小川洋子さん、『人質の朗読会』

 楽しみにしていた小川さんの新刊、『人質の朗読会』の感想を少しばかり。

 読んでからちょっと時間が空いてしまった。それで今、振り返るようにしてまたこの作品のことを考えていると、じんわりとした温かさが胸に溢れてくる。読み終えたばかりの時よりも、もっと温かい。日本から見れば地球の裏側にあたるある村で起こった反政府ゲリラの襲撃、そこで拉致された日本人旅行者たちが自ら書いた思い出を朗読し合う…という設定の連作集である。ツアーの参加者と添乗員で人質は八人、九夜分の話が収められている。
 読み始めてしばし、少し意外な感じがしてくるのがこの作品の深さなのだろう。こんな異様な状況で語られるに相応しいのは、いったいどんなお話たちなのかしら…?などと少々身構えて思いきや、そこはそれやっぱり小川ワールドなのだ。ひそりとうずくまるような慎ましさと、ぐんにゃりとした奇妙さが入り混じり合った、何とも言えず愛おしいマーブル模様がそこにあり。ゲリラ集団の人質になる…という、普通ならば考えられない極限状態にあって、優しくて切ない思い出ばかりを聴かせ合っている彼らの事が、ちょっと不思議なようで、だんだん不思議じゃなくなってくる。人一人が両腕で抱きしめるのに丁度良い按配の、ささやかだけれどもかけがえのない温もりや人生の切なさのことを、淡々と読み聴かせ合う彼らのことが。
 まず、誰かが朗読会のことを思い付いて提案する。そして一人一人、己の過去に向かい合い思い出を掬いあげて文章にし、それから…と、その流れの中で、彼らはどんな気持ちになっていったのだろう。それは、どんなにどんなに静かで平らかな心持ちだったことだろう…と、そんな風に考えていると何故だか泣きたくなってしまう。

 とても好きだったのは「冬眠中のヤマネ」。頭を占めているのは野球と女の子…という少年と、露天で手作りの縫いぐるみを売る老人の話である。売られているのは油虫に百足、蝙蝠、回虫、疥癬で脱毛したアライグマ(!)と、どうにも首を傾げざるをえない出来そこないの縫いぐるみばかりなのであるが、少年は老人に関心を抱くようになりそして…。ラストの老人の言葉に、虚をつかれてふっと心が弛んだ。
 ぱっとしないお菓子の会社に就職した語り手と、整理整頓の権化で象が大好きな大家さんとの交流を描いた「やまびこビスケット」。夫を亡くしてからの十年間、空洞を抱えつつ見ないようにしながら生きていた“私”に、ある一日がもたらしたもの…「槍投げの青年」。など。
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3月3日(木)のつぶやき

06:42 from web
おはようございます。こーしーなう。雪が降っているけれど、お昼頃には雨になりそう。今日も暖かい部屋で、インドを読むぞ~(意外とカレーがあまり出てこない)。
06:54 from web (Re: @shiki_soleil
@shiki_soleil おはようございます♪ あああっ、昔話の深層! これ、学生のころに読んで、当時とても影響を受けました(遠い、遠過ぎる…・笑)。もう忘れちゃっているので読み返したいなぁ。うおお。
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