松浦理英子さん、『犬身』

 『犬身』、松浦理英子を読みました。

 心待ちにしている内に期待が募った作品、とても楽しんで読んだ。素晴らしかった。

 私は小説の紹介等は読まないようにしている。人それぞれだと思うけれど、そう来るか…と驚嘆の声を上げながら読むのが好きなので。で、私はこの『犬身』というタイトルを、所謂隠喩だと思っていた。だから途中まで読み進んで、「ええっ、これってそういう話だったのぉ~?」と驚きもすれば、そこから俄然面白くなり「これは凄い話になるかも…!」と、いささか興奮気味に身を乗りだしていたのである。

 物語は、現代の変身譚だった。そしてその着想が存分に活かされている。『親指P』のときの「発想は面白そうだったのに…」という残念さは全然なく、ラストがどうなるものか全く見当も付かなかったので最後まではらはら楽しめた。
 “種同一性障害”とか“犬生”なんて造語にもにやりとさせられるし、もう一つ唸りそうなくらい面白かったのは登場人物たちの造形である。“犬化願望”の強い主人公は、まあそれだけで不思議な人だが、それ以外の考え方とかはすこぶるまっとう。一方、一見普通そうに見える飼い主の玉石梓(『八犬伝』?)の家族たちが壊れている。 
 とりわけ、「よくもこんなにイヤな男が描けるなぁ」とその筆力に感嘆したのが、梓の兄の彬だった。女性ならば誰でも、こいつには嫌悪感でぷるぷる震えてしまうこと請け合いである。もう一人、得体が知れなくて惹き付けられた人物は、鍵を握る謎のマスター朱尾。この人と主人公房恵の会話は、なかなか読み応えがあった。

 この作品では、“種”さえも越えてしまう魂同士の結びつきと、その完璧さへのこだわりを感じた。確かに、犬的な愛情のいたいけさには胸を衝かれる。
 (2007.10.28)

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