あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

中佐の片影・其二十二 『 腹の勉強を忘れるなよ 』

2022年02月24日 05時57分35秒 | 相澤中佐の片影


相澤三郎中佐

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相澤中佐の片影
( 二 )  中佐の片影
其二十二  ○○中佐


相澤君の爲人其の他に就いては自分よりも諸君の方がよく御存じの筈だから、
自分としては唯特に
「 相澤君は十一月事件や教育總監更迭の事情等を知つて、
 此の儘で進んだら再び若い人達が五 ・一五事件のやうに飛び出すに違ひない。
若い人達を犠牲にしてはならないと言ふ一心であの決行をなされたものと思ふ 」
と、言ふて居たと諸君に傳へて貰ひ度い。
×  ×  ×
余の求めた所感に対して○○少尉から左の感想文を書き送つて來た。
同少尉と余、只僅かに一面識に過ぎざるもの、
素より共に國家國軍に關する意見を交換したることはなく、又少尉がかかる意見を吐き、
或ひは包蔵することは彼の周囲からも聞き得ない。
然るが故にこの所感は無色透明、純一無雑なる青年將校の聲と言ふべきであるまいか。
同僚との雑話の間 更に此の感を深くする。
聲なきに聞けば---更に一層その聲が聞こえる如く感ずるものである。
一、士官候補生時代の思ひ出に 「 鋼鐵の如き人だなあ 」 と感じ忘るゝ能はず。
一、本校入校の送別會の時、「 腹の勉強を忘れるなよ 」 と言はれし顔。
一、寝室の寝物語に悲憤の友が口にする言葉の中に中佐の名は幾度かあつた。
一、巷間の妄説を信じての決行に非ずと云ふ氣がしてならぬ。
 恥しき次第乍ら○○の訓示を聞かされても、新聞を見てもどうしても消えない大きな疑問があるのだ。
一、日本の現狀に、國軍の現狀に、何か大きな無理があるやうな氣がしてならぬ。
若しさうであつたら、義憤も血もある、熱もある。
身命もとより惜しむに足らず。
何だかヂツとして居られない氣持ち。
革新運動は他に非ず。
自分が先づ自分自身を深く掘り下げて行かねばと思ふと努めているのだが妖雲あり、
國法を仮面の毒蛇ありと聞く。
然しそれがどんなのか自分には明かにならぬのだ。
大きな悩み、
やがて信念に燃えて
腹の底から込み上げて來るものに依つて行動する時が來るのを待つて居る。
中佐は言はれた。
「 腹の勉強を忘れるなよ 」 と。
× ×  ×
神韻漂渺。
高い精神界にある相澤中佐の風格は、
傳へんとして傳ふることの至難であるのを今更乍ら痛感せざるを得ない。
劍と禅とに養ひ、國體観に徹し、大慈大非心に發して、國家の革新を念としたものであらうか。
武人中の武人であり、軍服を纏ふた聖者高僧であると言ふべきか。

  左に某中尉に与へられた相澤中佐の一絶を掲げて本分の結びとする。
述懐
妙在精神飛動虚    不須形似劉費安排
乞看百天懸流勢    凡自胸中傾冩來

次頁 中佐最近の書信・八月十四日 に 続く
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