ロバート・クーヴァー、『老ピノッキオ、ヴェネツィアに帰る』

 『老ピノッキオ、ヴェネツィアに帰る』の感想を少しばかり。

 “一流の学者にもなったし、模範的な市民にもなった。みんなから愛され、少しくらい人生を楽しんでもいいと思ったんだ。だけど、ちょっと羽を広げたというだけで、戻ってみれば "弟ピノッキオに見捨てられた悲しみのあまり……" ってことになる。” 87頁

 いやはや、すこぶる面白楽しかった! よもや、ここまで破茶滅茶とは思うめえ…。これはもう、『ピノッキオの冒険』から読んだ甲斐があったというもの。始め、相当に長いインターバル(およそ1世紀!)を置いた続篇と受けとめていたが、実際にはもっと企みの深いパロディに徹していて、可笑しいの可笑しくないのって…。ふ。
 それに、あのやんちゃな木の少年がこんな老人になっていようとは…と、少しく哀感の漂うあたり、絶妙な匙加減だった。著名なる名誉教授で、世界的な美術史学者。時代が生んだ世紀の大人物とまで称えられ…それなのに、自分は本当に幸せだったのだろうかと人生を振り返る老ピノッキオの帰郷。猥雑で皮肉で切実で、最後は泣き笑いだった…。

 数々の業績を成した老学者ピノッキオは、かつての“働き蜂の島”へと、ある信念に突き動かされてやってきた。つまり、自分のルーツに戻ることで、今取りかかっている“一大絵巻のような自叙伝”、畢生の大作の最終章を仕上げられるに違いないという思いを抱いて、懐かしい地を踏んだのだった…。
 ところが、お忍びの旅であるのが禍して、不遜で胡散臭いポーターから散々な目に遭わされることを手始めに、転げ落ちんばかりな“冒険”の渦へと、ずぶずぶ嵌り込んで抜け出せなくなっていく…。そう、それはまるで、『ピノッキオの冒険』をたどり直すようで、心落ち着く閑もない。懐かしい面々との再会は嬉しくもありながら、状況はどんどん狂騒の度合いを募らせていくばかりだ。どうする、ピノッキオ…!!

 とまあ、とても楽しんだ。とりわけ、旧友の老犬アリドーロや、その友人(友犬?)で心優しいメランぺッタと過ごす件などはとても面白かった。そのあと、エウジェーニオや元教え子が現れ、さらにさらに…(自粛)。誰かから助言される度に、ついついその逆へと突き進んでしまうところが往年のままで、それでこそ愛すべきピノッキオだ…と思ったりもした。木のあやつり人形が念願叶って人間になり、禁欲的に精進を重ね分別臭くふるまい、やがてノーベル賞まで受賞した…なんて、どれだけ“いい子”に縛られていたことだろう。
 それで結局、やっぱり青い髪の妖精さまなのだなぁ…と思った。全ての根源というか清算をつけるべき相手というか、黒幕…と言ってしまうと身も蓋もないけれど、行きつく先は妖精さまか。それはそうだよね…と、ほろり。

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