アントニオ・タブッキ、『逆さまゲーム』

 アントニオ・タブッキはイタリアの作家ですが、ポルトガルをこよなく愛していたそうです。 
 今回読んだ短篇集の、特に表題作「逆さまゲーム」では、そのポルトガルへの思いがすみずみにまで沁み渡っているようで、それがまた何とも言えない切なさを滲ませていて、思わず溜め息がこぼれました。ポルトガル…ファド…(うっとり)。  

 『逆さまゲーム』、アントニオ・タブッキを読みました。
 

〔 サウダージは、とマリア・ド・カルモは言っていた。言葉じゃないわ。精神の範疇のひとつなのよ。ポルトガル人にしかわからない。この言葉があるのは、そんな気持ちがポルトガル人の中にあるからだって、えらい詩人が言ってたわ。そして、彼女はフェルナンド・ペソアのことを話しはじめた。 〕 13頁

 収められているのは、「逆さまゲーム」「カサブランカからの手紙」「芝居小屋」「土曜日の午後」「小さなギャツビイ」「ドローレス・イバルーリは苦い涙を流して」「空色の楽園」「声たち」、 (いくつかの短編)「チェシャ猫」「行き先のない旅」「オリュンピアの一日」、です。

 表題作の「逆さまゲーム」は、声に出して読んでみたりして、うっとりと浸り切ってしまいました。ベラスケスの『侍女たち』についての記述がとても効果的で、作品全体に一幅の名画のような印象も与えていると思います。
 作品の中を流れる空気に、独特な湿り気があるような気がしたのは、お風呂の中で読んでいた所為かも知れませんけれど、まるで霧のような一枚のヴェールに包まれているみたいに美しくて、とらえどころなく何処となく幻想的で、素敵な作品でした。付き合っていた年上の女の死の知らせを受け、かつて逢瀬を重ねた彼女の住んでいた街へと、列車の旅をする若い男。思い出の中の女の姿、こぼれ出た言葉たち…。
 ただ、ラスト近くになって、「“逆さまゲーム”って、つまりいったい何だったの…?」と引っかかってしまったので、後から再読してみました。 それで結局、つまりこういうことだったのね…と自分なりに納得してみたのですが、この表題作だけに限らず余計な説明はかなり省かれています。そんなところも、すべてが薄い紗に包み込まれているみたいで、あえて何もかもをあからさまにしない優雅さと、読み終えたときにぽっかりとした隙間が胸に残るのが、えも言われぬ心地にいざなってくれる作品集でした。
 目に映る光と影が一瞬で入れ替わるようなラスト、或いは舞台が暗転するような鮮やかな切り返しのある、そんな作品にも強く惹かれました。見事だなぁ…と。 

 最後に収められている「オリュンピアの一日」だけ、ローマ帝国のオリンピック競技に挑む少年を描いていて、ちょっと異色?と思いましたが、すごく好きでした。まさに暗転するところが、素晴らしかったです。

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
あ。 (きし)
2007-12-13 01:08:48
この本、この本、すごく気になっていたのですよね~。
どっちにするか迷って、ナタリア・ギンズブルグの「ある家族の会話」のほうにしたのです。
須賀さんの思い入れたっぷりのあとがきがついていたので。(まだ読んでいないのですけれども。)
こちらの本も、この記事でますます読みたくなりました~。
 
 
 
私も、 (りなっこ)
2007-12-13 18:03:42
ず~っと気になっていたのですよ、この本。
「ある家族の会話」も、タイトルだけは知っています。 思い入れたっぷりのあとがきなんて、素敵そう!
来年にでも・・・(と呟いてしまう時期ですね)。
 
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