あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

中佐の片影・其二十 『 部下を決して叱られません 』

2022年02月26日 18時49分59秒 | 相澤中佐の片影


相澤三郎中佐

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相澤中佐の片影
( 二 )  中佐の片影
其二十  ○○曹長


中佐殿は武人として典型的な方として日常その壮容に接し、
不知不識の中に教化された點が實に多くあります。
特別指導的な立場から教育をうけた事はありませんが、
中佐殿は聯隊の教育主任であり、
自分はその直接の助手として居た関係上 殊に印象の深いものがあります。
一、第一に自分の心に映じたことは教育計畫其の他諸種の起業を致されます時、
 必ず自分の机に向ひ 合掌約十二、三分、それより仕事に取りかかられました。
 これは無念無想の境に入つてから物事に取り懸られる所だと私は推察して居りました。

二、次に筋道の通らぬことは絶對に承知せられません。
 無理なことは部下に向つてさへ鄭重なる謝辭を以て吩咐け、
又演習等に於ては常に部下の労苦を考へ、その労苦の按配を考へ、
細心の注意を払つて居られました。

三、軍隊を裨益する爲め上官に意見を陳べる時の精神は
 全く軍隊内務書に示されてある通りで
隊長に對しても自己の意見は忌憚なく暴露し、
實に其の際の熱心なる態度は言語にも現はれ勇ましいものでありました。
然し一旦隊長が決定されると、それは實に神妙に承知され
まるで別人の如くその決定事項に専念されました。

四、中佐殿は礼儀正しい人と申しますか敬虔の念の深い人と申しますか、
 如何に忙しい時でも部下に對する答礼は確實でありましたことは當番兵も噂して居る位でありました。
大抵の方は下士官以下の場合、
事務室で服務中は殆んど眞面目な正確な答礼は余り見うけられません。
又それが自然の如く考へていました。
然るに中佐殿は本部のあの出入の多い事務室で
一兵に至るまで一々確實な答礼をなされるのでありました。
此の点は實際私共には眞似の出來ないことでありました。
其の他 私用を他に依頼し、又其の復命の場合などは
一兵卒に向つても必ず立つて丁寧に御礼を申すのでありました。
是等の點全く皆一様に感銘した事と思ひます。

五、其の他細く申せば數限りありませんが、部下を決して叱られません。
 お叱りを受けたことはありません。
演習などに於ても不都合が起つたとすると必ず自分の計畫を不備とし、
部下を責めることはその原因が故意に非ざる以上決してありませんでした。
私の中佐殿に関する感想は以上の様であります

故に私は中佐殿を神様の如く信じて物事を行つて來ました。
これからも中佐殿の無言の中に教へられた教訓を守つて行きたいと思ひます。
又その覺悟であります。
本當に好いお方でありました。
何等欠点として擧げる所もなく、修養出來た立派な上官でありました。

次頁 中佐の片影・其二十一 に 続く

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