イスマイル・カダレ、『夢宮殿』

 去年読んだ『死者の軍隊の将軍』が素晴らしかったイスマイル・カダレの、『夢宮殿』を読んだ。

 得体の知れない怖さ。夢宮殿の中には出口のない迷宮があり、そこに関わり深入りしてしまった者からは、まるで現実が奪われていくようだった――。
 主人公のマルク=アレムはアルバニアの名門キョプリュリュ家の傍系に連なり、皇帝側からは目障りな血筋の青年である。物語はマルク=アレムが夢宮殿で働き始めるところから始まる。そして、不自然かつ不可解な職場で働き続けるうちに、底無しの夢宮殿の迷宮に絡め捕られるように疲れ果てていくこととなり…。 

 夢、という、本来あやふやで輪郭の確認もままならず、“夢か現か”と言ったりもするくらいに非現実的な幻みたようなものを扱うに、周密に張り巡らされた決まりごとでがちがちな枠組みの中にあえて注いでいく…そんな、物語の大本となる夢宮殿の設定自体が奇妙な矛盾を抱えているところがすこぶる面白かった。幻想的な設定なのに少しもやわらかな手触りがない、細部ばかりが徒にリアルなそれこそ悪夢のような話でもあり。
 イスラムの大帝国オスマン、その全土からは夥しい数の夢の報告が届く。どんどんどんどん…国家の中央に、うず高く夢の記録が貯め込まれていく。他愛もない数多の夢、芸術家の夢狂人の夢…未来を占うような何かを示唆するような国家を揺るがすことにならないとも限らない…夢。それら膨大な数の夢を徹底的に管理し、解釈や分析を制度化することによって最高度に発達した行政部門が、夢宮殿である。全市民の夢の総体が対象となり、選別され解釈される。管理された夢と国家権力が結びつくという荒唐無稽とも思われる設定が、重く硬く語られる違和感が味である。
 アルバニアという国の歴史や成り立ちがこの作品の背景にあるのだが、何故それらを描くことと“夢”とがつながったのだろう? 不思議な話だった。
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