佐藤哲也さん、『イラハイ』

 何なのですか、この面白さ。
 時々あんぐりと口を開けながら、「ひひひ、ふふ…」と片頬でにやけながら、楽しんでしまったじゃあないですか。これで処女作って(日本ファンタジーノベル大賞)、ご夫婦揃って凄過ぎます。佐藤哲也さんの作品は、これで3冊目となりました。 

 『イラハイ』、佐藤哲也を読みました。


〔 冒険は続いたので、ウーサンは落ちた。 〕 177頁

 饒舌な屁理屈と空回りする哲学によって織りなされる、一国の興亡を描く一大法螺話!
 佐藤さんの文章は、本当に読み応え噛み応えがあります。永久運動的にどこまでも空転を続ける屁理屈が、こんもりとした緻密な文体で展開されていくその見事さ。これでもかこれでもかと畳み掛けてくるような思惟は、どうにもナンセンスでどうにも虚ろでどうにもならないのに、何故か一応物語は転がり続けていくので、何だか騙されているような具合で読み手もそれについていかなければならなくなります。 
 そして、大真面目な顔で言う面白くもない冗談を聞かされているみたいな気分になりつつ、その向こう側から、かさかさに渇いた嗤いがやってくるのに気が付くのです。気が付いたときにはすでに遅く、「ひひひ、ふふ…」と片頬でにやけているのです。…いやはやいやはや。

 物語の舞台となるのは、“遥かな昔に滅んだ小さな王国”イラハイです。そして主人公は、屋根穴職人の息子ウーサン。このイラハイという国には、あらゆる建築物(人家、役所、宮殿、牢獄…)の屋根に慎みの穴と呼ばれる穴を開けておく慣習があったのです。
 “物語には始まりがあって終りがあり”という理をわざわざ挙げておきながら、半分ほど読み進んでも冒険に出るはずのウーサンに動きはなく、“この物語はまだ始まっていない”などと言う文句がさしはさまれるあたり、相当に人を喰ってるな~という印象の作品です。その“人の喰い方”が素晴らしく巧妙で、遊び心と憎らしい余裕を感じさせるので堪りません。

 東の果てイラハイの西隣にはサバキヤという国があり、この両国はいつもいがみ合っていた。その原因は、両国を分ける国境線が真っ直ぐに伸びる崖の形状をしていたこと。崖の上にサバキヤ、そして崖の下にイラハイがあったため、サバキヤの人々には優越感が、イラハイの人々には屈辱が与えられていた。
 …とそんなわけで、何度目になるのかは知りませんけれど、物語の導入部から両国間の最後の戦が幕を開けます。で、その戦い方がねぇ、しょうもないこと極まりなくて嗤えます。その不毛な戦いの結果、イラハイの国中に災いが勃発するのですが、例えばそれは、人をさらう巨大なカエル・マタグリガエルの跳梁とかで…うひひ。

 しつこいほどの反復があったりするのも、如何にも寓話めいていて面白く読めましたけれど、人によっては苦手かな…と思うところです。饒舌な屁理屈でぬりかためられた法螺話を、“贅沢な遊び”として享楽する。そんな一冊。
 ラストも予想外だったなぁ。 

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