ジュリアン・バーンズ、『10 1/2章で書かれた世界の歴史』

 『10 1/2章で書かれた世界の歴史』の感想を少しばかり。

 “連中はサイや、カバや、ゾウといっしょに、ビヒモスを船倉に入れた。これらの動物を底荷として使おうと決めたのはいい思いつきだったが、お察しのとおり、なにしろひどい臭いだった。” 9頁

 素晴らしい読み応えだった。まず想像していた内容とはかけ離れていたのだが、そも歴史とは何ぞ…という問いを投げかけられ、一つの答えを指し示されたとき、このタイトルの周到な含みにも気付かされて思わず唸った。歴史は全てくり返しに過ぎない…ときっぱり言い切り、“世界の歴史”なるものをこんな手法で描いて見せること自体、どこか突き放したような、シニカルな印象が強いのは否めない。苦味の勝った読み心地。それが私は嫌いではなく、むしろ透徹した眼差しに射竦められつつ感歎した。
 そしてそういう中に、愛をめぐる思索をどこまでも深めていく1/2章が差し挟まれてくるのは、本当に心憎い。霧の中の灯火のような章だった。

 実はノアの箱舟には、幾たりかの密航者がいた。後に密航者が語る、彼が見たノアたちのおぞましい姿。一度は選ばれたものの、ある種の動物たちは何故殺されてしまったのか…と、箱舟の航海の実態を暴く、第一章「密航者」の掴みは強烈だった。
 他、中世フランスでの未公表の訴訟を、裁判記録から描き出した「宗教裁判」や、最終戦争から生き延びようとしている患者(らしい)の話「生存者」、ジェリコーの大作が制作された背景を詳らかにする「難破」…など。ずしずしと、心に独特な負荷を感じる話が詰まっていた。

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