クラウディオ・マグリス、『ドナウ ある川の伝記』

 『ドナウ ある川の伝記』の感想を少しばかり。

 “おそらくヘラクレイトスはまちがっている。人はいつも同じ時に浴していて、同じ無限の現在にいる。だからこそ、その水は澄み返って深いのだ。黒海への高低差をたどり、流れを受け入れ、渦と遊び、水面に、また歴史にしるしづけられた線とたわむれる。” 183頁

 素晴らしい読み応えだった。ドナウの水源から大いなる海に注ぐ川の終焉までを、寄り道を交えながら丹念にたどるこの作品は、まるで小説のように味わい深い風変わりな紀行文だった。なかなか分厚い本なので、ゆるゆると日数をかけて、少しずつメモをとり読んでいた。
 ドナウ川の長さが、それだけでもう私には途方もないものだ。清濁併せ呑んで揺るがない(揺るぐはずもない)、その雄大な川の眺め。そんなイメージを膨らませながら、この流れとともに生きる人々に思いを馳せてみるのも楽しかったことの一つ。

 二つの町のドナウ源流をめぐる本家争いの章から始まり、訪れる町々の歴史をひもとき検証し、例えばその中でナチズムにも言及する。他にも様々、興味深く心魅かれる歴史的挿話に口承に伝説…が覚えきれないほどもりもり盛り込まれており、常に後ろ髪をひかれながら次の章へと移っていく…といった按配だった。(訳者あとがきには“モザイク方式”という言葉があり、なるほど…と思う) 
 そしてセリーヌやゲーテ、カフカ、『ニーベルンクの歌』、シュティフター、カネッティ…と、各々の場所に縁の文学や作家たちについても、嬉しいくらいふんだんに語られている。それらの思惟に富む内容が、とても心に響いた。自分がなぜ東欧の文学に魅かれるのか…という問いの答えを指し示すような、そんな文章に幾度も出会えて、はっとした。だから、またいずれこのドナウをたどり直したい。
 そんな訳で、さっそく読んでみたのがシュティフターだった。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 8月29日(水)の... フリオ・リャ... »