成田空港の管制塔が老朽化で解体が始まったと各紙が報じています。約半世紀前の1978年(昭和53年)3月、過激派によって占拠された戦後史の舞台です。
成田闘争は、間違いなく戦後史の中でもっとも悲惨な戦いであり、それだけにこの「内戦」を誰がどんな形で収束していくのか、常に息苦しく見つめてきたものです。そのこじれ切った国と農民の間を20年近く渡たり続けて収束し、2010年(平成22年)に世を去った人物がいます。成田空港共生会議の会長であった山本雄二郎高千穂大教授(元産経記者)。私のふるさと渥美半島の先輩です。
この先輩の労苦は成田の歴史とともに残しておかねばならない。そう考えて、国や反対派のメンバーに取材し、出版したのが拙著『成田の大地と渥美の空と―評伝山本雄二郎』(産経新聞出版/平成25年/1500円)です。
その取材の折に、空港公団の担当に案内されて登った管制塔。狭く、天井は低く、往時の重苦しさがそのまま漂っておりました。その空間が解体されていくのです。心ざわめく昨今です。
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