西崎憲さん、『世界の果ての庭』

 『蕃東国年代記』が大好きだったのでこちらも。
 『世界の果ての庭――ショート・ストーリーズ』の感想を少しばかり。

 とても、とても好きな作品。
 庭ってなんだろう…と思いつつ逍遥する心持ちで、確かめるようにゆっくり読んだ。今まであらためて考えてみたこともなかった、庭と言う空間のこと。私自身はどちらかと言えば庭というものに対して(実家のそれも含めて)素っ気ない方だったのだが、虚を衝かれたように、はっとした。

 副題にもある通り、一つの長篇という形で目の前にあるのに、まるで別々の短篇を縒り合わせてそのまま一本にしてしまったみたいな、そんな不思議な物語だった。ゆるやかに繋がり合ったそれらの話は、無理くりに交差するでもなく影響し合うでもなく、ただ淡々と語られているのである。大学で英国庭園の研究をした後、作家となったリコと、近世文学の研究者でアメリカ人であるスマイスとの出会い。スマイスのもたらした、明治の作家・渋谷緑童が手紙に残した詩の謎。そして恐らくはリコによる、英国庭園についての考察。駆け落ちをした母親が、若くなる病気にかかって帰ってきた…という女子高生の話。江戸に起こった辻斬りの事件とその顛末。脱走兵が巨大な駅構内をさ迷い続ける「影の物語」。江戸時代を代表する思想家や国学者となった、皆川家の人々の話。
 いったいどうなってしまうのだろう…?という設定なのに、大きな出来事や劇的な展開が待っているということはなく、物語たちはそれぞれに何処かしらに、たどり着くべくしてたどり着く。そこに、余計な何かを説明するような言葉は一切見受けられないのだが、ただ、何かを説明する代わりが別の事柄に託されているような気がして、するとそれはやはり“庭”のことなのかな…と思われてくる。人には何故、庭が必要なのか。人は何故、庭にこだわり続けてきたのか…。

 庭とは、“自らを決定不能の存在にしてくれる短い旅を人間に提供するもの”そして“美に満たされた決定不能性”。この物語を読み終えてから作中のこの言葉に戻ってくると、静かな祈りのようにすら胸に響いてくる。決してわかりやすい答えではないけれど、とりとめのない思案が優しい波になって、寄せてはかえし満たしてくれる。

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