備司令部 )、・・・＜ 註 ２ ＞
第一師團命令 ( 二月二十六日午後四時於東京 ) ・・・＜ 註 ３ ＞
ヲ 受領シマシタ。
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＜ 註 １ ＞
 
陸軍大臣告示
二月二十六日午後三時三十分
東京警備司令部
一、蹶起ノ趣旨ニ就テハ天聽ニ達セラレアリ
二、諸子ノ行動ハ國體顯現ノ至情ニ基クモノト認ム
三、國體ノ眞姿顯現（弊風ヲ含ム）ニ就テハ恐懼ニ堪ヘズ
四、各軍事參議モ一致シテ右ノ趣旨ニ依リ邁進スルコトヲ申合セタリ
五、之レ以上ハ一ニ大御心ニ俟ツ

＜ 註 ２ ＞

軍隊ニ對スル告示
二月二十六日午后三時
東京警備司令部
一、第一師管内一般ノ治安ヲ維持スル爲本日午后三時第一師管戰時警備ヲ下令セラル
ニ、本朝来出勤シアル緒隊ハ戰時警備部隊ノ一部トシテ新ニ出動スル部隊ト共ニ師管内ノ警備ニ任セシメラルヽモノニ
  シテ軍隊相互間ニ於テ絶對ニ相撃ヲナスヘカラス
三、宮中ニ於テ大臣等ハ言出動部隊ノ考ヘアル如キコトハ大イニ考ヘアリシモ
  今後ハ大イニ力ヲ入レ之ヲ實行スル如ク會議ニテ申合ハセヲナセリ
＜ 参考 ＞
東警作命第三號
命令  二月二十六日午後三時  於東京警備司令部
一、帝都ノ情況既報ノ如シ
二、第一師管戰時警備ヲ下令セラル
三、近衛師團長ハ昭和十年度第一師管戰時警備計畫書ニ基キ所要ノ方面ヲ警備シ治安ノ維持ニ任スヘシ
四、第一師團長ハ本朝來行動シツツアル軍隊ヲモ含メ昭和十年度第一師管戰時警備計畫書ニ基キ所要ノ方面ヲ警備シ治安ノ維持ニ任スヘシ
五、憲兵ハ両師團ノ行動ニ強力シ且地方民ノ騒攬行動ヲ警戒スヘシ
六、軍隊相互ニ於テ絶對ニ相撃スヘカラス
東京警備司令官  香椎浩平
下達法  口達筆記セシム

＜ 註 ３ ＞
一師戰警第一號
第一師團命令  ( 二月二十六日午後四時　於　東京 )
一、第一師管ノ戰時警備ヲ下令セラル
二、師團ハ昭和十年度第一師團戰時警備計畫書ニ基キ
 担任警備地域ノ警備ニ任ジ治安維持ヲ確保セントス
 近衛師團ハ其警備担任區域ノ警備ニ任ズ
三、歩兵第三聯隊長ハ本朝来出動シアル部隊ヲ合セ指揮シ、担任警備地區ヲ警備シ治安維持に任ズベシ
 但シ 歩兵第一聯隊ノ部隊ハ 適時歩兵第三聯隊ノ部隊ト交代セシムベシ
四、歩兵第一聯隊ハ屯営ニ待機シ後命ヲ待ツベシ
五、歩兵第四十九聯隊、歩兵第五十七聯隊及戰車第二大隊ハ所命ノ地點ニ兵力ヲ終結シ、
 待機ノ姿勢ニ在ルベシ
六、其他ノ在京部隊ハ第一師團戰時警備計畫書ニ基キ行動スベシ
七、第一師管各衛戍司令官ハ所要ノ警戒ヲ行イ、夫々衛戍地ノ警備ニ任ズベシ
八、本警備ニ在郷軍人及防護團ハ別命アル迄使用スベカラズ
九、予ハ師團司令部ニ在リ
師團長　堀　中将
併セテ次ノ事項ヲ口達セラレタリ
一、敵ト見ズ友軍トナシ、共ニ警戒ニ任ジ軍相互ノ衝突ヲ絶對ニ避クルコト
二、軍事參議官ハ積極的ニ部隊ヲ説得シ一丸トナリテ活潑ナル經倫ヲ爲ス
 閣議モ其主旨ニ從イ善処セラル
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そコデ私ハ
午後五時三十分、
將校、同相當官ヲ聯隊長室ニ集合セシメ、
陸軍大臣告示、・・・＜ 註 1 ＞
軍隊ニ對スル告示、・・・＜ 註 ２ ＞
第一師團命令ヲ下達シテ、・・・＜ 註 ３ ＞
聯隊ニ出動準備ヲサセルト共ニ、
行動部隊デアル第十一中隊、機關銃隊ヲ其手裡ニ収ムル爲メ、
先ヅ 山口大尉ヲ占據部隊ノ位置ニ派遣シ、之ト聯絡ヲサセマシタ。
漸クニシテ山口大尉ハ歸ツテ來テ、占據部隊ノ 目下ノ情勢ハ一轉シテ急迫ヲ告ゲ、
「 歩兵第三聯隊ノ指揮デハ行動部隊ハ動カヌ 」
トノ 情況ヲ報告シマシタ。
午後七時半頃、
第一師團司令部ニ招致セラレ、
一師戰警第二號、第一師團命令ヲ受ケテ、私ハ次ノ命令ヲ下シマシタ。
歩一警命第四號
歩兵第一聯隊命令  二月二十六日  於屯營
一、師團ハ昭和十年度戰時警備計畫書ニ基キ、担任警備地域ノ警戒ニ任ジ、治安ノ維持ヲ確保ス。
二、予ハ本朝來行動シアル部下部隊及歩三、野重七ノ部隊ヲ指揮シ、
  概ネ 櫻田門、公園西北角、議事堂、虎ノ門、溜池、赤坂見附、平河町、麹町四丁目、
半蔵門ヲ聯ネル線内ノ警備ニ任ゼントス。
歩兵第三聯隊長ノ指揮スル部隊ハ其他ノ担任警備地區ノ警備ニ任ズル筈。
三、聯隊主力ハ古閑中佐ノ指揮ヲ以テ待機ノ姿勢ニ任ズベシ。
聯隊長  小藤大佐
下達法
命令受領者ヲ集メ、口達筆記セシム。
右ノ様ナ次第デ、
正午以後行動將校トハ誰トモ會ツテ居リマセン。
私ハ命令ヲ下達シタ古閑中佐ヲシテ、旅團長ノ隷下ニ入ラシメ、
目下ノ情勢上、指揮機關ヲ同行スルハ極メテ危險ナル情勢ヲ考ヘ、
又、占據部隊ノ主力ガ歩兵第三聯隊ノ部隊デ、
之ヲ掌握スルコト極メテ困難デアルノヲ豫想シテ、
傳令トシテ山口大尉、伊藤少尉ヲ伴ヒ、
午後九時三十分
陸相官邸ニ至ツタノデ、
前ニ述ベタ私ノ指導腹案ヲ以テ之ニ當ル外、別ニ考ハアリマセンデシタ。


・

陸相官邸ニハ 香田大尉、野中大尉、對馬中尉、栗原中尉、村中、磯部等ガ居リ、
午後十時頃カラ夜半頃、
軍事參議官會同セラレマシテ、
右代表者カラ希望意見ヲ述ベ、
彼等ハ只今ハ其時期デナイガ、某時期カラ統帥命令ニ服シマセウト云フノデ、
ドウモ仕様ガナイノデ、
小藤部隊トシテノ命令ハ彼等ニ下シマセンデシタ。
此間、私ハ黙ツテ會見ノ場所ニ列シテ居ツタノミデアリマス。
午前一時頃、私ハ行動部隊ノ香田、丹生等ニ對シ、
行動部隊ガ陸軍ノ中樞機關デアル陸軍省、參謀本部附近ヲ占據シアルノハ
事件ノ解決ヲ不可能ナラシムル所以ヲ説キ、
明早朝カラ陸軍省、參謀本部附近ヲ開放スベキ事及其他ノ箇所モ撤去シテ、
逐次新國会議事堂附近ニ集結スル如ク指導シタル後、陸相官邸デ夜ヲ徹シマシタ。
私ハ早朝ヨリ香田、丹生等ニ對シ直接指導シ、又 他ニ占據シアル行動將校ニハ、
山口大尉ニ命ジ 先ヅ陸軍省附近ヲ占據セル部隊ヲ撤去シ、新議事堂附近ノ空地ニ移ラシメ、
午前十時頃ヨリ、
陸軍省以外ノ箇所ニ於ケル兵力モ逐次撤去シ、新議事堂附近ニ集結ヲ開始シマシタ。
午前八時四十分頃、
師團ヨリ電話デ山口大尉ヲ伴ヒ聯隊ニ歸リ、直ニ師團司令部ニ行キマシタ。
午前九時、一師戒令第一號ヲ受領シ、玆ニ麹町地區警備隊長ノ任ニ就クコトニナリマシタ。
前ニ申述ベタ通リ、當局ト行動部隊將校トノ交渉デ、私トシテハ第三者敵立場ニアルカラ、
彼等ノ行動範囲ヲ縮小シツツ、腹案トシテ居ル指導ノ目的ヲ達シヨウトシタ次第デアリマス。
午前九時ニ命令受領ノ爲、師團司令部ニ行キ、直ニ陸相官邸ニ引返シ、
正午過新議事堂附近ニ赴キ集合狀況ヲ観察シマシタ。
其時 行動部隊將校ノ誰トモ特別ニ會談ヲ交シタコトハアリマセン。
次デ陸相官邸ニ歸ツテ來テ、夕刻軍事參議官ガ來ラレルト云フコトヲ聞イテ、待ツテ居リマシタ。
午後五時頃、
眞崎大將、阿部大將、西大將ノ三軍事參議官ガ陸相官邸ニ來ラレ、
行動部隊將校トノ會見ガアリマシタ。
私ハ其席ニ列席シテ居リマシタ。
其會見内容ハ次ノヨウデアリマス。
野中大尉ハ行動部隊將校ヲ代表シテ、
今度ノ事ハ 總テヲ眞崎閣下ニ一任シ、後ノ収拾ヲ御願ヒシ、他ノ參議官ハ一致シテ援助ヲ乞フ。
眞崎大將
軍事參議官ニ斯ノ如キ權限ナシ。
精神ハ能ク解ツタガ引受ケル譯ニハ行カヌ。
自分ハ先輩トシテ一言ス。
第一 錦旗ニ向ヒ逆フ如キ事アラバ、斷乎トシテ敵トシテ對スル。
阿部大將
眞崎ガ立ツテ時局ヲ収拾スル様ニナツタラ援助ヲ惜シマズ。
・
此會見後、行動將校ノ代表者ガコレカラ小藤大佐ノ指揮下ニ入リマスト言明シマシタ。
ソコデ副官的ノ者ト書記ガ入用デアルカラ派遣セヨト聯隊ニ命ジマシタ処、
田中少佐ト下士官一名ガ午後九時頃參リマシタ。
私ハ戒嚴司令官ノ諒解ヲ得テ宿營ノ計畫ヲ定メ、
幸楽、山王ホテル、鐵相、文相、農相、大蔵大臣 各官邸ニ分宿サセマシタガ、
栗原中尉ノ指揮スル部隊ハ依然 首相官邸ヲ占據シテ居リマシタ。
其宿營命令ハ、
午後九時頃
山口大尉ガ命令受領者ヲ鐵相官邸ニ集メ、下達、筆記セシメマシタ。
私ハ陸相官邸ニ夜ヲ徹シマシタ。
宿營命令ヲダシタノハ、行動隊ノ者ヲ沈靜セシムル手段トシテ、
ユックリ休マセルコトガ適當ダト考ヘテ、宿營ノ計畫ヲ定メタ次第デアリマス。

陳述人  小藤恵
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ付、署名捺印セシム
昭和十一年四月二十三日
赤坂憲兵分隊
陸軍司法警察官  陸軍憲兵少佐  諏訪与平

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