フリオ・リャマサーレス、『無声映画のシーン』

 『無声映画のシーン』の感想を少しばかり。

 “問うべきは死後に人生があるかどうかではなく、死ぬ前に人生があるかどうかである。” 12頁

 とても素晴らしかった。“母が死ぬまで大切にしまっていた”30枚の写真から、あらためて丹念に紡ぎ直された、鉱山町オリェーロスの物語。僅かな手がかりから記憶を呼び戻し、縺れた糸をほぐし縒りを正しながら思い出を手繰るその筆致…だが、少し物足りないくらい恬淡としていると、始めは感じた。一つところに留まらず、話はどんどん移っていってしまう。でも、そうして描かれた数々のエピソードがモザイクとなり繋がって、往年の町の姿を蘇らせていく様に、いつしか胸をうたれていた。失われて久しい遥かな時間たちが、こうして創造し直されていくと言うことに、ひたひたと静かな感慨が溢れてくる。
  そして序の中の、“想像力とは発酵熟成した記憶にほかならない”というポルトガル作家の言葉の意味を、ゆっくり噛みしめたくなった。

 町はずれの映画館、写真の中の六歳のまなざし、炭鉱の仕事で肺を蝕まれた坑夫たち、支払日の賑わいと見世物の一座、死を待ち続ける元坑夫、オートバイに乗せてくれたタンゴ…。もう、疾うから、生者に混じり亡霊たちがさ迷っていた鉱山町の、華やかな彩りには乏しい眺めが目の前に拡がるけれど。
 もうどこにもいない人々、どこにも残らぬ場所…と思えば、息を吹き返された彼らの人生の悲哀も諦念も、死も、別れも、少年の憧れも、全てがほろほろと沁み入るように懐かしい。

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