緊張の一夜が明け
二十九日朝を迎えたとき雪が降っていた。
八時過ぎ
戦車がやってきてスピーカーを使っての投稿勧告をはじめた。
ややあって上空に飛行機があらわれビラをまきちらした。
轟音とスピーカー音が混然一体となって我々の胸を刺し心がかき立てられる思いだ。
一体これからどうなるのであろうか。
我々は唯、固唾を飲みながら事態を見守り続けた。
やがて〇九・三〇頃
中隊集合がかかり急いで玄関前に整列すると
間もなく 丹生中尉が姿をあらわし、
状況説明と共に聯隊復帰を命令した。
「 昭和維新は失敗におわった。
まことに残念である。
今は考えている余地はなく、奉勅命令に従うばかりである。
四日間にわたる各位の苦労を感謝する。
満州に行ったら充分働いてもらいたい、武運長久を祈る 」
丹生中尉の訓示は切々として我々の胸を打った。
これで中隊長とは永の別れになるかも知れぬと思うとまことに感無量であった。
中尉がさったあと
我々は電車通りで叉銃を行い、自発的に武装を解き丸腰で帰隊した。
二・二六事件と郷土兵
歩兵第一聯隊第十一中隊 二等兵・田中善一郎 「山王ホテルに陣地構築」 から