嶋津隆文オフィシャルブログ

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小田原で二宮尊徳の業績とその悲哀を思う

2013年05月27日 | Weblog

写真:「報徳二宮神社」

この土曜日は大学のゼミの一環で学生を連れ、小田原の経世家二宮尊徳を学ぶべく当地を訪れました。いやもう少し正確にいえば、今秋10月の予定されている田原市のイベント・プログラムの事前準備を兼ねての訪問でした。

そのイベントは、佐久間象山、細井平洲といった郷土の経世家たちを首長たちに語り合ってもらおうと始まり、今年で7回目になる「嚶鳴フォーラム」です。当該フォーラムで、今年は田原市が田原藩の開明派家老で画家でもあった渡辺崋山を軸に展開し、来年は小田原藩の二宮尊徳を軸に、この全国首長サミットが予定されているのです。

二宮金次郎の名で小さい頃から私たちの頭に浸透してきたはずの尊徳です。しかし報徳二宮神社や小田原城を巡り、また尊徳の生家の傍に建てられた二宮尊徳記念館での丁寧な説明を聞くと、思わぬエピソードに新鮮な尊徳の姿を知らされるというもいうものです。

わけても印象的であったのは、尊徳が財政緊縮と支出抑制を主張したあまり、小田原藩から事実上の追放を余儀なくされたことです。故郷に尽くしながら、その改革の原則主義の故に放逐される尊徳。改革派尊徳の既得権層からのしっぺ返しに憤然としたであろう尊徳の悲嘆たるや、いかばかりかと痛く想像した次第です。


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