倉橋由美子さん、『夢の通い路』

 古い本を引っ張り出しました。久しぶしの倉橋ワールドに浸るべく。
 『夢の通い路』、倉橋由美子を読みました。

 “目には不思議な光があって、桂子さんは視線が合った瞬間、感電しそうな魔力を感じた。柏木を殺すほどの威力を備えた源氏とは本当はこういう男だったのだろうか。” 172頁

 文学史上屈指の佳人、山田桂子さん。とりわけお歳を重ねてからの彼女は、まさに憧れの女性であり聖女であり妖女でさえありますが、この連作集の桂子さんは大輪に咲き誇る30代半ばです。
 私が思う桂子さんの魅力は、たとえばそのモラルからの優雅な逸脱ぶりです。「あちらの世界」の方たちとの妙なる交歓には、倫理やらモラルとは何と無粋な既成概念でありましょうや…などと思いつつ、うっとりしながら読んだものです。いくら「あちらの世界」でのこととはいえ、桂子さんの奔放振りには魅了されずにはいられませんでした。その点、月日を重ねた今も同じ思いでございます。 
 「あちらの世界」とは、この世とあの世との中間辺りにでもありますようで、そちらの住人の中には、ちょいと地獄へと足を伸ばすお方もいるかと思えば、紫式部も六条御息所もエリゼベート・バートリも棲んでいらっしゃるという…まさに夢の時空間です。そして、そちらとこちらを自在に出入りしているのが桂子さんです。ちっぽけな小娘が憧れるには、余りあるほどの存在でしょう?

 久し振りに手にとって少々意外だったのは、目次における題目の多さです。そんなに話が分かれていたっけ…と、一瞬考えてしまいました。実際に読んでみるとそれぞれの話が連鎖していて、ぷつんぷつんと途切れているわけではありません。最後の方の4作ほどには桂子さんは登場しませんが、所謂短篇集ではなくオムニバス形式にまとまっている一冊だと思います。

 光源氏の登場場面の鮮烈な印象も、この一冊が忘れられなかった理由の一つです。稀代の鬼女妖女たちを、穏やかでなくする魔性の男…!
 (2007.2.21)

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